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ドッグマン

 その日、ガロードは久し振りに、柔らかいベッドで眠っていた。

 その傍らにはルルシーがいて、つまらなさそうな顔をしている。

 見た目はルルシーの方が歳下だが、実際のところはルルシーの方が遥かに歳上なのだ。

「ガロードの奴、平和そうな顔して寝てるのです。顔にいたずら書き――」

 その時、ケータイが鳴り始めた。

 一瞬にして飛び起きるガロード。

 だが、電話に出たのはルルシーだった。

「はいはいキークさん、何の用……私はお嬢ちゃんではないのです! ルルシーなのです! バカにしてると……だから、私に言えばいいのです! ……あなたをいつかブッ飛ばすのです……」

 ルルシーは不快そうな顔で、ガロードにケータイを渡した。

「キークの奴が、あなたじゃないとダメな話だ、って言うのです。私のことを子供扱いしてるのです。不愉快です!」

 ガロードはその言葉を無視した。

「キーク、さっそく仕事なのか?」

(いや、まだだよ。その前に、お前のことを仲間に紹介しときたくてな。明日出てこれないか?)

「明日?」

(正確には、今日の昼だ。たぶん一時か、その辺りの時間だ。なあ、構わないだろ?)

「……わかった」

(詳しいことは追って連絡する。じゃ、今のうちにたっぷり眠れ)



 キークはケータイをしまうと、歩き出した。

 もう十二時過ぎである。

エメラルドシティはこの時間帯だと、一部の地域を除いて、まるきりの無法地帯と化す。

 治安警察と言えども、安全だとは言えないのだ。

 したがって、キークは数少ない安全な『一部の』地域にいた。

 治安警察署の施設内である。

 キークはその中を歩いていた。

 そして辺りを見回し、誰もいないことを確認した後、留置場に入り込む。

 テーブルと椅子が設置された詰所には、一人の女がいた。

 歳は四十過ぎか。がっしりとした体つきをしている。治安警察の制服を着てはいるが、やる気の欠片も感じられない態度とふてぶてしい面構えは、ある種の潔さすら感じさせた。

「キーク……またあんたかい。しようがないねえ」

 その女が、呆れた様子で首を振る。

「まあ、そういうことだ。頼むよ、ゾフィー」

 キークはそう言うと、立ち上がったゾフィーの尻のポケットに札をねじ込む。

「……じゃ、あたしはしばらく仮眠をとるから。一時間したら帰るよ。わかったね? 今からきっかり一時間後に戻るから、後よろしく。あと……どさくさ紛れにケツ触るな、このエロガキが」

 そう言うと、ゾフィーはすたすたと歩いて行ってしまった。

「エロガキか……ガキと呼ばれるには、歳くいすぎたよ姐さん」

 キークはそう呟くと、留置場の中に入り込んだ。

 室内は、全部で八つほどの小部屋によって分けられている。

 うち七つは無人だが、一つの部屋のベッドには、女が寝ていた。

 キークはその部屋の前に立ち、扉(鉄格子だが)を蹴飛ばす。

「起きろ姉ちゃん。話を聞きたい」

 女は見るからに不機嫌そうな顔で、ベッドから起き上がる。

「何なのキーク? ヤりたいなら、また今度にしてくんない――」

「クリスタル・ボーイと連絡をとりたい。奴の連絡先を教えろ」

 キークのこの言葉に、女の表情が一変する。

「……知らないね」

「そんなはずはないな。調べはついてる。言わないなら、こっちにも考えがあるんだがな」

「な、何する気?!」

「さあ何しようかね。ただ、やれることはいっぱいあるな。例えば、これからあんたを男の留置場に連れて行き、一晩放置しとくとか……」

 そこまで言って、口を閉じるキーク。

 女の反応を見る。

「それは言えない……言ったら――」

「ひどい目に遭うかもしれないな。だが、今すぐに遭うわけじゃない。しかも、出てから上手く立ち回れば、遭わずにすむかもしれない。逆に言わなかったら、今すぐ百%の確率でひどい目に遭う。さあ、どっちを選ぶ?」

 キークはニヤニヤ笑いを浮かべ、女を見つめる。

 その目は、既に勝利を確信していた。


「わかった……番号を教えるよ。その代わり、わかってるよね?」

「ああ、やれる範囲で便宜をはかってやろう。だから早く教えろ」


 キークは留置場を出ると、さっそくケータイを取り出した。

 教わったばかりの番号にかけてみる。

 しばらく待ってみたが、誰も出ない。

 やがて、留守電のメッセージが流れる。

 しかし、これは想定の範囲内だった。

 キークはメッセージを吹き込む。

「あんたクリスタル・ボーイだな? オレはキーク・キャラダインだ。明日会いたい。できるだけ早く連絡をくれ。さもないと、ハイゼンベルクを痛めつける。意味はわかるな?」

 だが、そこまで言った瞬間――

(キーク・キャラダイン……オレはあんたを知らないが、何の用だ?)

「明日の昼に会いたい。体を空けておいてくれ」

(……いいだろう。だがな――)

「交渉成立だな。また明日……いや今日連絡する」

 キークは一方的に電話を切った。



 クリスタル・ボーイという名前は、もちろん本名ではない。

 ただ、彼の本名は誰も知らないため、断言はできないが。しかし彼のことは、みんなクリスタル・ボーイあるいはボーイと呼ぶ。ごくわずかだが、くりぼーと呼ぶ者もいる。

 ボーイの名は、かなり知られている。

 このエメラルドシティにおいて、最も安く、質の良いクリスタル(合成麻薬である)を取り扱う売人として。



 翌日。

 ルルシーに揺すられ、ガロードは目を覚ました。

 時間を確認すると――

「もう十時だな……連絡はない……どうなっているんだ……」

「どうでもいいのです。あのキークとかいう男は、本当にテキトーなのです」

 ルルシーは不満そうな顔をする。

「なあルルシー、腹は減ってないのか」

「……私には食事の必要はないのです。ガロードは学習能力がないのです」

「違う。血だ。お前、ずっと飲んでないだろう?」

「……いいのです。我慢できるのです」

 ルルシーはうつむき、視線を落とした。

「我慢しなくていい。後でオレの血を吸え」

「……吸え?! そんな上からの物言いには従えないのです! それに私は動物の血を――」

「動物の血はクソまずいらしいな」

「……ガロードの血もクソまずいのです。いらないのです」

「……」

 この話題になると、いつもこうだった。

 吸血鬼であるはずのルルシーは、かたくなにガロードの血を吸うことを拒絶する。

 大陸のクメン国にいた間は、どうにか病院などの施設から血液を手に入れることができた。しかし、ここではそれは難しい。

 ガロードは自らの血液を注射器で抜き取り、ルルシーに飲ませようとした。

 だが、ルルシーは拒絶した。

「ガロードの血など、まずくて飲めないのです」

 そう言って、絶対に飲もうとしなかった。

 ガロードはこんな時、自分の無力さを痛感させられる。


 二人の間に、若干ではあるが気まずい空気が流れていた時――

 不意にケータイが震えだした。

 キークからである。


(おいガロ、今日の一時に『ボディプレス』ってバーの前で待ち合わせだ。そこから移動することになる。いいな)

「ちょっと待て。ガロって何――」

 電話は切れていた。



「ボーイ、オレは一人で来いと言ったはずだが?」

「あんただって、妙な奴を連れているだろうが。それに、あんたのことを調べたが、悪い噂しか聞かねえ。そんな奴と会うのに、一人きりってのはなあ」


 キークとガロードはバーの前で待ち合わせた後、しばらく歩き、Z地区にほど近い崩れかけたビルの中に入った。

 そこに待っていたのは、野球帽をかぶり、妙な拳銃をぶら下げた若い優男と、ゴリラのような体格をした双子だった。

 瞬間、ガロードは拳銃に手をかけ――

 だが、キークに止められた。

「ガロ、オレたちはドンパチやりに来たんじゃない。これからチームを組む者同士、初顔合わせってわけだよ」

「ああ?! ふざけるなよ?! 何を――」

「ボーイ、あんたは最近ゴメスににらまれ、本業のヤクの取り引きがうまくいってないだろう」

 ゴメスとは、エメラルドシティのおよそ三割ほどの地域を仕切っている大物ギャングである。自由人であるボーイとは反りが合わないようで、数年前から摩擦が生じ始めていた。

「そこでだ、オレは考えたんだよ」

 キークは芝居がかった仕草で皆に挨拶し、そして――

 プレゼンを始めた。


 タイガーは殺しを請け負っている。

 最も、ここでは人の命など安いものだ。一万ギルダンのために人を殺す奴もいる。

 なのに、わざわざタイガーに殺しを頼む、その理由とは――

 簡単には殺せない相手だからだ。

 逃げ込んできた凶悪犯、大物ギャング、さらには異能力者など、普通の人間ではまず手が出せない相手……そういった者たちを、タイガーは狩る。それがタイガーの請け負う『仕事』の一つである。

 その『仕事』のため週に一度、競りが行われる。タイガーの部下で殺しを請け負っている者や、タイガーと提携している殺し屋などが集まり、『仕事』の競売が行われるのだ。

 当然、もっとも安く競り落とした者だけが、その『仕事』を引き受けられる。前金を受け取り、『的』を始末し、そして後金を受け取る。それが『仕事』の基本的な流れだ。

 ボーイも、そのシステムは知っている。知ってはいるが、興味はなかった。

 ボーイは売人と呼ばれるのを嫌う。付き合いの長い者には、ドラッグ・ディーラーと呼ばせる。そして、自らの商売を「殺し屋よりはマシな商売」と言い、殺し屋のことは(一部を除いて)毛嫌いしていた。

 ところが、そんな彼にキークは殺し屋になろうと提案してきたのだ。


「ボーイ、お前さんだってクリスタルが売れなきゃ商売あがったりだろ? なあ、オレたちと組んで、タイガーん所から仕事もらえば、商売の方もやりやすくなるんじゃないのか?」

「あのな、タイガーはドラッグを嫌ってる――」

「そいつは建て前だ。お前さんがタイガーにとって使える人間なら、ドラッグ売ろうが内臓売ろうが見逃すさ。なあ、今どき一匹狼なんて流行らねえ。それよりもオレたちと組んだ方がいい――」

 そう言ってガロードの方を見たが――

 ガロードは、ゴリラのような体格の双子とにらみ合っていた。

「おいガロ、オレたちはケンカしに来たわけじゃないぞ。それからボーイ、こいつらを帰らせろ」

 しかし、ゴリラのような双子は突然動き――

 ガロードの体に触れようとした。

 ガロードは、巨大な棺桶を抱えているとは思えないスピードで飛び退き、身構える。

「何だお前ら!」

 ガロードのその言葉と態度に、双子は困った顔をしていた。

「ごめん」

「ごめん」

 いきなり、双子は頭を下げる。

「え……」

 双子の奇妙な態度を前にして、今度はガロードが困った顔になる。

「おい兄ちゃん、その二人はな、悪気があるわけじゃないんだ……ただ、筋肉が好きなだけなんだ」

 ボーイが面白そうな顔で言った。

「筋肉……だと……」

 呟くガロード。

 すると――

「お前、筋肉凄そうだ」

「凄そうだ」

 双子は目をキラキラさせて、ガロードに迫る。

 筋肉凄そうだ、などと言っているが、双子の体格はガロードを上回っている。身長は同じくらいだが、横幅はかなり差がある。二人とも百キロは優に超えるだろう。

 そんな二人が、左右から迫ってくる。

「ぷぷぷ……」

 突然、笑い声が聞こえてきた。

 ガロードが背負っている棺桶からだ。

 そのとたん、今度は双子が飛び退く。

「女の声がする! 出てこい!」

「出てこい!」

 双子は身構え、キョロキョロしながら吠える。

 棺桶から声が聞こえていることには、全く気づいていない。

「ぷぷぷ……」

 棺桶からの忍び笑いが止まらない。

「兄ちゃん、これが噂のポルターガイストか?」

「弟よ、落ち着け。ボス、どうしよう?」

 双子は困惑した顔で、ボーイを見る。

「……わかった。オレが何とかするから、お前らは帰っていい」

 疲れた顔で、双子に声をかけるボーイ。

「ボス、わかりました」

「わかりました」

 そう言うと、双子はさっきまでの怯えた様子から一転、胸を張り、大股で歩いて去っていった。

「なあボーイ、今度からはあの双子は抜きで頼む。あいつらがいると、まとまるものもまとまらない」

「ところで……だ、オレは、お前たちを信用していいのかね……」

 呟くボーイ。

「ボーイ、はっきり言うがな、お前に選択の余地はないんだよ。ハイゼンベルクをオレは知ってる。そのことを忘れるな」

 キークの顔つきが変わっていた。

 先ほどまでの、軽薄ではあるが親しみやすそうな表情が消え失せ、したたかな悪徳警官の顔に変わっている。

「……なら、今すぐ二人とも死んでもらうかな」

 ボーイは腰に下げた改造拳銃に手を――

 だが、抜けなかった。

 ガロードが先に拳銃を抜き、構えていた。

「動くな」

 ガロードは冷酷な表情で言い放つ。

「ボーイ、仲良くやろうとは言わない。ただな、オレたちと組めば損はさせないぜ。お前はただ、タイガーの所から仕事をとってくればいい。あとはオレたちがやる」

「オレたち、ねえ……あんたらの腕は確かなのか?」

 ボーイは、ガロードをアゴで指した。

「問題ない。仕事さえ取ってくれれば、な。そうだろ、ガロ?」

「……ああ」

「……」

 ボーイは二人の顔を、交互に見た。

 ややあって、ため息をつく。

「オレの負けだ。わかったよ。なんとか話をつけて、仕事を取ってきてやる。ただし、分け前はちゃんと三等分だ。殺しをやらないからって、分け前を減らすのは無しだ。あと……確実に仕留めろ。いいな?」

「ああ、任せておけ。じゃあ、商談成立だ」

 キークはそう言うと、ボーイに近づき、右手を差し出した。

「ああ? おい、何のマネだよ?」

 ボーイは仏頂面で、キークを見る。

「握手だよ。これからよろしくな」

「……アホか!」

 ボーイはプイっと横を向いた。

 そして、そのまま歩き出す。

 二人を残し、ボーイは立ち去ってしまった。

「……まあいい。ところでガロ、お前にプレゼントがある」

 キークは、今度はガロードの顔を見た。

 そして、ポケットから紙切れを取り出し、ガロードに手渡す。

「何だこれは?」

 訝しげな表情をするガロード。

 しかし、次のキークの言葉を聞いた瞬間、表情が一変した。

「ドッグマンは知ってるな? あいつの居場所だよ、ガロ」



 その日の夜。

 一人の男が、ケン地区を歩いていた。

 四十を過ぎているであろう風貌であるが、どこか獣のような雰囲気を漂わせている。歩き方などはしっかりしており、体にも余分な肉はついていないように見える。

 いや、それ以前に、この男は夜中の十二時を過ぎているというのに、一人で出歩いているのだ。

 確実に常人ではないであろう。

 男は、裏通りに入って行った。

 しばらく歩き、不意に振り返る。

「おい、さっきから後を付けてる奴、バレてんだよ。オレの鼻をナメるんじゃねえ」

 その言葉を聞き、姿を現したのは――

 ガロードだった。

 ドッグマンは訝しげな表情になる。

「誰だテメエは? オレに何か用か?」

 ガロードはゆっくりと歩み寄る。

 口を開いた。

「オレの顔を忘れたか、ドッグマン」

「いや〜覚えてないな」

 ドッグマンと呼ばれた男は、首をひねる。

「オレは忘れていない。お前の顔だけは……絶対に忘れはしない!」

 言うと同時に――

 ガロードは腰の銃を抜き、構える。

 銃身を短く切り詰めた散弾銃だ。

 ガロードは躊躇なくブッ放す。

 響き渡る銃声――

 派手に吹っ飛ぶドッグマン……のはずだった。

 だが、散弾のシャワーを浴びたはずなのに……。

 ドッグマンは、平然とした顔で立っていた。

 ニヤリと笑う。

「思い出した。お前、あん時の生き残り――」

 言い終わる前に、ガロードは壁に立て掛けられていた棒を手に取る。

 いや、棒ではない。

 杭打ち機を装着した、大型ライフルだ。

 ガロードはライフルを構え、トリガーを引く。

 その瞬間、反動が体を襲う。

 銃弾は見事に命中!

 衝撃で吹っ飛ぶドッグマン。

 だが――

 戦車の装甲も貫く銃弾を受けたはずなのに……。

 ドッグマンは立ち上がったのだ 。

「学習能力のない奴だな。オレに銃弾は効かないんだよ!」

 ドッグマンの肉体が変貌する。

 子牛ほどの大きさの、巨大な犬に変わる……。

 ドッグマンは体勢を低くし、一気に飛びつこうと構えた。

 だが、その背中に――

 紫と赤の小さな何かが飛びつく!

「なにい?! 貴様もいたのか?!」

 妙な発音で、文字通り吠えるドッグマン。

 紫と赤の何か……それはルルシーだった。

 異常に伸びた犬歯を、巨獣の首筋に突き立て、さらに指先から伸びる鉤爪も巨獣に突き刺している。さらに両足を巨獣の胴体にひっかけ、全身の力を利用してしがみついている。

 巨獣は吠え、もがき、体を震わせ、暴れ、ルルシーを振り落とそうとする。

 その隙に――

 ライフルを構えたガロードが走り出した。

 そして叫ぶ。

「離れろルルシー!」

 ライフルに装着された、銀色の杭を前に向け、凄まじい勢いで突っ走る。

 そして、巨獣の心臓に突き立て――

 一気に貫き通す!

「貴様らに! 喰われた者たちの恨み! 思いしれえぇぇぇ!」

 ガロードの、魂の咆哮――

 巨獣も、吠えた。

 断末魔の咆哮が、深夜の魔窟に響き渡る。

 そして、巨獣の動きが弱々しくなり――

 動きが止まった。




 その翌日。

 キークとガロード、さらに棺桶に入ったルルシーの三人は、クリスタル・ボーイに呼び出され、人気のない崩れかけた廃ビルに集合していた。

 廃ビルのガレキの影から、ボーイが姿を見せる。

「念のため、いろいろと調べさせてもらったが……キーク、オレはこいつとは組めねえな」

 ボーイは、ガロードを指さした。

 しかしガロードは、我関せずといった態度で、目を合わせようともしない。

「……理由はなんだ? 言ってみろ」

 キークが尋ねる。

「こいつはお尋ね者だが、それはいい……問題は、こいつが女一人のために、軍の施設を吹っ飛ばしたことだ!」

 ボーイもガロードの方を見ようとせず、キークにまくしたてる。

「女一人、それも吸血鬼のために軍を敵に廻すようなキチガイと、誰が好き好んで組むんだ? とにかくオレは、この野郎とは組みたくねえ!」

 ボーイは一方的にわめいた後、今度はガロードを見る。

「オレはお前が信用できねえ。だから、お前とは組まねえ。失せろ」

 ボーイはガロードをにらみつけながら、ゆっくりと腰の改造拳銃に手を伸ばしていく。

 ガロードの目が、スーっと細くなる。

 だが――

「おい売人、調子にのるなよ」

 キークが横から口を挟んだ。

 顔つきが変わり、悪党そのものの表情になる。

「オレだって、最初からお前なんか信用してない。お前だけじゃないぜ、ガロのことも、お前に言われる前から信じてない。はっきり言うなら、オレは誰も信じてはいない」

 一旦、言葉を止めるキーク。

 ややあって、再び口を開く。

「だがな、オレたちは、こんな腐った街にいるんだ。この世の地獄に、な。だから、仲間が欲しいんだろうが。地獄の道連れ、ってヤツがな」

 そう言うと、キークはガロードを指さす。

「こいつはキチガイかもしれない。しかし、金次第で裏切る奴よりはマシだ。オレはこいつと組む。ボーイ、お前とも組む。そして仕事をする。以上だ。文句は言わせない」

 キークはそう言うと、二人の顔を交互に見る。

 だがその時、棺桶の中から、何かをバンバン叩く音がした。

 さらに声が――

「ガロード! 開けるのです! 今すぐその二人を、私がブッ飛ばしてやるのです! 開けないと、棺桶をブッ壊します! ガロード、聞いている――」

「黙れバカ!」

 先ほどのやり取りにも、動じなかったガロードが、慌てて棺桶に怒鳴る。

「黙れ? バカ? バカという方がバカなのです! これは真実です!」

 棺桶から、少女らしき者の声が怒鳴り返す。

 横にいるキークは、苦笑するしかなかった。

 一方、ボーイは呆れ果てた表情で首を振る。

「やってられねえな……お前ら、学園恋愛ドラマじゃねえんだぞ……仕事すんだったら、もう少し真面目にやってくれや……」

 そう言うと、ボーイは大げさにため息をつき、去って行った。

 キークも、その後に続いて去って行く。

「いいか! 棺桶にいる間は絶対に喋るな! もし今度また――」

「黙るのです! ブッ飛ばしてやる――」

 二人の言い争いは、しばらく続いた。




 解散した後、キークはケン地区を歩いていた。

 周りを確認し、地下道に降りる。

 そして、ケータイを取り出す。

「私ですが……はい、ドッグマンは片付きました……ええ、ガロは……いや、アリティーは中々のものです……はい、タイガーとも……わかりました。引き続き、任務を継続します」

 キークはケータイをしまい、ため息をつく。

「クレージーな人生だよ……まったく」






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