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CHAPTER16『秩序の壁と裏切りの過去』

第二階層の薄暗い通路には、いつものざわめきが流れていた。

だが――

派閥の均衡。

看守の思惑。

囚人たちの焦燥。

そのすべてが、わずかに軋み始めていた。



そして、その綻びを嗅ぎ取った者たちがいる。

崩れかけた旧補給庫――

蒼海の解放軍のアジト。

薄暗い灯りの下で、

ジルたちは静かに円を作っていた。







バレルが腕を組み、三人を見渡す。

「……さて、役者は揃った。こっからどう動くよ」



ヴォルグが静かに口を開いた。

「第二階層の均衡は、いつ崩れてもおかしくない。三大派閥――どこが先に戦争を始めても不思議ではない状況だ」


わずかに目を細める。

「だが、それは俺たちにとっては好都合でもある」


アジトの格子越しに外を見ながら続けた。

「奴らは互いを警戒するだけで手一杯になる。俺たちのような小勢力にまで、注意を割いている余裕はないはずだ」



ジルが低く言う。

「つまり――火が付く前の今が、一番動きやすいってわけだな」


一瞬だけ視線を落とす。

「……俺は、気になる場所がある」


三人を見る。

「前にバレルが言っていた――第三階層だ」



レクスがわずかに眉をひそめる。

「……第三階層? 噂には聞いたことがあるが……本当に実在するのか?」



バレルが肩をすくめた。

「ああ。政府にとって特に都合の悪い囚人どもが、ぶち込まれてるって話だ」



ジルがバレルの方を見た。

「……確か、立ち入り禁止区域には第三階層へ繋がる抜け道があるかもしれないって話だったよな?」



バレルが鼻を鳴らす。

「ああ。だがな――」


腕を組む。

「立ち入り禁止区域っつっても、あそこは広い。簡単に見つかるもんじゃねえぞ」



ヴォルグがわずかに首を傾げた。

「……仮に、第三階層に入れたとして」


視線をジルへ向ける。

「そこで何をする?」



ジルは短く答えた。

「この監獄を抜け出すための何か――」


一瞬、言葉を切る。

「あるいは、その手掛かりを知っている囚人がいるかもしれない」



レクスが小さく笑う。

「はっ」


肩を壁に預けたまま言う。

「あるかどうかも分からねえ情報を探しに、命張って第三階層に潜るってわけか?」



ジルが低く言う。

「……幸い、立ち入り禁止区域はここから目と鼻の先だ」


一瞬、三人を見渡す。

「ここにいても何も変わらないなら――探る価値はあるんじゃないか?」



バレルが顎を掻く。

「まあな。だが気をつけろよ」


腕を組む。

「ときどき看守隊が来て、その抜け穴を探してる。そいつらに出くわさねえようにしねえとな」



ヴォルグが静かに頷いた。

「……確かに。ここに留まっていても状況は動かない」


わずかに目を細める。

「探る価値はあるかもな」



バレルがレクスに目を向ける。

「それにな、レクス」


口の端を吊り上げる。

「お前と同じ反政府思想の連中も、そこにぶち込まれてるはずだぜ」



レクスの目がわずかに細くなる。

「……ほう」


小さく鼻を鳴らす。

「だとしたら、ひとつ気になるな」


「なぜそいつらが処刑されず、わざわざ幽閉されているのか――だ」



ヴォルグがわずかに顎に手を当てる。

しばし思案するように視線を落とした。


やがて、静かに口を開く。

「……処刑できない理由がある、ということだな」



ジルが静かに答えた。

「……俺は、そいつらの存在が気にかかる」



レクスがわずかに目を細める。

「……マジで行く気か?」



ジルはゆっくりと頷いた。

「監獄の秘密――そして、脱獄の手がかりを掴むなら、そこを探るのが一番早い」


バレルが腰を上げる。

「決まりだな。そうと決まったら――急ぐぜ」



ヴォルグが短く頷いた。

「……よし」


腰に忍ばせていた鉄棒の位置を確かめる。



レクスが肩をすくめる。

「おいおい、テメェら……正気か?」


一瞬の間。

だが、次の瞬間、口元が吊り上がった。

「……だが悪くねえ。

混乱の記録ってやつは、いい書物の材料になる」



四人は立ち上がった。

それが、第二階層の均衡を崩す最初の一歩になるとも知らずに。




こうしてジルたちは、旧補給庫を出た。

向かう先は――立ち入り禁止の封鎖区画。




第二階層封鎖区画――



ここは通常、囚人が近づくことすら許されない場所。

だが、その奥には――第三階層へ繋がる抜け道があるかもしれない。




第二階層のざわめきが、背後へ遠ざかっていく。


そして、封鎖区画の境界を越えた瞬間――



音が消えた。



囚人の声も、金属の軋みも、どこにもない。

あるのは、冷たい石壁と崩れた瓦礫――沈みきった静寂だけだった。



薄暗い通路に、四人の足音だけが静かに響く。




レクスが通路を見回し、鼻を鳴らした。

「……薄暗いな」


頭部から伸びた触手状の提灯が、ゆらりと揺れる。


ボウッ――


橙色の光が強く脈打ち、周囲の石壁を照らし出した。

第二階層のどこよりも、この場所は明るくなる。



ジルが目を細める。

「……眩しいが、よく見える」



ヴォルグが周囲を見渡す。

「これなら、効率よく探せる」



バレルが笑い、レクスの肩を軽く叩く。

「頼りになるじゃねえか!」



レクスが肩をすくめる。

「へっ。こんな薄気味悪ぃ所でウダウダしてられねぇだろ」


頭の灯りを少し前へ向ける。

「チャッチャと探すぞ」



ジルが頷く。

「ああ、急ごう」



四人はレクスの灯りを中心に散開し、壁や床を確かめながら、第三階層へ繋がるという抜け道を探し始めた。


石壁の継ぎ目。


床のひび割れ。


崩れた瓦礫の裏。



だが――

抜け道らしきものは見当たらない。





そして、探し始めてしばらくが経った。


バレルが屈めていた腰を伸ばし、背中を鳴らす。

「……やっぱ、そう簡単に見つかるもんじゃねえな」



ヴォルグが壁に手を当て、石の継ぎ目を確かめながら言う。

「……当然だ」


視線をゆっくり通路の奥へ向ける。

「そんな簡単に見つかるなら、とっくに看守たちが穴を見つけて塞いでいるはずだ」



レクスが肩をすくめ、提灯の光を揺らした。

「塞がれてるってんなら、無駄骨かもしれねえな」

 


ジルは手を止め、ゆっくり首を振る。

「……それでも、今はこの可能性に懸けるしかない」

 


バレルが瓦礫を足でどけながら唸る。

「抜け道さえ見つけりゃよ――」


ハサミを軽く鳴らした。

「仲間に出来そうな囚人だって、下にゃいるかもしれねぇしな」



その時だった。


通路の奥から、かすかな空気の揺れが伝わってきた。


レクスの提灯の火が、わずかに揺れる。



次の瞬間――


ヴォルグの手が、ぴたりと止まった。

 

わずかに目を細める。

「……待て」

 

低く呟く。

「……誰か来る」



ジルがふいに顔を上げた。

「……!? 何っ……!」



背後から、誰かの足音が聞こえ始めた。


ザッ……ザッ……ザッ……。


重い足音が、ゆっくりと通路に響いてくる。


 

その時――


低く、冷たい声が闇の奥から流れた。

「……何をしている」


一拍の間。


「ここは、看守しか入れぬ封鎖区画だ」

 


ヴォルグが声を潜める。

「レクス、後ろを照らせ……!」

 


レクスが振り向き、提灯の光を背後へ向ける。



ぼんやりと浮かび上がったのは――

看守服を纏った、リュウグウノツカイ魚人の男だった。


挿絵(By みてみん)


長い白髪がゆっくりと揺れる。 



ジルの歯が鳴る。

「……クソッ! 看守か」

 


ヴォルグは素早く周囲へ視線を走らせる。


だが次の瞬間、気づいた。


リュウグウノツカイ魚人の背後――

さらに奥の闇にも、複数の看守の影が立っている。

 

逃げ道は、ない。

 


男がゆっくりと歩み寄る。

ザッ……ザッ……。


静かな足音が、妙に重く響いた。

 

「……何のために、ここへ入り込んだ?」


わずかに首を傾ける。

「ん?」

 


ジルは無意識に息を呑んだ。

(……こいつ……圧が……ギルバート並か……!)

 


空気が重く沈む。


四人は動けない。

 


バレルが低く呟く。

「……こいつは」


わずかに歯を噛む。

「……看守長――レヴィアスだ……」



その名が落ちた瞬間、通路の空気がさらに重く沈んだ。



レクスが提灯をわずかに揺らした。

「……チッ」


ほんの小さく舌打ちする。

 


ヴォルグの目が見開かれる。

「……看守長だと……!?」




レヴィアスはゆっくりと四人を見回した。

提灯の光を受け、その細い瞳が順に顔をなぞっていく。


ジル。

ヴォルグ。

レクス。


そして――

バレルの前で止まった。


 

「……貴様か、バレル。久しぶりだな」

 


バレルの甲殻が、わずかに軋む。

 


その様子に、ジルとヴォルグ、レクスの視線が一斉にバレルへ向いた。

 


ジルが目を見開く。

「……!? 知り合いなのか、バレル?」

 


バレルは数秒だけ沈黙し――低く吐き捨てた。

「……ああ」

 


ゆっくりとレヴィアスを睨み返す。

「俺の元上官だ……」




ジルが目を見開く。

「何だって!?」

 


ヴォルグの声が低くなる。

「……お前、看守だったのか?」

 


レクスが提灯を揺らし、口の端を吊り上げた。

「へぇ……そりゃ意外だな」

 


バレルはわずかに視線を逸らし、低く呟いた。

「……お前らにゃ、知られたくなかったんだがな……」

 


レヴィアスが鼻で笑う。

「フン」


冷たい視線がバレルを射抜いた。

「底まで落ちた貴様が、まだしぶとく生き残っていたとはな……」

 


レヴィアスはさらに一歩近づく。

 


バレルが歯を剥く。

「……ハッ、俺は落ちちゃいねえよ!」

 

睨み返す。

「むしろ今の方が、人として全うに生きてんだ!」

 


レヴィアスの目が細くなり、わずかに首を傾ける。

「……フッ、何を言い出すかと思えば……」

 

冷たい声が落ちた。

「裏切り者が“人として全う”だと?」

 

口元が歪む。

「笑わせるな」



ジルの眉がわずかに動く。

(裏切り者……!?)



バレルが低く唸る。

「……この監獄は腐りきってんだ。俺は間違ったことは、やってねえ!」


レヴィアスを睨み据える。

「まぁアンタに言ったところで、理解はできねえだろうがな……!」

 


レヴィアスの目がわずかに細くなる。

「……お前は、自分の行いを正当化するつもりか?」

 


バレルが鼻で笑う。

「フン、関係ねぇ!」

 


レヴィアスは一度だけ小さく息を吐いた。

「……まぁいい」


視線をゆっくり四人へ流す。

「どちらにしろ、こんな所まで入り込んだ囚人共を――私は見逃すつもりはない」

 

一歩、踏み出す。

 

「ここで、貴様らを処分する」

 

レヴィアスは両腕をゆっくり広げ、静かに構えた。



背後の看守たちも、同時に武器を構える。 



空気が張り詰める。

 


バレルのハサミが、わずかに持ち上がる。

「……クッ!」

 


ジルが一歩前へ出た。

「構えろ!」


視線が鋭く走る。

「来るぞ!」



次の瞬間――


レヴィアスの影が、静かに動いた。





静まり返った通路で、

次の瞬間――

戦いの火蓋が切って落とされる。


《蒼海の解放軍》より、深海監獄から感謝を込めて。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


もし物語を面白いと感じていただけたら、

あなたの一票(=★評価・ブックマーク)が、

監獄で抗い続ける仲間たちの力になります。


▼作者Xはこちら

https://x.com/00aomiray00?s=21


これからも『半魚囚人ジル』をよろしくお願いします。

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