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13/05/31(3) 大井町駅:テレビでやってて、どのくらいの大きさか実物見たかったんですよ~

 美鈴は話が終わるや否や、「座っているのも限界」と帰っていった。

 その帰り際のこと。

 美鈴は俺の手に、包装に切れ目が入っていて簡単に中身を取り出せそうな何やらをそっと握らせた。

 「今晩きっと役に立ちますよ」と。

 ホントかよ。


〔おおいまち~、おおいまち~〕


 着いた。

 時計を見ると一八時五五分。

 待ち合わせの五分前。

 溝の口の時は浮かれすぎた。

 やっぱりこのくらいに着くのが「自然」というものだろう。


 ──東口改札を抜ける。


 旭さんは既に来ていた。

 全身が視界に入る。

 俺に気づいて御辞儀してきた。

 黒のパンツスーツ。

 今日はツインテールを下ろしてる。


 考えてみたら、旭さんを真正面に見て会うのは今日が初めて。

 初回はいきなり抱きつかれてだし。

 二回目は背後からの登場だし。


 あ、だめだ。

 俺にはやっぱこの人だ。


 ふと、わけもなくそう思った。

 今こそ本当に恋に落ちたと確信した。


「こんばんは~」


「待たせた? ごめん」


「まだ約束の時間前ですよ~、ほら~」


 左手首裏の腕時計を見せる形で突きつけてくる。

 BABY―G。

 横浜に行ってからの姉貴と同じだ。

 そういえば今日の旭さんの格好は姉貴を思い出させる。

 雰囲気は全く違うけど。


「今日はツインテールじゃないんだ?」


「観音さんの真似っ子してみたんです~」


「ああ、やっぱり」


 あんなヤツの真似なんかしなくていいのに……とまではさすがに言えないな。


「役所にいた時はツインテールだったんですけど~。弥生さんに『小学生が黒のパンツスーツとか似合わないからやめろ』ってバカにされて~、むかついたのでその場でツインテール解きました~」


「ひどすぎる」


「いいんですよ~。弥生さんは観音さんに『スーツそのものが似合わないデブに発言権があるとでも思ってるのか』って殴られた挙げ句、私に土下座させられましたから~」


「それもひどすぎる」


 しかも姉貴の心情を考えるとやぶさかじゃないものがある。

 ただ姉貴なら、仮に恋人同士だったとしてもそうさせるだろうけど。


「とりあえず先に御飯行きましょう~。ここから近くですから~」


 旭さんが歩き出した。

 その後ろをついていく。 


 ──三分くらい歩いたか。


「うん、ここだ」


「え、ここ?」


 見た目はレトロな洋食屋。

 レトロと言えば聞こえがいいけど、年季の入ったという表現の方がふさわしいだろう。

 いかにも昭和風味の店。


 これは……確かに女性同士だと来づらそうだ。

 ○郎といい、今日はそんな店ばかりだな。


                   ※※※


 店内は結構混み合っていた。


「小町さん、好き嫌いってありますか~?」


 首を振る、するとすぐさま旭さんが店員を呼んだ。


「オムライスとメンチカツ定食お願いします~……小町さん、ごめんなさい~。この店で頼みたかったメニューは既に決まってるんです~」


 そうじゃなければわざわざ来ないよな。 


「ううん。本当に好き嫌い──」


 いや、あれがあった。


「──あえて言うなら、パキスタンのカレー缶詰かな?」


 旭さんが目を丸くしながら、口に手をあてた。


「えっ! あれ……小町さんも食べちゃったんですか~!?」


「その反応は何?」


「三月末の話ですよね~? あれ買ってきたの私なんです~」


「知ってる。『職場の後輩』って言ってたし」


 旭さんがぶんぶん頭を振る。


「ごめんなさい~、本当にごめんなさい~」


 まいったな。

 これ以上気にしてほしくないし、されたくもない。

 話しづらくなるだけだ。

 努めて優しい口調で問いを発する。


「別にいいけどさ。どうしてあんなもの姉貴に渡したのか、その理由教えてもらえる?」


「私とシノさんと弥生さん、全員があのカレーでひどい目に遭ったんです~。だから観音さんも横浜に来た以上は仲間になってもらおうと~」


 さりげに本当にひどい理由だった。

 ただの道連れじゃないか。


 まあ、茶目っ気と言えば茶目っ気なのかなあ……。

 親しみを籠めてなのは感じ取れるし。


「一生に一度くらいならってとこかな。でも、あれを食べるのも旭さんの仕事なの?」


「同じく一度までは仕事と言えなくもないですね~。美味しくても不味くても話題にはできますから~」


「ごもっとも。俺はきっと一生涯ネタにし続けるだろうよ」


 旭さんがくすくす笑う。


「でも缶詰はともかく、あちこちの店のカレーを食べ歩くのは本当に仕事だったりしますよ~。パキスタン系だけじゃなくインド系やタイ系その他もろもろ~」


「へえ……」


 そういえば都さんも同じこと言ってたっけか。


「日本人のやってる店にもいきます~。その結果、カレーにはうるさくなります~」


「単なる食べ歩きにしか聞こえないんだけど」


「本当に仕事です~。直接絡む場合もありますし、会話のための見聞広げておく必要もありますし~。『どこどこのカレーが美味しい』と会話を始めて、その店の経営者とか交友関係の話題につなげていくんです~」


 まるでカレー店の店主がテロリストに聞こえてしまう。


 あ、注文がきたきた──って!


 なんだこれは!


「テレビでやってて、どのくらいの大きさか実物見たかったんですよ~。すごいですね~」


「すごいとかいう次元じゃない! このバケツみたいなオムライスとフリスビーみたいなメンチカツはなんだ!」


「だから女性だけじゃ無理なんですってば~」


「ああ、よくわかったよ……」


 文字通りの意味だったか。


「私も頑張って食べます~。小町さんも頑張って下さい~」


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