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13/05/26(4) 溝の口某カフェ:お願いします、姉貴にみたいにだけはならないでください……

「どうして? 嫌いなら嫌いで仕方ないと思うし。俺も自分が好きだからって旭さんに押しつけるつもりないし、見せない様にも気をつけるし」


 しかし旭さんが首を振る。


「仕事の問題なんです~」


「仕事?」


「基本的にうちの仕事ってどんな話題でもついていけないといけないんです~。色んな人と会って、その人好みの人間演じないといけないですから~」


「はあ」


「『わかんない』で済ませられればまだいいんですけど、うっかり嫌悪感を出しちゃうとお終いなんです~。最近は二次元趣味な人も多いですから~」


「はあ」


「観音さんってすごく話題豊富じゃないですか~。お話してると楽しいですし~。有能で、実績あって、カッコよくて、尊敬できて~、私もあんな風になりたいんです~」


「お願いします、姉貴にみたいにだけはならないでください……」


 思い切り頭を下げてしまう。

 あんな女、二人もいらん。


 旭さんが目を伏せ、ふっと溜息を吐いた。


「いえ、あくまで仕事面だけ……」


 姉貴が職場でどう思われてるかよくわかる一言だ。

 それでも大した褒めようだけど。


 それでもだ。


「無理しなくていいんじゃないかな? 姉貴だって露骨な萌え絵は大嫌いだし。俺からして何かにつけては『キモイ』とバカにされてるのに」


「でも、それを表には出しませんよね~」


「そこはちょっとわからないけど──」


 職場と家で顔を使い分けてるっぽいから。

 そう言いかけて呑み込んだ。

 姉貴に職場での顔があるなら尚更。

 こんなこと口にするわけにいかない。

 例え相手が旭さんだろうと。


 旭さんは俺がお茶を濁したと受け取ったか、言葉を継いでくる。


「観音さんだと、きっとそういうのに出くわしたとしても、うまく話をそらして自分の知ってる漫画やアニメへ話題を切り替えちゃうんです~」


「確かに姉貴ならそのくらいするだろうな……」


 話をごまかすのもしらばくれるのもはぐらかすのも、まさにあの女の十八番だ。

 そのせいで、俺がどれだけヒドイ目に遭ってきているか。


「でも私って、そもそも漫画とかアニメ全体に疎いんです~。なので無茶なお願いですけど、私でも楽しめる様な漫画やアニメがあったら紹介していただけませんか~?」


 旭さんの顔は真剣そのもの。

 これが無理に覚えようというなら、俺としては少々不快なものがある。

 でも楽しもうというなら話は別だ。

 むしろオタとしての腕の見せ所かもしれない。


 ここは一つ頑張ってみるか。

 どうせ俺が旭さんに対して頑張れそうなことは他にないんだし。


「わかった。いいよ」


「わーい」


 無邪気に喜んでくれてる。

 しかし果たして期待に応えられるか……いや、応えるんだ。


「じゃあ少し聞いていい?」


「どうぞ~?」


「漫画って普通のジ○ンプとかの少年漫画もだめ?」


「弟のをたまに読むくらいには大丈夫です~」


「話のネタって点だけなら、まずその辺りを押さえるのが大事。変な言い方だけど話題の基本だから。ぱらぱらっとめくってみて興味惹かれたのだけでも読んでみるといいよ」


「萌えじゃなくてもいいんですか~?」


「大丈夫。オタな男の多くは女に萌えをわかってもらおうなんて思ってないから」


 どこの誰が三次な女と「幼女ハアハア」と語り合いたいのか。

 そんな場を弁えないヤツは、同志の俺ですら警察に通報されるべきだと思う。


 ただし実用だけ考えるなら、本当は別のアドバイスをするべき。

 ジ○ジ○の第四部まで読んでおけばそれでいい。

 大抵のオタとはそれで話が弾む。


 特に最近のラノベは、どれもジ○ジ○のパロディばかり。

 ラノベの主な読者層って実はアラサーなんじゃないか。

 そう思ってしまうくらいに。


「基本なんですね~、漫画千本ノックですね~、四人の野球部キャプテンが入れ替わりに主人公を務める漫画は大好きです~」


 アラサーどころじゃない感覚の人がここにいた!


「旭さんって何歳だよ! まあ、とにかく……知ってればそんな感じで会話ができる。その上で自分の好みに合いそうな萌え系を抑えればいいんだけど──」


 キャ○テンが好きということは努力系の方がいいんだろうなあ。

 萌え系で努力系のマンガやアニメって、見た記憶がないんだが。


「──じゃあ探してみるよ。どうしようか、電子書籍化したのを渡せばいい?」


「はい~、スマホにアプリは入ってますのでZIPでもPDFでもいけます~」


「じゃあ、また会う機会作ってもらえる?」


 あら?

 自分でも気づかない内に次回の会うのを申し出る事ができてしまった。


「いいんですけど……」


「けど?」


「来週の土日は予定がありますし、平日は全く予定が立たない状態なんですよ~。早く仕事終わった日は私からメールします~。その時に夕食がてらという事でいいですか~?」


「もちろん!」


「じゃあそういう事でお願いします~。そろそろ私も仕事ですし、出ましょうか~」


 「おごるよ」と伝え、伝票を持ってレジに。

 旭さんはにっこりと頭を下げ、先に出て行った。


 支払を済ませてから店外へ。

 すると旭さんがちらっと周囲に目線をやってから、何やら差し出してきた。

 その小さな手にあったのは、折り畳まれた千円札。


 ……俺の顔を立ててくれたのか。


 女の子にこんな気の使われ方されるなんて生まれて初めてだ。

 嬉しい! だけど……


「いいって」


「そういうわけにはいかないです~、割り勘にしましょう~」


「ううん、えーっと、そうだなあ。初めてのお茶記念ということで今日は出させて?」


 懸命に理由をとってつける。

 俺だって男だ。

 初めてのお茶くらい、いい格好したい。


「わかりました、それじゃ今日は奢られます~、御馳走様でした~」


 旭さんが出した手を引っ込め、頭を下げる。


「どういたしまして」


 顔を上げた旭さんがにっこりと笑う。


「でも、次回は私の驕りですからね~。オタク文化授業料はしっかり払わせてもらいますから覚悟しておいて下さいね~」


「わかった。次は奢られるの覚悟しておく」


「では、これで。観音さんによろしくお伝え下さい~」


「いや、それはダメでしょ」


「あっ!」


 旭さんが慌てたように口を抑える。


「では心の中でお伝えください~。今日は楽しかったです、それでは~」


 旭さんの姿が雑踏に紛れていく。


 ──あっ、だめだ。


 さっきまでの時間を思い出すだけで顔が緩んでしまう。

 このまま帰ったら間違いなく姉貴にバレてしまいそう。

 どこかで時間を潰して帰ることにしよう。


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