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七話

 ムウが尋ねてきた日から、更に一日が経つ。

 博自身、抱える疑念に腹が立っている。


 初めてこの世界に来た日、人間とエルフの確執を見た。

 例えば娘とファ=ルゥが似ていなければ、あの日博はどうしただろうか。恐らく多くの者がそうであったように、偽善的同情こそしても、あのときのような行動はしなかった、出来なかっただろう。平穏に暮らしたいと言う願望は今でも残っているが、冷静に振り返れば今現在、むしろ平穏とは真逆に値する渦中の存在だ。

 価値観で語りたくはないが、助けたからこそ意味があり、故に疑心を生み出した。


 異世界人だからこそ先入観もなく、異世界人だからこそ偏見もなく、そしてファ=ルゥを救えた。

 だが、エルフの立場からすれば、博も平等に、忌みすべき人間なのだ。


 それに気付いてしまったからこそ、今もムウの前では素直になれない。


「どうしました、ヒロシさん?」


 昼になりちょうど良く腹も減ってきたころ、ムウが昨日と同じく尋ねてきた。その手にバスケットを持って、恥じらいを含めた微笑を見せる。

 博の目から見ても表面上だけのものではない。

 疑心に揺れる博にとって、ムウの好意的な姿勢は胸が痛かった。


「いえ、なんでもないです。じゃあ、頂きましょうか」


 差し入れはファ=ルゥの手前、昨日の様にムウも誘った。

 昨日と同じような表情を見せたムウに、うなずくのに躊躇って、どうかしたのかと心配される。

 本当にどうしてしまったのだろうと、博は自問自答する。


 いっそのこと、ムウは博を見極めに来たのかと、問えるのなら話は早い。

 仮にそうだとすれば良くない結果が待っているのだろうし、仮にそうでないとしてもムウの信頼を失うだけだ。

 その場合、それが博にとってどれほどの苦痛を与えるのかは思考から排除して。


 つまるところ、それは無理だ。


「ヒロシさん、お口に合わないようでしたら無理に食べて頂かなくても……私は気にしません、よ?」


 三人で差し入れをつまむ中、一人物思いに耽っていた博をムウが心配そうに尋ねた。

 顔色を伺うように上目遣いになったムウは相変わらず美人だし、無論差し入れも美味い。博もその程度くらいのことは考えられるが、どうにも思考が停止してしまう。そしてムウが心配しているということは、ファ=ルゥも同じ心境をしているということだ。

 せめて、ファ=ルゥの前だけは気丈に振舞おうと、博は頭を振った。


「すごく、美味しいです」


 博はどこか痛々しい微笑を見せた。



  ◆  



「あの、この後ですが、私もご一緒してよろしいでしょうか?」


 そんな提案があったのは、差し入れを満喫し終わった後だ。

 当然の如く続くリハビリに、ムウが聞いてきた。ファ=ルゥは喜んで受け入れようとしているが、言葉の真意を深読みする博が居る。なんてこともない、本来激励だけであるはずの意図に、博は深読みを強いられた。あるいは、博の置かれた立場が余計な詮索を生み出しているのだろう。

 やはり立場上、博に断るという選択肢は、端からなかった。


「ムウさんがよければ」


 ありがとうございますと、ムウは微笑む。


 相変わらず歩けないもどかしさと格闘しつつ、本人は気にせずにとは言うが、隣に居るムウにも気が回ってしまいリハビリの成果はいまいちである。


 そして数時間が経ち、現在小一時間ほどの休憩の最中だ。


「……この子との話、聞かせてもらえませんか?」


 親として気になるのだろう。

 ムウがファ=ルゥの頭を撫でながら、博とファ=ルゥが出合った経緯を聞いてくる。

 語るほどの話じゃありませんがと謙遜を挟みつつ、博は最初から語り始めた。

 脚色も多少加えながら、事実を沿ってありのまま話した。


「――あの街には旅の最中に少し寄っただけなんです。朝目が覚めて、散歩がてら街を見渡し、ちょうど陽が落ちかかった時間でした。たくさんの観衆に囲まれた、ファ=ルゥがいました。なんだろうと思って覗くと、暴言が飛び交っていました。なんていうか、最初は醜い差別の現場に足がすくんで、頭が真白になって。なにも出来ない自分が悔しくて。俺がその暴言の中心に居るような気がして、怖かったんです」


 博の声は少し震えている。

 蘇ってくる記憶は、許せないものであり、恐怖であり。そして助けてよかったと、そんな安堵だ。


「でも、ファ=ルゥを見てたら、思い出したんです。下らないと、笑うかもしれません。軽蔑してくれても構いません。……ファ=ルゥが、娘に似てたんです。故郷に置いていった娘に似てて、どうしても守らなきゃって、思いました。それだけの理由でも、それだけで、俺には十分でした」


 ファ=ルゥにも、未だに聞かせたことはなかった。

 初めて告白する胸の内に、博自身ひとつ胸のつかえが取れたような気がした。


 ファ=ルゥという、博にとって信頼を置けるエルフの少女。

 ムウという、エルフの森に訪れて初めて出来た対等に話せるエルフの女性。


 その存在が、今の博にどれほど必要な存在だったことか。

 初めて告白して、改めて気付かされる。


「……ヒロシはね、森の中でも私を助けてくれたんだよ」


 ファ=ルゥが子供ながらに空気を読み取り、口を開いた。


「自分だって怖かったくせに、私だけでも逃げろ、って」


 そしてその声は、既に涙に揺らいでいる。


「だから、だから……お母さん。ヒロシのこと、村長に悪く言わないで?」


 気付いていたのかと、博はゆっくり息を吐いた。

 否、子供ながらに察したファ=ルゥを褒めるべきか、既に目に見えてしまっている悩みに、博は動揺よりも情けなさが先にたつ。


 ファ=ルゥのためを思って誤魔化してきた本音。

 どうやら口にするのが怖かっただけのようだ。

 我侭は言えないと押し殺した感情は、誰かの――ファ=ルゥの後押しを、求めていた。


「……ムウさん。俺は、生きたいです」


 改めて口にして、博は自分の正直な欲望に呆れた。

 虚勢を張っても、やはり誤魔化しきれない。


 博は命を求めている。


「私も、私も親の贔屓目なしにヒロシさんには生きていて欲しい。この子のためにも……初めて人間の人と会話をして好意的で居られた、私のためにも」


 互いに忌み嫌いあった種族同士だからこそ、こうして対話することに特別な意味が生まれる。

 どれだけ些細であっても、博の行動は意味を成したと言えるだろう。

 本音を言って、本音を聞いて、博は初めてムウを信頼できると思った。


 娘に似ていると、それだけの理由だけで、エルフの森は変わりつつある。




あまりにも筆が重かった上、来週少し忙しくなりそうなので、中途半端ですが投稿させていただきました。ご迷惑おかけします。

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