血の臭い
「また殺しか……オレは何なんだ……ただの人殺しなのか……」
ガロードは低い声で呟いた。
ガロード宅のリビングには、ガロード、ルルシー、キーク、クリスタル・ボーイ、そしてジュドーが揃っていた。
ボーイとジュドーは、虎の会での競りを終え、その報告と仕事の打ち合わせをするべく来たのだが――
「ガキ……これが仕事なんだよ! それ以外、てめえに何ができる! 言ってみろや!」
ガロードの呟きにすぐさま反応し、罵声を浴びせるボーイ。
ルルシーの表情が険しくなる。
「ボーイさ――」
「まあ待てルルシー。ボーイ、今やることは仕事の打ち合わせだ。ガロード、お前は少し黙っていろ。いろいろ思うことはあるだろうが、打ち合わせが先だ」
キークの言葉で、みんな一旦は静かになった。
間を置いて、ボーイが説明する。
今回の的となるのはカンジェルマンといい、三十二歳になる。クメン国の王家剣術指南役を務めていた男だ。しかし、ある日突然、山奥にある小さな村の人間を次々と斬殺し、エメラルドシティに逃げ込んで来たのだという。
「要するに頭のブチ切れたサイコ野郎ってことだ。大した奴じゃねえ。今回は楽なもん――」
「いや、そうとも言えないぜ」
ボーイの言葉をキークが遮る。
そして、今度はキークが語り始めた。
クメン国の王家剣術指南役は、一子相伝の不思議な剣術を使う。
その刀剣を用いた独特の闘い方は驚異的で、クメン国では伝説や神話の類いと同じレベルで語られているのだ。戦場において、銃を所持した兵士と剣で相対し、斬殺したこともあるらしい。
他にも、飛んでくる銃弾を一刀両断した、古代の戦において隣国の侵略を一人の力で阻止した、暴れていた巨象を剣だけで仕留めた、など――
「んなもん嘘に決まってるだろ。仮に本当だとしてもだ、オレがコイツで仕留めてやる」
ボーイが腰から下げた改造拳銃を軽く叩きながら、吐き捨てるような口調で言う。
「……なあキークさん。あんた、妙に詳しいな。昔クメンにいたのか?」
それまで黙りこんでいたジュドーが、不意に口を開いた。
「いや、オレがいたのはメルキアだよ。ところでジュドー、あんたも仕事に加わるのか? だったらアイザックと――」
「すまないが、あの二人は使わない。オレが個人的に手伝うだけだ。しかし、あんたは不思議な奴だ」
そう言って、キークを見つめるジュドー。
その瞳には、どこか陰があった。
キークはその視線を平然と受け流す。
「こいつは殺して構わない奴なんだな? 殺人鬼なんだな?」
妙な空気になりかけた時、ガロードがおずおずと口を開いた。
「……知るか! これは仕事なんだよ! いざとなったら神様でも殺さなきゃならねえんだ!」
さっそくボーイが噛みつく。
「オレは……本当にバカだったよ。殺し屋は、そんな甘いもんじゃなかった……わからなくなってきたんだよ。生きるために殺す、何でそんな生き方をしなきゃならないのか……」
そう言うと、ガロードはキークの方を向いた。
「キーク、オレは一体、何をやってんだろうな……何のために生きて、何のために殺す――」
「なあガロード、黙ってオレの話を聞いてくれ」
言ったのはジュドーだった。
いつものヘラヘラした雰囲気が消え失せている。
昔の顔に戻っている。
「ガロード……この稼業の先輩として言わせてもらうぜ。人にはそれぞれ生き方がある。それはそれでいいだろう。しかしな、お前はもう、この稼業に片足突っ込んじまってるんだ。オレたちは人間のクズだ。だがな、クズにはクズなりの生き方がある。それがこの稼業なんだ。オレたちは金をもらい、許せぬ人でなしを消す。オレたちでなきゃ、できない仕事だ。だから……いい加減に腹をくくれ、ガロード」
ジュドーはそう言うと、ポケットから札束を取り出した。
そして、ガロードの手に掴ませる。
「前金だ。ガロードよう……お前、どうやってこの家の頭金を払った? どうやって、今まで食ってきた? 人を殺して得た金で、だろうが。お前の手はな、相手の流した血で真っ赤に染まっているんだ。そしてお前の骨の髄まで、この金の匂いが染み込んでいるんだよ。今さら、良心の呵責も――」
言い終えることはできなかった。
ガロードは突然、言葉の途中で立ち上がる。
金を床に叩きつけ、そしてジュドーの顔面を殴りつけた。
ジュドーはそれをまともに喰らい、後ろにひっくり返る。
「!! ガキ! 何しやがる! ブッ殺すぞ!」
それを見たボーイはすぐさま反応し、改造拳銃を抜こうとする。
が、キークに腕を捕まれた。
一方、
「ガロード! 止めるのです!」
ルルシーは小さな体で、ガロードの前に立ちふさがり、仁王立ちになる。
「ガロード! 殴る相手が違うのです! ジュドーさん、今日はお帰りになった方がいいのです!」
ルルシーの言葉を聞いたジュドーは、ゆったりとした動きで立ち上がる。
「いいかガロード、お前がいくら善人ヅラして悩んだところで、オレから見たらお笑い草なんだよ。じゃあな」
ニヤリと笑い、背を向けるジュドー。
「なんだと!」
またしても、ジュドーに殴りかかろうとするガロード。
しかし――
「ガロード! いい加減にしないと怒るのです!」
ルルシーの一喝。
ガロードは不満そうな顔をしながらも、動きを止めた。
そして座り込む。
「いったい何なんだよ、あの野郎は! 友だちだと思ってた――」
「友だちだから言ったんだよ、ガロ」
そう言うと、キークが椅子を持ち出し、ガロードの正面に座る。
静かな口調で、語り始めた。
Z地区にある、古い研究所跡。
かつて、そこでは様々な研究が行われていた。
強化人間を作り出すのも、その一つだった。あちこちから集めてきた、親のない子供や、親から売られた子供。そんな子供たちを、まずは薬漬けにした。
筋肉増強剤や免疫力強化剤、さらにはナノマシンまで……。
ほとんどの子供は、薬に耐えられず、次々と死んでいった。
そして生き残った子供たちには、さらに過酷な運命が待っていたのだ。
体内に埋め込まれる武器……暗殺のために用いる、特殊合金製の刃物など。
そして戦闘訓練。
子供たちは、凄まじい殺傷能力を身につけた。
だが、ちょっとしたことで殺し合う、キチガイ集団にもなっていたのだ。
少年たちは――少年と言った方がいい年齢になっていた――仲間同士であろうと、お構いなしに傷つけ合い、そして殺し合った。
研究者たちは、どうにか少年たちをコントロールしようと様々な手段を用いたが、全て失敗に終わる。
そして遂に、上層部は決断を降す。
リセットボタンを押すことを。そして、最初からやり直すことを。
少年の死体の山。
毒ガスで全員死んだ……はずだった。
だが、死体を数えてみると二体足りない。
徹底的な捜索が行われたが、発見されなかった。
「その発見されなかった二体……いや二人のうちの一人が……実はジュドーなんだよ」
キークは言葉を止め、ガロードの反応を見る。
ガロードは――
何も言えず、ただただ呆然としていた。
「ジュドーはな、お前と同じ強化人間なんだよ。それどころか、ある意味お前の命の恩人でもある。ジュドーたちの失敗のデータがあったから、副作用のほとんどない薬を作れたんだ」
「オ、オレ……行ってくる! 行って――」
ガロードは立ち上がろうとしたが、キークに止められた。
「ガロ、まあ待て。話はまだ終わってない」
キークは話を続けた。
研究所を脱走し、エメラルドシティをさまよっていたジュドーを拾ったのが、テツという殺し屋だった。テツは虎の会でも一目置かれる男であり、ジュドーに様々なことを教えこんだ。そしてジュドーは独立し、一匹狼の殺し屋となって活動していくようになっていった。
傍らには、研究所のもう一人の生き残りであるマリアがいたが、絶対に殺しはさせなかった。殺しに関わることもさせなかった。
「ジュドーはいつもヘラヘラ笑ってるが、奴は奴なりに色々あるんだよ。それに……この稼業に妙なこだわりがあるんだよな、奴は。オレたちには――」
「キークさん、あなた随分と詳しいですね」
それまで黙って聞いていたルルシーが、不信感を露にする。
「……ま、こんな商売してると、な」
キークはそう言って、自らの制服を指差す。
「では、そういうことにしておくのです」
ルルシーは渋い顔をしながらも、一応は納得の素振りを見せる。
「ガロ……奴は奴なりに、お前のことを気にはかけている。そこは忘れるな……あと、奴はオレなんかより、ずっと頼りになる男だ。いざとなったら、二人で奴を頼れ」
一方、『ジュドー&マリア』の事務所では――
「あんの野郎! ふざけた真似しやがって! あのガキの頭フッ飛ばしてやりたかったぜ!」
すでに一時間以上経ったのに、未だ怒りの収まらぬボーイがわめきちらす。
まるでボクサーのシャドーボクシングのように身ぶり手振りを加えつつ、ガロードをいかにひどい目に遭わせるかを罵詈雑言を交えながらジュドーに説明していた。
ジュドーは、殴られた頬をさすっている。
「あいつ、いいパンチしてたな。アイザックより強いかも」
「ああ?!」
ボーイの動きが止まる。ついでに、悪口も一瞬ではあるが、止まる。
「ジュドー! お前なに言ってんだ! いいか、今度あんな真似しやがったら、オレが――」
「いいよ、オレも言い過ぎ……いや、言い過ぎではないが、言い方ってもんが……そういや、昔カルメンにも同じこと言ったんだよな、オレ」
ジュドーは頬をさすりながら、昔を懐かしむかのような口振りで言った。
だが、そのカルメンがいきなり入って来た。
そして困った顔で、口を開く。
「ジュドー……あのね、表のアレ……何とかならないかな?」
ジュドーとボーイが表に出ると――
ドアの前で、ガロードがひざまずいていた。
その横で、ルルシーが口を手で覆い、肩を震わせている。
どうやら、笑いをこらえているようだ。
さらにアイザックが、ドアの前で困った顔をしている。
「なあ、あんた。そこにそうしていられると――」
「だったら早く、ジュドーを呼んできてくれ!」
アイザックに怒鳴りつけるガロード。
「お、おいガロード……お前、何をやってんだ?」
ジュドーが表に出てきたとたん――
「ジュドー! さっきはすまなかった! お詫びに、好きなだけオレを殴ってくれ! あんたが殴ってくれるまで、オレはここを動かない!」
わめきながら、土下座するガロード。
こらえきれなくなり、笑い出すルルシー。
初めは面食らった顔をしていたジュドーも、ガロードの真剣な表情を前にこらえきれなくなり――
笑いながら、ガロードの頭を小突き始める。
無法地帯であるはずのエメラルドシティの夜空に、明るい笑い声が響き渡っていた。
一方、キークは――
ガロードたちの家を出た後、人通りのほとんどない廃墟跡を歩いていた。
そして、一軒の廃ビルに入っていく。
崩れかけた階段を慎重に昇り、時間をかけて一番上の階にたどり着く。
そして、奥の扉を開けると――
中には一人の男と、大きめのカンテラが一つ。
男は中肉中背だが、肩まで伸びた長髪と、妙に落ち着いた雰囲気が特徴的だった。
キークは口を開く。
「なあドラゴ、ここで待ち合わせすんのは勘弁してくれよ」
キークがそう言うと、男は大げさに首を振る。
「そう言うなよ。まだ大っぴらに会うわけにもいかないだろう」
ドラゴと呼ばれた男は真面目くさった顔でタバコをくわえ、火をつけた。
煙を吐き出す。
そして言った。
「なあキーク……ゴメスとタイガー、どっちが先に潰れるんだ?」
「オレに聞くなよ」




