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やさしい朝を、ふたりで  作者: 長野智


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3/6

第3話

「正直俺、牧野のことは本当に、友達だと思ってたんだよね」

 言葉を選んでいるのか、ゆっくりと、間を置きながらも、晴は言葉を吐き出していく。

 その目は自身の手元に落ちていた。晴はいつも相手の目を見て話すことを知っているから、そんな態度がなんだか新鮮に思える。

「ほら、俺言っただろ。牧野が別の男と会話してても、飲み会行っても気にならないって。あれほんとでさ、マジで気にならなかったんだよ」

「うん。……そうだと思う」

「でも、好きだったら普通気になるもんだろ。……って思って、俺は牧野を好きじゃないんだって、思ったんだけど」

 きっと、晴は勘違いをしているのだろう。

 ずっとそばにあったものが突然なくなったから、違和感を覚えて、それを「恋」だと思い込んだ。

 私が晴を好きになることはあり得ても、晴が私を好きになることはあり得ない。自分にそれほど魅力があるとは思えないし、容姿もスタイルも目立つわけでもない。

 晴は私を好きだと言ったけれど、この会話の着地点はきっと「やっぱり勘違いだった」という、かつての感情の整理と同じところに行き着くはずだ。

 なんとなくそんなことが分かったからか、やけに落ち着いた気持ちだった。

 これが本当の終わりだ。私はここで、引導を渡される。

 しっかりと目に焼き付けておこうと、言葉を選んでいる晴の横顔を、私はただじっと見ていた。

「そもそも……牧野って、俺と伊澄さんとしか関わってないだろ?」

 突然何を言われたのか、咄嗟には理解ができなくて、変な間が生まれた。しかし晴は気にしなかったのか、そのまま「だからさぁ」と言葉を続ける。

「なんというか、牧野に対して変な余裕があったんだよな。小学生の頃のこともあって、そんなすぐに信用できるような他人現れるわけないって」

「……覚えてくれてたんだ、私の小学生の頃の話」

「いや、当たり前だろ。あんな胸糞悪い話、忘れるわけない」

 反射的に振り向いた晴は、それでも私と目が合うと、すぐに視線を泳がせて顔を逸らす。

 行き場のなかった視線はやはり、自身の手元に戻っていた。

「それはそれとして。……要は、牧野の人間関係とかって、別に探らなくてもある程度把握出来てたんだよね。牧野って意外と素直で顔に出やすいし」

「え、顔に出てるの?」

「出てるよ。嫌なときは特に。前にご飯行ったとき、料理にニラが入っててすっごい顔歪んでた」

「……気付かれてないのかと思ってた……だからあのとき、交換してくれたんだ……」

「今更かよ。まあ、あれで牧野はニラが嫌いって分かったからいいんだけど」

 確かに私はニラが苦手だ。だけど晴がおすすめだと言ってくれたから、我慢していたつもりだった。

 まさか気付かれていたとは。自身の頬に触れてみるが、やはりいつものように表情は変わっていないように思えた。

「つまり、俺がそばにいる限り、牧野の人間関係で不安になることなんかありえなかったんだよ。当たり前だよな、全部見えてたんだから」

「う、うん。確かに私、晴と千早以外の人とは、関わってないかも」

「でしょ。出かけるとしても俺か伊澄さんが一緒で、そのほかの誰かと外出はしないし。飲みに誘われることもあんまりない。万が一誘われても基本的には行かない。一人で出歩くこともない」

 晴に他意が無いことは分かっているのだが、やけにグサグサと言葉が突き刺さる。

 他人から見れば、自分はそんなにもつまらない人間なのかと、ほかでもない晴に言われるからこそ、一言が重たかった。

「……うん。なんか私、ごめん、そんなんで……」

「え、なんで? それで良かったんだよ。まぁおかげで俺はずっと『牧野のことを好きじゃない』って勘違いしてたんだけど」

 晴の膝の上で、落ち着かない指先が揺れる。それを見下ろしながら、晴はやはり言葉を選ぶように間を空けて、渋い表情を浮かべた。

「いや、ダサいな俺。めちゃくちゃダサい。これから言うこともすっげぇダサい」

「? 別に、晴はダサくないよ」

 というか、これまでにも晴の「ダサい」瞬間なんてなかったように思う。心からそう言ったのだが、晴は不安になったのか、一瞬だけこちらを見て、再び自身の手元に視線を戻した。

「マジでダサいと思ってなさそう」

「思ってないって」

「んじゃあ言うけど……セフレやめようって言っただろ。あの日から前ほど牧野と関わらなくなって、落ち着かなくなった」

 尻すぼみに弱くなっていく言葉は、それでも私にはしっかりと届いた。

 やはりそうだ。晴は、ずっと私がそばに居たから、突然居なくなって違和感を覚えていた。そしてそれを「恋をしているからだ」と勘違いしているのだ。

 晴から気持ちを伝えられるたび、脳が冷静になっていく。


「牧野の動きが見えないから、もしかしたら俺みたいな男が現れたんじゃないかとか、そんなどうしょうもないことまで考えちまうし」

 

 私は、どうしたいのだろうか。

(きっと私の言葉で、着地点が変わる……)

 このまま勘違いを指摘しなければ、私の望んだように、私は晴の恋人になれるのだろう。

 そう思うのに、このまま恋人になってどうなるのかと、そんな冷静な気持ちもある。

 終わりに怯えて過ごすことになるだろう。晴に本当に好きな人が現れたとき、私は晴のために別れを選べるのだろうか。

 

「牧野を好きだって勘違いしてたって言っただろ。あれやっぱ、勘違いじゃなかったんだよ。俺はずっと牧野が好きだった。でも近くに居すぎて、だんだん分からなくなったんだと思う。好きだったから関係続けてたけど、そうじゃないならやめたほうが良いよなって思って、セフレやめて、それ自体は良かったんだけど、なんていうか……そばに居られないのはキツいというか……」

 

 そもそも、勘違いで恋人になって、あとから晴がそれに気付いたとき、晴から別れを切り出されて、私は引くことができるのだろうか。

(恋人同士の幸せを知ったあとならきっと、私は醜く縋り付く……)

 私も気持ちを自覚した。それなら尚更、勘違いでも両思い期間を過ごしてしまえば、その心地よさに依存するだろう。

 結果、晴に嫌われる。

 私に一番最初に声をかけてくれた恩人であり、初めて好きになった人から嫌われて、私はどうなるのだろうか。


「めちゃくちゃダサいけど、今度はセフレじゃなくて、恋人になってほしい。俺と……付き合って、くれませんか」


 それまで決して交わらなかった視線が、最後はしっかりと重なった。

 晴の瞳に熱が浮かぶ。恋をしている目だ。それが私に向けられていて、嬉しいと思う反面、これを失ったときのことを考えてしまう。

 今なら勘違いを正せる。この瞳を向けられたことを良い思い出に、一生友達で居られるだろう。

 決意して、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

「……それなら、友達でいいと思う」


 断るでもなく、受け入れるでもない返答。それに晴は「ん?」と首を傾げた。

「えっと……ほら、私たちって、普通の友達に戻ろうって言って、うまく戻れなかったでしょ? 実は私が晴の誘いを断ってたのはね、恋人に悪いからもあるんだけど、セックスしないのにご飯だけ食べるって意味が分からなくて、晴に申し訳ない気持ちがあったからなの」

「……申し訳ないって、なんで?」

「なんでって……その時間にメリットがないのに、晴の時間を私に使ってもらうのが申し訳なくて。晴は人気者だから、もっと別にやりたいこととか、予定とかあるでしょ?」

 私と違って、晴は友達が多い。

 中学生の頃からずっと、晴の周りには常に誰かが居た。私と過ごしている時間にもメッセージが複数届くほどだ。きっとみんなが晴と居たくて、そして晴も、私以外の誰かと居たいと思うこともあっただろう。

「………あー、なるほど。だから家に来ても、泊まらずに帰るばっかりだったんだ?」

「え? うん。寝るときくらい一人でゆっくりしたいかなって」

「牧野、暗いところ苦手だって言ってたよな。それでも俺のこと考えて、夜に帰ってたと」

「……私、晴に感謝してるの。中学生の頃、晴が初めて私に声をかけてくれて、たくさん構ってくれて、学校が楽しいって気付けた。あれが無かったら、不登校になってたかもしれないから……だから私は晴のこと、その、大切で……」

「だから、俺のこと優先して考えて、好きでもない俺とセフレにもなってくれたってことか」

 好きだから、と言えなくて途切れた言葉は、晴の言葉に遮られた。

 一瞬、何を言われたのかが分からなかった。

 なにせ、高校生の頃、晴にキスを促したのは私だ。この関係の始まりは私からである。それなのにセフレに「なってくれた」という意味が分からなくて、何を言えば良いのか、言葉が見つからなかった。

「ごめん、すごいムカついてるな、俺。……今は牧野のこと傷つけることしか言えないわ」

 聞いたこともないような、冷たい声だった。

 そんな晴を知らないために、どう対応したら良いものかも分からない。そんなふうに私が戸惑っている間に、晴はベンチから立ち上がった。

「……一人で戻れる?」

 視線は合わない。晴の目は、どこか遠くに向いていた。

「も、戻れるよ……」

「ん、じゃあ悪いけど、ここで解散な。また連絡する」

 晴は最後まで、私のことを見なかった。

 その背中が見えなくなる頃、ようやく感情が追いついた。

 漠然とただ「嫌われた」ということだけは、なんとなく理解ができた。

 晴を怒らせた。これまでにそんなところを見たこともなかった。冷たい声で拒絶された。目が合わなかった。

 一度も振り返らない背中は、拒絶の色を浮かべていた。


 スマートフォンを取り出す。

 時刻は、晴に声をかけられてから、ちょうど一時間が経っていた。

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