CHAPTER21『共策と死の伏撃』
第二階層の最深部。
看守すら辿り着けぬその場所に、霧の幻影の拠点はあった。
閉ざされた霧の奥で交わされる言葉ひとつが、この監獄の勢力図を塗り替えかねない。
そして今――
ジルたちと影虎の交渉は、静かに、だが確実に核心へと踏み込んでいた。
ジルは、影虎の提示した条件にすぐには答えなかった。
しばし沈黙し、影虎の言葉を胸の内で噛み締める。
やがて、ジルはゆっくりと顔を上げる。
隣に立つヴォルグへ視線を向けると、ヴォルグもまた、何も言わずに小さく頷いた。
その意志を確認するように、ジルも短く頷き返す。
そして――影虎を真っ直ぐ見据えた。
「……分かった」
低く、言葉を落とす。
「その任務――引き受けよう」
影虎は薄く口角を上げた。
「フッ……良い判断だ」
ジルは視線を逸らさず、低く問う。
「……その沈黙の牙の幹部の、男の名は?」
影虎は即答した。
「ヴィクターという」
その名を聞いた瞬間、ヴォルグの眉がわずかに動く。
「ヴィクター……?」
短く記憶を辿るように目を細める。
「……クロウが暗殺に失敗した男だな」
影虎は静かに頷いた。
「そうだ」
視線がわずかに沈む。
「三人で向かわせたのだが――少々、奴を甘く見ていたようだ」
ヴォルグの目が、鋭く細まる。
「……あんたら霧の幻影の精鋭三人でも仕留めきれなかった相手を、今度は俺たちにあてがうつもりか?」
影虎は鼻で笑う。
「フン……」
静かな声が落ちる。
「もうしばらくすれば、沈黙の牙の軍勢がここへ攻め込んでくるだろう」
ジルの目が見開かれる。
「何っ……!?」
影虎は微動だにしない。
「我らは、その愚者共を迎え撃たねばならん」
わずかに間を置く。
「そして――その混乱に紛れ、ヴィクターはゼオンを狙って動く」
その視線が、ジルとヴォルグを射抜く。
「お前たちは別働隊として動き、ヴィクターを――討て」
ジルは拳を強く握った。
「……そのヴィクターは、今どこにいる?」
静かな声が落ちる。
「……先ほど、影を放った」
「奴の居場所くらいなら、すぐに見つけて戻ってくるだろう」
ヴォルグは低く問う。
「……その男は、どんな武器や技を使う?」
影虎は短く答えた。
「……奴は、電気ナマズ魚人だ。電撃を放つ」
ジルは思わず息を呑んだ。
「電撃だと……!? まさか――あのカイゼルのような技を使うのか!?」
影虎は静かに頷いた。
「……ああ」
その目に、冷たい光が宿る。
「だが、奴はカイゼルほど派手ではない。その代わり――狡猾で、残忍な男だ」
ヴォルグは低く息を吐いた。
「……なるほどな」
その瞬間――
不意に、ジルとヴォルグの背後から声が落ちた。
「……影虎様。ヴィクターの居場所が掴めたようです」
ジルとヴォルグが、ほぼ同時に振り向く。
そこに立っていたのは――
霧の幻影幹部、ガレオンだった。
いつの間に現れたのか、足音ひとつなく、まるで最初から、そこにいたかのように。
ジルの目が鋭く見開かれる。
「……お前は……ガレオン!?」
ヴォルグの視線が、一瞬で細まる。
(……いつの間に……!?)
ガレオンは、冷え切った目でジルを見据えた。
「フン……何のつもりで、ここまで入り込んだ?」
低く吐き捨てると、腰の刀に手をかける。
「我らの傘下に入らねば――始末すると言ったはずだ」
次の瞬間――
鞘走りの音とともに、刀身が闇を裂いた。
そのまま、ガレオンは無駄のない動きで刀を振り上げる。
ジルとヴォルグは、咄嗟に身構え、反射的に左右へ割れるように散った。
影虎の低い声が割って入る。
「……ガレオン、待て」
振り下ろされるはずだった刃が――
空中で、ぴたりと止まる。
ガレオンの腕は微動だにしない。
その切っ先は、なおジルの喉元を正確に捉えたまま。
影虎は、微動だにしないまま口を開いた。
「……こ奴らには、ヴィクター討伐を任せる」
ガレオンの視線が、ジルとヴォルグを静かに射抜く。
「一度、刃を交えましたが……」
感情の見えない声が落ちる。
「この者共では、あの男の首を上げるには些か心許ないかと」
影虎は即座に言い放つ。
「ならば、ガレオン――主も同行しろ」
一瞬、空気が止まる。
「こ奴らと共に、ヴィクターを消せ」
ガレオンの眉が、わずかに動く。
「しかし――」
影虎の声が、低く落ちる。
「ヴィクター抹殺は必須だ」
それ以上の言葉は不要だった。
ガレオンは一瞬だけ沈黙し、静かに刀を鞘へ納めた。
「……御意」
ジルの眉が、ぴくりと動く。
(ガレオン……こいつは油断できない)
ヴォルグは静かに息を吐いた。
「……厄介な任務になったな」
影虎は静かに言い放つ。
「……では、行くがよい。時は迫っている」
ガレオンは一礼し、踵を返した。
「はっ――」
そして、肩越しに冷たく言い捨てる。
「……貴様ら、付いて来い」
ジルとヴォルグは一瞬、顔を見合わせた。
ジルは小さく息を吐く。
「……仕方ない」
ヴォルグは無言で頷いた。
そして二人は、先を行くガレオンの背を追い――
霧の幻影のアジトを後にする。
こうして、蒼海の解放軍は――
霧の幻影と、限定的な協力関係を結ぶこととなった。
その先に待つのは、沈黙の牙幹部・ヴィクターとの死闘。
そして、ゼオンの命を巡る新たな戦いだった。
給排水区画奥通路――
三人は、沈黙の牙幹部・ヴィクターを仕留めるべく、暗い通路を駆け抜けていた。
先頭を行くのはガレオン。
一切の無駄のない足運びで、振り返りもせず進んでいく。
ジルが声を張る。
「……おい、ガレオン!」
ガレオンは足を緩めることなく応じた。
「……何だ」
「どこへ向かってる?」
「……旧配給所跡だ」
淡々とした声。
「その奥の廃屋に、奴は潜んでいる」
ヴォルグがジルへ視線を向ける。
「あそこは今、監獄の資材置き場になっているはずだが……」
わずかに間を置く。
「沈黙の牙の幹部が、そんな場所に潜んでいるとはな」
ガレオンは短く答えた。
「おそらく、我々が匿っている囚人――ゼオンの暗殺を企てている……」
ジルの拳が、無意識に強く握られる。
ヴォルグは前方へ視線を戻す。
「……だが、あの一帯の地形は複雑だ」
低く呟く。
「奇襲には向いている」
――その時
通路の分岐点に差し掛かる。
ジルは足を止めた。
「……待て!」
ガレオンもぴたりと歩みを止める。
顔だけをわずかに横へ向けた。
「……何だ」
ジルは即座に言い放つ。
「ここから俺たちのアジトは近い」
一瞬、ヴォルグへ視線を送る。
「ヴォルグ――バレルたちを呼んできてくれ」
ヴォルグは短く頷いた。
「ああ……すぐに追いつく」
そう言い残すと、身を翻し――
蒼海の解放軍のアジトがある旧補給庫方面へと駆け出していく。
ガレオンは鼻を鳴らした。
「フン……無駄なことを」
次の瞬間には、すでに走り出していた。
「急ぐぞ」
ジルは低く返す。
「ああ……」
そのまま二人は、暗い通路をさらに駆け抜けた。
――やがて。
旧配給所跡の手前で、ガレオンの足がぴたりと止まる。
ジルも即座に足を止め、視線を前方へ向けた。
ガレオンは気配を殺したまま、低く告げる。
「……俺が先に中を見てくる」
わずかに間を置く。
「貴様は、しばらくここで待っていろ」
そう言い残すと――
ガレオンの姿は、まるで最初からそこにいなかったかのように、闇へ溶けて消えた。
ジルは旧配給所跡の方を見据えた。
そこには、人の気配も、物音もない。
ただ、朽ちた建物群だけが闇の中に沈んでいた。
(……静かすぎる……)
喉の奥で、息を殺す。
(……本当に沈黙の牙の幹部が、こんな所に潜んでいるのか……?)
その時――
背後で、何かが白く閃いた。
ジルの影が、地面に長く伸びる。
「――!?」
反射的に振り向きかけた、その瞬間――
バチバチバチィッ!!
凄まじい電撃が、ジルの全身を貫いた。
「ぐがッ……!!」
筋肉が強制的に痙攣し、身体が跳ねる。
骨の芯まで焼かれるような激痛。
視界が、一瞬で白く弾けた。
足元が揺らぐ。
崩れかけた視界の先――
そこに立っていたのは、拳を握った一人の魚人だった。
黒く巨大な体躯。
濡れた皮膚の上を、青白い電流が這っている。
頬から伸びる長い髭が、わずかに震えた。
その姿を見た瞬間、ジルの意識が揺れる。
(……ヴィクター……か……)
旧配給所跡――
静まり返った廃墟の闇の中。
先に中を確認する為、消えたガレオンは未だ戻る気配はない。
不意打ちを受けたジルの身体には、なおも電撃の余韻が走っていた。
次の一撃を受ければ、命の保証すらない。
逃げ場のない闇の中で――
ジルは、いきなり絶体絶命の局面へと叩き込まれた。
《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
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監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。
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これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。




