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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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16/29

振り返れば……

 ガロードは走った。

 走って、走って、走って……。

 やがて息が切れる。

 後ろから、異形の者たちが追ってくる。

 テッド。

 コニン。

 キャット。

 そして……カンジェルマンと双子。

 かつて命を奪った者たちが、怨みを持つ者が、異形の何かとなって追いかけてくる……


 止めろ。

 やめろ!

 やめてくれえええ!


 その瞬間、ガロードは目覚めた――

 荒い息を継ぎながら、目だけを動かし、周囲の様子を見る。

「ガロード……夜中に騒いではいけないのです。夜は寝る時間なのです」

 寝室にはルルシーが来ていた。

 ベッドに座り、ガロードの顔を見下ろしている。

「嫌な夢だ……」

 ガロードはポツリと呟いた。

「……ガロード、夜は寝る時間なのです。もう一度、寝るのです」

 そう言いながら、ルルシーは手を伸ばし、ガロードの頭を撫でる。

「ルルシー……あいつ、亡者の声って言ってた……人は死んだら、どうなるんだろうな」

「私は、もう人ではないのです。それに……死んだらどうなるか、なんて知るわけないのです」

 そう言って笑ったルルシーの顔は、寂しそうでもあった。

 ガロードは、やっと思い出す。

 彼女が人間ではないことを。ある意味、もう死んでいることを。

「あ、いや、その……そういう意味じゃ――」

「じゃあ、どういう意味なのです?」

 ルルシーは悲しげな瞳で、ガロードを見つめた。

「う……あ、いや……」

 ガロードは進退窮まり――

 泣き出しそうな、情けない顔になる。

 その顔を見たルルシーは、こらえきれずに笑いだした。

「ぷぷぷ……ガロードは相変わらず騙されやすいのです」

 そう言うと、ルルシーはベッドに潜りこむ。

「仕方のない子です。さあ、お姉さんがお話をしてあげるのです。だから、早く寝るのです」

「な、何だそれ……こ、子供扱いすんなよ……」




 翌日の昼間。

 ガロードは買い出しに出かけ、ルルシーはエプロン姿で掃除をしていた。

「まったく……本当にガロードは、がさつで困るのです……帰って来たら叱ってやるのです」

 顔をしかめブツブツ言いながら、ほうきをかけていたルルシーだったが――

 外に人の気配を感じ、手を止めた。

 続いて聞こえてきた、ドアをノックする音。

 そして、聞きなれた軽薄な雰囲気の声。

「ガロ、オレだオレ。開けてくれ」

 ルルシーは不快な表情になる。

 掃除の時とは違う、心底からの不快な顔。

 その表情のまま、鍵を開けた。

 ドアはそのままで、また掃除に戻る。

 キークはドアを開け、図々しく入り込み――

「いようルルシー、似合うじゃないかエプロン姿も……ガロはいないのか?」

「買い物に行っているのです」

 ルルシーは不快な表情を隠そうともしない。

 だが、キークの面の皮の厚さもなかなかだった。

「そうか……じゃあ、来るまで待たせてもらおうか。あ、何も出さなくていいからな」

 そう言うと同時に、キークはずかずか入りこみ、リビングのソファーに腰を降ろす。

 そして一言。

「いやあ、ここはやっぱり落ち着くな」

「……キークさん、この際だから聞いておきます。あなたは、奴ら全員の居場所を既に知っているんですよね?」

「……奴ら? 一体誰の事かな――」

「いい加減にするのです。でないと……」

 ルルシーの目付きが変わる。

 同時に犬歯が伸び、爪も鋭く――

「待て待て! 冗談だよ冗談。ああ知ってる。でもな、短期間であの人外を全員殺されると、こっちも困るんだ。だから小出しにしてる。そういう訳だ」

「やはり……あなたは、本当に薄汚いクズ野郎なのです」

 ルルシーはそう言いながらも、牙と爪を収めた。

「……そう言うお前だって、奴らの居場所くらい調べられるだろうが。なぜ、ガロに教えてやらない?」

「私は……こんな復讐など止めて欲しいのです。いつか……ガロードが、自分の意思で止めてくれることを……祈っているのです」




 その頃。

 クリスタル・ボーイはジュドーに呼び出され、『ジュドー&マリア』の事務所にいた。

 ボディーガードの愚兄弟は店に置いてきている。たぶん、調理師のリュウか、皿洗いのマリアと遊んでいるのだろう。

 ふと、昨日のことを思い出した。


 ったく、あのガキは……甘いことばっかり言いやがって……。

 付き合いきれねえよ。

 あんなんじゃ、いつか痛い目に遭うぜ。

 昔のオレみたいに……


 そんなことを考えていた時――

「ボーイ、待たせたな」

 ドアが開き、ジュドーが入って来た。

「ジュドー……どうしたってんだよ。こっちはな、慣れない仕事やらされて疲れちまったよ。まいったぜ、本当に」

 ボーイは本当に疲れた顔で、ジュドーを睨む。

「ボーイ……実は、ゴメスに呼び出された」

「はあ?」

「お前も一緒に来い、だとさ」

 ボーイは表情を一変させる。

「ジュドー……そいつは無理だな。何でオレが行かなきゃならない? 用があるならテメエが来い、って言っといてくれ」

「ボーイ――」

「用ってのはそれだけか? なら引き上げる。タイガーに後金も払ってもらわなきゃならないしな」

 そう言うと、ボーイは立ち上がった。

「なあボーイ。ゴメスが呼び出すってのは、よっぽどのことだ。それに……奴の機嫌を損ねても、良いことはないぜ」

「……」

「なあ、今日だけはオレの顔を立ててくれ。頼む」

 ジュドーは深々と頭を下げる。

 さらに、両手で拝むような仕草も見せる。

「お前にそこまでやられたら……行くしかねえだろうが……バカ野郎」

 ボーイは呟くように言った後、天を仰ぎため息をつく。

「そうか、行ってくれるか……助かるよ。ところで、愚兄弟だが……ガロードの家に預けて――」

「ちょっと待て! 何であいつの家なんだよ! ここじゃダメなのか?!」

 ボーイの表情が、また変わる。

 今度は怒りの表情だ。

「あのなボーイ、あの二人がここにいたら仕事にならねえよ。何やらかすかわからんし。それにガロードと話さなきゃならんこともある。奴の家に預けるのが一番だ。愚兄弟はガロードを気に入ってる。ちょうど良いだろ」

「……」

 ボーイは渋い顔になる。だが、ジュドーの提案は無視できなかった。

 愚兄弟は放っておくと何をしでかすかわからない。それは確かである。

 ケンカは恐ろしく強い。だが頭は凄まじく弱い。それこそが愚兄弟の大きな特徴なのだ。

 自分がそばにいられない時……信頼できる誰かに預けられないかと思っていたのだ。

 ガロードなら、愚兄弟とは仲が良い。しかも愚兄弟はガロードに対し、敬意を抱いている。ガロードの言う事なら聞くはずだ。ガロードの家に預けられれば、安心して単独行動できる。しかし……

「ふざけるな! 何でオレがあのガキに頼まなきゃならないんだ!」

「なあ、ガキじゃないんだから――」

「ガキはガロードだ! オレはあのガキに頭を下げるくらいなら、兄弟を野放しにした方がマシだ!」

「……お前、それ本気で言ってるのか?」

 ジュドーの口調は柔らかかったが、顔から表情が消えている。

 ボーイ相手には、めったに見せない顔だ。

「……わかったよ! 頼めばいいんだろうが!」




 一方、ガロードが買い物から戻ると――

「なあルルシー……一応、オレは客なんだが……」

「あなたは客人とは呼べないのです。さっさと働くのです」

 ソファーでテレビを見ながら、グラスに入った血液を飲むルルシー。

 その横で制服の上からエプロンを着け、床の雑巾がけをしているキーク。

「……キーク、何やってんだよ?」

 ガロードは声をかけるが――

「キークさんは我が家に入り浸って、家族ヅラしているのです。家族なら掃除するのは当然なのです」

 ルルシーが代わりに答える。

「お、おいルルシー……キークは血を持って来てくれるんだから――」

「いいのです」

 ルルシーの有無を言わさぬ態度に、困り果てた顔でキークを見るガロード。

「……人使いの荒い吸血鬼だぜ」

 キークは誰にともなく呟いた。


 掃除が終わり、キークもようやく一息ついた。

「ところで……ガロ、お前に頼まれていた双子だが、ジュドーの知り合いが面倒見ているらしい」

「……その知り合いってどんな奴だ?」

 ガロードは神妙な顔つきになる。

「この辺の浮浪者を仕切ってる、タン・フー・ルーとかいう名の爺さんだ。浮浪者って言っても、タンが一声かければ、集まる連中は二十人はいる。かなりの大物だ――」

「そいつはギャングなのか? 二人を売り飛ばしたりしないのか?」

「しないよ。心配すんな。信用できる男だ。オレが保証する」

「そうか……あんたがそう言うなら安心だ」

 ガロードは心底、ホッとした表情になる。

 そのやりとりを見ていたルルシーは、軽蔑の眼差しをキークに向け――

「そうですねガロード、キークさんに任せておけば、大丈夫なのです。安心なのです」

 皮肉と嫌みを込めた言葉を放つ。

 しかし、ガロードにはわからなかった。

「本当だな、ルルシー」

 ガロードはルルシーの方を向き、にっこりと微笑んだ。

 その顔は、キークに対する信頼に満ち溢れていた。


 三人の間に、妙な空気が流れ始めた時――

「おいガロード、オレだオレ。開けてくれ」

 ドアをノックする音と同時に、聞き覚えのある声がした。

「ジュドーか? 今開けるよ」

 ガロードが立ち上がり、玄関に行く。

 ドアを開けると――

「ようガロード。いやー、タクシーすっ飛ばして来たんだが、途中でトラビスの奴、人を轢きそうになってビビったよ。入るぜ」

 そう言ってずかずか入り込む。

 その後ろから、ボーイが続く。

 さらに――

「ガロード、ルルシー、遊びに来た」

「遊びに来た」

 愚兄弟がニコニコしながら入ってくる。

「ジュドーさん……これは一体……」

 ルルシーが体を震わせている。

 怒りで震えているのが一目瞭然だ。今にも、爪と牙が飛び出しそうである。

「あ……とりあえず……申し訳ないんだが、この二人を預かってくれ。じゃ行くかボーイ!」

「お、おう! 行かないといけないな!」

 二人は、血相を変えて出て行った。

「ちょっと待つのです! あなたたち!」

 ルルシーが怒鳴り、二人を引き止めようと――

 だが、二人は既に消え失せていた……

 取り残された愚兄弟は、ガロードとルルシーを交互に見る。

 そして――

「ガロード、遊ぼうぜ」

「遊ぼうぜ」

 ガロードの両手を左右から掴み、引っ張る。

「い、いや……ちょっと待て! わかった!」

 ガロードは、二人の手から強引に逃れた。

「いいかジョーガン、それにバリンボー、まずはお前たちの――」

「ガロード……オレたちの名前、知ってたのか!」

「知ってたのか!」

 愚兄弟は突然、大声をあげる。

 ギョっとして、立ちすくんでいるガロードの右手をジョーガンが、左手をバリンボーが、それぞれの両手で掴み、ぶるんぶるん上下に振る。

「ガロード、お前はいい奴だ。最高の友だちだ」

「最高の友だちだ」

 愚兄弟はそう言いながら、ガロードを見つめる。

 双子の顔……

 別の双子の顔が重なる。

「何を言ってんだ……お前ら……」

 下を向くガロード。


 オレが、良い奴?

 最高の……友だち……だと……?

 オレは……

 オレは、無慈悲な人殺しだ。

 昨日も一人殺したんだぞ……この手で……

 そして……幼い双子に……

 お前らと同じ双子に……殺してやるって……

 絶対に殺してやるって……そう……


 ガロードの視界がぼやけた。

 涙がこぼれる。

「ガロード、どうした? お腹でも痛いのか?」

「痛いのか?」

 愚兄弟は真剣そのものの表情で、ガロードの顔をまじまじと見つめる。

「違うのです。あなたたちのせいなのです」

 代わりに、ルルシーが答えた。

 その顔には、さっきとはまるで違う表情が浮かんでいる。

 心の底からの、本当に優しげな表情。

「え……ガ、ガロード、ごめんよ」

「ごめんよ」

 愚兄弟はオロオロした顔で、ガロードに向かい何度も頭を下げる。

「ち、違う……お前らは悪くない……悪いのはオレだ……オレは良い奴なんかじゃない……」

 言いながら、ガロードは泣き崩れた。

 人目をはばからず、号泣した。

「お前はいい奴だ。みんなオレたちをバカ兄弟って呼ぶ。オレたちの名前、みんな忘れてる。なのにガロードは、オレたちの名前、覚えてくれた。お前、最高の友だちだ」

「最高の友だちだ」

 そう言いながら、愚兄弟はガロードのそばに優しく寄り添う。

 そしてルルシーは、まるで母親のような顔で、微笑みながら三人を見守っている。

 キークは黙ったまま、その光景を見ていた。

 自分がどうしようもなく薄汚い人間であることを、否応なしに自覚させられ、やりきれない気持ちにさせられ――

「バカ共が……」

 思わず呟いた。





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