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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/29

盗まれた過去

 その日、ガロード宅では大勢の人間が出入りしていた。

 キークに発見され、そして運び込まれたガロードは、ひどい熱を出し寝室で寝込んでいる。まだ意識はない。

 傍らにはルルシーが付き添い、ガロードの様子を見守っている。ルルシーの顔からは、いつもの天真爛漫な様子がない。ずっと虚ろな表情のまま、ガロードの顔を凝視していた。

 リビングでは、キークとジュドーがソファーに座っている。

 先ほどまでは、医者のロドリゲスがいた。ロドリゲスの話では、命に別状はないだろう、恐らくは……とのことだった。

 そしてクリスタル・ボーイや愚兄弟、さらにはジュドーの部下であるアイザックまでもが訪れた。




 夢の中――

 幼いガロードは、ひたすら歩き続けていた。

 既に夜はふけている。

 月明かりの下、周りに見えるものは……ガレキ、廃墟と化した建物、血だらけの人、そして肉片と化した人体……

 自分がどこにいるのか、わからない。

 どうすればいいのかも、わからない。

 もう、十歳になったというのに……

 ぼく、迷子になっちゃったの?

 どうしよう……

 周りの人はみんな……死んでる……

 お母さんはどこ?

 どこに行ったの?

 お母さんも、死んじゃったの?

 いやだ……

 誰か来て! 

 ぼくを……助けて……


「おやおや、生き残った坊やがいたのですね。大丈夫ですか?」

 背後から声がした。

 女の人の声?

 ガロードは振り返る。

 そこにいたのは――

 見たこともない不思議な女だった。

 紫色の髪、透き通るような白い肌、大きな瞳、人形に命を吹き込んだのでは、と思わせるような、整った顔立ち。

 そして、赤い――血の色の――ドレス。

 その瞬間、ガロードはさっきまで感じていた不安や恐怖といったものを忘れていた。

 女の顔から、目が離せなかった。

「坊や、お名前は何というのです?」

「……」

 ガロードは答えることが出来なかった。

 月明かりに照らされるガレキと死体の中に出現した少女は、あまりにも場違いで、異様かつ幻想的な風景を作り出していた。

 少女は、そんなガロードをしばらく見つめていたが――

 不意にしゃがみこんだ。そして、手のひらでガロードの頬を優しく包む。

「お姉さんは怖くないのです。坊やのお名前――」

「ガ、ガロード! ガロード・アリティー!」

 ガロードはうわずった声で叫んだ。

 同時に、顔が一気に熱くなり、耳まで赤くなる。

 女はクスリと笑う。

 ガロードはさらに恥ずかしくなり、パッと飛び退いた。

 女は、クスクス笑いながら立ち上がった。

「私の名はルルシーなのです。さあ、一緒に行くのです」

 ルルシーは手をさしのべた。




 不意に、ドアを乱暴に叩く音がした。

 キークがドアを開けると、ボーイが立っている。

「おいジュドー! んなガキほっといて、さっさと行こうぜ! ったく、本当にタフな野郎だぜ。しかし強化人間だったとはな。どうりで――」

 不機嫌そうなボーイは、いつものようにガロードを罵るが――

 ジュドーの表情に気付き、言葉を呑み込む。

「そうだ。ガロは強化人間だよ。だからこそ、キングコブラ並みの猛毒にも耐えられたんだ」

 キークはのんびりした口調で言い、ジュドーの表情をうかがう。

 ジュドーは黙ったまま、下を向いていた。

 その表情は暗かった。

「お、おい……ジュドー、行くぞ! こんな湿っぽい家にいるくらいなら、タイガーの所の方がずっとマシだ!」

 ボーイはずかずかリビングに入り込み、ジュドーの腕を掴む。

 そして強引に表に連れ出そうとした。

「わかったよボーイ。キーク、後でまた来る」

 そう言い残し、ジュドーはおとなしく従った。


 ジュドーとボーイが去った後、キークはそっと寝室をのぞいた。

 ルルシーは無表情で座ったまま、ベッドで眠るガロードを凝視している。

 キークはリビングに戻ろうとしたが――

「キークさん、こちらに来るのです」

 ルルシーの冷たい声。

 キークは寝室の扉を静かに開け、入っていった。

 そして、ベッドで寝ているガロードの顔をのぞきこむ。

 ガロードは苦悶の表情を浮かべ、眠っていた。

「もしガロードが、あいつに殺されていたら……私はあなたを確実に殺していたのです。ガロードに感謝するのです」

 ルルシーの声は冷えきっていた。

「……ガロに感謝すべきだな、オレは」

 キークがそう言ったとたん――

 急にガロードが苦しみだした。

 そして、うわ言。

「い、行かないで……行かないで……」




「行かないで! お姉ちゃん!」

 ガロードは泣きながら、ルルシーにむしゃぶりついた。

「……ワガママを言ってはいけないのです。お姉ちゃんはよそに行くのです。あなたは……ここにいるのです」

「いやだ! ぼくもお姉ちゃんと一緒に行く! お姉ちゃんと一緒がいい!」

 ガロードは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルルシーから離れようとしない。

「ガロード……私は言ったのです。メルキア国に着いたら、お別れだと……あなたも、うんと言ったはずです」

「いやだいやだいやだ! 絶対にお姉ちゃんと一緒に行く!」

「本当に、あなたは世話の焼ける子なのです……いい加減にしないと、私は怒るのです!」

 ルルシーは、ガロードを無理やり引き剥がし、突き飛ばした。

 突き飛ばされたガロードはよろけて――

 後ろに倒れる。

 しかし、すぐに立ち上がった。そしてルルシーに抱きつく。

 だが、またしても――

 無理やり引き剥がされ、地面に叩きつけられる。

「あなたみたいな弱い子、私は嫌いなのです」




「うなされているな……えらく嫌な夢を見てるみたいだが――」

「あなたは知らなくていいのです」

「そうか……オレはリビングにいる。何かあったら、いつでも呼べ」

「待つのです。まだ話は終わっていないのです。私には、あなたが何を企んでいるのかわからないのです。しかし、どんな人間かはわかるのです」

 ルルシーは、キークの方を向いた。

 その瞳には、冷ややかな殺意があった。

「キークさん、ガロードはあなたを信じているのです。あなたの事を恩人だと言っていたのです。私はガロードをこれ以上傷つけたくないのです。だから、ガロードの夢は壊したくないのです。あなたが何を企んでいようが、私は構わないのです。ただ、あなたにもガロードの夢を壊して欲しくないのです。それができないなら――」

 ルルシーは静かに立ち上がった。

「あなたには、死んでもらうのです」

 普段のキークだったら、はぐらかすか、その場から立ち去っていただろう。

 だが、今日はそんな気になれなかった。

「……ここで殺り合う気かい? どうしても、ってんなら表に行こうぜ」

 キークがそう言ったとたん――

「止めろ……止めてくれ……」

 また、ガロードが苦しみだした。




 いったい何が起きているんだ?!

 これは悪夢なのか?!


「あなたみたいな弱い子、私は嫌いなのです」

 施設に預けられたガロードは、その一言を忘れなかった。

 強くなるために、ひたすら努力する日々。

 周りからは避けられるようになった。

 そして十五歳になったガロードは、軍隊に入る。

 自立し、強くなり――

 いつか、あの人を探し出すために。

 強くなった自分を見てもらうために。


 そして四年後。

 ガロードたちは訓練のために、山奥にある廃村に入った。

 ただのサバイバル訓練、のはずだったが……

 夜中に突然、何者かの襲撃を受けた。

 ガロードは見た。

 目の前で、何者かに殺されていく仲間を。

 目の前で、何者かに喰われていく仲間を。

 地面を覆う血だまり。

 無造作に散らばる臓器、そして手足……

 悪夢でしか聞いたことのない、奇怪な雄叫び。

 蠢き、そして貪り喰らう黒い影。


 その時ガロードの心を支配していたのは――

 怒りでも悲しみでもなく恐怖だった。

 目の前で仲間が喰われているのに……

 ガロードは、ただただ恐怖の虜だった。

 彼は震えながら、逃げ出した。

 ひたすら逃げた。

 仲間を見捨てて、逃げ出したのだ……


 だが、その時――

 目の前に、一人の少女が現れた。

 紫色の髪、白い肌、赤いドレス……

 お姉ちゃん……

「お姉……ちゃん?」

 ガロードは思わず呟いていた。

「あなたは……あの時の……」

 少女――いや、ルルシーも驚愕の表情を浮かべている。


 お姉ちゃん……

 ダメだ……

 ここにいたらダメだ!


「お姉ちゃん逃げて!」

 ガロードは叫ぶと同時に、振り返る。

 そして小型のハンドガンを抜き、得体の知れない何者かに突進して行く。

 そして狂ったように吠えながら、ハンドガンを乱射する。

 恐怖よりも強い感情が、ガロードの肉体を支配していた。


 お姉ちゃんだけは……

 ルルシーだけは、絶対に殺させない!

 命に換えても守る!


 だが次の瞬間、ガロードは太いムチのようなものの一撃を受け――

 意識を失った。




「なあルルシー、殺り合うのはいつでもできる。今は、オレを生かしておいた方が得だと思うぜ。せめて、復讐が終るまではな。オレがいなけりゃ、奴らを探しだすのは難しいぞ」

 キークの口調は、いつもと変わらずのんびりとしていた。

 しかし、表情はいつもと違っている。

「あなたの言う通りなのです。生かしておくのです。ただし、復讐が終わったら……ガロードの前から消えて欲しいのです」

「考えておこう」




 気がつくと、ガロードは軍の施設にいた。

 強烈な一撃を受け、意識が飛んだ。

 覚えているのは、そこまでだ。

 他の者は全員、死んだのだ。

 そして、ルルシーを守れなかった……

「お姉……ちゃん……」


 翌日から――

 ガロードは自ら志願し、様々な薬を投与された。

 筋力強化剤、免疫力増強剤、さらにはナノマシンまで……

 それらの投与により、ガロードの体を構成する細胞は変化を遂げる。

 筋力はさほど上昇しなかったが、持久力と免疫力、そして体の修復能力などの数値は、凄まじい上昇を見せたのだ。


 そしてガロードは鏡の前に立ち、錆びついた小型ナイフを握りしめた。

 あの、悪夢の一夜……その時、ポケットの中に入っていたナイフ。自らの流した血に染まり、錆びついてしまったナイフ。

 そのナイフの切っ先にインクを付け、顔をゆがめながら刻んでいく。

 帰らぬ奴らを、胸に。




「私があんなことを言わなければ……ガロードは平和に暮らしていたはずなのです」

 ルルシーは呟くような口調で語る。

「何を言ったんだ?」

「あなたには言いたくないのです」

 ルルシーは再び、ガロードを見つめた。

「私がガロードの人生を狂わせたのです……」




 ガロードの目の前に広がる光景――

 信じられなかった。


 地下の研究室。

 何気なくのぞいたら――ルルシーが拘束されていたのだ……

 周りには、白衣を着た男たちが集まり、何やら作業をしている。

 やがて、一人の男が注射器を手に取り――

 ルルシーの腕に突き刺した。

 注入される薬。

 突然、ルルシーが叫び出した。

 悲鳴……やがて咆哮に変わる。

 吠えながら、凄まじい勢いで暴れ出す。

 拘束用のベルトが、今にもちぎれそうだ。

 その横で、冷静に作業をする男たち。

 ガロードは、その場で暴れだした。

 強化ガラスの窓を叩き割ろうと、殴りつけ、蹴りを入れる。

 警備の兵士たちに取り押さえられ、連れて行かれるまで、暴れ続けた。


 警備兵から真相を教えられたガロードは、ただ呆然とするばかりだった。

 ルルシーは吸血鬼だったのだ。

 そして、軍の施設に瀕死のガロードを運びこんだのもルルシーだった。

 さらに――

 ガロードの治療と引き換えに治験体、いや実験動物となることを承諾したのだという。


 次の日の夜。

 施設の複数箇所が爆破された。

 そのドサクサに紛れ、ガロードとルルシーは逃亡した。




「私は疲れていたのです。吸血鬼にされてから、何年経ったのかさえ忘れてしまってのです。人の命を奪うのも、嫌になったのです。あの場にいて、ガロードと再会して……何もかも嫌になったのです。いっそ、あそこで殺して欲しかったのかもしれないのです」

 ルルシーはガロードの顔を見ながら、ポツリと呟いた。

「なあ、何でガロを助けたんだ……あ〜、言わなくていい。オレは向こうに行くよ。何かあったら呼べ」

 キークは寝室から出ていこうとした時――

「私のことを覚えていてくれてたのです。私を守るために、戦おうと……」

 あとの言葉は、よく聞き取れない。

 聞く必要もないのだ。二人の間のことだ。

 それに、聞いてしまったら……。

 キークは何も言わず、寝室をそっと出て、リビングに戻った。

 自分のしていること、そして、しなければいけないことを考え――

 やりきれない気分になった。




 その頃。

 ボーイはどうにか仕事を競り落とし、タイガーの部屋の前にいた。

 いつものように、ドアをノックする。

「入れ」

 男の声。

 ボーイは静かにドアを開け、入っていった。

 相変わらず殺風景な部屋に、死神とタイガー。

 だが――

「にゃんぱす〜、なんつって」

 とぼけた声が、室内に響き渡った。

 ボーイの顔が一気にひきつる。

「ジュドー、久しぶりだな……にゃんぱすとは、どういう意味だ」

 タイガーは相変わらず冷酷な表情で、ボーイの後ろにいるジュドーを見つめる。いや、睨みつけると言った方が正しい目つきだ。

「いや、何となく……それにしても、タイガーさんは相変わらずダイナマイトボディですね。それと……久しぶりだな死神。相変わらず白いな」

 ジュドーはヘラヘラ笑いながら、タイガーの視線と言葉を受け流す。

 ボーイは、ジュドーという男の図太さに感動さえしていた。

「ところで……貴様がここにいるということは……貴様もボーイの仲間であると解釈して構わないのだろうな?」

「ええ、もちろんです。ボーイの部下一号ですよ、はっはっは――」

「黙れ」

 タイガーの冷たい、感情の欠片も感じられない声が飛ぶ。

「はい黙ります」

 ジュドーは口を閉じ、一応はもっともらしい表情を作る。

「ボーイ、バカな部下を持つと大変だな。ところで……今回の的だ」

 タイガーはそう言うと、数枚の写真を取り出す。

 その写真を、死神がボーイに手渡した。

「今回の的は能力者と、そうでない者……少々厄介な連中だぞ」




 ガロードは、ようやく目を覚ました。

 ふと横を見る。

 ルルシーが椅子に座り、物思いにふけるような表情で下を向いている。

「ルルシー……」

 ガロードは弱々しい声で、ルルシーを呼んだ。

 ルルシーは、視線を上げる。

 そして手を挙げ――

 ガロードの頭を拳で小突いた。

「今度こんな真似をしたら、必ずブッ飛ばすのです。いいですね」


 リビングにいたキークの耳に、かすかな会話の声が聞こえた。

 そっと寝室をのぞく。

 ガロードはベッドから上体を起こし、ルルシーの話を聞いている。

 時おり、弱々しいながらも笑顔を見せる。

 ルルシーも今日初めて、笑顔で話している。

 心の底からの笑顔。

 一方、キークの心は痛みを感じ――

 やりきれない思いで、その場を離れた。

 そして、自分に聞いてみる。

 オレは、この二人を殺すことができるだろうか?

 今はわからなかった。

 だが、わかっている事が一つある。

 命令が降れば、例えキークが殺らなくても――

 組織の誰かが殺る。





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