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忘れたままでも……。

 とあるビルの地下二階。そこの一室に、十人ほどの人間が集められていた。

 室内には、同じ方向を向いた安物のパイプ椅子が大量に並べられている。

 さらに、椅子に座ると、そこから見えるのは机と黒板である。

 まるで教室のようだが、教室ではない。

 ここは、タイガー主催の競売会場である。今から、『仕事』の競りが行われるのだ。そして、もっとも安値で競り落とした者のみが『仕事』を請けられる。

 クリスタル・ボーイは、その会場に来ていた。

 周りにいるのは全て顔見知りであったが、皆、妙な視線を投げかけてくる。お前みたいな売人が、何しに来た、とでも言いたげな目で、ボーイを見ている。

 居心地の悪さを感じた。できることなら、さっさと始めてほしかった。


 しばらくすると――

 扉が開き、初老の男が入ってきた。

 年齢は五十代か。真っ白の髪を綺麗に撫で付け、高そうなスーツに身を包んでいる。落ち着いた物腰と態度で、一見すると温厚な紳士に見える。

 だが、ボーイは知っている。

 このギャリソンという男は、眉一つ動かさずに、人の体をバラバラに切り刻める男だということを。

 そして、ギャリソンの登場を合図に――

 競りが始まった。



 その頃。

 キークは一人、パトロールをしていた。

 しかし、パトロールとは名ばかりである。キークはゴメスのシマをうろつき、あちこち見て回っていた。まるで、事件を捜査する刑事のように。

 そんなキークの動きに何かを感じたのか、一人の男がキークの行く手をさえぎった。

「キークの旦那、こんな所をうろうろして……いったいどうしたんで?」

 ゴメスの部下、トレホが凄まじい目付きでキークに話しかける。

「ようトレホ。相変わらず怖い顔してるなあ、あんたは」


 トレホはゴメスの腹心の部下である。四十近い年齢であるが、考えるよりも先に体が動くタイプの、典型的な武闘派である。また、本当に恐ろしい顔をしており、彼の顔を文章で表現するなら『未開の民の呪術士が儀式で使う怪しい仮面に長髪と髭を生やした状態』だろうか。

 だが、そんなトレホも最近は妙におとなしかった。いやトレホだけではない。ゴメスの部下すべてが、近頃は妙におとなしく、もめ事を起こしたという話を聞かなくなっていた。


「あんたに一つ聞きたいんだがな、最近どうしたんだい?」

 キークは、薄ら笑いを浮かべながら尋ねる。

「何が言いたいんで?」

「トレホさん、聞いてるのはオレだぜ。最近あんたら、妙におとなしいじゃないか。金持ちケンカせずってヤツか?」

 その言葉に、トレホの表情が変わる。

「こっちにも事情ってものがあるんだよ……わかんだろ、キークさんよお」

「わからないな。事情ってなんだい?」

「キークさん……オレたちはな、ナメられたらやっていけねえんだよ」

 トレホの表情は、完全に変わっている。

 ただでさえ恐ろしい顔が更に怖くなっている。完全にギャングの顔だ。

「おいおい、そんな顔するな――」

「警官だからって、調子にのるなってことだよ、オレが言いたいのは!」

 凄むトレホ。

 キークは妙な気配を感じ、周りを見回した。

 人相の悪い男たちが、じっとこちらを見ている。何かあれば、すぐにでも飛び出す構えだ。

 キークはこの状況を、さほど怖いとは感じていなかった。この辺りの地理は頭に入っている。逃げるルート、そして反撃に適した場所なども、ちゃんとわかっているのだ。しかも、戦う方法も知っているし武器も持っている。

 だが同時に、こんなところで無用な争いをするような愚か者でもない。

「まあまあ、そんなににらまないでくれよ。オレの心臓を止める気か? オレは引き上げるよ」

 キークはそう言うと、向きを変え、歩き出した。

 歩きながら、ケータイを取り出す。


 キークが次に向かったのは、バク地区の裏通りであった。

 人通りのほとんどない裏通りを歩き、着いた先は公園の跡地だった。

 かつては子供たちの遊び場であったのだろう、大小さまざまな形の遊具らしきものの残骸が放置され、いるだけで物悲しくなってしまう空気に満ちている。

 そんな場所に、一人の中年男が立っていた。

 小柄でやや太り気味ではあるが、その目からはなたれる光の強さは、不屈の意思の持ち主であろうことを感じさせる。

 その男はキークの姿を確認すると、すぐに口を開いた。

「あなたがキーク・キャラダインさんですか……私に何の用です?」

「ジャン・ドテオカさんだね……なに、大したことじゃないんだ。ちょっとした顔見せ、それに世間話がしたくてね。どうだい景気の方は?」

「ウチみたいな零細が、いいワケないでしょう」


 ドテオカは、もともとゲドウ会というギャング組織の幹部であり、ボスのトゥッコに次ぐ権力の持ち主であった。

 しかし、ゲドウ会に突如、ジュドーの部下のアイザックとカルメンが殴り込みをかけ、かなりの数の部下を射殺した。

 さらに、そのドサクサに紛れ、ゴメスに雇われたイチという殺し屋がトゥッコを始末してしまったのである。

 ゲドウ会は壊滅した……はずだった。

 しかし、ここでドテオカは凄まじい手腕を発揮したのだ。

 ドテオカは残った部下をまとめあげ、そしてタイガーやゴメスらに話をつけ、さらにはゴドーやクリスタル・ボーイらにも根回しして、どうにか生き残ることに成功した。

 結果、ゲドウ会は消えたものの、オトワ屋という人材派遣が主な業務内容の会社が誕生したのだ。

 表向きにはギャングとは無関係、となってはいるが……それは建て前だった。だが、ゴメスもタイガーも、さほど気にかけてはいなかった。

 ゴメスもタイガーも、潰し合うよりは共存共栄を選んだのだ。


「なあ、あんたは誰が憎いんだ? ジュドーの手下か? それともゴメスか? その両方か?」

 キークは薄ら笑いを浮かべて尋ねる。

「……そんなことを聞いてどうするんです?」

「ゴメスは難しいが……ジュドーと、その手下どもなら始末してやるぜ。もちろん金次第だが」

「……本気ですか?」

 ドテオカはクスクス笑いだした。

「ククク……あのねキークさん、やれるもんなら、とっくにやってますよ。奴らは相当な手練れだ。奴らに勝てる気はしません。アイザックとカルメンの二人は、あの激戦を生き延びたんですよ。めくらとダルマの分際で……」

 ドテオカは低い声で毒づいた。

「らしいな」


 ゲドウ会に殴り込みをかけたアイザックは盲人だったのだ。

 カルメンにいたっては、両手両足を切断され、昔は性奴隷として人間以下の扱いを受けていた。

 だが、二人はジュドーに拾われた。

 そして、この二人はコンビを組み、お互いの欠点をカバーし、血ヘドを吐くような猛トレーニングの末、一流の殺し屋として、少しは知られる存在となっていった。

 そして今では、アイザックは電子制御の義眼、カルメンも電子制御の精巧な義手と義足を手に入れ、ジュドーの経営する食堂で働いているらしい。


「確かに奴らは手強いかもしれない。でもな、オレの所にも相当な奴がいる。奴なら――」

「あなたはまだ信用できません。信用できない人間と、そんな話はしたくないですね」

 ドテオカは冷酷な表情で、キークの話を遮る。

「そうか……わかったよ。だがな、ご要望とあればいつでも始末してやるぜ。気が変わったら、連絡してくれ」

 キークはそう言うと、歩き始めた。

 しかし、またしても立ち止まる。

「そういや、ドラゴって奴が近々やって来るって噂だぜ」

「ドラゴ? 何者です? 私は知りませんが?」

 訝しげな表情をするドテオカ。

 嘘をついているようには見えなかった。

「そうか、知らないか……わかったよ。ま、いつでも連絡してくれ」



 その日の夜。

 クリスタル・ボーイから連絡があり、キークとガロードは、前回と同じ廃ビルに集合した。

 だが――

「ガロード……てめえ何のつもりだ……」

 ボーイが凄みを効かせた声を出す。

 今にも殴りかかりそうな表情で、ガロードを睨みつける。

「……何のことだ?」

 その視線を、平然と受け流すガロード。

「言わなきゃわからねえのか? そこの吸血鬼を今すぐ帰らせろ! そいつに仕事の話を聞かせてどうすんだよ!」

 ボーイはそう言うと、ガロードの隣のルルシーを指さす。

「私にはルルシーという名前があるのです!」

 ガロードが答えるより早く、ルルシーが怒鳴る。

「知らねえよ! おいキークさんよお! てめえ、こいつらの飼い主だろうが! ちゃんとしつけぐらいしとけ!」

「……言い過ぎだな」

 ガロードは低くうなり、一歩前に出る。

 だが、キークが割って入った。

「お前ら、仲良くしろとは言わないがな……モメ事は起こすな。ボーイ、ルルシーのことより、仕事の方を頼む」

 キークはため息まじりに言った。

「……チッ。とりあえず、仕事は取れた。殺す相手は――」

「能力者のビルとテッド。競り落とした金額は百万ギルダン、だろ?」

 キークの言葉を聞き、ボーイの表情が変わる。

「……どういうことだ? 何で、てめえが……」

「オレの情報網をなめるなよ」

 ニヤリとするキーク。

「……てめえは、本当に恐ろしい奴だな。いや、正直ビビったぜ」

 ボーイも壮絶な笑みを浮かべる。

 ただ、その笑みは、キークへの畏敬の念から出るものだった。


 タイガーの仕事を請けたものは、基本的に他言無用である。

 もし口を滑らせ、誰かに仕事の内容を洩らしてしまった場合(そして、その事がタイガーの耳に入った場合)、その者は『死神』という異名を持つ殺し屋によって始末される。

 前にタイガーの子分が、街のチンピラに情報を洩らしていて、ジュドーにそのことを突き止められた。

 結果、二人は首を切られ、一日晒し者になった。


「わかってるなら話は早い。前金で五十万だ。これを三等分――」

「四等分なのです。私も手伝うのです」

 ルルシーが口を挟む。

「……」

 ルルシーを睨むボーイ。だが、それは一瞬だった。すぐにキークに視線を移した。

「なあキークさんよお、このお嬢ちゃんはどうすんだ? やれんのか?」

「構わないだろう……やれるな、お嬢ちゃん?」

「私はあなたが生まれる前から生きているのです。経験は……あなたよりはあるのです。あと……私はお嬢ちゃんではないのです。ルルシーなのです。いい加減にしないと、ブッ飛ばすのです」

 大きな瞳に敵意をみなぎらせ、キークを睨みつけるルルシー。

「わかった。じゃあ、お前さんにも手伝ってもらおうか。よろしく頼むぜ、ルルシー」

 キークは右手を差し出した。

「あなたとは握手したくありません」

 プイッと横を向くルルシー。

「……失礼だろうが」

 ガロードが口を挟む。

「いや、いい。それよりもボーイ、まずは金だ。金を分けた後、段取りを決めちまおう」



 金を分配し、仕事の段取りについて話し終わると、ボーイはさっさと帰っていった。

「こんなガキには付き合ってられねえよ。いいか、確実に仕留めろよ」

 そんな捨て台詞を残し、不機嫌そうな顔を隠そうともせずに立ち去った。

「やれやれ、奴は自由過ぎるな……ところで――」

 ガロードとルルシーも帰りかけていた。

「おい! お前らなあ、まだ――」

「段取りは済んだ。オレたちは忙しい」

 ガロードは淡々とした口調で返す。

「なあガロ、お前に一つ聞きたいんだ。その……忘れる気はないのか?」

「忘れる……」

「復讐なんか忘れて、ルルシーと二人でのんびり暮らすってのはどうだ?」

 キークは穏やかな口調で、諭すように言う。

 だが――

 ガロードの表情が変わった。

 いきなり、着ていたコートを脱ぎ捨てた。

 さらに、その下の防弾ベストとTシャツも脱ぎ捨てた。

「おいガロ! お前なにをして――」

 キークは何か言いかけたが、言葉を途中で呑み込んだ。

 ガロードの胸に刻まれた、下手くそな刺青。

 ミミズがのたくったような汚い字で、いくつもの人の名前が刻まれていた。

「全員、奴らに喰われたんだ……生き延びたのは、オレ一人だ……オレは、絶対に忘れない――」

「忘れたままでも、生きていける……それに、ルルシーのことも考えろ」

 キークは視線を落とし、呟くように言った。

「私も付き合うと決めたのです。ガロードの復讐に……それが私にできる、ただ一つの償いです」

 寂しく笑うルルシー。

「忘れたままでも、生きてはいけるだろうよ……でもな、忘れちゃいけないんだよ!」

 ガロードの魂の叫びが、廃墟に響き渡った。

「そうかい……なら、これ以上は言わねえ。好きにしな」

 キークは吐き捨てるように言った。

 そして二人を残し、立ち去った。



 キークは、またしても地下道に降りた。

 だが、今日は先客がいたのだ。

 地下道を歩いていると、顔がくずれかけていたり、片手がなかったりする男たちが数人あらわれ、キークの周りを取り囲んだ。

「ぐいものをだぜえ」

 男の一人が、首を締め上げられている最中に無理やり発したかのような声でキークに凄む。

 キークは無言のまま、左手で拳銃を抜いた。

 男たちは怯んだような素振りを見せる。

 だが、男の一人が何か光るものを抜いた。

 その瞬間――

 キークが右手を振る。

 右手首にはめている腕時計から何か糸のような物が伸びる。

 糸はまっすぐ飛んでいき――

 男の首に絡まる。

 キークは右手を、あたかもマリオネットを操作する人形師のように、小刻みに動かす。

 動かすたび、男が悲鳴をあげる。

 他の者たちは、その光景に呑まれ、動くことができない。

 やがて、キークは右手を振る。

 すると、男の首に絡まっていた糸がほどけ、そして腕時計に戻っていく。

 糸は腕時計に、完全に収納された。

「失せろ」

 冷たい表情で言い放つキーク。

 その瞬間、男たちは後ろも見ずに、凄まじい勢いで走り去って行った。

 キークは男たちの方を見ようともせずに、ケータイを取り出す。

「……はい……アリティーでなければダメですかね……わかりました……任務継続します」







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