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見知らぬ街

 まだ今のように、どっぷりと悪党色に染まってしまう前、クリスタル・ボーイはユーゼス大陸のクメン国に住んでいた。

 ボーイは札付きの不良であり、学生時代はよく教師に呼び出され、説教をされていた。

 なので、基本的に誰かに呼び出されるのは好きではない。用があるなら、お前が来い、オレは行かんぞ、というのがボーイの基本的なスタンスだ。

 しかし、今回はそうはいかなかった。

 なにせ今回の場合、自分を呼び出した相手はタイガーである。お前が来い、などとはどうあっても言えないのだ。

 しかも、何の用なのか聞かされていない。

 ただ、話があるから来い、としか言われていない。のだ

 ボーイはため息をつきながら、昨夜のジュドーとの会話を思い出してみた。


 確か、ジュドーはこんなことを言ってたな……。

「呼び出しってことはだ……間違いなく、お前に直々に仕事を頼みたいってことだな。もしかしたら、テツやイチも来るかもしれないぜ」

 テツとイチは、フリーの(そして凄腕の)殺し屋である。近頃は姿を見かけないが、エメラルドシティのどこかで今も悪さをしているらしい、との噂を聞いたことがある。

 ボーイとしては、特に会いたいとは思わない奴らである。もし会うとしたら、それはガロードの始末を頼む時……いや、その場合でも、テツとイチには頼まないだろう。ジュドーに頼むだろう。


 結局、行ったところで、不愉快さに見合うだけのものはないのだ。

 タイガー、そしてその部下たちと会い、やりたくもない仕事をやらされるだけだ。

 それでも、行かなくてはならない。

 なぜなら、相手がタイガーだからだ。



 ガロードは昼間に目を覚ました。

 そして、昨夜のことを思い出す。

 みんなと、いろんな話をした。

 ボーイは相変わらず、罵詈雑言を浴びせてきたが、それも昨日に限っては、あまり気にならなかった。

 キークは相変わらず、つかみどころのない奴だが、オレたちを助けてくれた恩人。

 昨日初めて会ったジュドーは、よく喋る陽気な商売人。

 愚兄弟……いや、ジョーガンとバリンボーは、デカい図体だが子供みたいな純真な双子。

 友だちか……。

 なにやら照れ臭い。

 しかしガロードの心の中は、久しぶりに暖かいものに満たされていた。


「ガロードはねぼすけさんなのです。やっと起きたのです」

 ルルシーが微笑みを浮かべて、やって来た。

「なあルルシー……あの……夜になったら、ジュドーのやってる食堂に行ってみないか?」

「……一人で行けばいいのです」

 ルルシーの表情が暗くなった。

「何言ってんだよ。行こうぜ。ジュースだったら構わないだろ」


 ルルシーには、食事の必要がない。

 さらに言うなら、彼女には味覚がない。何を食べても、砂を噛んでいるようなもの、とのことだ。

 だから、普通の恋人たちのように一緒に食事をとるということができない。いや、できなくもないが、ガロードはそんなことは望まなかった。

 しかし――

「あのジュドーって、面白い奴だった。二人で会いに行こう。食べるのが目的じゃない。あいつとなら、友だちになれる気がする。ルルシーだって、そう思うだろ?」

 ガロードの言葉を聞き、ルルシーはやれやれ、という表情になる。

「本当に、あなたは世話の焼ける子なのです」



「キャラダイン! 急いでこっちに来い! 何を歩いている! 駆け足だ!」

 トランク署長は、今日も元気にキークを怒鳴る。

「はいはい署長、なんでしょうか」

 そして今日も面倒くさそうに、キークはダラダラと歩く。

「貴様という奴は……やる気あんのか!」

「あるわけないでしょう。こんなゴミ箱みたいな所に飛ばされて」

「この野郎……」

 トランク署長はプルプル震えだす。

 次の瞬間――

 キークめがけて、トランク署長の拳が飛んだ。

 キークは避けることも、受けることもできた。だが、あえて顔に当てさせた。その上で、わざと派手に倒れる。

「いてえ! 署長が殴ったあ! 署長が殴ったあ! すげえ痛い!」

 キークは頬を押さえ、転げ回る。

「うるさい! ったく……昨夜、ジョニーとかいうギャングが殺されたのは知ってるな?」

「いや全然」

「……」

 またしても、キークは説教されるのであった。



 そして、とあるビルの一室では――

 ボーイは目の前の扉をノックする。

「入れ」

 男の声がした。

 ボーイは慎重に扉を開けて、愛想笑いを浮かべながら入る。

 殺風景な部屋の中に、机と椅子……そしてタイガーと死神。

 いつになったら、ここの居心地に慣れるのだろう。ボーイは愛想笑いを浮かべながら、胸がむかついていた。


「ボーイ、お前に頼みがある。急な話ですまないが、是非お前に頼みたい。引き受けてくれるな?」

 タイガーは、ボーイの目を見つめた。

 その顔にははっきりと、お前には選択の余地はない、と書いてあった。

「え、え〜と、何をするんでしょうか?」

「私は引き受けるかどうか、聞いたのだが?」

 タイガーの目が、すーっと細くなる。


 やれやれ……。

 これだから、ギャングって奴は……。

 何が何でも、やらせる気かい。

 ……。

 わかりました。

「引き受けます。何をするんです?」

「この写真に写っている男を全員殺せ。今から二週間以内だ」

 タイガーはそう言うと、数枚の写真をバッグから取り出した。そしてボーイに差し出す。

 ボーイはその写真を手に取り、じっくり眺める。

 全部で五人。

 それを二週間以内。

 楽な仕事とは言えない。しかも、どうせ相手は普通の人間ではないだろう。

「すみませんが、こいつらは――」

 言いかけたボーイだったが、死神が片手で制した。そして、タイガーが話し始める。


 相手は、もともとタイガーの配下の殺し屋のチームだった。

 同時に、ゴメス一家やオトワ屋の仕事も受けていたフリーの仕事師だったのだが――

 徐々にギャング化しつつあるようなのだ。

 最近、(少しずつではあるが)街らしくなってきて、店もぼちぼち建つようになり、無法地帯というレッテルから脱却しつつある今のエメラルドシティ。

 そんな中、タイガーとゴメスは一つの協定を結んだのだ。

 これからは、おおっぴらに騒ぎを起こすのは控えよう、と。我々は所詮、寄生虫である。街を発展させ、そこから生じる利益――それを平和な方法で山分けするのが賢いやり方だ、ということになった。

 そんな時に――

 時代から逆行したような連中に登場されては、非常に困るのだ。

「だから、このキャット・ジョーンズ……そして、その部下を全員始末しろ」

「わかりました」



 その頃、キークは――

 開店前のバー『ボディプレス』に来ていた。

 アンドレは露骨に不快そうな顔で、タバコを吸いながら立っている。

 そしてカウンター席に座り、ヘラヘラ笑っているキークを見下ろしていた。

「いやあ姐さん、参ったよ……また署長に殴られちゃってさあ」

「んなこと知らないわよ……つーか、何しに来たのよアンタ! まだ開店前なのよ!」

 怒鳴りつけるアンドレ。二百二十センチ、二百キロの巨体から繰り出される罵声、そして威圧感は、大概の男を怯ませる。気の弱い男なら、泣かすことも可能だ。

 しかし、キークもただのダメ人間ではない。

 その罵声、そしてアンドレの怒りに満ちた表情を、平然と受け流す。

「そう言うなよ……なんかあったら相談にのるからさ。なんたってオレ、治安警察だし」

「この野郎……」



 一方――

「というわけなんだよ、ジュドー。こいつらの居場所を知ってるか?」

「ああ、見たことはあるけど」

 タイガーとの話を終えたボーイは『ジュドー&マリア』の事務所に向かった。もちろん、情報を集めるために。

 昔は、ボーイの方がジュドーの情報屋だったのだが、最近では立場が逆転している。

「キャットか……また面倒な奴らだな」

 ジュドーはそう言いながら、写真を手に取る。

 写真に写っているのは、目つきは鋭いが、真面目そうな顔をした、四十代前半と思われる男。

「……キャットってツラかよ、このおっさんが。知り合いか?」

 ボーイはタバコを吸いながら、ジュドーに尋ねる。

「まあ、直接の付き合いはないが……評判は悪くなかったな。ただ、子分が変な奴らで、しかも金次第で何でもやる……いや、みんなそうだったな。オレもそうだったし。たぶん、ここらへん……バク地区にいる連中だぜ」

「そうか。じゃあ、探すのは――」

 ボーイの言葉の途中、アイザックが入ってきた。

 そして一言。

「妙な奴らが来てる」


 ルルシーはなぜか、褐色の肌のウエイトレス……のような女に興味を持ったようだった。

「あなた、名はなんというのです?」

「カルメンよ。あなたは……こちらの方の妹さん? それとも彼女?」

 カルメンはそう言いながら、ガロードとルルシーを交互に見る。

「違うのです。私はガロードの保護者――」

「違うだろ!」

 そこに、ジュドーとボーイがやって来た。

 ガロードとルルシーを見て、対照的な表情になる二人。

「てめえ! 何しに来やがった!」

 まず、ボーイが吠えた。凄まじい形相で、ガロードとルルシーに近づく。

「オレは――」

「私たちが何をしようと、あなたには関係ないのです! ブッ飛ばされたいのですか?!」

 何か言いかけたガロードを遮り、ルルシーがわめいた。

 と同時に、椅子から立ち上がる。

「この吸血鬼が……」

 ボーイは、腰に下げている改造拳銃に手を伸ばし――

 だが、その手を押さえる者がいた。

 ジュドーだ。

「ガロード、それにルルシー、よく来たな。歓迎するよ。とりあえず、上の事務所に来ないか?」

 ジュドーは満面の笑顔を見せた。


「ガロード、それにルルシー、歓迎するよ。来てくれてありがとう」

 ジュドーはそう言って、二人を事務所のソファーに座らせた。

 その一方、ボーイは明らかに不愉快そうな様子であり、それを隠そうともしていない。

 ガロードたちの方を見ようともせず、窓際でタバコを吸っている。

 時おり、ガロードたちに聞かせるかのような舌打ちをしている。

「ボーイ、お前な……あ、そういや仕事入ったんだろうが。ここで打ち合わせしていったらどうだ?」

 このジュドーの発言に、いち早く反応したのがルルシーだった。

「ボーイさん……あなたは部外者に仕事の内容を話したのですか?」

 そう言いながら、ボーイを睨むルルシー。

「あのなあ吸血鬼――」

「吸血鬼と言うな! こいつはルルシーだ!」

 今度はガロードが立ち上がる。

 今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。

「上等だ……」

 素手のケンカはからっきし、のはずのボーイが、ガロードの前に進み出た。

 今にもケンカ、いや一方的な暴行劇が始まろうとした瞬間――

「ジュドー! ジュドー! 大変である! きょーでえが……ん、お前たちは誰であるか?」

 銀髪に白い肌、そして鋲打ち革ジャンパーを着た少女が、けたたましい声をあげて入ってきた。

 そして全員の顔を見る。

 次の瞬間、娘が叫ぶ。

「みんな! 早く来るである! こっちでケンカが起きそうである! 早く止めるである!」



 ガロードとボーイが大騒動を起こしている、そんな時――

 キークは一人、シン地区を歩いていた。

 やがて、公園跡にたどり着く。

 夕闇せまる公園跡は、潰され、そして持ち去られた遊具の残骸などが転がり、異様な雰囲気をかもし出している。

 そこに一人の中年男が立っていた。

「よう、ジャン。どうしたんだい、こんな所に呼び出して」

 人材派遣会社(兼ギャング)『オトワ屋』の社長、ジャン・ドテオカはニヤリと笑った。

「いえね、このところ物騒な事件が多くて……どうなってるのか、あなたにお聞きしたくて」

「物騒? 物騒な話は、ここには付き物だろう。オレが知るかよ」

「キークさん……ゴメス一家のマーク、虎の会のジョニーが死んでます。これはあなたが関わっているような気がするんですが」

 ジャンはそう言いながら、キークに近づく。

「そして、エバン・ドラゴ……私は昨日、会いましたよ。あれは妙な男ですね。ギャングらしくない。あれは変だ」

「何が言いたい」

「あなたも、ここに飛ばされてくる警官らしくない。おかしな人間が二人、立て続けに街に現れた。私はこれをどう解釈したものか」

 ジャンは、キークの目をじっと見つめる。

 すべてを射抜くような、冷たさとしたたかさとを感じさせる視線。

 キークはのんびりした表情で、あくびをした。

 そしてジャンから目を逸らし、鼻をほじる。

 その時、キークのケータイが震えた。

「ああ、どうした……今ちょっと……そうか、わかった……今行くよ」

 そう言って、キークはケータイをしまった。

「なあジャン、すまんが急用だ。行かなきゃならん。悪いな」

「……仕方ないですね。まあ、いいでしょう。あなたとは、長い付き合いになりそうですね」





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