夏真っ只中
結局、俺とユウキはミソラとミソラ母の好意に甘え、しばらくここにいることになった。
ミソラの友達、安達 真歩…あだち まほ…も混ざり、俺達はこの村で数日間、都会ではできない遊びをしていた…
川で泳いだり、花火を打ち上げたり、バーベキューしたりとほんとに色々やった…
そして、五日目の朝……
「今夜は村一番のお祭りだから、みんなで行っておいで!」
ミソラ母に祭りがあると言われた。
この祭りで遊んだら、そろそろ帰り時だな……
元々、十日間の予定で組んでいた旅行である。
この村に来て、今日で五日…流石に場所がはっきり分からないから、明日あたりには出ないとまずい…
その事をいつ話すか悩んでいると…
「シン君……似合うかな…?」
顔を赤くして、後ろ髪を上げて結って、藍色に赤の朝顔が描かれている浴衣を着たミソラが立っていた。
「……」
俺は声がでなかった。
あまりに似合っていたのと、心臓がドクンドクンと大きく脈打っていたから……
「変…かな?」
ミソラが俺が黙っていたので、くるくる回りながら、恐る恐る聞いた。
「あ…いや、あまりに可愛かったから……あ……」
俺は言ってから、顔が熱くなるのを感じながら、 ばつが悪くなって目をそらした。
ミソラも俺の言葉に顔を真っ赤にして、俯いていた。
「あんたら、なにやってんの?」
そこにマホが現れ、俺たちの様子に呆れていた。
「おっ!マホちゃん似合ってんじゃん!」
いつの間にか現れたユウキがマホを見て、軽いノリで褒める。
マホは後ろ髪をポニーテールにして、白い生地に赤い椿が所々にある浴衣を着ていた。
「ありがと!……少し早いけど、行きましょ!」
マホがそう言って、ミソラの家を出る。
俺たちも慌てて、後に続く。
まだ、夕方前ということもあり、外は眩しい日差しが照りつけている。
祭りの会場まで歩いて、20分くらいだが、日影のない畦道を歩いていると、結構疲れる。
たまに風が吹くのが、気持ちよかった。
マホとユウキが楽しそうに歩くのに、俺とミソラは黙ったままついていく。
ふと、ミソラの方を見るとミソラと目があった。
お互い、何も言わない。
しかし、すぐに二人同時に目を逸らした。
そんなやり取りを何度か繰り返す内に、祭り会場に到着する。
祭り会場はまだ、本番前にも関わらず、露店もやっており、多くの人で賑わっていた。
「おぉ…結構賑やかだな!」
ユウキも少なからず、驚きの声をあげる。
「このお祭りは、この村で最大のイベントだからね〜!他県から来る人も多いわね!」
マホが少し、自慢げに言う。
「あっ……ユウキと話したんだけど、ここからペアに別れましょ!シン君とミソラのペアと…ユウキにはもったいないけど、あたしとユウキのペアで!」
「「え……」」
俺とミソラの声が重なる。
「いや〜…さっき歩きながら話したんだけど、オレらもそろそろ帰らないとだからさ…最後にお互いいい思い出を作ろうって話さ!」
ユウキが頭をかきながら、照れ臭そうに言った。
ちなみにユウキはマホに惚れている…
本人は言わないが、伊達に二年以上の付き合いじゃない。
見てれば分かる!
「別に俺は構わないけど…」
俺はミソラの方を見る。
「わたしも…いいよ……」
ミソラは俯いたまま、少し顔を赤くして答えた。
「じゃあ、決まり!花火が終わったら、お互い連絡して、どうするか決めましょ!」
こうして、俺達は二人ずつに別れた。
「……行こうか…」
ユウキとマホを見送り、二人だけになり、しばらく立っていたが、このまま立っていてもしょうがないので、俺はミソラに声をかけた。
ミソラは小さく頷き、俺の半歩後ろをついてきた。
どこか懐かしく感じながら、俺は祭りの露店を見て回っていた。
「おや?ミソラちゃん!今年は彼氏とデートかい?」
焼きそば屋のおっちゃんがミソラを見て、笑いながら、小指を立てて話しかけてきた。
「し…シン君とはそういうのじゃ……ないです」
最後の方は顔を赤くして、ほとんど聞こえない声でミソラは言った。
「シン君……おぉ!もしかして、あのシン坊か!?いや〜、でかくなったな!」
俺の名前を聞いて、おっちゃんが笑いながら、大声で言った。
「おっちゃん…俺の事を知ってるのか!?」
俺はここに来たことがあった……
俺の心臓が高鳴る。
おっちゃんは驚きはしたが、普通に教えてくれた。
「おう…十年くらい前はよくこの村に遊びに来てたしな!」
どこか懐かしい感じはしていた……
記憶がない十年前に俺はここにいた……
「この祭りにも三人で一緒にいたもんだ!」
三人?
俺の他に二人いたのか……
その後、おっちゃんから焼きそばをもらい、俺達は人ごみから外れた木陰に腰を下ろした。
日も沈み、人が多くなり始めたのを見ながら、俺達は焼きそばを食べた。
「シン君とわたしは、幼馴染みだったんだね…」
ミソラが嬉しそうに言った。
「そうだな…道理で違和感なく、話せたわけだ!」
そう、ミソラと話すことには違和感はない……
それは五日前に会ってから思っていた…
けど、三人ってことはミソラ以外にももう一人誰かいた……
ミソラもどうやら、同じことを考えていたらしく、俺達は静かに焼きそばを食べていた。
「……せっかくのお祭りだし、もっと楽しもう!」
ミソラが俺の手を引く。
確かに昔の事を今考えていても、しょうがない。
今はミソラと楽しもう。
俺達は金魚すくい、射的などをし、林檎飴や綿あめを食べたり、盆踊りに混じってみたり…ほんとに心の底から楽しんだ。
いつの間にか繋いだ手を離すことなく……
「この花火でこのお祭りも締めか……」
楽しい時間はあっという間と言うけれど、今日ほどそれを感じたことはない。
「そうだね……」
ミソラが寂しそうに空を見上げる。
俺もつられて空を見る。
その時…大きな音と共に、夜空に大きな花が咲いた。
「ずっと〜〜いいのに…」
ミソラが何か言ったが、花火の音に掻き消され、聞こえなかった。
俺達は手を強く、強く繋ぎ、最後まで花火を見ていた……
花火が終わったあとも、俺達はしばらく夜空を眺めていた。
そこで携帯が鳴る。
「よお!シンたちはこれからどうする?オレ達はもう少し、回りを見てくけど…」
俺はミソラを見る。
ミソラは何も言わず俺を見つめる。
「俺達はもう少し、したらゆっくり帰るよ……マホによろしくな!」
それだけ告げ、俺は携帯を切った。
「少し、散歩でもするか…」
「うん…」
俺達は静かに歩き出した。
「マホたちはうまくいったのかな…」
「さっきのユウキの声を聞く限りじゃ、今のところはいい感じみたいだな…」
俺達はこの五日間であったことを、懐かしむように話ながら、川沿いを歩いていた。
結局、俺とミソラは十年前の記憶を思い出さないまま、今の話をしていた。
「ミソラ…」
「シン君…」
俺とミソラが同時にお互いを呼ぶ。
俺達は顔を見合わせ、笑った。
「シン君からいいよ…」
「いや、ミソラから…」
お互いがお互いに譲り合う。
「じゃあ、じゃんけんで負けた方が先に言うってことで!」
「う〜…分かったよ!」
俺の提案にミソラが乗る。
「「じゃんけん…」」
二人の手が同時に出される。
「「ぽん!」」
俺がパーでミソラがチョキ……
「ぐぁ…負けた……」
「ぶい♪シン君から言ってね!」
ミソラが嬉しそうにVの手をする。
「やれやれ…言い出しっぺは負ける法則に負けた……」
俺は諦めて、深呼吸し、伝えようとした言葉を言おうとしたとき……
「きゃっ!」
風が強く吹き、ミソラが風に揺れ、川に落ちた。
「ミソラー!!」
周りが暗く、川の深さは分からない。
暗い川に落ちたミソラも姿を確認できない。
「クソッ!」
俺は悪態をつくと同時に暗い川に飛び込んだ。
川の水はそこまで冷たくはなかったが、思いの外深く、夜であるため視界が効かなかった。
どこだ?
俺は川の中を見回し、ミソラを探す。
もう、失うのはイヤだ!
絶対に助け出す!
過去に同じようなことがあったのかもしれない…
そこまで考える余裕などなく、ひたすらミソラを探す。
(こっちだよ……)
どこからか声が聞こえた。
俺は周りを見る。
しかし、姿は見えない。
というか、水の中で声が聞こえるわけがない。
(こっちだよ…)
再び声が響く。
光が見えた気がした…
俺はその光に向けて、必死に泳いだ。
それが何かも分からない……
でも、光あるところにミソラがいると思った。
息も切れかけ、肺が酸素を求めようと痛む。
それでも俺は泳ぎ続けた。
そして、ミソラの姿を視界に捉えた。
ミソラー!!
悲鳴を上げる体を無視し、俺はミソラを抱き締めた。
ミソラは目を開け、微笑んだ。
俺も笑みを浮かべ、ミソラと共に沈んでいく。
流石に今の状態で水面に上がるのは無理だ……
ミソラだけでも助けたかったんだけどな……
俺が諦めかけたとき、再び、俺をミソラへと導いた光が俺たちを包み込んだ。
「これは……」
水の中にも関わらず、普通にしゃべれた。
苦しくもなく、むしろ体は軽かった。
ミソラも驚愕の表情をしている。
「シン君…」
「分からないけど、死ぬには早かったよな……」
俺達が不思議な感覚に包まれていると、光が集まり、人の…少女の姿になった。
「久しぶりだね♪ミソラちゃん、シン君!」
その少女はミソラを小さくした姿によく似ていた。
俺とミソラはお互いに顔を見て、首を捻る。
「あれ?その様子だと二人とも忘れちゃってる?……違うね…あの時の二人には辛い記憶だったから、本能的に封じちゃったんだね……」
少女が悲しそうな顔をする。
「まぁ、わたしのことはそのうち思い出してくれれば、いいよ!きっと、ミソラちゃんとシン君の再会と同じで、近い内に記憶が戻ると思うから!」
少女があどけなく笑う。
「ちょっと待て!お前は全て知ってるのか!?俺とミソラの過去を!?」
俺はこの村に来てから、気になっていたことを聞く。
「ん〜…確かに二人の十年前の事を今、話すのは簡単だけど……それよりも二人にはちゃんと思い出して、幸せになってほしいかな!」
「わたしも気になります!教えてください!」
ミソラの言葉を聞いて、少女は少し悲しい顔をする。
「ミソラちゃんの敬語も久しぶりだね……でも、わたしに敬語は不要だよ!……まぁ、二人がそこまで知りたいなら、交換条件でヒントだけ教えてあげる♪」
イタズラっぽく少女が笑い、
「風が吹く前に二人が言おうとしたことを、ここで言ってもらおうかな♪」
俺たちに「ねっ♪」と顔を向けた。
しばらくの沈黙……
俺とミソラと少女が顔を見合わせている。
少女は笑顔でミソラは呆然としている。
恐らく俺もミソラと同じ感じだろう。
「……じゃあ、さっき負けたから俺から…」
そう言ったとき、ミソラが首を横に振る。
「わたしも一緒に言うよ…」
俺は反論しようと思ったが、ミソラの目を見てやめた。
「せーのっ…で一緒に言おう!」
ミソラが頷く。
少女は笑顔で俺たちを見守っている。
「「せーのっ…」」
「ミソラ!好きだ!」
「シン君!好きだよ!」
俺とミソラの声が響いた。
そして、ミソラの顔が赤くなり、俺の顔が熱で火照る。
少女はうんうん頷いている。
「やっぱり、ミソラちゃんとシン君はお似合いだね!これで、わたしも心残りないわ!これから、お幸せに♪」
少女がそう言うと、光が収縮していく。
「おい!過去のヒントは!?」
ここまでやらせて、ヒントなし詐欺にあう気はない!
俺が叫ぶと少女がクスッと笑った。
「『美海』…みうみ!わたしの名前だよ♪きっと、これだけ聞けば、二人なら思い出せるよ!たまには、会いに来てね♪」
それだけ言うと少女…ミウミは笑顔で消えていった。
そして、残された俺達はいつの間に か川辺に二人で座っていた。