表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/29

誰のため?

 バトルリングの翌日、キークはトランク署長に呼び出された。

「キャラダイィィン! 貴様あ! 昨夜はあぁ! どこにぃいたあぁ!」

「いやあ、相変わらず見事なシャウトですね、トランク署長」

「……殴られたいのか、貴様は」

「いえいえ、そんな……署長はハードパンチャーですからね」

 キークはのらりくらりとした応対でかわす。


 トランク署長は、大陸で無茶な命令を降す上司を殴り倒し、エメラルドシティに左遷された男である。直情的で、口より先に手が出るタイプであるが、同時に部下の面倒見は良い。しかし……。

 キークのことは、明らかに好いていなかった。


「貴様という奴は……せめて私に見つからないようにサボるということができんのか?」

「いやあ、不器用なもんですから……」

 キークはのほほんとした表情で答える。

「貴様という奴は……普段なら、この場で殴り倒しているところだ!」

「いや、それはご勘弁願います」

「……夕べ報告があったのだが、エバン・ドラゴという男が脱獄し、エメラルドシティに潜入したらしいのだ」

「はあ、そうですか」

 キークは相変わらず、のんきな様子で返す。

「……貴様には、事の重大さが全くわかっとらんようだな。知らんようだから教えてやる。ドラゴはな、大陸では知る人ぞ知るギャングの大物だ」

「んな奴、ほっときゃいいじゃないですか。ほっといても何もできませんよ」

「貴様という奴は……」


 キークはまたしても説教されるのであった。



 その日、クリスタル・ボーイは不機嫌だった。

 昨夜、バトルリングにわざわざ足を運び、ガロード対コニンの試合に十万ギルダンを賭けたのだ。

 ボーイが賭けたのは、言うまでもなくコニンの勝ちの方である。

 にもかかわらず、コニンは負けたのだ。そして、ボーイは十万ギルダンを失った。

 一方、キークはガロードに賭けて、五千ギルダン儲けたらしい。

「ったく、しみったれた奴だな……」

 ボーイは誰にともなく呟いた。

「ボス、なにか言いましたか?」

「言いましたか?」

 ボディガードの愚兄弟が、心配そうに顔をのぞきこんでくる。

「いや、何でもない」

 ボーイは軽いイラつきを感じながらも、何とかこらえた。

 これ以上、愚兄弟につきまとわれ、いろいろ聞かれてはかなわないからだ。

 ボーイは前を向き、歩き始めたが――

 ふと、足を止める。

 キークが一人で、妙な動きをしているのが目に入った。



 キークは歩き続けた。

 任務遂行のために。

 さっさと任務を終わらせて、ガロードとルルシーに血液の入ったビニールパックを渡さなければならないのだ。

 前を歩く男は『虎の会』の売り出し中の若きギャング、ジョニーである。

 やがてジョニーは、人気のない裏通りへと進んで行く。

 ここで始末する。


 キークはさりげなく右手を上げる。

 と同時に、何気ない仕草で周りを見ると――

「……」

 ボーイが数メートル離れた所に立ち、訝しげな表情でこちらを見ていた。

 さらに、その後ろからは――

「ボス、待ってくださいよお」

「よお」

 愚兄弟がドタドタと、騒々しい音をたてて走ってきた。

 キークは思わず、天を仰いだ。


「キーク、お前こんな所で何やってんだ?」

 そう言いながら、ボーイはキークに近づく。

 近づきながら、付近の様子を素早く目だけで確認する。

 向こうで、一人の男がこちらを見ている。

 あの男は、確か……『虎の会』の……。

 だが、なんだってあいつとキークが……。


 ボーイの視線を避けるように、ジョニーは早足で遠ざかって行った。

「なんだよボーイ、邪魔すんな」

 キークが残念そうな口調で言った。

「邪魔? 何のことだ? そもそも、お前ここで何してた?」

 ボーイは不信感を露にする。

「おいおい、どうしたんだよ? オレたち仲間じゃないか――」

「オレは誰も信じてない、そう言ったのはお前だろうが」

 ボーイはそう言いながらも、キークの表情をじっくりと見る。

「……そうだったな。ま、大したことじゃない。あのジョニーって奴から、小遣いせびれないかと思っただけだよ」

「……」

 ボーイは無言のまま、キークの目を見た。

 キークは、恐らく嘘をついている。

 だが同時に、嘘をついていることを証明する手段がない。

 いや、それ以前に――

 この男は何が目的なんだろう? 



 一方、ガロードは何となくすっきりしない気分で目覚めた。

 既に日は高く、昼は過ぎている。

 昨日の試合――そして結果が、まだ心のどこかに残っている。

 コニンには何の恨みもない。

 にも関わらず、殺さなければならなかった。


 ガロードにとって、人殺しは珍しいことではない。これまでにも、何人か(何匹か)殺した。だが、それは身を守るため、あるいは復讐のためだった。そこに罪悪感はなかった。

 しかし、昨日の試合は違っていた。

 大勢の観客の、狂ったような表情――

 そして、あの目。

 殺しを期待する、あの目。自分たちは絶対に安全な場所にいて、そこから二人の獣が殺し合うのを、神にでもなったかのような気分で見ている、あの目……。

 あの不愉快な目には見覚えがあった。


 五年前――

 まだガロードが軍に入って間もない頃、偶然、強盗事件に遭遇した。

 相手はナイフを持っていたが、ひ弱な若者であり、ガロードは取り押さえ、警察に突き出した。

 警察でありのままを話し、それで終わりかと思っていた。

 しかし、裁判で状況を説明することになり、出廷した。

 そして――

 あの不愉快な目の持ち主たちに出会った。

 傍聴人たちは、妙に楽しそうな顔で裁判を見ていたのだ。

 被害者がどんな目に遭い、加害者がどんな目に遭わされるかを、まるで子供がヒーローショーか何かを観るような雰囲気で見ていたのだ。


 ここには被害者がいて、加害者がいる。

 断じて、ショーではないのだ。

 ガロードは吐き気に近い何かを感じた。

 証言が終わり、ガロードは引き上げようとした、その時――

 加害者の少年が、反省の言葉を述べていた。

 その少年の母親らしき女が、傍聴席ですすり泣いていた。

 他の傍聴人は、好奇心と嫌悪感の入り混じった表情で、少年と女を交互に見ている。

 ガロードは、その場にいる全員を殴り倒したい衝動に――

 だが、それは一瞬のことだった。

 ガロードには、何もできないのだ。

 ただ、その状況から一刻も早く離れたかった。


 あの時の傍聴人と昨日の観客は、ほとんど同じ目をしていた。

 ただ、昨日の観客の方が、自分の欲望に忠実で、それを隠さなかっただけだ。 あんな連中のために、オレは人を殺した……。


 ガロードはやりきれないものを感じ――

 拳を固め、自らの憤りごと壁に叩きつける。

 あのリングには、もう立ちたくなかった。


 壁を殴りつけたことで、少しは気が紛れた。

 そう言えば、ルルシーはどこだ? 

 地下室か?


 地下室に行ってみると、ルルシーは眠っていた。

 ルルシーは昼間に、一時間ほど眠る。ただ、普通の睡眠ではない。意識不明の状態になるのだ。その間、何をしようが目覚めない。両腕を切り落とされても眠り続けるのだ。

 今のルルシーは、そんな状態だった。

 眠り続ける彼女を、そっと見守るガロード。

 リングで闘わなくてはならない。

 彼女を守り、彼女と生きるために。

 そして、奴らと戦い、殺すために。

 生きるために闘い、戦うために生きる。

 ガロードは、改めて誓った。


 その時――

 何かを叩く音がする。

 誰かがドアをノックしているのだ。

 ガロードの表情が一変する。

 誰が来たのだ?

 ガロードはゆっくりと、そして静かに動いた。

 家の扉が確認でき、なおかつ身を隠せる場所――そこから声を出した。

「誰だ?」

「ジュドーだ。ジュドー・エイトモートだよ。ボーイとは友達、キークとも知り合いだ。なあ、奴らから聞いてないか?」

「聞いてない。オレはあんたを知らない。帰れ」

「おいおい、そりゃないだろ……じゃあ、後でまた来る。そん時は、ボーイと一緒に来るからな」



 そのボーイは愚兄弟を引き連れ、キークのあとをつけ回していた。

 いや、付け回すというより、金魚のフンのようにくっついて歩いていた。

「……ボーイ、なんで付いて来るんだ?」

 キークは困った顔で尋ねる。

 しかし、

「一緒に散歩すんの、嫌なのか?」

「嫌なのか?」

 デカい体と、悲しそうな目で迫る愚兄弟。

「え……いや、そんなことはないよ。お前らイイ奴らだしな」

 キークは困った顔で、そう答える。

「イイ奴だってよ!」

「だってよ!」

 巨体を震わせ、嬉しそうにはしゃぎ回る愚兄弟。

「ぷぷぷ……」

 ボーイが笑いをこらえている。

 その時、ボーイのケータイが鳴った。

「おうジュドー、どうした……お前の頼みでも、それは無理……いや、それは……わかったよ! これは貸しにしとくからな!」



 そして――

 ガロードとルルシーの家は、窮屈な状態になっていた。

 ガロード、ルルシー、キーク、ボーイ、ジュドー、そして愚兄弟。

 全員、なんとも言えない雰囲気で顔を付き合わせている。


「ようガロード、初勝利おめでとう。お前のおかげで儲かったぜ」

 口火を切ったのは、ジュドーだった。

「……どういうことだ」

 ガロードは不信感を露にした顔で返す。

「いや、オレはお前に十万賭けてたんだ。おかげで五万儲けたぜ。ところで、そこのお嬢ちゃんは?」

 ジュドーがルルシーを見たとたん、

「私はルルシーです。私はガロードの保護者――」

「誰が保護者だ!」

 ルルシーの言葉を遮るガロード。

 すると今度は――

「ガロード、お前の試合見たぞ。お前強い」

「お前強い」

 愚兄弟は、目をキラキラさせながらガロードに迫っていく。

「え……」

 困惑するガロード。

 思わず、助けを求める視線をルルシーに向ける。

 だが、ガロードは左右から愚兄弟に挟まれてしまった。

 少年のような瞳で、愚兄弟はガロードを見つめる。溢れんばかりの、尊敬の眼差しだ。

 ガロードと愚兄弟、そして一人を除く全員が、笑いをこらえている。

「ガロード、お前アイザックと闘ったらどっちが強いんだ?」

「強いんだ?」

 愚兄弟はそんな空気を全く感知せず、強い者に対する純粋な尊敬の念を全身で表現しながら、ガロードに迫る。

「え……いや、あの……アイザックって誰――」

「クソ! オレはてめえのせいで大損だ!」

 ガロードの言葉の途中で、ボーイが吠えた。

 そして、なおも言葉を続けようとしたが――

「ボーイ、その辺にしとけよ。ガロードとルルシー、オレはジュドー。ちょっと離れたバク地区で食堂をやってる者だ。昨日はガロードのおかげで儲けさせてもらったよ。よろしくな」

 そう言って、笑みを浮かべるジュドー。

 ガロードは、返事に詰まった。

「あ、ああ……」



 キークは一人、歩いていた。

 さっきまでガロードとルルシーの家で、あれやこれやの話をしていたのだ。

 ガロードはほとんど発言せず、みんなの話を真面目な顔で聞いていた。

 ボーイは、そんなガロードをけなすことに専念し――

 ルルシーは、そんなボーイをけなすことに専念していた。

 愚兄弟はその間で、困った顔をしていた。

 ジュドーは面白おかしい話をして、雰囲気をなごませる。

 キークはひたすらフォローに回りながら、皆の話を注意深く聞いていた。

 そして夜がふけ、解散となる。

 その去り際に、ガロードに言われた言葉――

「あの、血を……持ってきてくれて……ありがとう。あんたの……あんたのおかげで……助かった。あ、あんたが……いなかったら……本当に……あ、ありがとう」


 慣れないのであろう、ガロードはぎこちない口調で何度も言葉につまりながらも、真剣な表情で感謝の気持ちを伝えてきた。

 その瞳は、純粋な感謝の気持ちに溢れていた。


 ありがとう、だと?!

 ふざけるな!

 オレは……。

 オレはただの、組織の犬なんだよ。

 お前らを助けたのも、任務遂行のためだ……。

 組織のために、オレはやったんだよ。

 この先、命令が降れば……お前とルルシーを始末しなけりゃならないんだよ、オレは……。

 そして、このままいけば、ほぼ確実にそうなるんだよ……。

 だが安心しろ。

 その時がもし来たら、一思いに殺してやるよ。

 苦しまずに、あの世に旅立たせてやる……。

 二人一緒にな。



 一方、ボーイと愚兄弟そしてジュドーは、連れだって歩いていた。

「クソ! あのガキ本当にムカつくぜ!」

 悪態をつきながら歩くボーイ。

 オロオロしながら、付いて歩く愚兄弟。

「……なあ、お前をそこまで怒らせるってのも、ある意味すげえよな」

 ジュドーがポツリと呟いた。

「何言ってんだよ! それだけあのガキが――」

 突然、ボーイのケータイが鳴る。

「ああ?! 誰だよ!」

 語気荒くケータイを取り出すボーイ。

 だが――

 次の瞬間、その表情が一変する。

「……はい……はい、わかりました。明日の三時ですね……はい、必ずうかがいます」

 ボーイはケータイをしまうと、ジュドーの方を向いた。

「タイガーからの呼び出しだよ……」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ