傲慢であれ
『史上初、前代未聞の女子高生監督が誕生し、近年では稀に見る盛り上がりを見せたプロ野球もいよいよ今日が前半戦のラストゲーム!』
3位の横浜スターヒーローズと4位の名古屋ドラマティックドリームスの差が少し広がり、AクラスとBクラスが分かれつつあった。
それでもまだ全チームに1位から6位までの可能性が十分ある。首位の後楽園ビッグリーダーズが低調なので、リーグ全体のゲーム差は凝縮されていた。もはやペンギンズの1弱ではない。
『ファ・リーグは早くも京都トリプルクラウンズにマジック点灯、優勝はほぼ決まりですがド・リーグは大激戦!熱い戦いが続いています!』
ペンギンズ戦が高確率で勝てるボーナスゲームではなくなり、各チームは方針の変更を迫られていた。新たな流れに早く対応できたチームが抜け出すだろう。
『ペンギンズの先発はルーキー加林、6連勝が前回の登板で止まり、仕切り直しの一戦!DD軍の高木監督は攻略法があると自信たっぷりでした』
スポーツ新聞に『秘策あり』、『丸裸同然』などという煽り言葉が並んでいたのはつばめたちも知っている。
『それを見つけたのはDD軍の先発、坂井!重い球に冴える頭脳、2つの武器でペンギンズに襲いかかります!』
どんな秘策があるのかはもちろん秘密だ。あえて内容を教えて心理戦を仕掛けるプランもあったが、何をしてくるかわからない不気味さでペンギンズを怖がらせたほうが効果的と高木は判断した。
「やつらはあなたの弱点を知っているようだな。それでも勝つ自信はあるか?」
「相手が持っているデータを上回るピッチングをする……できることはそれだけです」
初黒星の悔しさをバネに、1週間調整を続けてきた。相手が何をしてくるかわからない以上、加林も細かいことは考えずに全力投球で立ち向かう。
「それでいい。あなたが本調子ならあんな連中の小細工は上から粉砕できる。変に相手をリスペクトせず、無価値なゴミの集まりだと思って投げろ」
加林は自己評価が低く、慎重だ。今日はそれが災いするだろうという予感がしたつばめは、謙虚さを捨てて傲慢であるように命じた。
「はい。やってみます」
学生時代の恩師たちからは、どんな相手にも敬意を持って投げろと教えられていた。しかし加林の中ではすでに彼らよりもつばめの存在が大きくなっている。つばめの助言を疑うことなく受け入れた。
『空振り三振!三者凡退、いい立ち上がりです!』
「あれ……?」
初回から出し惜しまずにDD軍の上位打線を難なく退けた。加林の迫力を前にバッターたちは首を傾げながらベンチへ引き上げた。
(坂井さんの話では、『加林はアマチュア時代から先週の敗戦まで、負けた試合では必ず『自分の力不足だった』と語り、しばらく萎縮している』はずだ)
(こっちが謎の秘策を用意しておけばビビって弱気になり、大胆さを失うんじゃなかったのか?)
つばめのアドバイスが坂井の策を封じた。もし何も言わなければ、加林は慎重になりすぎて前回と同じ失敗を繰り返していたかもしれない。
「よし、上々だな」
「監督の言葉に従って、今日は強気にいきます。ねじ伏せてやりますよ」
素直な加林はつばめの思い通りに動いてくれる。DD軍の打者を抑えて当然の格下と見下し、圧倒した。
「ストライク!バッターアウト!」
「う〜む……なかなか苦戦するかもな、今日は」
坂井も負けていない。ペンギンズ打線を手玉に取り、スコアボードにゼロを刻んでいく。
「こうなるともう一つの弱点に期待するしかないな。これは運次第だが……」
確実に発動するわけではなく、できれば頼りたくなかったと坂井は頭を抱える。事前に調べたところ、確率は60パーセントだった。
「何だと?加林が弱いのは小雨?」
「このデータをご覧ください。彼は大学のリーグ戦、そして二軍戦でも突然アウトが取れなくなることがありました。そのほとんどで小雨が降っていたのです!降っているのかいないのか、はっきりしないような雨が!」
大雨ではなく、あくまで小雨。僅かな感覚のズレが加林のコントロールが乱れる原因になっていた。実は横浜でも少しだけ雨が降っていた時間があり、加林が連続死球で苦しんだ時と重なっている。
「明日の都心は夜7時ごろから細かい雨が降り、10時過ぎから強くなるそうです。試合には影響しませんが、彼のピッチングには……」
これは前日のミーティングで坂井が話した内容だ。天気予報が外れたらそこまでなので、軸にすることはできない。しかし加林が弱気になっていない以上、DD軍は必死で雨乞いだ。
『両投手の好投で試合は早くも五回表!昨日も七回までは互いに無得点でした』
『加林が先週崩れたのは確か五回……意識し過ぎると墓穴を掘る危険もあります』
特定のイニングが苦手なピッチャーがいる。序盤にせよ中盤にせよ、高確率で失点するイニングが決まっているピッチャーは一流にはなれない。
「そういえば……あなたは新生パフォーマンスチームの中では誰が好みだ?」
「え?何の話ですか?」
加林がベンチを出ようとした時に、つばめは声をかけて呼び止めた。こんな時に試合とは全く関係のない話をされるとは思わず、加林は自分の耳を疑った。
「そのままの意味だ。あなたは人気があるからな。あなたさえその気なら誰とでも仲良くできるぞ?」
「……今は野球に集中したいです。そんなことを考えている余裕はありません」
野球バカと呼ばれる加林が異性や遊びに興味を示さないのは以前から知られている。誰の名前も出さずにマウンドへ向かってしまったが、一瞬答えを躊躇う間があったことをつばめや近くにいた選手たちは気がついた。
「あいつ……いるな。気になっている女が。真面目なやつが好きそうだから、ペンギンズ博士の子か歌の上手いクリスチャンの女狙いだろうな」
「女の子に興味はないって言ってたけどな。いや、待てよ……女に興味はなくても男に興味があるとか?永福男爵狙いだったらどう反応すればいいんだ」
勝手なことを言い合っていた。今のペンギンズは若い選手が多いので、こんな話題は大好物だ。
「別にいいじゃないか。多様性の時代と言われているんだ、あいつの思いを尊重してやろう」
「しかし……パフォーマンスチーム最年少、10歳の珠ちゃんだけは駄目だな。捕まっちまう」
「わっはっは!」 「あはは!」 「………」
そんなわけあるかと皆で笑った。しかし真剣な目になっている者がいたのを周りは見逃さなかった。
「お……おい!お前マジか!何かあったらチームも巻き込まれるんだからな、やめろよ!」
「いくら恋愛は自由だからって法の壁があるからな!10歳相手はいかんよ!」
その選手は皆に詰め寄られ、慌てて弁明した。
「いやいや、そんなわけあるか!別のことで考え事をしていただけだ!」
「そうか?ならいいが……」
「それに小さい子どもがかわいいのは当たり前だろ。もちろん変な意味じゃない。間違った目で見たり、手を出したりしなければいい」
どこか不安だが、本人を信じるしかない。この話題のきっかけを作ったつばめは、すでに興味を失い会話の輪から外れていた。
(どうしていきなりあんなくだらない話を?パフォーマンスチームの中に監督以上の人なんていないけどなあ………)
加林の頭に浮かんだのはつばめの顔だった。投球練習で数球投げても、なぜかつばめが消えない。
(………駄目だ駄目だ!他のことを考えないと!)
知らないうちに彼もつばめに魅了されていたのだが、必死に抵抗したので今はこれ以上その気持ちが発展することはなかった。
「トリ、そのブックマーク&高評価、うまいか?」
「ブックマーク&高評価ですね」




