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ソルジャー・ブルー  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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12/29

スネーク

「殺せー!」

「アルト! 殺れや!」

「早く殺せ!」

 バトルリングは、今日も盛況だった。


 本物の死闘が観られる、がキャッチコピーのバトルリングは、週に一度開催され、どんどん規模が拡大していた。今では、政府のお偉方も大陸からお忍びで見に来ている、という噂もあるほどだ。

 そして今、リングの上で闘っているのは――

 ガロードであった。

 ガロードは相手に馬乗りになり、対戦相手にパンチを浴びせている。

 相手の顔は既に変形し、血まみれで、両腕で顔を覆っている。

 もう、反撃する素振りすらない。

 ガロードは横を向く。

 そして金網の外にいる、タオルを首から下げた男に怒鳴った。

「いい加減、タオルを投げろ! このままだと、こいつは死ぬぞ!」

 だが、怒鳴られた男は……

 肩をすくめると、背を向けて去って行った。


 バトルリングのルールは二つある。

 一つは、入るのは二人、出るのは一人。

 もう一つは、セコンドに任命された者がタオルを投げた場合のみ、敗者は生きたままリングから降りることを許される。

 その代わり、試合の度にセコンドの登録費として、プロモーターのゴドーに十万ギルダンを支払わなくてはならないが。

 今回の対戦相手――そのセコンドは背中を向け、消えてしまった。

 つまりガロードは、相手を殺さなくては出られなくなってしまったのだ。

「殺せ! アルト!」

 アルトとは、ガロードのことである。

 アルト・アイゼン。それがガロードのリングネームだった。

「さっさと殺すんだよ! アルト!」

「そうだ! さっさと殺せよ!」 

「オレたちはな、人が死ぬのが見たいんだよ!」

 観客の罵声。

 ガロードは、相手の顔を見た。

 相手の瞳に浮かぶのは、死への恐怖だった。


「おい! あのセコンドはどこに行った! 呼んでこい! 奴をリングに上げてオレと闘わせろ!」

 ガロードは吠え、そして暴れた。

 対戦相手の息の根を止めたガロードは、リングから降りると同時に、相手のセコンドを務めていた男を探した。

 その男さえ、タオルを投げていれば……

 自分は人殺しをしなくても済んだのだ。

 ガロードは怒りに身を任せ、荒れ狂った。

「ガキ! いい加減にしろや! こっちは大損してんだよ! こっちの方が暴れたいんだよ!」

 会場に来て、対戦相手に賭けていたクリスタル・ボーイが怒鳴りつける。

 しかし――

「うるさい! どうせ麻薬で稼いだ金だろうが! 売人は黙ってろ!」

 ガロードは、彼らしからぬ言葉を返し、ボーイを睨みつけた。

 ボーイの顔から、表情が消える。

「ガキ……調子に乗るなよ……」

 ボーイは無表情のまま、拳銃に手を伸ばそうとするが――

 横にいたジュドーに手を押さえられる。

「おいガロ……仕方ないだろ。観客は格闘と人殺しが見たいんだ。仕事だと思って割りきれ」

 今度はキークがたしなめる。

「じゃあ、あいつの……セコンドの仕事はどうなるんだよ!」

「ああいう奴もいるんだよ。タオルを投げないように買収されるセコンドがな。仕方ないんだよ、ガロ。アリを踏み潰すことを気にしてたら、歩くこともできないぜ。さっさとファイトマネーもらって帰ろう」

 キークはそう言って、ガロードの肩を叩く。

「……クソ! クソ!」

 ガロードはやりきれない思いをぶつけるように、壁を蹴りまくる。

「おいやめろ。ルルシーが待ってる懐かしい我が家に帰ろうぜ、ガロ」

「お前の家じゃないだろうが……」



 その一方、今にも銃を乱射しそうなボーイを、ジュドーは強引に引きずり出した。

 そして『ジュドー&マリア』の事務所に連れて行ったが――

「ったくムカつくぜ! あのクソガキはよ!」

 ボーイは怒りがおさまらない様子で、わめきちらした。

 ジュドーは黙ったまま、それを見ている。

 しばらく待って、口を開いた。

「お前、何でそこまであいつを嫌うんだ?」

「決まってんだろ! 見てると腹立つんだよ!」

 そうなのだ。

 なぜかは知らないが、ボーイはガロードを見ていると無性に腹が立った。

 その理由について、深く考えたことはないが。


「ところでボーイ、お前……近頃の景気はどうよ? クリスタルは売れてんのかい?」

「いいや、全然。近頃じゃあ、ほとんどそっちの商売はしてないな。ゴメスに睨まれてるし……仕方ないから、キークの野郎と組まざるを得ない状態だよ……いっそ、キラー・ボーイかアサシン・ボーイに改名するか」

 ボーイはタバコを吸いながら、自嘲の笑みを浮かべた。

「そうか……実はな、近頃どうもきな臭い雰囲気なんだよな……」

 言い終えると同時に、ジュドーの顔つきが変わる。昔の仕事師の顔に戻っていた。

「……どういう事だ、ジュドー?」

「ドラゴってギャングを知ってるか?」

「知らないな……いや、聞いたような気もするが……そいつがどうした?」

「変な奴なんだよ。えらく金持ってやがる。オトワ屋のジャンとはもう提携済みだよ。このままだと、第三の勢力誕生だ」

「……」

 ボーイは顔をしかめながら、タバコを口にくわえ、火を点ける。

 煙をはきながら一言。

「また面倒なことになってきたな。ところでジュドー、お前に頼みがあるんだが……」




 その頃。ガロード宅では――

「クソ! 奴らはそんなに人殺しが見たいのか!」

 ガロードは、まだ怒りがおさまらない様子だった。拳を固め、時おり床や壁を殴りつける。

「ガロード、いい加減にするのです。家が壊れるのです」

 見かねたルルシーが、ガロードの手を押さえる。

「ほら、こんなに手を傷つけて……キークさん、あなた他の仕事を紹介できないのですか?」

 ルルシーはガロードの手をさすりながら――

 リビングでソファーに寝そべり、テレビを見ているキークに言った。

「あ〜どうだろうな。それよりガロ、あの女のおっぱい見ろよ。凄いな近頃の若い娘は」

 やる気の欠片も感じられない返事をするキーク。

 ルルシーの顔が、怒りで赤くなる。

「キークさん! ちゃんと聞くのです!」

 言うと同時に、テレビを消す。

「あ、ああ、他の仕事な……探してみる。ガロ、お前も来い」

「オレが?」

 ガロードは一瞬、キョトンとなるが――

 すぐに、その意味を察した。


 そしてキークとガロードは二人並び、街道を歩いていた。

「携帯用ジャッキは用意した。しかし、もう一度聞くぞ……お前、本当にスネークを一人で殺る気か?」

 歩きながら、キークは尋ねた。

「ああ」

「あのな、スネークはそんなに甘くないぞ。確実に殺るなら――」

「これ以上、ルルシーに迷惑はかけられない。オレ一人で殺る」

「迷惑?」

「あいつは、オレを助けたせいで軍に捕まったんだ。これ以上迷惑はかけられない」

「わかった。だがな、ガロ……死ぬなよ」

「……もしオレに何かあったら、その時は……あんたにルルシーを守ってほしいんだ」

「オレに?!」

 キークは驚きのあまり、足を止めた。

 そしてガロードの顔をまじまじと見る。

 ガロードの顔には、オレは本気である、とはっきり書かれていた。

「あんたは本当に親切だった。あんた以上に信用できる奴をオレは知らない。だから、あんたに頼みたいんだよ、キーク」

「……」

「あいつは……ルルシーは昼間、一時間ほど眠る。その間は無防備なんだ……あんたに守ってもらいたいんだ。頼む」

 ガロードは真剣な表情で頭を下げる。

 その瞳は、純粋な感情に満ち溢れていた。

 キークは胸の奥に痛みを感じ――

 目を逸らせた。

「……わかった」




 次の日の昼。

 ガロードはZ地区を歩いていた。

 廃墟と化した建物が並び、周囲からは得体の知れない動物の鳴き声がする。時おり、小動物の蠢く音も聞こえる。

 そんな中をガロードはただ一人、早足で歩く。

 普段の棺桶とは違い、小型の杭打ち機と巨大なライフルを背負い、レインコート姿で騒々しい音をたてながら歩いている。

 ガロードは元より、真っ正面からぶつかるつもりでいた。人外は鼻が効く。自分が忍び寄ったところで、すぐに察知されるだろう。しかも、ガロードはかなりの数の武器を所持している。音をたてずに接近することなど不可能である。

 ならば、真正面からぶつかる。これがガロードの考えた作戦(と呼べるものではないが)である。

 歩くたびに、腰の周りからガチャガチャと金属音が鳴る。その金属音が、人の気配のない廃墟の街に響き渡る。

 突然、ガロードは足を止めた。

 何かの気配を感じる。

 ガロードの、修羅場をくぐり抜けることで培われた勘がそう言っている。

 異能でも何でもなく、純粋に危険に遭遇し、そこを切り抜けることにより磨き抜かれ、研ぎ澄まされてきた勘。ガロードは自らの勘に絶大の信頼を寄せていたのだ。

 まず、銃身を切り詰めたショットガンを腰から外した。

 だが、その時――

 目の前に、一人の男が現れた。

 細長い顔と、長身ではあるが痩せこけた体格。

 ボロボロの服を着たその男は、一見ただの浮浪者にしか見えない。

 だが、浮浪者にしては顔の血色が良すぎた。

 しかも、異常とも思えるほどの自信に満ち溢れた表情をしていた。

 その自信に満ちた表情で、男は近づいて来た。


「お前、誰だ……まあ、誰でもいいか。すまんが、今日の昼飯になってもらう。悪く思う――」

 言葉の途中で、ガロードのショットガンが火を吹いた。

 男の体に炸裂する散弾。

 だが、男はわずかに顔をゆがめただけだった。

「……ご挨拶だな。いきなりショットガンかよ」

 しかしガロードも、ショットガンを大型ライフルに持ち変えていた。

 そして吠える。

「スネーク! オレはお前を忘れてないぞ!」

 言うと同時に、ガロードのライフルが火を吹く。

 スネークと呼ばれた男は派手に吹っ飛び――

 だが、それでも立ち上がる。

 そして後ろを向き、汚い小屋の中に逃げ込んだ。


 ガロードは驚愕の表情を浮かべる。

 無論、この程度で死ぬはずがない。いや、ダメージを与えたかどうかもわからないのに……。

 なぜ逃げた?

 ワナだ。

 入ったら殺られる。


 ガロードはゆっくりと近づき、入口の前で立ち止まる。

 手榴弾を取り出し、ピンを抜こうとした瞬間――

 小屋から放たれた、凄まじく強力な一撃がガロードを襲う。

 ガロードは、太いムチのようなものの一撃で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 背中を走る、強烈な痛み――

 そして小屋から、奇怪な姿の生物が姿を見せる。

 身長そのものは三メートルほど。しかし、尻から垂れている尻尾は、それだけで身長の倍はありそうだ。頭と思われる部分には、力づくで蛇を擬人化させたような顔がついている。鱗に覆われた全身、鋭い鉤爪の付いた、妙に細長い手足。

 神、いや悪魔が気まぐれに誕生させたような、不気味な生物がそこにいた。

「この体になると、面倒なんだよ」

 人のものとは思えない声と発音で怪物は喋った。

 ガロードは激痛に耐えながらも、どうにか立ち上がる。

 そしてライフルを構え――

 しかし、ライフルが無かった。

 尻尾による一撃で吹っ飛ばされた瞬間、ライフルも一緒に吹っ飛ばされ、手を離れていたのだ。

 距離を離そうと、飛び退いた瞬間――

 またしても全身を襲う激痛。

 さきほど叩きつけられたダメージは凄まじいものだったのだ。

 そして、巻きついてきた巨大な尾。

 ガロードは逃れようとするが、痛みのせいでうまく動けない。

 怪物は巨大な尾にガロードを巻きつけ、軽々と持ち上げる。

 そして、一気に引き寄せた。

 怪物の不気味な顔がゆがむ。

 どうやら、笑みを浮かべているようだ。

「お前、オレのこと知ってるみたいだな……オレはお前を知らん。まあ、どうでもいいか」

 怪物――いや、スネークはそう言って、尾に力を込める。

 スネークの尾は、いったん巻きついてしまえば大木ですらへし折る力がある。ガロードの全身の骨をへし折ることなど、簡単なこと、なはずだった。

 しかし――

「何だこれは?! 貴様、一体!」

 スネークの不気味な顔に、初めて表情らしきものが現れる。

 驚愕の表情。

 どんなに力を入れても、尾が絞まらないのだ。

「ぐ、軍用トラックも……持ち上げる携帯ジャッキだ……貴様のやり方は……良く知ってるよ……全身の骨をへし折ってから……喰うんだよな」

 ガロードは声を振り絞り、そして壮絶な笑みを浮かべる。


 ガロードはあらかじめ、ジャッキを背負い、レインコートの下に潜ませていたのだ。

 そして、絞められると同時に作動させた。

 いくらスネークの絞めつけが強かろうと、軍用トラックですら持ち上げるジャッキにかなうはずがなかったのだ。


 尾の絞めつけがなくなった一瞬の隙に、ガロードは腰の小型ハンドガンを抜き――

 トリッガーを弾いた。

 弾丸はスネークの眼球に炸裂――

 スネークは悲鳴をあげ、反射的に顔を押さえ、下に向けた。

 その瞬間、ガロードは尾から逃れる。

 そして全身を走る激痛に耐えながら、背中の杭打ち機を降ろし、構える。

 スネークは顔をあげ、呟いた。

「思い出した……お前、ルルシーの――」

「貴様らに! 喰われた者たちの怨み! 思い知れええええ!」

 ガロードの咆哮。

 そして心臓に向けられる杭打ち機。

 次の瞬間、スネークの心臓に打ち込まれる、銀色の杭――

 スネークはもがき、そして苦しみ、足掻く……

 廃墟に響き渡る、怪物の断末魔の咆哮。

 だが……

「一人じゃ死なねえ……一緒に地獄へ……」

 言うと同時に、スネークの牙が、ガロードの肩に食い込み――




 キークがその場に駆けつけた時、そこにいたのは小柄な老人の死体と――

 横たわるガロードの姿だった。

「ガロ! しっかりしろ! ガロ!」

 キークはガロードを抱き起こし、何度も何度も呼び掛けた。

 だが、ガロードからの答えはなかった。






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