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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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27/29

地獄

 エメラルドシティの夜は……とてつもなく物騒だ。

 つい二、三年前までは、夜十時を過ぎたら外出してはいけない、というのが常識だった。十時を過ぎて外出していたら……イラついたチンピラに殺されるか、強盗に金を奪われて殺されるか、人外に殺されて喰われるか……の三択だと言われていたのだ。

 最近、少しはマシになってきてはいるが、それでも物騒であることにはかわりない。


 現在、深夜零時。

 わずかな街灯の明かりに照らされた街道を、二人の男女が歩いている。

 ガロードとルルシーだった。

 ガロードはいつもに比べると軽装である。黒いレインコートに身を包んでいるのは普段通りだが、大型ライフルは背負っていない。用心のため、ショットガンを右手に持っているが、それ以外の武器は最小限の物しか身につけていなかったのだ。

 一方のルルシーは、黒いシャツに黒いパンツという忍者のようなスタイルである。

 二人の行く手を遮る者はいない。

 物盗り目的のチンピラはがっちりした体格の上にショットガンを片手に持ち歩いているガロードの姿を見て二の足を踏み、人外の者たちはルルシーの気配から吸血鬼であることを感じとっていた。

 そして二人は、崩れかけた建物の前で立ち止まる。


 辺りを見回しながら、建物に侵入する二人。

 暗闇でも目が効くルルシーが先に立って進み、ガロードが続く。

 今回は隠密行動のため、音を立てずに動くことが大切である。ガロードは静かに進んで行く。

 やがて、階段が見えてきた。

 二人は、階段を降りて行く。




 三時間ほど前。

 愚兄弟の言語を絶する料理を、平然とした顔で食べていたガロード。そこにやって来たのは――

 タンと名乗る小柄な老人であった。

 タンは言った。

「ある男から、お前に伝言を頼まれた。クリスタル・ボーイの居場所を伝えてくれとな」

 ガロードは驚いた。

 罠かもしれない、とも思ったが……

 今は乗ってみるしかなかったのだ。




 地下は思ったより広く、迷路のようだ。もともとは巨大な商業施設だったが、何者かが手を加えて、地下迷宮に変えてしまったような形跡がある。

 先に進んでいたルルシーが、突然立ち止まった。

「ガロード……止まるのです。人の声が聞こえるのです。大勢いるのです」

 ルルシーは振り返り、ガロードの顔を見上げる。

「あの爺さんの話だと、この先に男子トイレがあって、ボーイはそこに監禁されてるって話だった……ルルシー、お前なら見つけられるな?」

「見つけられますが……あなた、何をする気です?」

「オレが奴らの注意を引き付ける。その隙に、お前がボーイを連れて逃げろ」

「ガロード?! 何を言い出すのです――」

 突然、ガロードは走り出し、壁に飛び蹴りを喰らわせた。

 さらに、そこらへんにある廃品を壁に叩きつけ、わめきちらす。

「出てこい! 誰でもかかって来い!」

 その途端――

「何事だ!」

「誰じゃゴルアアア!」

「ぶっ殺せ!」

 大勢の人間の罵声。

 そして足音。

 だが、ガロードは動きを止めない。

「うらあ! クズ共かかって来い!」

 わめきながら、手近なものを放り投げ、暴れた。


 エメラルドシティには、クリスタルなどの薬物でおかしくなり、街中で暴れだす者が後を絶たない。

 ガロードは、そんなヤク中のふりをして注意を引き付けようと考えたのだ。

 そして状況は、ガロードの狙い通りに進んでいる。




 その一時間前。

 キーク・キャラダインは、ガロードの家を訪問していた。

「おーいガロ、ルルシー、開けてくれ。オレだオレ、キークだ――」

「キーク? 本当にキークか?」

「キークか?」

 愚兄弟の声だ。

「おい、お前ら……ガロとルルシーはどこに行ったんだ?」

 キークは一気に不安になる。

 あの二人が、兄弟をほっぽり出して外出するとは考えられない。

 だが――

「キークに手紙渡せって言われた」

「言われた」

 言葉と同時に、ドアが開く。

 不安そうな表情の愚兄弟が、姿を見せる。

 そして、おずおずとした態度で、何か書かれた紙をキークに渡す。

 キークはその紙に目を通して――

 目つきが変わり、表情が一気に険しくなる。

「何て書いてある?」

「何て書いてある?」

 愚兄弟はキークの表情から何かを感じとったらしく、さらに不安そうな顔になった。

 キークは、そんな愚兄弟の顔を見つめる。

「……お前ら、一緒に来るか? ガロとルルシーを助けに――」

「行く!」

「行く!」




 ガロードは、地下で暴れまくった。

 あちこち逃げ回り、物を投げつけ、追い付いて来た者は叩きのめし――

 そして、ルルシーからはどんどん離れて行く。

「クソがあ!」

 たまりかねた男たちは、銃を抜いた。

 そしてガロードめがけて発砲し始め――

 しかしガロードは、すんでの所で物陰に滑り込み、銃弾を避ける。




 そんな騒ぎをよそに、ルルシーは静かに移動していた。

 小さな体を生かし、物陰に潜んで見張りの男たちの目をかわして進む。

 やがてルルシーは、それらしき部屋の前にたどり着いたが――


 妙だ。

 ボーイの気配を感じるのに、あまりにも静か過ぎる……

 生きている人間の気配ではない。


 基本的に、吸血鬼は他の人外ほど鼻が効くワケではない。

 だが、接近すれば、気配を感じとるくらいのことはできる。

 タンと名乗る老人からの情報によれば、元は男子トイレとして使われていた場所に監禁されている、とのことだ。

 目の前には、それらしき場所がある。

 ボーイらしき者の気配も……

 だが、動きがない。

 どういうこと……


 だが、罵声に混じり、銃声が聞こえてきた。

 迷っていたら、ガロードが危ない。

 ルルシーは、トイレの中に入って行った。




 銃弾が、ガロードの顔をかすめる。

 物陰に身を隠し、何とかやり過ごしてはいるが……時間の問題だ。

 手持ちの武器は、ショットガンと小型のハンドガンのみ。

 あまりにも不利だ。

 だが――

「野郎が逃げたぞ!」

 別の声が聞こえた。

 さらに――

「応援を呼べ!」

「見つかったらヤバいぞ! 早く捕まえろ!」

 あちこちで声が聞こえてきた。


 間違いなく、ルルシーの仕業だ。

 となると、もう一度、奴らの目を引き付けなくてはならない。


 次の瞬間、ガロードは雄叫びを上げ――

 ハンドガンを一発撃ち、走った。

 そして、一気に走り抜け――

 だが、左太ももに何かが通り抜ける感触。

 次に来たのは、焼けつくような痛み。

 ガロードは耐えきれず、その場に倒れた。

 倒れたガロードを、数発の弾丸が襲う。

 防弾ベストで何とか貫通は免れたが、肋骨や内臓に凄まじい衝撃が走る。

 それでもガロードは右手を動かし――

 ハンドガンを乱射する。

 弾幕を張りながら、転がって移動する。

 どうにか、物陰に隠れることに成功した。

 だが、その瞬間――

「ガロード!」

 声が聞こえた。

 ルルシーの声だ。

 転がっていたドラム缶の中に身を潜めていたルルシーが、ボーイの体を担いで走ってきた。

 ガロードは援護射撃をしようとするが……

 あたりは不気味なくらい静かになっている。


「ルルシー、すまない……オレは怪我をした。ボーイを連れて先に行ってくれないか――」

「それは無理なのです」

 言いながら、ルルシーはボーイの体を横たえる。

 ボーイは、まったく反応しない。

 無表情で、じっと虚空を睨んでいる。

「どういうことだ……ボーイは死んだのか――」

「いえ……生きているのです。ただ……植物状態なのです」

「どういう……誰……なぜ……どうして――」

「ガロード、落ち着くのです。私は二人を連れて逃げることはできないのです。どちらか選ぶしかないのです。だったら、私はガロードを選ぶのです――」

 ルルシーの言葉は銃声でかき消された。

「クソ! また来やがったか! ルルシー! ボーイを連れて逃げろ――」

 ガロードがそう言いかけた時――

「ガロード!」

「ガロード!」

 銃声をもかき消す、愚兄弟の咆哮。

 次いで、凄まじい爆発音が階段付近で響く……。

 男たちの悲鳴が、銃声にとって変わった。

「ガロ! ルルシー! 何やってる! さっさと逃げるぞ!」

 キークの怒鳴り声。

「三人とも! こっちに来るのです! ガロードとボーイさんは怪我で動けないのです!」

 ルルシーは金切り声を挙げた。

 その途端――

「ルルシー!」

「ルルシー!」

 凄まじいスピードで駆けてくる愚兄弟。

 ルルシーたちの潜んでいた場所に駆けつける。

「ボス! ガロード! 大丈夫か!」

「大丈夫か!」

 ボーイとガロードを抱き上げる愚兄弟。

 遅れて走ってきたキークは、ガロードの頭を小突いた。

「ガロ……オレが行くまで動くなと言っておいたはずだ。この場所を誰に聞いたんだ?」

「タンとか言う爺さんが来て……すまない」

「そうか。ま、話は後にしよう。逃げるぞ!」

 しかし、キークがそう言った途端――

 階段からなだれ込んで来た、男たちの群れ。

「どこだ!」

「クソがあ!」

「殺せ!」

 そして銃声……。


「援軍が来たのか……仕方ねえ、オレが引き付ける……兄弟、何やってる?」

 キークの言葉の途中で、愚兄弟は抱き上げていたガロードとボーイを地面に降ろしたのだ。

「あとはよろしく」

「よろしく」

 その一言を遺し、愚兄弟は、この階の奥――階段とは真逆の方向である――に走って行った。

 獣のような咆哮と共に――

「あいつら……」

 キークの呆然とした顔、そして声……。




 幼い頃から、ずっと差別され続けてきた。

「お前らはバカだ」

 ジョーガンとバリンボーが、日常的に聞かされ続けてきた言葉。

 そして、両親にも捨てられた。

 本人たちも、何となく理解していた。

 自分たちは、他の子と違う、と。

 他の子たちがわかることが、自分たちにはわからない。

 他の子たちが出来ることが、自分たちは出来ない。

「お前らはバカ兄弟だ」

 繰り返し浴びせられる、その言葉。

 ジョーガンとバリンボーは、いつしか自分たちの名前すら忘れそうになっていた。

 歳を重ね、体はどんどん大きくなったが、頭は子供のまま。

 大きくなっても浴びせられる、あの言葉。

「お前らはバカだ」

「バカ野郎、こんなこともわかんねえのか」

「本当バカだな、お前らは……」

 そんな罵声の数々に対し、ジョーガンとバリンボーは笑顔で応じた。

 それ以外の対応を知らなかった。


 自分たちはバカだ。

 バカだから、笑われるのは当然だ。

 バカだから、人にからかわれるのも当然だ。

 バカだから、人に殴られたり、蹴られたりするのも当然だ。


 ある日、街で笑われながらこき使われていた愚兄弟を、小柄な野球帽を被った男がじっと見つめる。

 後のクリスタル・ボーイである。

 ボーイは二人をじっと見つめていた。

 翌日も、その翌日も来て、二人の様子を観察していた。

 やがて、言葉を交わすようになり――

 ボーイは愚兄弟の雇い主に札束を叩きつけ、二人を買い取った。

 愚兄弟がボディーガードになった瞬間である。


 ボーイは、愚兄弟が今まで出会った連中とは違っていた。

 初めて、人間らしい扱いを受けたのだ。

 ボーイは何かと愚兄弟の世話を焼き、様々なことを根気強く教え込んだ。

 いつしか愚兄弟にとって、ボーイは父親のような存在になっていた。


 そして、ガロードとの出会い……。

 ガロードは自分たちをバカにせず、ちゃんと遊んでくれた。

 自分たちが遊びに行くと、心からの笑顔で応対してくれた。

 自分たちですら、忘れかけていた名前を覚え、呼んでくれた。

 自分たちのことを、一度もバカと言わなかった。

 だが、自分たちが悪いことをした時は、泣きながら叱ってくれた。


 愚兄弟にとって、ボーイは父親、ガロードは兄であり親友である。

 その二人が、怪我をして動けない。

 ならば、自分たちが体を張って守る。

 自分たちを、人間として扱ってくれた二人のために……

 人としての生き方を、人としての喜びを教えてくれた二人のために……




 愚兄弟はわめきながら走り去る。

 キークはガロードの口をふさぎ、羽交い締めにしている。でないと、愚兄弟を止めるために出ていきかねなかった。

「ガロ、いい加減にしろ。兄弟はもう無理だ。奴らの方に注意が向いてる隙に、さっさと逃げるぞ」

 だが、ガロードは首を横に振り、もがく。

 怪我人とは思えないパワーで、キークも押さえきれない。

「仕方ねえ」

 キークはそう言うと、右腕を喉に滑り込ませた。

 腕を狭め、器官と動脈を締め上げる。

 ガロードはわずかにもがいたが――

 意識が飛んだ。

「ふう……ルルシー、ボーイを頼む。逃げるぞ。こっちに来い、地下道に通じる道がある。臭いが、そこから逃げよう」




 愚兄弟は暴れた。

 そこら辺にあるものを、片っ端から投げつける。

 投げつけるものがなくなると――

 獣のような俊敏な動きで男たちに接近する。

 そして素手で男たちを殴り倒し、ぶん投げる。

 放たれた野獣のような暴れっぷりだ。

 しかし、新たにやって来た男たちが銃を抜いた。

 そして――

 仲間を巻き込むのも構わず、銃を乱射する。

 愚兄弟の体を、何発もの銃弾が貫く。

 それでも、愚兄弟は止まらない。

 そばにいた男の体を持ち上げ、投げつける。

 血みどろになりながら、愚兄弟は男たちに突進して行った。




 数時間後。

 キークたちは、どうにかZ地区の掘っ立て小屋に逃げ延びた。

 ガロードは意識を取り戻したものの、放心状態になっている。

 キークは二人に全てを打ち明け、さらに現在の状況を説明していた。

「キークさん、ボーイさんはどうされたのです? どうして、こうなってしまったのです?」

「どうやら、自決用の薬を持っていたみたいでな……拉致された時にソイツを飲んだんだ。しかし、運が良いんだか悪いんだか……薬では死ななかった。代わりに……植物状態になっちまった、らしい」

 ルルシーの問いに対し、淡々とした口調で答えるキーク。

「じゃあ、治らないのですか?」

「わからん。いずれにしても、ちゃんとした病院に連れていかないと……このままだと、遅かれ早かれ死ぬだろう」

「キーク……何で……何で兄弟を……ジョーガンと……バリンボーを……」

 不意に言葉を発したガロード。

 嗚咽を洩らしながら、キークを睨みつける。

「ガロ……奴らが注意を引き付けていてくれたから……オレたちは生きて脱出できたんだ。見事な死に様だよ、兄弟は……オレは奴らを尊敬する」

「ふざけるな!」

 ガロードは立ち上がろうとするが――

 全身に激痛が走り、崩れ落ちた。

「ガロ……まずは怪我を治せ。いいか、復讐なんてバカなことは考えるな。もう、お前らの手に負える状況じゃない」

 キークは冷静な口調で、ガロードを諭そうとする。しかし――

「ふざけるな……殺してやる……エバン・ドラゴを殺す……奴の部下も……皆殺しだ……」

 ガロードは、泣きながら怨念を吐き出す。

「ガロ……今のエバン・ドラゴを敵に回すってことは、この街のギャングの半分を敵に回すってことだ。ジュドーの奴も、今は動けない。ここで、ルルシーと静かに暮らせ。もうあの家には戻るな。戻ったら……確実に殺されるぞ」


「キーク、頼みがある」

 少し経って、落ち着きを取り戻した――かに見える――ガロードが、キークに言った。

「何だ」

「ウチに行って……ルルシーの棺桶を持って来てくれないか。あれは必要なんだ……」

「わかった。それくらいならやってやる」

 そう言うと、キークは立ち上がった。

「キーク……ありがとう。あんたには感謝してる。あんたにどんな目的があろうが、恩人であることには代わりない。あんたに会えて良かった」

 ガロードは神妙な顔で、キークに頭を下げた。

「……行ってくる」




「ルルシー、ちょっと来てくれないか」

「今度は何です? 私は見張りで忙しいのです」

「お前に頼みがある」




「キーク、帰りは呼んでくれ。客がいなかったら引き受ける。さーて、もうひとっ走り回るか」

 そう言うと、トラビスの運転するタクシーは轟音を挙げて走り去って行った。

 キークは、ガロードの家に侵入する。

 棺桶を担いだ。

「やれやれ、ガロの奴は本当に――」

 その瞬間、キークは異変を感じて立ち止まった。


 何かおかしい。

 この家には何度も来ているが――

 違和感がある。

 何だこれは?


 次の瞬間、キークは――




 さらに数時間後。

 ジュドーは呆然とした表情で、その知らせを聞いていた。

「本当なのか?」

「ああ、今朝のことらしいが、ガロードの家が爆発したらしい。武器や弾薬が大量に保管されてたらしいからな……辺り一面、焼け野原らしいぜ。キーク・キャラダインの死体もあったとか……」

 ゴステロ――かつて、ゴメスの部下だった男である――が、青い顔でジュドーに知らせた。






 次回で最終回です。よろしければ、最後までお付き合い願います。

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