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12/05/05(4) 自宅:えむえむおーってたのしいな

 もうすぐ日が変わろうという頃に帰宅。

 さて、姉貴はどうしてるやら。


「ただいま~」


 返事がない。

 姉貴愛用のつっかけはあるから外出してないと思うんだけど。

 リビングにあがる。

 灯りはついているけどいない。

 珍しいな、いなければ絶対に灯り消すのに。

 しかも御飯を食べた形跡はあるけど、食器を投げっぱなし。

 俺なんかよりも遙かにキッチリしてるのに。

 いったいどうしたんだ?


 ──微かにシャカシャカと音が聞こえてきた。


 まさか!?


「姉貴!」


 襖を開ける。

 そこにはヘッドフォンをつけ、一心不乱に画面の中の招き猫と戦う姉貴がいた。


 傍らにはタバコの吸い殻が山盛りになった灰皿。

 飲みかけのコーヒー。

 見ただけで、ずっと起きっぱなしなのがわかる。


 ヘッドフォンのコードをつまんで両耳から引き抜く──と同時に画面の中のねぎまぐろが死んだ。


 姉貴が振り返る。


「何をする!」


「何をするじゃない! あれからずっとやってたのかよ!」


「なんか止まらなくなってなあ……」


 あっきれた。

 目の下にはクマができてしまっている。


 しかも……


「まだ招き猫と戦ってたのかよ! この先の初心者クエは!」


「終わらせたよ。で、Wiki読んだら『戦闘の基礎を身につけるには招き猫との戦闘訓練が一番』って書いてたからさ」


「確かにそうだけど、よく飽きないよな」


「ふっ、やるからには何事も極めてみせる。それが私の主義だ」


 ふっ、じゃねえよ。 

 はあ……溜息つきかけたところで、姉貴が続けてきた。


「でも、小町」


「ん?」


「MMOって楽しいな」


 姉貴がニッと笑う。

 招き猫と戦ってるだけなのに、いったいどこに面白さを見出したのやら。

 ま、本人がいいんならそれでいいや。

 喜んでもらえたのなら本望だ。


「だろ、でも程々にしとけよ」


 灰皿にカップのコーヒーをぶっかけてゴミ箱に捨てる。

 台所に戻り、灰皿を洗う。

 コーヒーを入れ直してから、姉貴の傍らへ。


「ほら」


「ありがと」


 コーヒーを啜る姉貴。

 話を振るならここだな。


「家庭教師採用になったよ」


「ふーん」


「で、先方の親御さん、会計検査院のお偉いさんだった。それで大嘘書いてた姉貴の勤務先もちゃんと話した」


「会計検査院!?」


 姉貴が目を見開いた。


「な、何かまずかった? 相手もキャリアだったら姉貴のこと話していいってことだったね?」


 と言われている。

 キャリアの場合はどの官庁でも政治思想を調査した上で採用されているし、変な方向に偏れば窓際に追いやられるから基本的に大丈夫なんだと。


「いや、そうじゃなくて……また珍しい官庁だなあ、と……」


「それで姉貴に『よろしく』って」


「あそこならそう言うだろうな。地下鉄サリン事件の時、よりによってキャリアから信者を出しちゃったから。昔の話とは言え身辺問題は気を使うだろうよ」


 おじさんの話によると、オウム真理教は霞ヶ関官僚の家に信者を家庭教師として送り込む形で布教活動を行っていたのだとか。

 他官庁でも結構な数の職員が信徒にされてしまっていたそうだ。


「で、オウム真理教って公安調査庁でしょ?」


「今更オウムでもないけど……まあ私なら電話一本もらえれば、怪しい人物は洗えるし。わかった、折を見て挨拶に出向くよ」


 心の中でほくそ笑む。

 オウムがどうたら怪しい人物がどうたらなんて俺にはどうでもいい。

 これで「切り札」を毘沙門家に送り込める。


 何と言っても姉貴は俺と同じ顔、しかも性別は一応オンナ。

 美鈴だって俺よりは姉貴の方がいいに決まってる。

 あとはどうなろうと俺の知ったことではない。

 もちろんくっつきそうになれば妨害させてもらうが、この天上天下唯我独尊オンナが弟の俺より年下のオトコに惚れるとは思えない。


「んじゃ、お願い。いい加減にして寝ろよ」


「その前に小町」


「ん?」


 姉貴が親指で背後を指し示す。

 壁際には若者向けカジュアルブティックの袋。

 姉貴の背に回り、手にしてみる。


「日が変わる前に帰ってきてくれてよかったよ。誕生日おめでと」


「あ……ありがと」


 振り向くも姉貴の後頭部しか見えない。

 その向こう側では一体どんな表情をしているのか。


 そう、本日五月五日は俺の誕生日。

 なぜかここだけがムダにオトコらしい。


 開いてみる。

 中身はパンツ三枚。

 ついでにスーパーの包装紙に包まれた何か。

 ガサッとした音で気づいたのか、姉貴の声が聞こえてくる。


「お前、急に太ったからパンツの股が全部擦り切れてたぞ。頼むからそんなもの、二度と私に買わさないでくれ」


 相変わらずの憎まれ口。

 だけど、改めてこう言うしかないよな。


「姉貴、ありがと」


「私はマッシュに集中したいから、もう出て行ってくれ。今は一分一秒も惜しいんでな」


「はいはい」


                     ※※※


 部屋に戻り、もう一つの包みを開ける。

 中身はトランクスが一〇枚ほど、確かにこれも擦り切れてたなあ。


 ──はらりと紙切れが落ちる。


 レシートか、取り忘れたんだな。

 日付を見ると……今日?


 何が「止まらなくなって」だ。

 しっかりゲーム止めて買物に出てるじゃないか。


 ……ま、姉貴らしいか。


 いかんいかん、ここで顔を緩めたらダメだ。

 明日はきっとまた殴られるんだし。


 さ、寝よ寝よ。


                     ※※※


 ふあーあ、もう朝か。


 リビングへ向かう。

 さすがに姉貴も──


「小町、おはよう」


 そこには姉貴がいた。

 目の下のクマはさらにひどくなっている。


「あれからまだやってたのかよ!」


「小町」


「『小町』じゃないから! 答えろよ!」


 明日から仕事だろうが! 体壊したらどうするんだよ!


 ……へ?

 姉貴の顔がにへらと緩む。

 こんな表情、このかた見たことないぞ?


「えむえむおーってたのしいな」


 昨日と同じ台詞。

 しかし表情と発音が全く違う。

 いったいどうした?


「ああ……まあ……そうだな……」


 とりあえず頷くと、姉貴がテーブルの食器を片付け始めた。

 そういえば昨日はほったらかしたままだったっけか。


「あとは俺やるからいいよ。だから、もう寝ろ」


「だって朝御飯作らないとだし……」


「俺が作るから!」


「その後は掃除も洗濯もしないとだし……」


「俺がやるから!」


「その後はマッシュやんないとだし……」


「今すぐ永遠の眠りにつきやがれ!」


「はは、それじゃ御言葉に甘えるよ。おやすみ」


 姉貴がけらけらと笑いながら背を向ける。

 ったく、この構ってちゃんが。

 

 でも、やっぱりおかしい。

 どことなく足取りも弾み、浮かれた様子。


 はて? ホントに何があったんだろ?


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