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男はバカだ

 その日、棺桶を背負ったガロードとキークは、古い一軒家を訪れていた。

 家の前では、ゴドーが待ち構えている。

 キークの姿を認めると、さっそく寄ってきた。

「おうキーク! どうだこの家は?! 破格の五百万でどうだ?!」

「親父さん、五百万は高くないか……クメン国並みだぜ」

「ふざけるな! いいか、ここはシン地区だぞ。タイガーのシマだ。治安はいい上、電気水道ガス全てオーケーだ。しかも、ホームレス全員追い出して中を片付け、さらに――」

「わかったわかった。どうするガロ?」

「え? オレ?」

 ガロードは訳がわからなかった。

 復讐のターゲットの一人であるフォックス。そのフォックスの情報を教えるからと言われ、ガロードはキークと会い、そしてここまで付いてきたのだ。

「ガロ、ここは電気水道ガス全て揃ってる。地下室もある。なあ、ルルシーと二人で、この家で暮らすのもいいと思うが?」

「……」

 ガロードは呆然とした様子で、ただただ立ち尽くしている。

 その時――

「ガロード! 中に入るのです! 中を見てから決めるのです!」

「黙れバカ!」

「バカ? またバカと言ったのです!」

 たちまち、ガロードと棺桶の言い争いが始まる。

 キークは、苦笑するしかなかった。

「おい……何でもいいけどな、買うのか買わないのか、はっきりしてくれ」

 ゴドーが呆れたような表情で言った。

 言った後キークに近づき、腕をつつく。

 そして、耳元に口を近づける。

「おいキーク、何じゃこいつは……棺桶に女を入れてんのか?」

「ああ」

「……なるほど、そういうことか……まあいい。金さえ払ってくれれば、相手がオランウータンでもウルメイワシでも、一向に構わんぞ」

 ゴドーは一人で納得すると、次にガロードの方を見る。

「さあ、あんたらはどうするんだ? 買うのか買わないのか、はっきりしてくれんか?」

 訳知り顔をしながら、ガロードに尋ねるゴドー。

「……いや、そんな金はないですから――」

「これから稼ぐのです! ローンで買うのです!」

 棺桶の中から、ルルシーが口を出す。

「……と、嫁さんは言ってるが?」

 再びガロードに尋ねるゴドー。

「何を言ってるのです! 私は嫁ではないのです! このガロードの保護者なのです!」

「保護者! ふざけるな! 誰が――」

「もういい! ゴドー、三百万で買う。支払いはローンだ。保証人はオレ。構わないな?」

 さすがにキレた様子のキークが、二人を怒鳴りつけた。

 そして商談をまとめに入る。

 だが――

「三百万?! 貴様ふざけるな! 四百五十が限度だ! その値段だって、貴様の顔を立てて――」

「じゃあ三五は?」

「安すぎる! 四三! これ以上は――」

 悪徳警官と強欲商人の、火花をちらす商談が行われている間に――

 ガロードとルルシーは家に入り込み、様々なものを見て回っていた。

 さほど広くはないが、それでも二人で暮らす分には問題ないだろう。さらにありがたいのは、地下室があることだった。地下室の中にも電気や水道が通っており、中でも生活できそうだった。

「ガロード……ここにするのです。この家を買うのです。ここなら、二人で住めるのです」

 棺桶から抜け出たルルシーが、瞳を輝かせる。

「ああ……そうだな。ここなら、二人で平和に過ごせる」

「ガロード、私も手伝うのです。これからも、いっぱい頑張るのです。そして一緒にお金を稼ぐのです」

 瞳をキラキラさせ、語るルルシー。

 ガロードは力強くうなずいた。

 見つめあう二人。

 しかし、邪魔者が乱入する。

「おいおい! わしに無断で勝手にうろつくな! お前ら、三八でまとまったがどうする?」

 入って来たゴドーが、ダミ声で二人に尋ねた。

「買うのです。お金は月々払っていくのです」

 ルルシーが即答する。

「そうか! まず、手付金として五十万だ。その後は月々三十万ずつ――」

「はあ?! どういうことです?! 月々三十万なんて―― 」

「あのなあ、お嬢ちゃん。ここのローンは最長で一年なんだ。なんたって、この街じゃあ、いつ死ぬかわからんからな。どうするんだい?」

 ルルシーの金切り声を遮り、ゴドーは諭すような口調で尋ねる。


 実のところ、このエメラルドシティにおいて、ローン自体がまずあり得ない話なのだ。

 いつ死ぬかもわからない上、定収のある者も少ないこの街。

 ここでローンを組むというのは、死刑の前にタバコをすすめられ「体に悪いから、ぼくはタバコは吸いません」と答えるのと同じような、賢いとは言い難い行為と見なされている。少なくとも、ここの住人からは、そう見なされる。


「どうすんだい、お嬢ちゃん? やめとくってんなら、わしは構わんぞ」

「……わかりました。それで手を打つのです。買うのです。ところでキーク、頼みが――」

「五十万貸せ、だろ。いいよ貸してやる」

 ルルシーが言い終わる前に、キークは答えた。

「本当ですか?!」

「い、いいのか!」

 ガロードとルルシーが、同時に声を出す。

「ああ構わんよ。ただし、一つ条件がある」

 キークはそう言った後、ゴドーの顔を見る。

 ゴドーは一瞬、戸惑った素振りを見せた。

 だが、その視線の意味に気づくと――

 ニヤリと笑い、深くうなずいた。

 それを確認したキークは、おもむろに口を開く。

「ガロ……お前に明日、バトルリングに出てもらいたいんだ」



 その頃、クリスタル・ボーイはタイガーの事務所にいた。

 『虎の会』。

 いつからか、また誰が名付け親は知らないが、タイガーの組織は皆からそう呼ばれている。

 その虎の会の事務所に、ボーイは単身、後金を受け取るために来ていた。

 事務所の前に立ち、ドアをノックする。

「入れ」

 男の声が聞こえた。

 ボーイはゆっくりと扉を開け、慎重に中に入った。何せ、タイガーと会うのはこれで二度目である。下手な態度をとり、怒らせるわけにはいかない。


「クリスタル・ボーイ……ジュドーから、お前の噂は聞いている。ボーイと呼んでいいな」

 タイガーは、妙に穏やかな雰囲気を漂わせていた。それでも目つきは鋭かったが。

 さらに、白髪で白い肌の痩せた不気味な男が一人、じっとこちらを見ている。居心地が悪いことこの上ない。

「ええ、ボーイと呼んでください」

「わかった。では、これが後金だ」

 そう言うと、タイガーは椅子から立ち上がり、カバンの中から厚い封筒を取り出した。

 その封筒を、ボーイに手渡す。

「五十万あるはずだが……念のため、この場で数えてくれ」

 数えてくれ、と言われて本当にこの場で金を数えるほど、ボーイはバカではない。

「いや、タイガーさんを信用してますんで……じゃあ、ぼくはこれで……」

 そう言うと、ボーイは頭を下げ、そして扉に向かって――

「待て」

 タイガーに呼び止められた。

 ボーイは顔ににこやかな笑みを浮かべ(そして腹の中は煮えくりかえりそうになりながら)振り返る。

「どうしました?」

「キーク・キャラダインが二人を始末したことになっているが……奴はお前の仲間だと解釈して構わないのだな?」

「……」

 タイガーの言葉に対し、ボーイは一瞬、返答に困った。

 だが、それはほんの一瞬だった。

「そうです。奴はぼくの仲間みたいなもんです」

 ボーイは笑みを浮かべながら答えた。

 実のところ、ごまかそうかという考えも、一瞬ではあるが頭をかすめた。しかし、この先もキークと一緒に仕事をする以上、タイガー相手に下手なごまかしをすると、後々、さらに厄介なことになる。

 ならば正直に言った方がいい。キークには黙っておこう。もしキークにバレたら、その時はその時だ。大体、キークは自分の存在を秘密にしておいてくれ、とは一言も言っていない。むしろ、堂々とガロードと会っていたりする。

 ならば、言ってしまっても問題ないだろう。

 ボーイは一秒あるかないかの間にそんなことを考え、結論を出したのだ。

「そうか……警官を味方につけるとはな。お前は、私が思っていた以上のキレ者かもしれんな」

「いや、恐れ入ります。では、これで――」

「待て。お前は……今でもジュドーとは会っているのか?」

「はい?」

「……ジュドーとは今でも連絡をとっているのか、と私は聞いたのだが?」

 タイガーの表情が、わずかに変化する。

 同時に、声色にも怒りの感情が混じる。

「え、ええ……昨日も会いました」

 ボーイは顔をひきつらせながら答えた。

「そうか……元気だったか……いや、聞く必要はないな。奴はゴキブリ並みのしぶとさだった」

 タイガーはうつむき、誰にともなく呟いた。

 ボーイは唖然としながらも、どうにか気のきいた答えを返そうとする。

「……そ、そうですね。奴は本当にしぶとい――」

 タイガーがまた、視線を上げた。

 ボーイは言葉の途中で、思わず黙りこんだ。

「今度、奴に言っておけ。たまには、こちらにも顔を出せ、とな」




 ガロードやゴドーらと明日の打ち合わせを終えたキークは、一人のんびりと歩いていた。

 途中で何度も休憩をとり、その度にしょうもないもの(お菓子や飲み物など)を周りにいた人からせびったり、歩いている女の尻を撫でたりしながら、キークは移動していた。

 一見、不良警官の徘徊にしか見えないが、その実、キークの目はあちこちの様子を観察し、必要な情報をその頭の中にデータとして収納していたのだ。

 歩いていると見えるものも、車で移動していると見えないこともある。

 そのためキークは、なるべく歩いて移動するようにしていた。


 やがてキークは、目指す場所にたどり着いた。

 食堂の『ジュドー&マリア』である。

 かつては怪しげな連中やギャングがアジトとして用いていた洋館であったが、ジュドーとその部下たちが住み着き、体を寄せあって生活し、何やら血の繋がらない家族のような雰囲気をかもしだしていた。

 その後、一時的にエメラルドシティを離れていたものの、街に戻ってからは、住居を食堂に改造し、便利屋との二足のわらじで商売をしている。

 最近では、新しい料理の『カレーライス』が大当たりし、大陸からお忍びで食べに来る者もいるらしい、との噂だ。


 だが、その日は珍しく客がいなかった。

 キークが店内に入ると、褐色の肌をした、長い黒髪の異国情緒溢れる女がやって来た。

 だが、制服姿のキークを見て、わずかに顔色が変わる。

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」

 キークは、女に案内された席に着いた。

「ご注文は?」

「んー、とりあえずコーヒーでももらおうか」

 キークはそう言うと、じっくり周りを見回す。

 ふと、その視線が一ヶ所に止まる。

 そこには、写真が飾られていた。

 髪の薄く、腹の突き出た、お世辞にもイケメンとは言えない中年男の笑った横顔が写った写真。

 キークはその写真を、じっと眺めた。

「お待たせしました、キーク・キャラダインさん」

 冷たい口調の男の声と同時に、テーブルにコーヒーが置かれる。

 キークが顔を上げると――

 黒いスーツの上にエプロンを着けた若い男が、天然パーマの頭をポリポリ掻きながら、不機嫌そうな顔でこちらを見ている。

「あんた、ジュドーさんだね。タイガー、ゴメスに次ぐ第三の男だって噂だ。ついでに言うと、あんたのことを悪く言う奴も、あまりいないんだよな。大したもんだね、あんた」

「いや、そんな大した者じゃないですよ。それより、何の用で?」

 ジュドーは無表情で尋ねた。

「用ってほどのもんじゃないが……そこの写真の奴はベリーニだな?」

 キークのその言葉を聞いたとたん、ジュドーの表情が変わる。

「そうですが、何か?」

「聞いた話じゃ、あんたとえらく仲良しだったらしいな。そういや、裏の仕事もやってたらしいんだな。能力者を始末する殺し屋チームの後始末担当だったって噂だ」

「何が言いたいんです、キャラダインさん?」

「キークと呼んでくれ。まだ話は終わってない。ベリーニの奴は、結局、裏の仕事が原因で殺された……いや自殺したらしいんだな。裏の仕事の仲間たちをかばって、さんざん拷問された挙げ句、隙を見て自殺したって噂だ」

 キークはそこまで言うと、いったん言葉を止め、コーヒーに口をつける。

 いつの間にか、ガロードを一回り大きくしたくらいの体格の男が出てきて、こっちを睨んでいた。

 さらに、褐色の肌をした女も、殺気のこもった目でこちらを見ている。

 普段のキークなら、さっさと引き上げたはずだ。

 しかし――

「ベリーニも、どうしようもないバカだよな。そんなクズみたいな殺し屋共のために自殺しなくてもいいだろうに。オレなら、さっさと吐いちまうね。その上で、泣いて頼んで土下座して、さらに尻の穴まで差し出すよ、生き延びるためならな。クズ共を守るために自分で自分の口封じをするなんて、どうしようもないバカ――」

「いい加減にしろ!」

 叫んだのは大男だった。片方の目に機械仕掛けの眼帯のような物を装着したその男は、怒りで体を震わせている。

「おや、どうしたんだいアイザックさん」

 キークは恐れる様子もなく、平然と言い放つ。

「貴様! ベリーニのことをそれ以上――」

「おいおい、何を熱くなってる? はっきり言うがな、ベリーニの仲間はクズだよ。自分の都合で仲間に引き込んで、こうなることも予想できなかったのかね? いざとなったら、真っ先に狙われるのはベリーニだってことを、奴の仲間は考えてなかったのかね? ベリーニの身の安全に気を配らなかったのかね? 警官だから狙われないとでも思ってたのかね?! そんなんで仲間だなんて言えるのか?! はっきり言って、とんでもない大バカのクズ野郎だよ、ベリーニのお仲間は!」

 キークはしゃべり終えると、またコーヒーに口をつけ、一気に飲み干した。

 アイザックは何も言い返さなかった。

 ただ下を向き、体を震わせている。

 ジュドーも、うつむいている。

 さらに、すすり泣きの声が聞こえてきた。

 褐色の肌の女が、カウンターにもたれかかり、崩れ落ちるような姿勢ですすり泣いていた。

 しばらく、店内にはすすり泣きの声しか聞こえなかった。

「確かに、あんたの言う通りだ。ベリーニを仲間に入れた奴は、どうしようもないバカで、クズ野郎だ」

 最初に口を開いたのは、ジュドーだった。

「そんなこと、考えてもいなかった……いや、考えてはいたが、無視してたんだろうな。あの当時は、能力者を七人殺した警官は、大陸の勤務に戻れる、なんて噂もあったし、いくらなんでも警官に手は出さないだろう、なんて高をくくってた部分もあった――」

「知らねえよ、そんなこと……とにかく、オレはもう帰る。邪魔したな」

 キークは立ち上がり、もう一度写真を見つめた。

 心の底からの喜びが、写真から伝わってきた。

「凄く幸せそうに笑ってるな、この写真」

「ベリーニは言ってたよ……男はバカな生き物だって……よく、そう言って笑ってたっけ」

 ジュドーが答える。

「……」

 キークは、それ以上なにも言えなかった。

 すすり泣きの声は、まだ止まらなかった。



 店を出た後、キークはワケが分からなくなった。

「オレは、何をやってんだ……」

 ここに来た目的は、ただ単にジュドーという男を自分の目で見て、肌で感じたかったからだ。

 なのに――

「オレは……何をやっている?」






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