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八話


今回も中途半端です。

あまり更新の感覚をあけたくなかったので、投稿しました。

7・5話くらいの感覚でお楽しみいただけると幸いです。





「治しましょうっ」


 普段物静かで淑やかな印象の彼女の口から、活気付けるような声が聞こえた。

 何を、と問われれば、無論この身体をである。

 以来、ムウはファ=ルゥと同様に、リハビリに付き合うようになった。

 胸のうちを語り合ったことにより、何処かしらにあった緊張も抜けたのかある程度砕けた物腰で会話することがある。今回も例に漏れず、必要以上に積極的な自分を恥じて顔を赤くするムウに和みつつ、博はリハビリを続けた。


 顔を合わせるだけですら不安があった以前と比べれば、それは確かな進歩と言えるだろう。

 こうして同じ空間を共有できるのは、ある程度の信頼関係がなければ成立しない。

 もっとも、人間の街を見てもエルフの森全体を見ても、それはほんの一部に過ぎない事象だ。


 改めて言われるまでもなく、博は自覚していた。


「ちゃんと治さないと、かくまってくれている村長にも申し訳ないですから」


 言いながら、脳内に村長の顔を思い浮かべる。

 今なおも人間を忌みしていると言うばかりに、以来一度も顔を見せていない。

 勿論、接触すらしていない他のエルフたちは、人間への先入観のままに偏見が染み付いているだろう。

 博が世界を巡っても変わらない俗悪だと、確信したひとつだ。


 世界の風潮というものを自分ひとりで変えられるとは思っていない。

 そういった類はやがて廃れていき時間と共に消滅するまで待つしかないというのは、前の世界の歴史が語る事実であり、博が掲げる持論でもあるが、そのためのきっかけというものがある。

 例えば学校の下らない虐めであれば、卒業というきっかけと共に自然と消滅する事だろう。なおも続くような場合、それは加害者の思考が子供のままで時を止めてしまった哀れな事例だ。


 とはいえ、ただ待っているだけというのは当事者にしてみれば苦痛である。

 ムウとの和解が可能ならばあるいはと、博は常に掲げていた。


「というか、村長に誠心誠意の気持ちを照明しないと、俺の身も危ういんですよね……」


 皮肉にも手負いの身体の通り、理想に向かう第一歩も踏み出せない状況に、大きなため息が出る。

 ムウも健闘はしているつもりですがと、慰めにも誓い言葉だ。

 俯き気味に言われても不安を煽られてしまうのは、本人を目の前にして表情に出せない。

 やはり、そう簡単な問題であるはずがないようだ。


 そんな中で気丈に振舞ってくれるファ=ルゥには、いくら感謝しても足りないような気がした。


「元気出してヒロシっ。必ずもうすぐ歩けるようになるから、また村長には皆でお話ししに行こうよ」


 いつもながら、ファ=ルゥの子供心の純粋な優しさは心に染みる。

 どこにも根拠などあるはずもないのに、その言葉だけで本当に叶ってしまう気になる。

 そうですよと、合わせて言うムウに改めて親子の優しさを知った。


 この世界に来て掲げた平穏に命を全うするという目標こそ早くも怪しくなってはいるが、この輪の中に居れて良かったと、博は思った。いつかの病床に眠るあの日の光景に、似ていると思った。

 娘が居て、妻が居て。ファ=ルゥが居て、ムウが居る。

 この病室にある幸せを、確かに確認できる。


 永遠に続けば良いのにとも思う博の思考は傲慢なのだろうか。

 前世で築いた幸せの続きを、新たな命で紡ぐことは。

 少なくとも、現在の博が置かれた状況はそれを許してくれない。


「やっぱり、話をつけるにもこの怪我を治してしまってからだ」


 呑気なことに、現状完治にいつまで掛かるかも分からない怪我を治してしまうことしか出来ない。否、本人にしてみれば死に物狂いに取り掛かるべき問題である。根本としては若干ずれた処置でもあることが、博は歯がゆかった。


「そうですよ」

「頑張ろう!」


 二人の激励に心打たれ、博は続きのリハビリも一層張り切った。



  ◆  



「――怪我の様子はどうだね、人間」


 突然の来訪だった。

 華奢な体つきに、尖った耳、エルフ特有の衣装。その端正な顔立ちと刺々しい言葉には、エルフの森に知り合いの少ない博にも覚えがあった。というよりも、既に同室しているファ=ルゥとムウを除けば、まず彼しかいない。


「村長……!」


 博が渇いた息を飲み下すと喉がなる。

 村長と、そのままの通り彼を呼称する呼び名には、村長は訝しげに顔を歪めた。


「お前に村長と呼ばれる義理はない。虫唾が走る」


 不愉快に一瞥し、そして名乗る。


「セス。セスと呼べ。私はセス=イニスだ」


 遠ざけると言う意味では、博の常識としてはより親密になった気もするが、この世界の、エルフという種族として村長――セスは名乗ったのだろう。村長と呼ぶのと名で呼ぶのとでは、どちらがこの世界でよしとされるのか分からない。博は言われたままに飲み込んだ。


「では、セスさん。何か用件があって来たのでしょう? もしかして、俺の処置が決まったんですか?」

「無論用もなく来るはずがない。まあ、忌憚なく言ってしまえば、その通りだ」


 相変わらずの刺々しさが胸を刺す。

 そう強い言い方をされると、何処かネガティブな思考が浮かんできてしまう。セスの刺々しい口ぶりのままに、博はその処置ですら嫌な想像をしていた。この期に及んでそんな想像をしてても意味がなく、博は頭を振る。


「先あたってではあるが、そちらの話を聞いておこう。お前はどうされたい?」


 試されていると、博は察した。

 否、改めて試すまでもないのかもしれない。最後の言葉として、あるいは今後続く関係のために、これは博の言葉で境遇がまた左右される。

 ムウとファ=ルゥは心配そうに、博を見ている。積もる感情を押し殺して、博の言葉を待っているのだろう。

 期待、と呼ぶのもふさわしい言葉か分からないが、博は二人のそれに添えるだけの言葉を用意できるのだろうか。セスを納得させるだけの言葉があるのだろうか。そしてその不安がまた上塗りされる、悪循環だ。

 この状況を考えなかったわけではない。何故か、準備したはずの言葉が喉に詰まっている。


 不甲斐ない。

 改めてセスと向き合うだけで、決意が揺らいでしまう自分にどうしようもなく悔しくなった。

 開き直ってしまえば楽になれるだろう。開き直ってしまえばと、出来もしないことに、この世界で何度甘えたことだろうか。


「ヒロシ……」


 張り詰めた空気に耐え切れなかったのか、ファ=ルゥが零す。

 名を呼ばれ、博は気付いた。


(そっか、俺……)


 セスを待たせていても状況は不利になるばかりだと、博は口を開いた。




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