いつもあなたは……
「キーク……今どうなっている?」
「今のところは順調だ。何の問題もない」
「本当か?」
「ああ。ドラゴは今、オトワ屋を仲間に引き入れようと動いてる。タイガーとゴメスに関しても、計画通りだ。多少アドリブは入れたがな」
「わかった。ところで、アリティーと吸血鬼はいつ始末する?」
「それは先の話だ。奴らにはまだまだ働いてもらわないと」
「……わかった」
「ったく、素晴らしい仕事だよ、組織の犬ってのは……素晴らし過ぎて泣けてくるぜ」
ガロードは昼過ぎに目覚めた。
ベッドで上体を起こし、頭をさする。
ものすごく嫌な気分だ。今まで酒を飲んだことはないが、二日酔いの時はこんな気分なのだろう。
昨日の男……
あいつは……仲間を殺され、怒りと哀しみと絶望に満ちた表情で、オレに向かってきた。
オレのやったことは、あの化け物どもと同じじゃないか……
もう嫌だ。
その時、部屋の扉が開いた。
「ねぼすけガロード、やっと起きたのです。仕方のない子なのです」
ルルシーはガロードに近づき、頭を撫でる。
普段のガロードなら「子供扱いするな」と言って、手をはねのけただろう。
だが――
ガロードは、されるがままだった。
ルルシーは、その異変に気づかぬふりをした。
「ねぼすけさん、そろそろ起きるのです。でないと、私は怒るの――」
言い終わる前に――
ガロードに抱き締められた。
「オレは……もう……いやだ……」
「窓を閉め切ってるからわからないでしょうが、まだ昼の一時なのです。変なことをする時間ではないのです。変なことをしたら、噛みつくのです」
「お前になら、殺されてもいいよ……」
「キャラダイン! 急いで私のデスクまで……駆け足だ!」
トランク署長は、今日も元気にキークを怒鳴る。
そしてキークは、牛歩戦術を使う。
「貴様……」
トランク署長は体をプルプルさせながら、それでもキークを待ち続ける。
のんびり現れたキーク。トランク署長はこめかみをヒクつかせながら、一枚の写真付きの書類を突き出した。
「これを見ろ!」
銀色の髪を短く刈り込んだ色白の、目つきの鋭い何者かが写っていた。
「なんか、いけすかないイケメンて感じですね」
「女だ! 彼女はティータニア・モンテウエルズ。鬼より怖い監査官だ。来週から、ここに来ることになった」
「ほう……いいじゃないですか」
キークはのほほんとした表情で、なげやりに言葉を返す。
トランク署長の顔が赤くなる。
怒りの赤だ。
「貴様には、事の重大性が全くわかっとらんようだな……監査官がなぜここに来るか、それは――」
「失礼。時間なんでパトロール行ってきます」
「この野郎……」
説教タイムの幕開けである。
その頃。
クリスタル・ボーイは、後金を受けとるため、タイガーと会うことになっていた。
またしても、あの殺風景な部屋で、息がつまるようなやりとりをしなくてはならないのだ。
ため息をつき、扉をノックする。
「入れ」
男の声がする。
死神の声だ。
死神……本名は不明。ジュドーの話だと吸血鬼らしい。タイガーの行く所には影のごとく付いて歩くらしい。ということは、寝室にも付いて行くのか、そして夜のお相手もしてるのか……などと、ボーイは考えてみたりした。
だが部屋に入った瞬間、そんなバカな考えは消え失せる。
重苦しい空気。
「ご苦労だった、ボーイ。まさか、ここまで早く片付けるとは……大したものだな」
タイガーの表情は、いつもと同じく冷ややかだったが、口調はいつもと違っていた。その声からは、本気で感心しているような雰囲気が感じられた。
「あ……いや、恐れ入ります……」
ボーイはペコペコ頭を下げた。
下げながら、心の中で呟いた。
さっさと帰らしてくんねえかな、と。
「これからも、この調子で頼むぞ」
タイガーはそう言うと、いつものようにカバンから封筒を取り出し、ボーイに手渡す。
「あ、ありがとうございます。こちらこそ……」
ボーイはふと、ジュドーのことを思った。
確かあいつ……。
この状況で、タイガーの乳さわろうとして、ひっぱたかれたんだって聞いたが……。
こんな状況で、よくできるな。
ジュドー……。
お前、やっぱ凄いわ。
実際、ボーイはここに来ると、潜水しているかのような息苦しさを感じる。
それも毎回。
その頃、バー『ボディプレス』では――
「アンタ……何で開店前に来るのよ! どうせ来るなら営業時間中に来てよ! この寄生虫が!」
「そう言うなよ、姐さん。オレはここが好きなんだ、仕方ないだろ。夜は忙しいしな」
キークはカウンター席に座り、肩をすくめる。
アンドレは立ったまま、キークを見下ろしている。その巨大な顔には不愉快そうな、それでいてどこか嬉しそうな、何とも複雑な表情が浮かんでいる。
「ところで姐さん、ジョニーって奴が殺されたんだが……大丈夫か?」
「大丈夫かって、何がよ……」
怪訝な表情をするアンドレ。
キークは、しまった! とでも言いたげな素振りで口を押さえる。
その態度に、アンドレはすぐさま反応した。
「……何よアンタ、隠してることがあるなら言いなさい!」
そう言いながら、巨大な顔を近づける。
「ね、姐さん怖いよ」
「何隠してんの?! 言いなさい!」
さらに顔を近づけるアンドレ。
「だ、駄目だよ姐さん……さすがにこれは……言えないよ」
「この野郎……」
アンドレはキークの襟首を両手で掴み――
そのまま持ち上げる。
さらに、キークの頭を天井に打ち付けた。
「いて! マジいてえよ姐さん! わかった! 言うよ!」
次の瞬間、キークは椅子に下ろされた。
「さあ坊や……正直に吐いちまいな」
アンドレのドスの効いた声が響き渡る。
「わ、わかったよう……この前、トレホに絡まれてさあ……」
「トレホ? あの髭面がどうしたの?」
「よくわからないんだが、何かえらい剣幕で、マークを殺した奴は誰だ! なんて言ってきて……あれは昔気質のギャングの仕業だ! とも言ってたし……トチ狂った真似しでかしそうな雰囲気でさ……」
「マーク? ゴメスん所の? 確か地下道で殺されたのよね」
そう言った後、アンドレは黙りこんだ。
何やら、思案げな表情になる。
しばらくした後、口を開いた。
「じゃあ……アンタは、ジョニーを殺ったのはトレホだって言いたいワケ?」
「そうじゃないよ! ただな……ゴメスの手下って、基本的に血の気が多い上にアホな奴ばかりだろ。だからさ、自分んとこの者がやられて……ピリピリきてる時に……わかるだろ?」
「アンタの言わんとすることはわかる……でもねえ……」
アンドレは視線を逸らした。
「正直、アタシにはまだ判断できないわ……データが少なすぎる」
そして夕方、ガロード宅では……。
「あなた、なぜここに来たのです?!」
「うるせえな! オレだって来たくて来たワケじゃねえ! キークの野郎に言われたんだ!」
「まったく、あのキークという男は……」
睨み合うボーイとルルシー。
一方、
「ガロード、遊ぼうぜ」
「遊ぼうぜ」
愚兄弟に迫られ、困惑するガロード。
「あ、あの……遊ぶって何をする――」
「遊んでくれるのか?」
「くれるのか?」
愚兄弟は、キラキラ輝く瞳でガロードに寄り添ってきた。
「あ、ああ……」
「うおおお! 外でレスリングやろうぜ!」
「やろうぜ!」
愚兄弟はガロードの両腕を引っ張る。
睨み合っていたルルシーとボーイも、その光景を前にすると、険悪な空気が消え失せた。
「良かったな兄弟、ガロードのお兄さんに遊んでもらえて」
ボーイがニヤニヤしながら言う。
お兄さんと言うが、見た目はガロードの方が愚兄弟より年下である。
しかし、
「ボス、ガロードはいい奴です。遊んできます」
「遊んできます」
真面目な顔でそう言うと、愚兄弟はガロードの腕を引っ張って行った――
が、ルルシーに止められる。
「あなたたちの巨体で暴れられたら、近所迷惑なのです!」
ルルシーはそう言って、愚兄弟を睨みつける。
「……ごめん」
「……ごめん」
自分たちよりも、はるかに小さなルルシーに叱られた愚兄弟は、一瞬にしてテンションが下がる。
その時、ドアをノックする音。
そして声。
「おーい、オレだ。開けてくれ」
キークの声だった。
ガロードが鍵を開けると、キークは我が家に帰ってきたかのような顔でリビングに行き、ソファーに座った。
そして一言。
「ふう、やっぱりここが一番落ち着くな」
その言葉に、ルルシーが反応する。
「ここはあなたの家ではないのです! ましてや、あなたたちの溜まり場でもないのです!」
「まあまあ、そう言うなよルルシー。オレは本当にここが好きなんだよ」
「ここは私とガロードの家なのです! くつろがれては困るのです!」
「そんなこと言うなよ、ルルシー……あ、そうだガロ、お前に一つ土産があるんだよ」
「土産?」
「ああ、そうだ。フォックスの前に……」
キークはそう言って、ガロードに顔を近づける。
「スネークを殺る、ってのはどうだ? 奴の居場所がわかったんだよ」




