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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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28/29

運命《さだめ》

 ガロードの家が爆破された二日後。

 キーク・キャラダインのものらしき死体が発見され、ティータニア・モンテウエルズが調べた結果、指紋が一致したと報告した。

 ガロードとルルシーは、Z地区に潜伏しているらしい。

 エバン・ドラゴはジュドーとの取引の材料を失ったが、それでも立場の優位は変わらない。

 ドラゴは街のあちこちに徐々に圧力をかけ、タイガー派の商売人たちを取り込んでいった。


 だが、その日のエメラルドシティは、朝から妙に静かだった。

 そして――

 かつて、タイガーが事務所として用いていた部屋。今では、ドラゴが使用しているこの部屋に、男が飛び込んで来る。

「ドラゴさん大変です! ガロードが……ガロードが街中を歩いて、こっちに向かっているらしいです!」


 ガロードは悠然とした表情で歩いていた。

 身に付けているものは…… ミリタリーパンツとコンバットブーツのみ。

 上半身は裸である。

 武器らしきものは、一切持っていない。

 そんな格好で歩いていたのだ。

 街の住人たちは、扉を閉め、息を潜めて、成り行きを見守っている。


 やがて、ガロードはドラゴたちのアジトに到着したが――

 入り口付近では、相当な数の男たちが、武器を構えて立っていた。

 その中心にいたのが、ドラゴである。

「ガロード君! 君と会うのは初めてだったな! 君にはまんまとしてやられたよ……それにしても、その格好は何だね。筋肉を誇示したい気持ちはわかるが……胸のタトゥーは見苦しいな。だが、両腕のタトゥーは綺麗だ」

「こいつは、ルルシーに彫ってもらった。ジョーガンとバリンボー……オレの……最高の友だちの名だ」

 ガロードは落ち着いた表情で、淡々と答える。

 怯えた様子も、虚勢を張っている様子もない。

 ドラゴは初めて不安になった。


 どういうことだ……

 奴は武器も何もない。

 話し合いに来たのか……

 しかし、ガロードはそんなタイプではない。

 まさか?!

 いや、だったら陽の光には耐えられんはず……

 奴に勝ち目はない。

 だったら……何をしに来た?


「で、ガロード君……君は何をしに来たのだ?」

「ボーイ……そしてジョーガンとバリンボーの仇……お前ら全員死んでもらう」

 またしても、淡々と答えるガロード。

「君は愚か者のようだ……あの世でキークに逢いたまえ」

 言うと同時に、ドラゴは右手を挙げる。

「殺せ!」

 言葉と同時にガロードを襲う、銃弾の雨――

 その場にいた数十人の男全員が発砲した。

 火薬と硝煙の匂い……

 数十、いや数百発の銃弾を受け、ガロードは仰向けに倒れる。

 普通の人間なら、十人以上は殺せるはずの銃弾を受けたガロード。

 しかし――

 ガロードは、立ち上がった。

 銃弾が体から押し出され、傷が男たちの目の前でふさがっていく……

「何だと……」

 その場にいた男たちは、全員凍りついた。

 その時、ドラゴは思い出した。 


 そうだ。

 タイガーのボディーガードをしてた死神……

 あいつは、日光を浴びても平気だった。

 たまに……いるらしい……

 日光を浴びても平気な吸血鬼が。


 ガロードは、何かに気づいたようなドラゴの表情を見て――


「そう、あんたの思った通りだよ、ドラゴさん」


 ガロードの犬歯が伸び、同時に鉤爪も――

「お前ら、皆殺しだ」

 言うと同時に、ガロードは男たちに襲いかかる。

 惨劇の始まりだ。


 ガロードの周りに築かれていく、死体の山――

 彼が腕を一振りしただけで、人間の首が吹っ飛び、手足がちぎれる。

 男たちの体から流れ出た血液は川と化し、地上を赤く染めていく……


 しかし一人の男が、ロケットランチャーを構え――

「くたばれ!」

 発射した。

 砲弾はガロードめがけ飛んでいくが――

 ガロードはハエを払うかのような動作で、砲弾を片手で払う。

 次の瞬間、砲弾はあらぬ地点に着弾――

 爆発した。

 一瞬の静寂。

 そして――

「ば、化け物だ!」

 誰かが恐怖に満ちた声で叫ぶ。

 次の瞬間、恐怖はその場の男たち全員に伝染した。

 ガロードの怪物ぶりを見て、男たちは一斉に逃げ出すが――

 ガロードは容赦しない。

 凄まじい勢いで、追い打ちをかける。

 逃げ惑う男たちに、一瞬にして追いつき……

 頭を握りつぶし――

 首をねじ切り――

 胴体を鉤爪で貫いた。

 そして吠える。

「ドラゴ! 出てこい! 殺してやる!」




 ギャリソンは、ビルの中に逃げこんだ。

 こんなはずでは、なかったのだ。

 奴らに協力すれば、メルキアに迎えられるはずだったのに……

 五十を過ぎたギャリソンにとって、この街でギャングとして生きるのは辛くなってきた。

 だから、ドラゴの誘いに乗ったのに……


「ギャリソン!」

 ビル内に響く、聞き覚えのある声。

 ギャリソンが振り返ると――

 大きな乳母車のようなものがあった。

 乗っているのは、ジュドーの部下のカルメン、そして虚ろな表情のクリスタル・ボーイ。

 乳母車の後ろにいるのは、同じくジュドーの部下アイザック……そして、ジュドー。

 ギャリソンは逃げ出そうとしたが――

 アイザックの抜く手も見せずに撃ったハンドガン……その銃弾が、片膝を貫いた。

 ギャリソンは一旦、崩れ落ちる。

 しかし、どうにか立ち上がり、片足を引きずって逃げようとするが――

 ボーイを乗せた車が後を追う。

 カルメンがボーイの手に、愛用していた改造拳銃を握らせた。

 そしてカルメンが手を添えて、ボーイの両手――拳銃を握っている――を上げさせ、狙いをつける。

 ギャリソンの頭に照準を合わせ――

 ジュドーが叫ぶ。

「ボーイ! 聞こえるか! 裏切り者のギャリソンの頭を吹っ飛ばしてやれ! あとは指を動かすだけだ! ボーイ! 撃て!」

 だが、ボーイは反応を示さない。

 虚ろな目で前を見ているだけだ。

 しかしジュドーはボーイの横に付き、叫び続ける。

「ボーイ! 下ではガロードが暴れてる! お前の大嫌いなガロードが、お前の仇を討つために戦ってるんだ! お前、あいつに全部持ってかれていいのか!」

 その時、ボーイの口元がわずかに歪んだ。

 そして――

 トリッガーが弾かれる。

 銃声。

 次の瞬間、ギャリソンの頭を銃弾が貫いた……

「ボーイ……やったぞ! お前、やったんだ! やったんだぞ!」

 ジュドーの言葉に対し、ボーイは何の反応も示さなかった。

 再び、虚空を見つめている。

 ただ、その口元は歪んでいた。





 ドラゴは地下道を歩いていた。


 想定外だ。

 こんなはずでは、なかったのに……

 あんな化け物が出てくるとは……

 仕方ない。

 ひとまず、メルキアに帰って――

「どこに逃げようってんだい? エバン・ドラゴ」


 聞き覚えのある声。

「そんな……お前、死んだはずだ……」

「いや、生きてんだよね……右手は吹っ飛んじまったがな」

 言葉と同時に、男が立ち上がる。

 キーク・キャラダインであった。

 キークは右手を上げる。

 黒く光る、金属製の義手が付いていた。

「キーク……お前、何をする気だ?」

 ドラゴが尋ねる。

「ドラゴ……すまんが、お前には死んでもらう」

「何を言っている? お前も、オレと同じエージェント――」

「組織の犬はやめだ。犬は死んだ。オレは人間だ。人間として生きる」

「人間……だと? ふざけるな!」

 ドラゴは凄まじい表情で怒鳴りつけた。

「いいか、組織ってのはな、大きくなれば、それだけ多くのエサがいるんだ! メルキアという組織を維持するのに、どれだけのエサが必要かわかってるのか? どれだけの人間を食わせなきゃならないか……だから必要なんだ! このエメラルドシティがな!」

「お前の言うことは間違ってない。ただ、オレはちっぽけな人間だ。周りの連中の幸せを願うだけの……お前やメルキアのお偉方が何しようが構わない。ただ、お前は、組織はオレの周りの人間を大勢傷つけた。もう組織には従えない」

「この裏切り者が!」

 ドラゴはハンドガンを抜こうとするが――

 後ろから手が伸び、ドラゴの腕を掴む。

 ドラゴが振り返ると――

 ルルシーが腕を掴んでいた。

「私がお前を殺してやりたいのですが……キークさんに譲るのです」

 そう言いながら、ルルシーはドラゴのハンドガンを奪い取る。

「……」

 打つ手のなくなったドラゴは、キークに殴りかかるが――

 キークの義手が伸びてきて、ドラゴの胸を押す。

 突き飛ばされる形になり、バランスを崩すドラゴ。

 するとキークは、黒光りする特殊合金の右手をドラゴの胸に押し当てた。

 機械の指が、ドラゴの体内にめり込んでいく……

「!」

 ドラゴは、肋骨もろとも心臓を握り潰された――

「ドラゴ……お前さんは……いや、やめとこうか。さあ、行こうぜルルシー」

「やっと帰れるのです。ここは本当に臭いのです」




 一週間後――

 ジュドーは、マスターの事務所に来ていた。

「じゃあ……あんたん所の手下は、半分に減っちまったのかい?」

 ヘラヘラ笑いながら、尋ねるジュドー。

「そうだよ。なんたって、タイガーが復活しやがったんだ。しかも、お前がタイガーの新しい片腕となったら……オレに従う奴は、タイガーの所を追い出された連中くらいさ」

 マスターは椅子に座り、自嘲の笑みを浮かべた。

「んなことねえよ……第一、あんたにはメルキアの後ろ楯があるじゃん。メルキアの連中はどうなんだよ? また何か仕掛けてくるのか?」

「いや……とりあえずは大丈夫だろう。ゴメスのシマは手に入れたしな。オレが連中の犬である限り、しばらくは問題ない」

「そうか……あんたとは上手くやっていけそうだ。あんたとタイガーの二大勢力がこの街を仕切る……良い形だ。じゃあ、オレは帰るわ」

 ジュドーは帰りかけたが――

 立ち止まった。

「最後に一つ聞きたい。何で、ボーイの居場所をガロードに教えたんだ?」

「あのままにしておいたら、メルキアの連中にいいようにされてただろうが。オレも本音を言えば、奴らは嫌いだ。奴らの犬は……オレたちだけでいい」




 バー『ボディプレス』。

 扉の前には「本日貸し切り」の札が掛かっている。これは珍しいことだ。


 そして店内には、タイガー、キーク、そして……ティータニアがいる。

「ティータニア……お前さん、このまま戻る気か?」

 キークが左を向き、ティータニアに尋ねる。

「ああ。私の仕事は、経過を報告するだけ……仕事は終わりだ。エバン・ドラゴとキーク・キャラダインの両名は死亡。そして計画は……マスター&ブラスターをボスに据えたことにより、半分は成功、と報告しておく」

「ふーん……あんたも案外、いい加減だな」

「お前に言われたくない。だが、キーク……お前は後悔していないのか? エージェントとしての立場を捨て、こんな無法地帯で生きる――」

「ここには、命がある。命そのものが、な」

 キークはそう言うと、グラスの中身を飲み干す。

「誰もがこの街に来て、一度は死ぬ。これまでの価値観と決別する。そして、新しい命を持って甦る……人間が生まれ変わり、新しい命として、この街で生きていく……何て言うか、転生みたいな……オレはこの街で、そいつをもっと見ていきたい」

「何言ってんのよ。両手に花だからって、格好いいこと言って……そういう台詞はアンタには似合わないわよ、キーク」

 話を聞いていたアンドレが茶化す。

「両手に花? メルキア機構特殊任務班のエージェントと、エメラルドシティの半分を仕切るタイガー姐さんだぜ。手を出したら、左手まで持っていかれる」

「ふざけるな……では、そろそろ失礼する。タイガーさん、お会いできて良かったです。キーク……組織に目を付けられないよう、おとなしくしているんだな」

 そう言うと、ティータニアは立ち上がり、店を出て行った。

「何なのよ、あの女……愛想ないわね――」

「私に似てるな」

 それまで一言も喋らなかったタイガーが、不意に口を開く。

 慌てふためくアンドレ。

「え、いや、ちょっと姐さん! そんな意味で言ったんじゃないですから! アタシ――」

「わかってる。しかし、キャラダイン……お前には世話になったな。お前がガロードの動きをジュドーに伝え、さらにドラゴを仕留めてくれた……お前の果たした役割は大きいな」

 タイガーの声には、普段の威圧感が感じられない。

「キークと呼んでくださいよ。いや、今のオレはチンピラみたいな者です。オレはただ……ガロとルルシー、その周りの連中……そいつらを助けたかっただけですから。ところでタイガーさん、ボーイの具合はどうなんです?」

「ボーイは今、大陸の大学病院に入院している。治る可能性は……かなり低いらしい」

「そうですか。オレたちは三人とも、罰を受けてるんですな……人殺しの罰を……」

「罰、か」

「ボーイは植物状態……オレは右手を吹っ飛ばされ、故郷じゃ死亡扱い……そしてガロは人間をやめちまった。もう、誰一人として平凡な幸せは掴めない。ま、三人の中じゃあオレが一番マシですがね。いずれは、もっとひどい目に遭うんでしょうな……オレも」




「ガロードさん、ルルシーさん、持ってきましたよ」

 ジャン・ドテオカは今、Z地区の地下鉄跡に来ていた。

 そして、大量のビニールパック――血液が入っている――が入ったケースを一つ、部下に運ばせる。

「ありがとう、ジャン」

 ガロードは受け取ったケースを軽々と持ち上げ、運んで行った。

 しかしルルシーは、不信感を露にしてジャンと部下たちを睨む。

「ジャンさん……あなたもガロードを利用する気なのですか?」

「そうですね……ガロードさんの力は凄まじく、そして名前は街中に知られていますから。それにしても、強化人間が吸血鬼になったら、チート級の怪物が誕生するとは……面白いものですね」

「チート?」

「いや、こっちの話です。ただ、一つだけ覚えておいてください。好むと好まざるとに関わらず、あなたたち二人は……この街の勢力図を塗り替える存在だということをね。ガロードさんとあなた、キークさん、それに私……一応、この四人で組んでいることをお忘れなく」

 ジャンはニヤリと笑う。

「あなたは、キークさん以上のクズ野郎なのです」

 ルルシーは唇を噛み締める。

 そこに、ガロードが戻って来た。

「ジャン、いつもありがとう。あんなにいっぱい持って来てくれて……お前には感謝している。あと……すまないが、ジョーガンとバリンボーの墓を作ってくれないか……立派なヤツを頼む」

 そう言うと、ガロードは深々と頭を下げる。

「……あなたは、本当に面白い方ですね。やっておきましょう。では、私は失礼します」

 ジャンは立ち去りかけたが――

 足を止める。

「そうそう、覚えていますか……あの双子。ユリとケイとかいったな……かつて、あなたたちが殺した、クメンの王家剣術指南役が連れていた双子の少女です。忘れてしまいましたか?」

「あの二人?! どうかしたのか?!」

 ガロードの表情が一変する。

「いえ、どうもしません。元気に育ってます。ただ……何かに取り憑かれたように、体を鍛えて戦いの練習をしてますよ。絶対に仇を討つんだ、って……おじさんとおばさんの命を奪った奴らを探し出し、必ず殺すと言ってました」


「ガロード、何を考えているのです?」

「いや……何も」

「後悔はしていないのですか?」

「何を?」

「人間をやめてしまったことです」

 ルルシーは地面に座り込む。

「昔、大陸にいた時……人通りの多い道で立ち止まっていたことが……凄く嫌な気分がしたのです」

「ルルシー、何を――」

「みんな、どこかに向かい歩いているのです。子供は成長し、大きくなり……大人は成熟し、幸せを掴むために旅をし……老人は死という名のゴールに向かい……でも、私たちは取り残されているのです。人々が通り過ぎて行くのを、立ち止まって見ていることしかできないのです……」

 ルルシーの目に、涙が溢れる。

「ルルシー……」

「何かの罰のように、同じ場所でずっと立ち続けなければならない……そして人間からは、化け物と忌み嫌われ、狩られていく……いずれ私たち吸血鬼は、絶滅させられるのです、人の手によって……あなたにだけは、その苦しみを味わって欲しくなかったのです」

「後悔はしていない。お前と一緒なら……この世界がどうなろうと、他の人間がどう思おうが知ったことじゃない。お前さえ、そばにいてくれれば」

「……あなたは、本当に世話の焼ける子なのです」







 どうにかこうにか、ですが、終わらせることができました。こんな感じで終わらせられて、私としては満足です。しかし、もしかしたら、また続きを書きたくなるかもしれませんが……では最後に――

 レビューを書いてくださった坂崎文明さん、ちびひめさん、本当にありがとうございます。感想を書いてくださった皆様、評価ポイントを入れてくださった皆様、お気に入り登録をしてくださった皆様、本当にありがとうございました。そして、最後までお付き合いいただいた全ての皆様――本当にありがとうございました。


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