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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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23/29

ギリヤーク

 クリスタル・ボーイはもともと、メルキアに住んでいた。

 札付きの不良高校生だったボーイ。しかし、そんな彼はある出来事をきっかけに更正し、さらには大学にも進学した。

 だが、また別の出来事が起こり、ボーイは裏の世界に入った。その後、彼はエメラルドシティに渡り、現在に至っている。

 そしてボーイは、彼の人生に大きな影響をもたらした人物――ハイゼンベルクの前に来ていた。


「よう先生、具合はどうだい」

「……」

 ここはメルキアの病院である。ハイゼンベルクは病室のベッドで寝ていたのだが、ボーイの姿を見て体を起こした。

「君か……また痩せたな。どんどん体重が落ちてないか」

「あんたに言われたくねえよ」

 ボーイはそう言いながら、ベッドの横にある椅子に座った。

 ハイゼンベルクはボーイの顔をじっと見つめ、口を開いた。

「ジェシー……君に一つ聞きたいことがある。金はどうやって――」

「クリスタル売って金にしたんだよ。他に何ができるってんだ」

「私がいないのに、薬を作れるのか?」

「なあ、あんたがオレに化学を教えてくれたんだぜ。しかも、あんたが作るのをずっと手伝ってきたんだ。一人でも何とかなる」

「……」

 ハイゼンベルクは、ボーイから目を逸らした。

「私は……君の人生を狂わせてしまったのか……」

「バカ言うな。あんたごときに狂わされるほど、オレの人生は安くねえ。それに……あんたがいなかったら、オレはうだつの上がらねえチンピラ……いや、それ以下だったろうな」


 病室を出た後、ボーイはため息をついた。

 ハイゼンベルクは高校の化学の教師である。ボーイはその時の生徒だった。その後は不治の病に冒されてしまい、入院している。

 ボーイにとって、ハイゼンベルクは本当の意味での恩師だった。札付きの不良だったボーイ……だが、そんな彼の優秀さを見抜き、一から勉強をやり直させ、さらに進学をさせたのがハイゼンベルクだったのだ。

 ボーイは初め、相手にしていなかった。

 しかし、ハイゼンベルクは想像以上のしつこさだった。ボーイに根気強く接し、化学の面白さを説き、そして進学を勧め続けたのである。

 ボーイは根負けした形で進学した。

 そして大学を卒業し、製薬会社に入社する。

 順調であった。

 だが、ある日ハイゼンベルクと再会する。

 全く予想だにしなかった形で……。


 裏通りで、チンピラ連中に叩きのめされている男がいた。

 近道しようと裏通りを歩き、その現場に遭遇してしまったボーイ。

 素知らぬ顔で通り過ぎようとした。

 だが、その時――

「なあ、頼む! 私は君らと取引したいんだ!」

 リンチされている男が叫んだ。

 その声を聞き、愕然とするボーイ。

 かつての恩師の声だった……。


 もしあの時、裏通りを行かなければ……

 ボーイは頭を振る。

 今さら無意味だ。




 ガロードは、大型ライフルを持ち、棺桶を担いで廃墟の中に侵入した。

 キークから得た情報によると、ギリヤークは今夜ここで兄のラルクと会うらしい。

 となると、必然的に二匹を片付けなくてはならないということだ。

 厄介な話である。

 だが、必要とあらばやってのけるしかない。

 新しい人生を始めるために。


 廃墟の奥に地下室があった。

 陽の射さない、暗闇の支配する場所。

 ガロードは背負っていた棺桶を降ろす。

 そして蓋を開けた。

 棺桶から体を起こすルルシー。

「ガロード……ちょっと早すぎるように思うのです……」

 ルルシーの声は、普段より硬さが感じられる。

 だが、無理もない。

 何せ、ギリヤークはルルシーと同じ吸血鬼なのだから。

 それも二匹である。

「待ち伏せるためだ、仕方ないだろう。今日で全て終わらせてやるさ」

 ガロードの声も、わずかながら震えている。

 いや、声だけでなく体も震えている。

 今までとは違うタイプの人外を相手にしなくてはならない緊張感……そして隠しきれない恐怖。


 そんなガロードを見て、ルルシーは微笑む。

 そして寄り添い、手を握った。

「ガロード、心配ないのです。死ぬ時は一緒なのです……」

「ああ……」

 ガロードの震えが治まった。




 ボーイは今、メルキアにあるウッドシティを歩いていた。

 病院を出て、久し振りにのんびりと一人で歩いている。

 愚兄弟は、今日だけと言う約束でジュドーたちに頼んでいた。


 愚兄弟は、普通の街では生きられない。

 かといって、エメラルドシティに骨を埋める、ってのもな……

 兄弟はガロードとルルシーに任せよう。

 オレはもう無理だ……

 クリスタルが売れなくなった今、オレはただのチンピラだ。

 エメラルドシティでは生き延びられない。

 かといって、キークをゴメスに売る気にはなれないしな。

 それをやったら、オレはゴメスと同じ、本物の外道だ。

 外道にだけは、絶対になりたくねえ……

 さて、そろそろ戻るか……




 日が沈み、闇が支配する時間。

 ガロードとルルシーは、廃墟の中に潜んでいる。

 息を殺し、標的が来るのを待ち伏せていた。

 これまでの連中と違い、吸血鬼は鼻が効くわけではない。

 だからこそ、不意を突いての攻撃ができる。逆に、勝ち目があるとすれば、そこだ。


 不意に、ルルシーがつついてきた。

 どうやら来たらしく、足音が聞こえてきた。

 二人分の足音。

 ガロードはライターを取り出した。

 ボールのように丸めた紙――中に石が入っている――に火を点ける。

 そして、火の点いた紙ボールを足音のする方向に投げつけた。

 火の玉は飛んでいき、ギリヤークたちのいる所に落ちる。

 その瞬間、周囲に大きめの炎が吹き上がった。


 ガロードは、あらかじめ地面に油を撒いておいたのだ。

 その油を撒いておいた場所に、ギリヤークたちが足を踏み入れるのを、じっくり待っていた。


 だが、相手は人間ではなく吸血鬼である。

 それも純血種の。

 火傷を負いながらも、何とか火柱からは逃れる。

 しかし、ガロードも黙って見ていたわけではなかった。

 二人めがけ、ライフルを連射する。

 銃弾は二人の吸血鬼に命中するが――

 二人は体を銃弾が貫通していくのを、平然とした顔で見ている。

 しかも、直径数センチはありそうな銃創が、一瞬にして塞がっていく……

 そしてギリヤークとラルクの視線は、ガロードを捉えた。

 二人の吸血鬼の目に、凶暴な光が宿る。

 次の瞬間、二人はガロードに襲いかかった。


 ガロードはライフルを捨て、杭打ち機を手に取る。

 銀色に鈍く光る杭を見た吸血鬼は――

 動きを止め、間合いとタイミングをはかる。

 ギリヤークの美しい顔は怒りでゆがみ、銀髪は逆立ち、白い肌にはわずかながら赤みがさしている。

 犬歯と鉤爪は鋭く伸び、臨戦態勢に入ったことが見てとれた。

 その横には、そっくりな顔をしたラルク。

 ラルクはゆっくりと動いた。

 ギリヤークがガロードを牽制し――

 ラルクは円を描くように動き続ける。

 ガロードはラルクの動きに注意しつつ、ギリヤークへの接近を試みる。

 しかし、ガロードが前に動けば、ギリヤークは下がり、さらにラルクが回り込む。

 完全に前と後ろを挟まれた形となった。

 吸血鬼の兄弟は、勝利を確信した笑みを浮かべた。

 前後から、一気に襲いかかるが――

 突然、紫の髪の何者かが出現、凄まじいスピードで兄弟に迫る。

 そして、ガロードの背後から接近しようとするラルクに――

 飛び込みざまの、強烈な一撃。

 ラルクは吹っ飛ばされた……かに見えたが、あっさりと体勢を立て直す。

 だが、ルルシーの攻撃は止まらない。

 間髪入れず、凄まじいスピードで襲いかかる。

 迎え撃つラルク。

 吸血鬼同士の、凄まじい殺し合いが始まった。


 ギリヤークは、突然乱入してきた何者かに気を取られ、わずかながら反応が遅れた。

 その遅れを見逃すほど、ガロードは甘くない。

 杭打ち機を構え、突進するが――

 ギリヤークはすんでのところで杭を掴み、攻撃を阻む。

 そして――

 細身の肉体からは想像もつかない凄まじい腕力で、杭打ち機ごとガロードを振り回す。

 ガロードは体重が九十キロあり、さらに服や所持品を加えれば、百キロを超える重さだ。にもかかわらず、軽々と振り回され……

 そして、飛ばされる。

 ガロードの体は宙を舞った。

 思わず、杭打ち機から手を離す。

 地面に体を打ちつけた。

 全身を走る、強烈過ぎる痛み……

「ゴホォ!」

 内臓から発せられるような、奇妙な声が洩れた。

 ギリヤークは杭打ち機を投げ捨て、倒れているガロードに近づく。

 その顔は、既に勝利を確信していた。

 ギリヤークはガロードを見下ろす。

 そして――


 ルルシーは鉤爪の伸びた指を振るい、ラルクに攻撃を仕掛ける。

 だが、ラルクは体勢を立て直すと、反撃に転じた。

 ルルシーの攻撃を簡単に見切り、ぎりぎりでかわすと――

 彼女の手首を掴み、簡単に放り投げる。

 ルルシーの体は宙を舞った。

 だが、ルルシーも吸血鬼である。

 人間には不可能な動きで体勢を立て直し、素早く着地した。

 しかし、着地した瞬間にラルクの一撃。

 ルルシーはラルクの凪ぎ払うような横殴りの打撃をまともに喰らい、一回転して倒れる。

 倒れたルルシーにのしかかるラルク。

 鋭く伸びた牙の生えた口を開け――


 ギリヤークはガロードの喉に噛みつこうとしたが――

 突然、口の中に何かを突っ込まれる。

 そして次の瞬間、蹴り飛ばされたギリヤーク。

 すると、口の中の物が爆発し――

 ギリヤークの頭は粉々に吹き飛んだ。

 だが、頭がなくなったにもかかわらず、ギリヤークの体はまだ動いている。

 いや、それ以前に、本来なら体の半分は吹き飛ばせるはずなのに……

 吹き飛んだのは頭だけだった。

 その上、吹き飛んだはずの細かい肉片が地を這い、ギリヤークの体に戻り、頭を再生させている……

 肉片が次々とギリヤークの体に集まり、新しい頭を造り出す……

 その時、ガロードは杭打ち機を拾い上げ、荒い息でギリヤークの心臓に狙いを定めた。

「き、貴様らに……喰われた……者たちの怨み……お、思い知れ……」

 銀色の杭が、ギリヤークの心臓を貫いた。


 ラルクはルルシーに噛みつこうとしたが……

 動きを止めた。

 首にワイヤーが巻きつき――

 後ろから、凄まじい力で引っ張られる。

 ラルクは引っ張る力に抵抗しつつ立ち上がり、後ろを振り向いた。

 治安警察の制服を着た男が、冷酷な表情でワイヤーを操っている。

「貴様!」

 ラルクは男――言うまでもなくキークである――に叫んだ。

 そしてワイヤーに手を掛け、引きちぎろうとするが――

 次の瞬間、ワイヤーは音もなくキークの腕時計に収納される。

 そしてキークは腰のハンドガンを抜き――

 トリッガーを弾く。

 続けざまの発砲――

 銃弾は全てラルクに命中するが、彼には何のダメージも与えていない。わずかに顔を歪めただけだった。

 しかし、その隙にルルシーは立ち上がる。

 後ろから、ラルクの背中に飛びつき――

 鉤爪を食い込ませ、さらに牙を首に打ち込む。

 ラルクは凄まじい声を上げた。

 背中のルルシーを振り落とそうと、凄まじい勢いでもがき、あがく。

 だが、ルルシーは離れない。鉤爪と牙を打ち込んだままだ。

 ラルクの動きが、鈍り始めた時――

「ルルシー! 離れろ!」

 ガロードの声。

 そして次の瞬間、杭打ち機を構えたガロードが突進していく。

 ルルシーが飛び退くと同時に――

 ガロードの杭が、ラルクの心臓を貫いた。





 この時のガロードとルルシーは、何も知らなかったのだ。

 ラルクは街で死神と呼ばれ、タイガーのボディーガードをしている男であることを……

 しかも、単なるボディーガードではなく、タイガーの力の象徴であったことを……ラルクの吸血鬼であるがゆえの力と不気味さが、部下たちの不満を押さえていたことを……

 そしてラルクが死んだことにより、タイガーの築き上げた王国『虎の会』は、崩壊寸前の段階に来てしまったということを……





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