戦いの狭間
ガロードは今、地下室にいる。
そして彼は、ナイフを研いでいた。
床には大型ライフル、ショットガン、小型のハンドガン、手榴弾、さらには杭打ち機などといった物騒な物が並べられている。
さながら、武器の見本市のようだ。
キークと会って話したあと、ガロードはすぐさま家に戻った。
そして地下室にこもり、武器の手入れに没頭していたのだ。
ナイフを研ぎ終わると、次はショットガンのチェックを始めた。
復讐が終わり……
ルルシーと二人、やっと普通に暮らせると思ったのに……
結局、こうなってしまうのか。
オレの安息の場所は……戦いの中にしかないというのか……。
「ガロード、兄弟が心配しているのです。早く上がってくるのです」
声と共に、ルルシーが地下室に降りてきた。
「ああ……もう少しで終わる。すまないが、兄弟の相手をしていてくれ」
ガロードはチェックの手を止めない。
「……わかりました。ガロード、一つ約束してほしいのです」
「何だ」
「戦う時は、私も連れて行くのです。私があなたを守るのです。いいですね?」
「……わかった」
ルルシーが上がって行った後も、ガロードは武器の手入れを続けた。
ハンドガンを分解し、一つ一つのパーツをチェックする。
正直に言うなら、居ても立ってもいられなかった。さっさとエバン・ドラゴの所に乗り込み、クリスタル・ボーイの監禁場所を吐かせたかった。
しかし、キークは言ったのだ。
お前が動くと、面倒なことになる、と。
だから、今はキークを信じて、待つしかない。
自分にできることは、いつ何時でも出動できるように、準備をしておくことだけだ。
ガロードはハンドガンのチェックを終えると、最大の武器である、自身の肉体のチェックを始めた。
ストレッチ、そしてシャドートレーニングなどの軽い運動で体をほぐしていく……。
実のところ、体を動かしていなければやっていられなかった。
不安で押し潰されてしまいそうだ。
クリスタル・ボーイ。
ずっと、反りの合わない男だった。
何かにつけ、自分やルルシーに突っかかってくる、うっとおしい男……。
だが、最近ではそれにも慣れてきた。
何より、あの愚兄弟の面倒を見ている男なのだ。
ガロードにとって、ボーイもまた、かけがえのない仲間となっていた。
ボーイは、オレが必ず助け出す。
「ガロード……いい加減上がって来るのです。上がって来て、ご飯を食べるのです」
また、ルルシーが降りて来た。
「ルルシー、もう少し待って――」
「せめて、ご飯は食べるのです! 兄弟が作ったご飯を食べられるのは、あなたしかいないのです!」
ルルシーはガロードの腕を掴み、促す。
昨日の夜から、愚兄弟は料理を作るようになった。ガロードとルルシーに食べさせたいと言っているが――
しかし、その内容はひどいものだ。
生焼けの肉に砂糖で味付けした奇怪な肉料理や真っ黒焦げの卵焼きなど……しかし、ガロードは平気な顔で完食する。
「サバイバル訓練の時に食べた物に比べれば、ご馳走だよ」
そう言ってのけ、全部平らげて見せた。
愚兄弟はそれを見て、大はしゃぎで跳び跳ねた。
そして、また作ってしまったらしいのだ……。
ガロードは苦笑いしながら、リビングへ向かった。
その頃。
ジュドーは一人、暗い店内にいた。
どうすべきかは、わかっている。
ボーイには死んでもらうほかない。
今、タイガーを連中に渡してしまったら、確実に終わりだ。
指導者としてのタイガーの手腕を、ジュドーは高く評価している。
そして、アンドレを筆頭に、タイガーを慕うカタギの商売人も多い。
そのタイガーがいなくなったら……
この街を守るため、ボーイには死んでもらうしかない。
ボーイ一人を助けるために、無茶はできないのだ。
オレも……
いつまでもガキのままじゃあ、いられねえ。
しかし……
三年前のオレなら、どうしてた?
その時、裏口の扉をノックする音がした。
「開けろジュドー、オレだオレ、キーク・キャラダインだ」
「キーク……」
そしてジュドーとキークは、暗い店内で対峙していた。
「キーク……一体何しに来た?」
「その前に、一つ話をさせてくれ。オレは、メルキア機構特殊任務班に所属するエージェントだ」
キークは淡々とした口調で語り始めた。
メルキアのお偉方は、さらなる国益の増大を図り――
エメラルドシティに目を付けた。
人の命が二束三文であり、売春やドラッグ、果ては殺し合いすら白昼堂々、ショーにしてしまう街。
だからこそ、巨額の金の生る木でもある、この街。
この街を支配できれば……
メルキアに巨万の富をもたらすだろう。何せ、この街には法律などない。自国の領内で行えば良識ある人々から叩かれるようなことも、この街で行えばおとがめは無しだ。この街では何でもできる。売春だろうがドラッグだろうが思いのままだ。さらには、倫理に反する科学実験や臓器売買などのような倫理に反する取引も、思いのままである。
しかし、この街を支配するには一つ問題がある。
タイガーとゴメス……この二人の大物ギャングが街の大半を仕切り、さらに弱小ギャング組織もいる。その上、逃げ込んできた異能力者や人外などもいる。真正面から力で潰そうとしたら、全部を敵に回しかねない。
それに、軍隊などを用いてそれらを潰せば、街は焼け野原だ。
そうなってしまっては、何の意味もない。
そこで、メルキアのお偉方は考えた。
街を統べるギャングの頭をすげ替え、自分たちの――メルキアの――犬となる人間をボスにすればいい。そうすれば、この街の大半を支配できる。
その目的のために送り込まれたのが、キーク・キャラダイン、ティータニア・モンテウエルズ、そしてエバン・ドラゴだった。
「つまり、あんたはメルキアの……犬だったってワケか」
ジュドーはさほど驚いた様子を見せていない。
「ジュドー……お前さん、知っていたのかい?」
「そんなんじゃないかと思ってたよ……まさか、国がバックについてたとは思わなかったけどな」
ジュドーは一切の感情を現さず、淡々と語るだけだった。
「なあキーク……ガロードとルルシーは、どんな役割を果たしたんだ?」
「鉄砲玉だよ……使い捨てのな」
強化人間であり、兵士でもあるガロードと、吸血鬼のルルシー……殺し屋としては、またとない存在だ。
しかも、お尋ね者でもある。用済みになったら、いつでも消せる。
メルキアにとって、格好の手駒であった。
だからこそ、キークにガロードと接触させ、面倒を見させた。
「で、そのエージェントさんが何の用だ? 懺悔しに来たわけでもないだろ」
「エージェントとしては、タイガーを引き渡せと言いに来た……だが、キーク・キャラダインとしては……渡すな」
「……本当のお前はどっちなんだ――」
「どちらも、本当のオレなんだよ。じゃあな。今度会う時は……敵になっているかもしれん」
キークはそう言うと、立ち上がりかけた。
だが、ジュドーが先に立ち上がり、キークを押し止める。
「ちょっと待て! 最後に一つだけ教えろ! ボーイは……ボーイはどうしてるんだ?!」
「ボーイは……知らない方がいい。奴はもう助からない。いっそ、死んだ方がいいかもしれん」
「キーク……一つだけ聞いて欲しいことがある。ボーイはな、お前に借りがあると言ってたんだ……」
ジュドーは、これまでの出来事を話した。
ゴメスに、マークとジョニーを殺した犯人を探すために雇われた事。
マークの死体の状況から、キークが犯人だと二人が推理していた事。
にもかかわらず、ボーイに一任していた事。
「ボーイは、あんたに借りがあると言ってた……だから、オレに預けてくれと……それだけは覚えておいてくれ」
「そんなことが……だが、オレには何もできん」
そう言いながらも、キークの目には苦悩の色が浮かんでいた。
「だろうな」
「あーあ……ガロの奴だったら、この場でオレをボコボコにするはずなんだが……お前はオレを殴らないのか?」
「オレには、その資格がない……オレは結果的にボーイを見捨てるんだからな……オレも、街という名の組織の犬だ。お前を責める資格はねえよ」
そう言って、自嘲気味に笑うジュドー。
「嘘つけ。知ってるぜ、お前があちこち手を尽くしてボーイを探していることはな……だが、見つけるのはまず無理だ」
そう言うと、キークは再び立ち上がる。
「オレに言えるのはここまで……そろそろ戻らないないと、上がうるさいんだよ……」
そして街では、マスター&ブラスターの部下――全員、ゴメスの部下だった者である――が、あちこちに飛び回っていた。
マスターはボスの座について真っ先に手を付けたのは……金をバラ撒くことだった。
ゴメスが貯め込んで、金庫に入れていた金を、惜しげもなく子分たちに渡したのだ。
次に、みかじめ料を大幅に値下げしたり、ホームレスを仕切るタン・フー・ルーの所に使者を出したりするなど、精力的に動き、様々な改革を行った。
かつてゴメスが使用していた事務所。
今では、マスター&ブラスターが占領している。
マスターは椅子に座り、様々な書類に目を通していた。
ブラスターはその横で、床にしゃがみ、退屈そうにしている。
そこに若い男が入って来た。
「ボス――」
その言葉を聞いた途端、マスターは不快そうな表情で男を睨む。
「あ、いや……マスター、乞食のタンが来ました」
マスターの表情が、さらに不快さを増したように見えた。
「お前……名前は?」
「あ、ジョンです」
「ジョン……いいか、タン先生には敬意を払え。今後、あの方を乞食と言ったら……お前を殺す」
その言葉と同時に、ブラスターが四つん這いのゴリラのような動きでジョンに近づく。
そして、鉤爪の付いた手を伸ばした。
ジョンは血相を変え、飛び退く。
「す、すいませんでしたあああ!」
声と同時に、部屋を飛び出して行った。
その様子を見て、ため息をつくマスター。
「この街には、愚か者が多いな……」
やがて、一人の老人が入って来た。
髪の毛は抜け落ち、体は痩せこけているが、未だにしっかりした歩き方と真っ直ぐな姿勢をしている。鋭さと柔らかさを併せ持つ、不思議な視線でマスターを見つめる。
その老人の姿を見た途端、マスターは椅子から降りた。
そして、深々と頭を下げる。
「タン先生……わざわざ来ていただき、ありがとうございます」
「マスター……地下道にいた頃に比べると、見違えるようじゃ。で、儂に何の用じゃ?」
「先生、ガロード・アリティーという男をご存知ですか? その男に伝えて欲しいことがありましてね」




