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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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25/29

エバン・ドラゴ

「ボス、遅いな……」

「遅いな……」

 愚兄弟はガロードの家で呟いた。

 クリスタル・ボーイは二日前、ガロードに愚兄弟に預けると、そのままどこかに行ってしまった。

 以来、連絡が途絶えている。

 さらに、ジュドーも店を閉めたままだ。

 その上、キークも顔を見せない。

「一体、何が起きているんだ……」

 さすがに、ガロードも異変に気付いた。

 この状況は、明らかにおかしい。

 しかし、ガロードにはどうすればいいのかわからなかった。


「あなたたち、元気を出すのです。ボーイさんは必ず戻ってくるのです。戻って来るまでは、ウチにいるといいのです」

 ルルシーはいつになく優しい態度で、愚兄弟に声をかける。

「わかった」

「わかった」

 愚兄弟は不安そうな顔をしながらも、ルルシーに答える。

「しかし、おかしいのです……ボーイさんは、ここまでいい加減な人ではないはずなのです」

 思案顔で腕を組むルルシー。

「ルルシーもそう思うだろ……オレ、ちょっと行ってみる」

 そう言うと、ガロードは立ち上がる。

「探すって……どこに行くのです?」

「まず、警察署に行ってみるよ。キークから探してみる。ルルシーは兄弟と一緒に待っててくれ」




 マスター&ブラスターがゴメスの後釜になったという話は、既に街中に広まっていた。

 さらに、街にはこんな噂も流れている。

 タイガーは何者かの襲撃を受け、部下を見捨てて真っ先に逃げ出したと。

 そして今――


「諸君! 部下を見捨てて逃げるような女に、まだ従う気なのか!」

 エバン・ドラゴは『虎の会』の主だった人間を競りの会場に集め、演説している。

 傍らには、タイガーの忠実な部下だったはずのギャリソンが立っていた。

 ドラゴはさらに演説を続ける。

「諸君! 部下を見捨てて逃げ去るようなクズの時代はもう終わりだ! ここに約束しよう。オレは必ず、諸君たちに今以上の物を得られるようにしよう! 付いてきてくれるな?!」

 ドラゴは言葉を止め、皆の反応を見る。

「おう!」

「オレは、あんたに付いて行くぜ!」

「タイガーを見つけたら、ぶっ殺してやる!」

 あちこちから聞こえる、賛同の声。

 ドラゴはニヤリと笑い、全員の顔を見渡した。


 死神とギャリソンを失ったタイガーの味方をする者は、ただの一人もいない。『虎の会』は今、完全に崩壊したのだ。

 そして――

「諸君! 今から諸君らは我が『ドラゴン』のメンバーだ! もう一度言う! オレは約束しよう! 諸君らが、今以上の富と権力を手にすることを!」

 ドラゴの声が、会場に響き渡った。




 その頃。

 ガロードは警察署の前で押し問答をしていた。

「だから、キーク・キャラダインさんに会わせて欲しいんです!」

「休んでるんだよ……オレに言われても困るんだけどよお……」

 入口で応対している警官のバニラは、苦り切った顔をしている。


 バニラの話によると、キークは昨日から休んでいるという。

 ちなみに、その理由は……持病の悪化。

「持病って何ですか? 説明してください!」

 食い下がるガロード。

「知らねえよ……持病は持病だ。もう勘弁してくれ。やっと最近、街も平和になってきたのに……」

 困った顔を通り越し、泣きそうな顔になっているバニラ。

 しかし、ガロードは容赦しない。

「だったら、せめて連絡先だけでも!」

「だから……無理だって……もう勘弁して――」

「もういい! あんたじゃ話にならない! 中に入れろ!」

 ついに我慢できなくなったガロード。

 バニラの襟首を掴み、力ずくで脇に投げ飛ばす。

 道路で一回転し、派手に転んだバニラは、

「痛え! やったな! 暴力振るったな! 逮捕してやる! 逮捕だ!」

 と、子供のようにわめきちらした。

 しかし、ガロードは構わず進んで行こうとするが――

「ガロードさん、少しお待ちを。ここで騒ぎを起こしても、良いことはありませんよ」

 後ろから、呼び止める声がした。

 振り返ると、そこにいたのは――

 グレーのスーツを着た、背の低い小太りの中年男である。

「あんたは――」

「私はジャン・ドテオカといいます。ガロードさん、あなたにお話があるのですがね……」


 ガロードを連れ、ジャンは歩いて行く。

 そしてジャンは立ち止まる。

「ガロードさん、ちょっと待っていてください。車が来ますので……」

「あんたは誰だ? 何が起きている?」

「それは……キーク・キャラダインさんに聞くべきですね」




 食堂の『ジュドー&マリア』は今、防弾仕様のシャッターが閉められ、ひっそりと静まりかえっている。人の気配がまるきり感じられない。

 だが、店には地下室があった。

 その地下室では――


「タイガーさん、何か食いたい物あります?」

「何でもいい……好きにしてくれ」

「タイガーさん! 食わないと体に毒ですよ!」

 語気を荒げ、迫るジュドー。

 だが、タイガーは反応しない。

 虚ろな表情をしたまま、ジュドーの方を見ようともせず、テレビの画面に顔を向けている。


 昨日、Z地区に潜伏していたタイガーと合流したジュドーは、アイザックらに協力してもらい、どうにか秘密裏に連れて来ることに成功した。

 タイガーの話では、死神が死んだと聞かされ、その真偽を確かめに出向いたところ、待ち伏せを受けた、とのことである。

 連れていた二人のボディーガードは死亡、タイガーもどうにか逃げのびたのだという。


「……わかりました。タイガーさん、ちょっと情報仕入れてきます。おとなしく待っててください」

 ジュドーは、そう言って立ち上がった。

 その途端――

「もういいよ、ジュドー……もう止めよう」

 タイガーの虚ろな声。

 ジュドーの動きが止まった。

 ゆっくりと振り向く。

「もう……いい……私は終わりだ」

 タイガーはそう言って、力のない笑みを浮かべる。

「今の私には、もう何の力もない……ただの女だ……いや違う」

 タイガーの指が、自らの顔に触れた。

 顔を横切る醜い傷痕を、そっと撫でる。

「ただの女……以下だ。ただの……醜い女――」

「タイガーさん! いい加減にしなよ!」

 たまりかねたジュドーは怒鳴りつけ――

 両肩を掴んだ。

 タイガーの表情が、ようやく反応を見せる。

「こんな街を仕切れるのは、あんた以外に誰がいる! やっと街らしくなってきたんじゃねえか! オレも手を貸すから! また一からやり直そう!」

 ジュドーがそう言った瞬間――

 タイガーの瞳から、涙が溢れた。

「手を貸して……くれるのか? 今の私に?」

「当たり前です。オレを誰だと思ってるんですか? 必殺の商売人ですよ!」

 そう言って、胸を張るジュドー。

「お前の言うことは……本当に意味不明だ」

 タイガーの顔に、やっと本物の笑顔が戻る。

「オレは外で情報収集してきます。だから、ここを動かないでください」

 ジュドーは出て行こうとしたが――

 扉を叩く音。

「誰だ」

 ジュドーが尋ねる。

「アイザックだ……表にエバン・ドラゴが来てる」

 アイザックの声。

 気のせいか、裏稼業をやっていた時代の声に戻っているように聞こえた。




 ガロードとジャンは、Z地区の掘っ立て小屋……のようなものの前でタクシーを降りた。

「ではトラビスさん、また後で連絡しますので、帰りもお願いしますよ」

「それは約束できねえな……何たってオレは、二十年間無敗のタクシードライバーだからよ。んじゃ、行くぜ」

 名物タクシードライバーのトラビスはそう言うと、モヒカン頭を振るわせながらタクシーに乗り込み、走り去って行った。

「……変わった男ですね、彼は。さてガロードさん、こちらです。この中に入ってください」

「この中? 何で――」

「ガロ、時間がない。さっさと入れ」

 キークの声だった。

「キーク?! あんたは一体――」

「時間がない。早く入れ」


 掘っ立て小屋の中は、昼間だというのに薄暗い。

 明かりはもちろん、テーブル、椅子、その他生活感のある物がまったく無かった。地面にはホコリが積もり、器官の弱い人間が足を踏み入れたら、たちどころに咳き込むだろう。

 そんな場所で、キークは直接床に座り、こちらを見ていた。

 普段の軽薄そうな表情は微塵も無い。

 代わりに浮かんでいるのは……壮絶な裏の仕事師の表情だった。

「キーク! ボーイがいないんだ! ジュドーも店を閉めてて連絡がとれない! 一体何が――」

「ガロ、静かにしろ。まずオレの話を聞いてくれ」

 あわただしく喋り始めたガロードを制するキーク。

 そして、ガロードの目を見つめる。

「ガロ……ルルシーと兄弟をこの小屋に連れて来い。ほとぼりが冷めるまで、街には近寄るな。この先、エメラルドシティはとんでもないことになる。お前らは関わるな。今のオレに言えるのは、ここまでだ」

 キークはそう言うと、立ち上がった。

 そのまま出て行こうという素振りを見せるが――

 血相を変え、呼び止めるガロード。

「ちょっと待ってくれよキーク! ボーイはどこに行って――」

「ボーイはもう帰らない。奴のことはあきらめろ」

「何だと?! どういう事だ!」

「ボーイは……エバン・ドラゴに連れ去られた。オレもどこに監禁されているかはわからん――」

「ふざけるな!」

 ガロードの強烈な左フック――

 キークはそれをまともに喰らい、吹っ飛んだ。

 だが、ガロードはそこで止める男ではない。

 キークの襟首を掴み、引き寄せながら――

「ボーイは仲間だろうが! 仲間を見捨てる気か?! お前は――」

「ガロードさん! 今はそんなことをしている場合ではありません!」

 ジャンが止めに入る。

「ガロ……お前、ボーイを助けたいのか?」

 キークは唇から血を流しながら、ガロードを見つめた。

「当たり前だ! あいつは仲間だ! それに、ジョーガンとバリンボーは、ボーイの帰りを今も待っているんだぞ!」

「……わかった。オレが探し出す。お前は一旦、家に帰れ」

「しかし――」

「お前が動くと面倒なことになる。オレを信じて、今日は帰るんだ」

 キークはガロードにそう言うと、次にジャンの方を向いた。

「あんたはどうする気なんだ?」

「私は……ドラゴたちの側には付きません。奴らに付くくらい賢ければ、初めからこんな街に来てやしませんよ……」

 ジャンは自嘲気味に笑って見せた。

 そして、付け加える。

「ただし、あなたたちの味方もしません。私にできるのはここまでです」




 その少し前。

 『ジュドー&マリア』は本日休業、のはずだった。

 しかし……

 店内には、エバン・ドラゴがいる。

 その後ろには、ギャリソンと三人の部下。

 ドラゴは店の椅子に座っており、ギャリソンと他三人は立ったままだ。

 そしてドラゴは――

 カウンターで座っているジュドーを、にこやかな顔で見ている。

 一方のジュドーは……

 冷酷そうな表情で、ドラゴをじっと見ている。

 ジュドーの横にはアイザック。さらに、その後ろにはカルメン。

 二人とも静かな表情をしてはいるが、殺気を漂わせている。


「君たち……タイガー女史はここにいるのだろう? こちらに引き渡してほしいのだが?」

 口火を切ったのは、ドラゴだった。

「ドラゴさん、そんな者はここにはいない――」

「ジュドー、つまらん嘘をつくな」

 ジュドーの言葉を遮り、親しげな口調で言ってきたのはギャリソンだった。

「……」

 ジュドーの目が、スーッと細くなる。

「ジュドーさん、あんたはオレなんかよりずっと前からここにいる。オレはあんたに敬意を抱いている。ほんの……欠片ほどのものだがな――」

「失せろ。タイガーなんて奴はいねえ」

 ドラゴの言葉を遮り、ジュドーはそう言い放つ。

 そのとたん、後ろの三人の表情が変わる、

 一人の男など、敵意をみなぎらせた顔つきで前に進み出ようとするが――

「落ち着きたまえ」

 ドラゴの一言。

 男は動きを止める。

 そしてドラゴは、相も変わらぬにこやかな表情で話を続ける。

「ジュドーさん……あんたとは、この先仲良くやっていきたい。あんたらのチームが加わってくれれば、この地区は安泰だ――」

「失せろ、って言ってるのが聞こえないのか?」

「ジュドーさん、そんなことを言っていいのか?」

 ドラゴはそう言うと、後ろを向いた。

 すると、男の一人が持っていたカバンから何かを取り出し、ドラゴに渡す。

 ドラゴはからかうような素振りで、受け取った物を高く上げて見せつける。

 ボーイの改造拳銃……

「そいつは……どういうことだ? 何でお前が?」

 ジュドーの混乱したような声。

「クリスタル・ボーイといったな、彼は。彼はどういう状況か……この先は言わなくてもわかるな?」

「……オレは、何をすればいいんだ?」

 ジュドーの悲痛な声。

「まずは、タイガー女史を引き渡し……我が『ドラゴン』の傘下に入ってもらおう」

「……」

「今すぐ返事を……と言いたいところだが、オレも忙しい。他にもやることが山積みだ。三日間の猶予をやろう。返答次第では……ボーイは公開処刑だ」





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