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誰にでも逆鱗は存在する

作者: いかも真生
掲載日:2025/12/05

ご訪問ありがとうございます

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

目を覚ますと、見知らぬ森の中だった。

見慣れぬ色の空は、重く暗い。

地表には霧が低く垂れ込めていて。

湿った土と葉の匂いだけが鼻を刺激する。

二野(ふたつの)真実(まみ)は立ち上がり、周囲を確認した。

靴も服も、見慣れた日本のもの。

景色だけが、知らない。

小さく嘆息。

この靴を履いて、昨日まで当たり前に立っていた場所は、もうどこにもないのだろう。

なぜ? その答えを探すことだけが、二野真実の目的となった。

そのために、水はあるか、食料はどうか。安全な場所はどこか。

必要なことをすべて、淡々と確認する。

森を抜け、川辺に出た。

水面に手を伸ばす。

触れたそれは冷たく、澄んでいたが口に含むのは戸惑われた。

故郷と似たような野草を少し摘み、少量ずつ含んで毒性を確認しながら知識を増やす。

味は問わない。ただ栄養になればいい。

森を抜けた先、荒れた小道に廃屋があった。

朽ちかけの戸やガラスのない窓から、中を覗く。

落ち葉と埃が散らばっている。

木材や布を集め、防具や簡易装備に加工する。

初めての夜は、なかなか寝付けなかった。




日々は淡々と過ぎる。

森を横切り、川を渡りながら、食料と人の痕跡を探す。

戦闘能力や魔法の基礎を独学で習得する。

魔力の流れを体内で正確に循環させる型を反復し、剣の振り方を試す。

体の奥を流れる“何か”を掴もうとする。

それが身体を巡るたび、空気がざわめき、指先に微かな振動が走る。

名を持たぬ力が、血管をなぞるように巡り、熱を生む。

それを整え、奮う度に、世界の輪郭が僅かに変わる気がした。

時には力尽きて倒れることもあった。

風に吹かれ、土に倒れ、痛みと疲労の中で自分の限界を知る。

その度に、ほんの少しずつだが、上達を実感して。

極限の中でこそ、己の限界をより正確に把握できた。

失敗は許されるが、成功の喜びは薄い。

毎日毎日食べ物を探し、戦闘や魔法の練習をして、寝床に戻ことを繰り返す。

森の音が耳に馴染んで、もうそれ以外の音を思い出そうとすると霞がかっている気がする。

徐々に徐々に、探索範囲を伸ばしていった結果、人里を見つけた。

屋根があり、灯りがある。

声が聞こえる。

人が、いる。

訪れた人里で、真実は徐々に“世界の理”に触れていく。

人間が神に祈る様子、神託を受けて狂った者、奇跡で救われた者。

それらを目にしてもなお、「自分には関係ない」と無感情を貫く。

やることは変わらない。

覚えた型を繰り返す。

魔力の流れを血管の拍動を測るように整え、体内で『型』を反復する。

特定の型に囚われず、自己流で戦闘能力を研ぎ澄ませる。

日が落ちても、体は止まらない。

ある日の夜、里を獣が襲った。

鋭い牙と爪が迫る瞬間、真実は冷静に構え、心の奥底から力を引き出した。

獣の攻撃を寸前で躱し、敵を穿つことを繰り返す。

獣を倒した真実も、体に2本の裂傷を受けていた。

痛みはあった。

しかし、それ以上に、自らの成長を実感する喜びが強く残った。

達成感と疲労感から仰向けに倒れた、見上げた星空に、グッと奥歯を噛み締める。




この世界に来て、三年。

見上げた空は、地球のそれとは違っていた。

青く、澄み渡っている。

しかし、そこには雲一つなく、まるで永遠に続く無機質な壁のようだ。

真実は、その空を数秒見つめてから、視線を眼下に広がる大地へと戻した。

彼女が立っているのは、神が統べるというこの世界の、もっとも高い場所。

数万の階段を上り、幾千の試練を乗り越えた者だけが辿り着ける、天空の聖域。

人々はここを『神の御殿』と呼び、奇跡を求めて祈りを捧げる。

しかし、彼女は祈るためにここへ来たわけではない。

真実の姿は、ひどく場違いだった。

急所を隠すように部分的に鎧を纏い、腰には使い込まれた片刃の刃物。

その風貌は、聖域の荘厳な雰囲気に全く溶け込んでいない。

だが放つ静謐な気配は、周囲の全てを凍てつかせるかのようだった。

真実は、感情というものをとうに捨てたかのように、無表情だ。

その瞳の奥に宿る光は、ただひたすらに静かで冷たい。

故郷の日本で送っていた、穏やかで満たされた日常を、不満に思ったことなど一度もなかった。

朝起きて、陽の光を浴び、会社へ行き、夜には温かい食卓を囲む。

ささやかだが、真実にとってはかけがえのない宝物だった。

それが、ある日突然、何の予兆もなく奪われた。

気がつくと、荒れ果てた森の真ん中に放り出されていた。

わけも分からず、ただ生きるために、刃を振るい、獣を狩り、力をつけた。

誰も助けてはくれなかった。

真実は、己の力だけを信じ、この不条理な世界をひたすら歩き続けた。

神の存在を知った時、真実の中に生まれたのは信仰でも、絶望でもなく、ただ冷たい怒りだ。

そして今、二野真実の前に、光に満ちた存在が姿を現した。

それは特定の形を持たない、輝く粒子が凝縮されたかのような存在。

神々しい光を放ち、見る者の心を安らかにする。

それが、この世界の全てを統べる神。


──……よく来た──


神の声は、複数の音が重なり合ったような、不思議な響きを持っていた。

それは、誰の耳にも心地よく届くように調律されているかのよう。

しかし、傲慢さをも含んでいる。


──異界の客人。そなたは、強くなった。誰も成しえなかった速さで、この地まで辿り着いた。そなたは私に、何を求める?──


神は、慈愛に満ちた声で問う。

その声には、苦難の旅を労うような響きが含まれていた。

しかし真実は、その問いに答えない。

ただ、無言で刃の柄に手をかける。

神は、その行動を嘲笑うかのように、粒子を揺らめかせた。

微かに震える世界の気配、光の奔流、全身を押さえつけるような覇気を放つ神の存在感──その全てが、真実の心臓を強く鼓動させる。


──なぜ黙っている? 跪いて感謝を述べよ。私はそなたを、あの退屈で、代わり映えしない日常から()()()()()()()()のだ──


『救い』…その言葉を、真実の脳は拒否した。

三年もの間、たった一人で血を流し、砂を噛み、這い上がってきた現実が、その傲慢な一言を受け入れない。

その言葉が、二野真実の凍てついた心に、熱を沸き上がらせた。


「感謝、ですって?」


それは、感情を一切含まない、ただ確認するような声音。

だが、神はその音と言葉に、わずかな苛立ちを覚えたようだ。


──そうだ。そなたは知らぬのか? 地上の人間は皆、退屈な日々を嘆いている。新しい刺激、新しい世界を求めているのだ。だから私は、そなたをここに呼んだ。そなたを選び、新しい人生を与え、退屈から解放してやったのだ。感謝されこそすれ、無言で剣を向ける理由が、どこにある?──


神の言葉が、脳裏に、失われた日常の断片を蘇らせる。

平穏だった朝の光。

友人と交わした他愛もない会話。

家族と囲んだ食卓の温かさ。

それらは、神が言うような"退屈"などではなかった。

真実にとっては、かけがえのない『幸せ』だった。


「代わり映えしない日々が、退屈な人生? 大切な人たちとの穏やかな日常を奪うことが、あんたにとっての『救い』なのか」

──そなたが愛した日常も、そなたの世界の神が創った秩序の一部だ。救いも苦しみも、我々の気まぐれ一つで在るのだ──


二野真実の口から、初めて感情のこもった言葉が漏れる。

それは激しい怒りではなく、深い、深い失望だ。

神は、彼女の心の奥底にあるものを、何一つ理解(わか)っていない。

そして、それが何よりも彼女を傷つけた。


「真の意味で自分が救えるのは自身だけ…誰一人として他人など救えはしない」


静かに、しかしはっきりと呟く。

それは、この異世界で、孤独な戦いを通じて得た、真実自身の哲学。

自分の力以外に、何一つ頼るものがなかった日々の中で、真実が辿り着いた結論だ。

神は、その言葉を理解できなかった。

否、理解しようともしなかった。思わなかった。

人間風情が、自分に対して何を語ろうとしているのか、という傲慢さが、透けて見える。


「本当にあんたが神だというのなら…教えてあげる」


二野真実は、ゆっくりと鞘から引き抜く。

音はない。

風も止み、光の粒子さえ動きを止める。

次の瞬間、世界が弾けた。

清廉な輝きを放つその刃が、神の光を反射する。

日本の白刃を思わせる、静かな美しさが煌めく。


「私の神様は、私自身だ」


刃を構えたその姿は、まるで神を討つために生まれてきたかのようだった。

その言葉は、神への宣戦布告。

そして、自らが新たな神となるという、強烈な意志の表明だ。


「あんたは、私を理解していない」


神は、不快感を露わにした。

光の粒子が激しく震え、あたりに雷鳴が轟く。


──そなたは、私の恩寵を拒んだ愚か者だ。その傲慢さを、後悔させてやろう!──


神の紡いだ言葉には無数の声が重なり、世界そのものが震えた。

それは光の音、風の名、祈りの残響。

呼応するように、無数の光の矢を放たれる。

それは、この世の理を捻じ曲げ、あらゆるものを消滅させる力を持っていた。

だが、二野真実はその全てを冷静に見極め、刃で弾き、躱し、前へと進む。

真実は静かに息を吐く。


「……あんたの声は、うるさい」


神は笑った。

天が鳴り、地が裂け、海のような光が降る。

圧倒的な力は、呼吸の間隔を狂わせる。

けれどその輝きの中で、真実は確実に一歩を踏み出していく。


「何も救えない失望の神よ」


斬りかかりながら、嘲るように口を開く。

神が与えたと信じる『救い』は、何一つ真実自身を救ってはいなかった。

神は攻撃を容易く防ぎ、光の奔流で押し戻そうとする。

だが、二野真実の意志は、もはやその程度で折れるものではなかった。

神の力の奔流に逆らい、一歩、また一歩と、神の領域へと踏み込んでいく。


「その位置を私に譲って下さらない?」


口角が僅かに上がる。

その刃が、ついに神の本体へと届く。

その瞬間、世界の綻びが音を立て、聖域全体が激しい光に包まれる。

視界は白一色に染まり、光と影がひとつになる。

空沈黙した、一瞬の静寂のあと。

耳には轟音だけが響き渡る。

この戦いが、どう終わったのか。

神が狩られたのか、あるいは彼女が敗れたのか。

その結末を知る者は、誰もいない。

ご一読いただき、感謝いたします


この物語は、『情報を削ぎ落とし、読者様の想像力で世界を完成させる』がコンセプトでした

ご感想があればお聞かせください

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