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08/07/25 新大阪駅構内:僕も『カノジョ』とも『べっぴんさん』とも違います。立派な『男』です

「なあなあ、そこのカノジョ♪」


 隣に立つおにいさんが誰かをナンパしている。

 とさかみたいなリーゼントに甚兵衛服。

 一体何十年前のファッションなのだろう?

 冷房が効いているはずなのに暑苦しく感じる。


 というか辺りには俺しかいない。

 つまりヤンキーさんは一人で話している。

 いわゆるエアナンパ?

 やだ、怖い。

 格好も怖いなら、頭も怖い。


 関わり合いになりたくない人は無視をしてと。


 もう一度メールを確認しよう。

 携帯を開く。


【From:天満川観音(みね) To:天満川小町

 Sub:待ち合わせの時間と場所

 19:30に新大阪駅新幹線改札まで迎えに行くけえ、それに合わせて()んさいね】


 姉貴と会うのも久しぶりだな。

 中学最後の夏休み。

 こうして大阪旅行できるのも、姉貴が新幹線のチケットを送ってくれたおかげだ。


 しかし何度見ても時計は一七時四五分。

 早く着きすぎたなあ。

 せっかくだし、駅周辺を観光したいんだけど……。


「返事してえな、べっぴんさん♪」


 新大阪駅って、大きくてわかりづらいなあ。

 上には看板があるけど、出口がいっぱいありすぎる。

 地元の広島駅みたく、南口と新幹線口だけならわかりやすいのに。



 とりあえず【正面口】と書いてる矢印の方向に向かってみようか。

 正面って書いてるからにはきっとそこがいわゆる正門なんだろう。


「待ちいな」


 ──うわっ! ヤンキーさんに肩を掴まれた!


「なんですか!」


「道に迷ってるみたいやん、俺が案内したろか?」


「結構です」


 ヤンキーさんの手を払う。

 早く逃げよう。目を合わせない様に……。


 今度は前に立ち塞がってきた。


「ええやんか、ちょっとそこらでお茶でもせえへん?」


 しつこいよ。


「おにいさん」


「ああ、ええなあ」


「はい?」


「そのハスキーなボーイズソプラノ。そんな声で『おにいさん』とか呼ばれると、弟の様な妹の様な。一度で二度美味しいやんか」


 こいつは変態か。


「おっさん」


「おっさんちゃうわ」


「僕も『カノジョ』とも『べっぴんさん』とも違います。立派な『男』です」


 そう、俺の性別はオトコ。


「またまたあ、そないなん言われて誰が信じるん」


 そして、このヤンキーさんの言うとおり。

 俺はオンナ顔なんてかわいいものじゃない。

 ホントに外見女の子。

 いわゆる「男の娘」などというふざけた呼称のまさにそれ。


 誰をナンパしてるかだって、もちろん気づいてた。

 でも、そんな現実認めたくないから無視してたのに!


 おにいさんに始まった話じゃない。

 親友と思ってたヤツから「付き合って」と告白された時の気分はもうね!

 しかも肝心の女の子からは全くモテないっていうね!


 だいたい、この「小町」って名前はどうにかならないの?

 母さん曰く、「あんた生まれた時ぶち可愛うてから女の子じゃあ思うたけん」。

 それならまだしかたないって思った。

 だけど姉貴が本当の理由を教えてくれた。

 「広島市の地図にダーツを投げて当たった町名で名付けただけ。私の名前も同じ」

 うちの親は死ねばいいんだ。


 みんな「綺麗」とか「麗しい」とか言うけど、そんなの男への褒め言葉じゃないよ。

 誰か一人くらい「格好いい」って言ってくれてもいいじゃないか。


 おにいさんが顔を近づけてきた。

 タバコとシンナーが混じった口臭。

 吐き気がしそう。


「胸ぺったんこやねんけどノーブラやん。それって俺の事誘ってるんちゃうん?」


 キレた。


 眉間にしわを寄せながら斜にかまえる。

 いわゆるヤンキーのポーズ。


「のう」


 ヤンキーさんがびくっとした。

 一気に畳みかけてやる。


「黙っとりゃあカバチばかりたれやがって。なめとるとぶちしばくぞ?」


「あ……え……と……」


 んじゃさようなら。

 広島弁って実にハッタリが効く。

 ああ、なんて素晴らしい。


「……いい!」


「え?」


 背後から思わぬ言葉が聞こえてきた。


「その顔その声でそのギャップのある台詞、めっちゃゾクゾクするやん。近くのラブホでもっともっと、もっと俺の事を叱ってえな!」


 やば……。

 まさか、この人……。

 ホントのホントに危ない人?


 振り向き、ヤンキーさんの(すね)を思い切り蹴り飛ばす。


「いたっ! 何すんねん!」


 ヤンキーさんの動きが止まる。

 今だ!

 床を蹴り上げ一気にダッシュ!


「待ってえな、俺と愛し合おう、なっ?」


 そんな恥ずかしい台詞を叫びながら追いかけてくるのはやめて!

 とにかく逃げないと!

 どこを走ってるかわからなくなってるけど、とにかく撒かないと!


 姉貴助けて! 大阪って怖すぎます!


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