13/05/01(2) 喫茶店:僕に構ってくれなくなったら嫌ですからね
一時間経過。
美鈴が顔からおしぼりをどけた。
ようやく回復したらしい。
「小町さん、それで話って?」
いざ話すとなると抵抗がある。
美鈴への嫉妬もあるが、美鈴自身の反応も実は怖い。
俺はこいつから恋愛対象として好かれてないか?
美鈴のこれまでの行動からすると、正直言って半分本気で思わなくもない。
軽く目を瞑る……旭さんの言葉を思い出す。
「私もできるだけ本音ベースで行きますから、お互いに頑張りましょう~。それで合わなければその時はその時です~」
そうだよな。
これは俺と美鈴の間にだって言えるはず。
本音で話して壊れるなら、それだけの関係でしかなかったということだ。
「実はだな──」
日吉での旭さんとの一件からの一部始終を話す。
美鈴は手をテーブルの上に置いて指を組みながら黙って頷いている。
聞き返すことも、話を遮ることもなく。
ただひたすらに耳を傾けてくれている。
「──というわけなんだ」
話し終えると美鈴は黙ったまま。
喜怒哀楽なんらの表情を示すわけでもなく無表情のまま。
沈黙が続く。
「あの、もしもし」
「はい?」
ようやく美鈴の口から声が発せられた。
「何か感想は?」
「何を答えろと?」
「はあ?」
「要は小町さんの話って、出逢いました、電話しました、お茶しました、今日会います。それだけですよね?」
「えっと……」
「のろけになってないのろけを小一時間聞かせた挙げ句に『わーい、俺ってリア充だぜ』と満足して話を終わるってなら、『何を血迷ってる、このヘタレヲタ!』くらいにはツッコんでさしあげますよ?」
何か思ってたのと反応が違う。
呆れてるというのが適切なのか。
怒られるとか泣かれるとかからかうとか想定していた状況よりはマシだが……。
俺としては一大決心して話したつもりなのに。
正直、一緒に喜んで祝って欲しかった。
「えらくきつい物の言いようだな」
「じゃあ、おめでとうございます」
「顔を横に向けて言ってるんじゃねえ! しかもそのバカにしきった笑いはなんだ!」
「小町さんが欲しかったであろう言葉を言ってさしあげただけです。今の話を聞いた人達全員が思うであろう本音と一緒に」
「おま──」
怒鳴りかけると、美鈴が言葉を遮ってきた。
「まさか本当に、これで話が終わりじゃありませんよね?」
言葉と裏腹に、美鈴が伝票に手を伸ばす。
考えていることはお見通し。
言いたいことがあるなら、さっさと言えってことか。
わかったよ。
「俺だって現状で満足してるわけじゃない。真剣に旭さんと恋人になりたい。頑張りたいけど何をすればいいかわからない。だから美鈴に協力して欲しい」
美鈴が微笑んだ。
「最初からそう言えばいいんですよ。信じてもらえてないみたいで少し寂しかったなあ?」
意地悪げに語尾を上げる。
「いや、えーと、決してそういうわけではなく……」
「別にいいですけどね、仕方ないかなとも思いますし──」
美鈴が目を伏せつつ、すっかり氷の溶けてしまったアイスコーヒーに口をつけた。
グラスをテーブルに置く。
「──小町さんが真剣なのはわかりました。邪魔はしませんし協力もします。僕に出来ることは何でもやります」
ふう……。
「美鈴、ありがとう」
「その代わり──」
ん?
美鈴がゆっくりと強い口調で言い切って前置きする。
「──旭さんと恋人になれたからって、僕に構ってくれなくなったら嫌ですからね」
そしてぷっくりと頬を膨らませた。
「うんうん」
なんだかんだ言って、こいつもぼっちの構ってちゃんだ。
大学に入って友人の数だけは増えたみたいだが、根本的な所は何も変わらない。
「ただ浮かれたいのはわかりますが……『ヘタレヲタ』ってのは本気ですよ」
「何が言いたい」
カチンと来たので語気を強めてしまう。
しかし美鈴はさらりとかわした風に言ってのけた。
「話を聞いた限り、旭さんって幼い容姿とは裏腹に、内面はかなりの大人ですね」
真面目な面持ち。
意外にも、本気で感心しているっぽい。
確認してみよう。
「美鈴から見てもそう思うのか?」
「男性に人気ある人はそうなりやすいんです。男性女性の双方にカドを立てないような交際術を迫られますから」
「ふむふむ」
「そういう人の実際の性格の善し悪しは外面剥いでみないとわからないんですけど……その点も信用していいでしょ」
「なんで?」
「小町さんの御機嫌取ったところで、旭さんに何のメリットもないですもの」
「ひでえだろ、それ!」
メリットって。
どれだけ打算的な言い方だ。
「じゃあ小町さんと仲良くして何か得することがあるって自分で言えますか?」
「なにかあるかも……」
しかし美鈴は俺の言葉をスルーした。
「はっきり言います。小町さんが他の男より胸張れるのは、そのキレイな顔だけです」
「キレイとか言われたくないよ」
「じゃあ否定してさしあげましょう。単に整ってるだけ、それ以上の魅力はありません」
「おまっ!」
「それが現実。小町さんと腕を組んで歩きたがる奇特な女性なんて僕くらいのものです」
「お前は男だろうが!」
「ああ、そうでしたね。じゃあ誰もいないって事になりますね」
こいつのこういう言い回しはつくづく嫌になる。
話してて自分が何だか惨めになる。
美鈴がくすっと笑う。
「だから旭さんが言ってくれた事を素直に言葉通り受け取ればいいんですよ。本当に初々しかったから、新鮮だったんでしょ」
「はあ……」
「ただ、実際の理由は『化ける』って期待してるんじゃないかなあ」
「化ける?」
「初対面の時に旭さんは『また三年くらい経ったら会いたいです~。あなたはきっといい男になります~』って言ったんでしょ?」
「うん」
「そして、小町さんは旭さんと会話してて『頑張ろう』とか自然に思えたんでしょ?」
「うん」
「それって旭さんが小町さんを前向きになる方向に導いてくれてるんですよ」
はあ?
「どういうこと?」
美鈴が「よく聞いて下さい」とばかりに指を差してくる。
「いいですか? 小町さんみたいに卑屈全開な態度とろうものなら、普通は二度と会ってくれません。もちろんそれを言ってくれるなんてありえませんよ」
「でもアニメじゃ──」
しかし美鈴が台詞を言わせてくれない。
「そんなのに出てくる女、男に都合よくて当然でしょう。そうじゃなかったらどこの誰がアニメ観るんですか。卑屈な男が現実通り振られるアニメの何が楽しいんですか」
「そら、まあ……じゃあ、どうして次の約束してくれたんだよ」
「だから最初に言ったように旭さんの言葉通りです。小町さんを素材買いしてくれてるんですよ。一緒にいる僕としても、それは誇らしいことです」
はあ。
「つまり喜んでいいわけ?」
美鈴が首を振る。
「喜ぶには早いです。逆に言うと、小町さんは旭さんがお膳立てした土俵に立たせてもらってるにすぎないってことですから」
「その通りだな……」
「当然そこまでするって事は、旭さんに彼氏はいないでしょう。これだけ条件揃って旭さんEND迎えられないなら、本当に僕との性転換ENDになりますよ」
「それは嫌だ!」
美鈴がニヤリとしてみせる。
「さもなくば一生彼女無しの童貞独身ENDですね。どちらでもお好きなのをどうぞ」
「美鈴が性転換してくれるなら美鈴ENDでお願いします」
さすがに一生彼女無し童貞独身ENDは辛すぎる。
想像すらしたくない。
──バンっと音が響いた。
テーブルに美鈴の平手。
「ここで『どっちのENDもない。絶対に旭ENDを迎えてみせる』くらい言ってみせたらどうですか」
す、すごい形相。
「じ、冗談じゃないか。そんな怒らなくても」
「ここで冗談しか言えないのが小町さんの弱さなんです。観音さんなら『ふん、じゃあ旭も美鈴もまとめて面倒見るという選択肢を作らせてもらおう』くらい言いますよ?」
それはそれでどうなんだよ。
でも……確かに美鈴の言うとおりだ。
「じゃあ自信を持つには、具体的に何をすればいいの?」
「そのままで、自然でいてください」
「バカにしてる? からかってる?」
美鈴が首を振り、神妙な顔つきで語りかけてくる。
「旭さんは言ったんでしょ? 『観音さんや男友達の前での小町さんでいればいいんですよ~』って。実は女の子の前でそうするのは難しいんですから」
「そういうもの?」
「卑屈ってのは自然な状態じゃないでしょう」
ごもっともだ、でも……。
「だからと言って……」
「根拠のない自信は持てませんよね。だから旭さんを信じるんです。言葉通り、旭さんが目の前にいてくれることを根拠にすればいい」
「結局そこに戻るわけか」
「あとは経験。女性への接し方がわからなければ僕が練習台になりますから」
「よろしくお願いします」
美鈴が茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
「ただし、授業料は高いですけどね」