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7. 黒南風

 夢の中で、春市はまだ私に優しかった。

 待ち合わせに遅れてしまった私を見つけると、笑顔で手を振ってくれた。

「待ってたよ。」

 そういう彼の前には既に空になったコーヒーカップ。伏せられた単行本は読破目前。

「ごめんなさい。」

 何故遅刻したのか分からないけれど、私は必死に彼に謝る。

「大丈夫。ずっと待っているから。」

 春市は微笑んでいて、私は彼の目の前に腰かけようとするのにどうしてもそこへたどり着けない。あと二歩か三歩。それだけの距離が縮まらない。

 待って。待って。待って。

 彼は確かにそこで待っていてくれる。でもどうあがいても近づくことができない。私は苦しくなって彼に手を伸ばした。

「こっちへ、来て。」

 春市は微笑んで、私を見上げるばかりだった。




 ガクン、と体が揺れて目が覚めた。頭が重い。ぼんやりしている。

「はい、到着。」

 隣から小塚くんの声がして、送ってもらっている途中で寝たのだと思い出した。学外に出る頃にはもう半ば意識を手放していた気がする。一昨日も昨日も、ほぼ眠れなかったから体の方が限界だったのだろう。目が覚めたら、急に寒気がしてぶるりと震えた。

「ここは?」

 窓の外を見ると、すっかり暗い。眠る前に告げた最寄り駅の近くにしては見覚えのない場所。

「うーん、いったん降りてみるとすぐわかると思うけど。」

 言うが早いか彼は車を降りていく。運転席のドアが開いた瞬間に思いがけない音がした。

「海?」

 波の音に驚いて、私も車を降りる。聞き間違いではなかった。すぐ傍から、ざざん、ざざん、と波の音がする。車は駐車場に止まっており、先に降りた小塚くんは道を横切って堤防に上っている。

「道路渡るときは気を付けて。信号ないから。」

 走って行こうとしていた私は慌てて足を止めて、車道の左右を確認してから小塚くんを追いかける。階段を上ってみれば目の前に暗い海が広がっていた。

 砂浜もない、味気ない海。


「どうして、海にいるの?」

 吹き付ける風によろけないようにしながら小塚くんの隣まで歩いていくと、彼はポケットに手を突っ込んだまま私を振り返った。

「朝比奈さんが目を覚まさないから。」

「え?」

「言っとくけど、ちゃんと言われた通りに駅まで行ったし、そこで声もかけたよ。でも朝比奈さんが起きないし。道路に転がして行くわけにも行かないし、駅のロータリーにずっといるわけにもいかないから、仕方なくドライブに付き合ってもらうことにしたわけ。」

 携帯を取り出して時間を見た。確かに、学校を出てからすでに二時間経っている。うちならば三十分とかからずに着いていたはずなのに。

「一時間以上、走り回ってたの?」

「ドライブは趣味だからいいんだけどさ。夜景のいいところも通ったけど、起きなかったねえ。声、かけたよ?」

 弱弱しい街灯の灯りの下では彼の表情が良く見えない。うっすら口元が笑っているように見える。

「ごめん。殴って起こしてくれて良かったのに。」

 小塚くんと私は、毎週二、三回は授業で顔を合わせるし、研究室のメンバーで合宿や飲み会などに行けば一緒になる。親しい同級生ではあるけれど、こんな風に、みだりに迷惑をかけていい間柄ではない。

「鼻をつまもうかとは思った。」

 殴るよりは平和的だ。小塚くんのふわっとした空気につられて私も少し肩の力を抜いた。

 改めて海に向かってみると、そこは暗いばかりの海で、ライトアップされた橋や港が見えるわけではなかった。動く暗闇からねっとりとした空気が押し寄せてくる。久しぶりに嗅ぐ潮の匂い。

「少し休憩したら、駅まで戻るよ。」

 何も言う前に、小塚くんがそう言うので私から言いたいことはなくなってしまう。ただ並んで海の方を向いていた。暗すぎて水平線がはっきり見えないから、海らしきところと夜空らしきところの境界のあたりをぼんやり見つめる。


 ざざん、ざざん。重い水の音は、暗がりで聞くと不安になる。


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