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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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17/29

心が冷えていく

 クリスタル・ボーイとジュドーの二人は今、マンションの前に立っていた。

 マンションと言っても、四階建ての小さなものである。エメラルドシティの建物の例にもれず、このマンションも外壁は汚いが、窓ガラスは割れていない。

 しかも、入口には防犯カメラらしきものが設置されている。

 さらに、大柄な人相の悪い男が二人、銅像のように立っている。

 恐らくは門番なのであろう。入口の扉の前で、じっとこちらを睨んでいる。

 だが、ボーイも負けてはいない。

 ずんずん大股で歩き、門番のすぐそばで止まる。

「おい門番さんよう、さっさと通してくれねえかな。オレたちはゴメスに呼ばれてんだよ」

 そう言って、下から睨みつけた。

 門番の表情が変わる。

 だが――

「おいお前ら、オレはジュドー。こいつはボーイ。クリスタル・ボーイって言えばわかるだろう。ボスのゴメスに呼ばれているんだ。通してくれ」

 その言葉を聞いた門番は、無表情で扉を開けた。

 すると、ボーイは門番から視線を外し、さっさと薄暗いマンションの中に入って行く。

 そして、ジュドーが後から続いた。


 薄暗い建物の中を歩き、そして階段を上がる。

 四階にたどり着き、一息ついた。

 階段の天井部分に設置された防犯カメラを睨みつけるボーイ。

「ふざけやがって……こっちは昨日、化け物と殺り合って疲れてんだよ。エレベーターくらい――」

「行くぞボーイ。もう、すぐそこだ」

 ジュドーはボーイを促し、四階を歩く。

 そして、一番奥の部屋の前で立ち止まった。


「ジュドー……久しぶりだな。それに……お前がクリスタル・ボーイか。噂には聞いていたが、顔を見るのは初めてだな」

 ゴメスの、ドスの効いた声。

 室内には、テレビが二台乗った事務机と椅子、さらには大型の金庫などがあるが、虎の会の事務所と同じく、無駄な物は置かれていない。入り口の両サイドには、小山のような体格の男が二人、無表情で立っている。

 そして……トレホとゴメス。

 トレホは立ったまま、ボーイを睨みつけている。ゴメスは椅子に座っており、視線はテレビに向けたままだ。

 一方、ボーイはトレホの視線を完全に無視し、ゴメスを見つめている。タイガーの所にいる時とは、完全に違う態度である。

 そしてジュドーは、普段と変わらずヘラヘラ笑っていた。

「ゴメス……さん、堅苦しいあいさつは抜きにしましょうよ。用件は何なんですか?」

 ボーイも、彼らしかぬドスの効いた声で言った。

 トレホの目つきが鋭さを増す。

 ただでさえ怖い顔が、より一層怖くなる。

 一方のゴメスは、

「まあ、そう言うな。お前とは色々あったが、全て水に流そうじゃないか、と思ってな。これからは仲良くやろうぜ」

 そう言って、ニヤリと笑った。

 横にいるジュドーは、ヘラヘラ笑っている。だが、頭の中では別のことを考えていた。


 ゴメスは仮にも、エメラルドシティの三分の一ほどを仕切るギャングの大物である。頭もキレるが、基本的には凶暴な男である。

 そのゴメスがここまで譲歩する……ゴメスという人間をよく知るジュドーからみれば、あり得ない話なのだ。

 ゴメスの奴、何を企んでる?


 その時、ドアをノックする音がした。

「入れ」

 ゴメスが応える。

 入って来たのは――

 灰色の髪をして、細身の体を体をクネクネさせている不気味な男だ。

「トレホの兄貴〜、大変ですぜ〜ボルタックの店とポンチャックの店で、もめ事らしいですよ〜。早く来てくださいって言ってますぜ〜、早く行ってください」

 男は入ってくるなり、特徴的な話し方でトレホを急かした。

「なんだと……ゴステロ、お前が何とかしろ。オレはここを――」

「いや構わない。トレホ、お前が行け。ついでにやってもらうこともある。そこの二人も連れていけ」

 トレホの言葉を遮ったのは、ゴメスだった。

「いや、しかし……」

「トレホ、オレの言葉が聞こえなかったのか?」

 ゴメスの低い、ドスの効いた声が響く。

「……わかりました」

 トレホは釈然としない表情をしながらも、大男二人を引き連れ出ていった。


「さて、面倒な奴がいなくなったところで、本題に入ろうか」

 ゴメスがそう言うと、残っていたゴステロが動き、金庫を開ける。

 そして中から、札束を二つ取り出す。

 ゴステロは、その札束をボーイとジュドーに手渡そうとした。

「何です、これは……」

 さすがに、ジュドーもボーイも受け取ろうとはしない。

 ボーイなどは、不信感を露にしている。

 その反応を見て、ゴメスは笑みを浮かべた。

「そんなに嫌うな。お前らに一つ、仕事を頼みたいだけだ。一体、この街で何が起きているのか……調べてくれ」

「はあ?」

 ボーイがすっとんきょうな声を出す。

「ゴメスさん……何言ってんのか……わからないんですけど?」

 さすがのジュドーも、唖然としている。

 一方、ゴメスは――

「お前らだって気づいているだろう。最近、妙なことになってる。ウチのマークが死に、そして虎の会のジョニーが死んだ。どう見ても、これはただ事じゃないってのはわかるな?」

 ここで言葉を止めた。

 ジュドーとボーイは、ようやく話を理解する。

「つまり、その二人を殺した奴を探せ、と?」

 ジュドーが尋ねる。

「そうだ」

 ゴメスはそう言うと、現在の状況を語り始めた。


 エメラルドシティは今、無法地帯から脱しようとしている。

 タイガーとゴメス。エメラルドシティにおける二大勢力のボスである、この二人にしても、その変化には気づいている。

 そこで二人は、密かに協定を結んだ。お互い、つまらん縄張り争いや小競り合いはやめようと。それよりも、お互いに協力し、街の発展に力を尽くそうと。そして得られる利益を山分けする方が得策だと――

 だが、そんな矢先、ゴメスの部下マークと、タイガーの部下ジョニーが相次いで殺された。

 しかも、マークを殺したのは虎の会の者だという噂が流れている。

 さらに、ジョニーを殺したのはゴメスの手の者だという噂も――


「トレホなんか、完全に頭に来ちまってる。あいつは血の気が多いからな……オレにまで逆らう始末だよ、最近は……」

 ゴメスはそう言うと、頭を振る。

「このままだと、トレホはトチ狂ったマネをしかねない。万一、そんなことをしでかしたら、オレは奴から、ケジメをとらなきゃならん……」

「まさか……あんた、トレホを守るために、オレたちを雇う気で?」

 ジュドーが意外そうな表情になる。

「そう言うことだ。頼まれてくれるか?」

 ゴメスは、その岩のようないかつい顔を向ける。

「あのねゴメス……さん、オレはあんたのせいで、商売ができないんですよ。おかげで、今じゃタイガー……さんの下で殺しをやらなきゃ食っていけません。そんなオレが、あんたの仕事を受けるとでも?」

 敵意を隠そうともせず、とげのある言葉を放つボーイ。

「……ならば今後、お前のクリスタルはウチが買い取る。それでどうだ? ただし、無事に解決できたなら、だがな」

「それ、本当ですか?」

 ボーイの表情が変わる。さっきまでの怒れる若者から、商人の顔になる。

「ああ本当だ。ついでに言うと、前金は二百ずつ、合わせて四百。しかもこれは、犯人を見つけられなくても返さなくていい。さらに成功報酬は六百だ。引き受けてくれるな?」

 ゴメスは、いかつい顔に笑みを浮かべる。

 ジュドーは視線を逸らせた。


 断るのは、非常に難しい状況ではある。

 だが、ジュドーの商売人としての勘は、引き受けるな、と言っている。

 さて、どうするか……


 しかし――

「やりましょう」

 返事をしたのは、ボーイだった。

 さっきまでの反抗的な様子から一転、卑屈さこそないものの、妙にフレンドリーな態度になっている。

 ジュドーは小さくため息をついた。




 その頃。

 キークはガロード宅を出て、街を歩いていた。

 何とも言えない気分だ。

 さっき見た、あの光景……

 号泣するガロード。

(ガロード、お前は最高の友だちだ)

 愚兄弟のセリフ。

 その三人を優しい目で見守る、吸血鬼のルルシー……

 てめえら何なんだ……

 人殺しと、売人のボディーガードと、吸血鬼のくせしやがって……


 キークは今まで、悪党ばかりを相手にしてきた。組織の犬として、様々な場所に行き、色々な任務をこなした。

 だが、こんな気分になったのは――


「キーク! ちょっとキーク! 聞いてんのかい! さっさと来なよ!」

「ああ聞こえてる。姐さん、そう急かさないでくれよな。しかし、姐さんからデートに誘われるなんて、光栄だよ」

 キークの前を歩くのは、女警官のゾフィー。

 ガロードの家にいたキークのケータイに、突然ゾフィーからの着信が入ったのだ。

 そして――

(悪いんだけど、今すぐ出て来てくれない? 大事な話があるんだよ)


 何のために呼び出されたのか……

 恐らくは、金をせびる気なのだろう。

 キークはこれまで、情報収集のために女用の留置場に出入りしていた。情報を知っていそうな女を逮捕し、留置場に泊め、そしてじっくりと脅す。そうやって情報を得ていた。

 その留置場の担当がゾフィーであり、キークはゾフィーに金を渡して、出入りを見逃してもらっていたのだ。その際は「いやあ、オレも溜まってんだよ」などと言いながら、下卑た笑いを浮かべる。そうやって、キークは留置場を風俗代わりに使うゲス野郎を演じていたのだ。

 そんなゲス野郎は彼一人ではなかったため、上手くごまかせてはいたが……


「ちょ、ちょっと姐さん、どこに行くんだ?」

 前を歩くゾフィーに尋ねるキーク。

 だが、ゾフィーは振り返らずに歩く。

 キークは気づいた。

 これはただの小遣い稼ぎではない、と。


 やがて、ゾフィーは立ち止まる。

 人通りのない、ガレキと廃墟に囲まれた場所。

 ゾフィーは振り返り、口を開いた。

「あんた……とんでもない奴だね」

「あ、ああ……オレも女好き――」

「とぼけんじゃないよ。あたしは初めから変だと思ってたんだ。あんたは、留置場の女に手を出すゲス野郎にしては、妙に小綺麗なんだよ」

「小綺麗? オレが? ご冗談を――」

「確かに、あんたも汚い野郎だよ。でも、女好きなゲス野郎の汚さとは根本的に違う。匂いも違う」

 ゾフィーはゆっくりと拳銃を抜いた。

「あんたの汚れは血の色だよ。それに、あんたからは血の匂いがぷんぷんする。とんでもない食わせ者だね、あんた」

 キークは天を仰いだ。

 そして目をつぶり、口を開く。

「姐さん……どこまで知ってる?」

 ゾフィーは、左手をポケットに入れ、小型レコーダーを取り出した。

 スイッチを押す。

 すると、キークの声が――

(おい姉ちゃん、マークの連絡先を教えてくれよ)

 ゾフィーは一旦、レコーダーを止めた。

 そしてまた、スイッチを押す。

(ジョニーの居場所を教えろ。どこをうろついているかもな。でないと……あんたを男の留置場に放り込むぜ。いいのか?)

 ここで、レコーダーを止めた。

 ニヤッと笑う。

「盗聴機を仕掛けといたんだよ。あんたも知ってるよね? 明日から、監査官が来るんだよ。これがバレたら、クビじゃすまない。しかも、この二人の女はあんたがパクったんだよね? さらに……マークとジョニーは何者かに殺された。一体、これはどういう事なのか……調べられたら、ヤバいよねえ? とりあえずは百万よこしな!」

「姐さん……金か? 金が欲しいのか? 今までだって、金は渡してきたろうが……どうして欲を出し過ぎるのかねえ、人間って奴はよう……何でみんな、お前らみたいに生きられないんだ? なあガロ、ルルシー、それに愚兄弟……そう思わないか?」

 キークは突然、天を仰いだまま呟きだした。

 まるで親友に語りかけるかのように。

「な、何言ってんだよ、あんた……誰に話してるんだよ?」

 ゾフィーの表情が、おびえたものに変わる。

 拳銃を握った右手が震え出す。

「姐さん、今度来る監査官はオレの仲間なんだよ。だから密告されても握り潰すだけ……署長に密告した方が……いや、それも無駄なんだけどね。あんたとは上手く、仲良くやっていきたかったが……」

 キークはそう言って、右手をゆっくり上げる。

「姐さん、あんたは知らなくていい事を知った。可哀想だが、死んでもらう」








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