アイドル
5位とゲーム差が広がったペンギンズだが、連勝すれば最下位脱出の望みはある。まずは今日、初戦の惨敗から巻き返す役割を田富に託した。
『田富は先週初黒星を喫しましたが、これは味方の援護がなかったからです。安定したピッチングを続けています』
『しかし今日はよりによって相手が……』
田富はとにかく大きい男だ。身長も肩幅も、顔の大きさまでビッグサイズだ。眉毛は薄く、女性ファンを集めるようなタイプではなかった。
「キャ―――ッ!!武知ク―――ン!」
「こっち向いて―――っ!ステキ―――っ!」
名古屋ドラマティックドリームスの先発は武知大成。プロ野球と芸能界、どちらのスカウトも熱心に来ていたほどの美貌の持ち主だ。
『ルーキーイヤーでここまで5勝1敗!対戦相手のファンすら魅了し、球場全体を味方にしてしまうスーパースターは今日も大人気!』
速球と落差のあるスプリットが武知の武器で、彼は投球スタイルも華麗だ。一方の田富はコントロールや粘り強さが持ち味で、派手さはない。
武知が高卒で2球団からドラフト1位指名されたのに対し、田富は社会人野球や独立リーグを経ての育成入団だ。2人はとことん真逆だった。
「よし……行くか、大成!」
試合が始まる前に、DD軍の兼任監督である高木四五郎が仕掛けた。武知を連れてペンギンズベンチにやってきたが、狙いは言うまでもなくつばめだ。
「あれ?高木監督、どうしましたか?」
「挨拶だよ。この武知がどうしてもそちらのつばめ監督に挨拶しておきたいと言うものだから……」
自分で連れてきておいて、武知のわがままのように思わせた。武知の意思だと強調することで警戒を緩めさせたのだから高木は策士だ。
「こんにちは、今日はよろしくお願いします!」
「……そのためだけにわざわざ?ご苦労なことだ」
アイドルグループのメンバーにも劣らない色気を誇る武知が迫ってもつばめはいつも通りだ。
「写真や映像で見るよりずっとかわいいね。芸能界で食べていけるよ、キミなら」
「……………」
敬語をやめて距離を詰めてもつばめは眉一本動かさない。お世辞を見透かしているかのような冷たい視線に、武知のほうが後退してしまった。
「……何やってるんだ!落とせない女はいないんじゃなかったのかよ?」
「あれは無理ですよ。男に興味がないか、そもそも人間を恋愛対象にしていないのか……」
つばめの心を乱す作戦は失敗に終わり、高木と武知は首を傾げながら自分たちのベンチに戻った。小細工が通用しないなら普通に戦って勝てばいいだけだと気持ちを切り替えた。
「さすが監督。ペンギンズ以外のやつには誘惑される気配ゼロ!やはり勝負は俺たちの……」
「……俺たちはあくまで可能性があるだけだ。ゼロではないが、1パーセントもないぞ」
魅力ある男であることに加え、ペンギンズを上位に導く優秀な選手だとつばめにアピールを続けてようやくチャンスが生まれる。後者のほうが重要な要素だろう。
「野手なら三冠、投手なら最優秀投手賞……それくらいは必要だな」
「……無理じゃね?」
つばめの基準は高そうだ。とはいえ恋にほとんど関心がないつばめをその気にさせるのだから、衝撃的な活躍が求められるのは当然だった。
「三冠王?望むところだ!やってやろうじゃねーか!来いよ、アイドル君!」
『バッター池村、闘志に満ちていますが……』
「うおっ!!」
空振り三振。ヘルメットが吹っ飛んだ。
「……三冠王か。このままだと三振王、失策王、あと一つは……併殺か?」
「ぐっ……くそっ!次だ、次!ペンギンズはこの俺のチームだと教えてやるからな!」
池村は前を向く。誰が見ても相性の悪い相手だが、真の主砲に相性など関係ない。試合を決める一発を放ち、チームを勝利に導くのが仕事だ。
「ふふっ……そうだな。楽しみにしている」
期待しているからこそ、4番を任せている。池村のスタイルでは覚醒したとしても首位打者は難しく、三冠王にはなれないだろう。
「おう、任せとけ!」
それでも彼には底知れないパワーが眠っている。不可能を可能にする、つまりペンギンズを優勝させるには池村の力が必要だ。三冠王に輝く以上に大きな仕事を成し遂げる未来が、つばめには見えていた。
『武知が鮮やかにアウトの山を築く一方、田富は泥臭く名古屋打線を抑えていきます!』
ヒットを打たれても連打は許さず、打たせて取るピッチングで五回まで無失点。粘られて球数が増えても根負けせずにじっくり仕留めていった。
「素晴らしいピッチングだ。残塁が続き、やつらから苛立ちや焦りを感じる。いい流れだ」
「……いえ。常にランナーを置いて守備の時間が長くなっています。自分は流れを作れていません」
相変わらず田富は己に厳しく、顔つきも険しい。もっとリラックスしろとアドバイスするのが普通だが、つばめは違った。
「流れを作る?勘違いするな。あなたにそこまで求めていない。余計なことを考えていると、できていることまでできなくなるぞ」
「……は…はい」
あえて厳しい言い方をした。心がタフな田富はこの程度で落ち込むことはないとわかっていた。
「ランナーを1人も許さなくても味方の打線が沈黙することがある。五回まで投げて10失点でも11点取ってもらって勝ち投手になれる時もある。流れなんて考えずに、あなたの得意な我慢のピッチングを続けろ」
「……自分の得意な……」
「集中力を維持し続け、粘り切る。あの若造に手本を見せてやれ」
田富への確かな信頼がこもっている。軽い褒め言葉よりもずっと力を与えるものになった。
『センター追いついて捕った、アウト!二者残塁!七回表、またしても先制のチャンスを逸したDD軍!武知が好投しているだけに、拙攻を繰り返す打線の不甲斐なさが目立ちます!』
『すでに110球を超えた田富と違い、武知はいまだ67球。二塁すら踏ませない完璧な内容ですから、九回までいけるでしょうが……』
武知は登録抹消を挟みながら、ゆとりのあるローテーションを組んでいる。球数は90球まで、終盤にピンチを迎えたら即交代など、過保護と言えるくらい大事に使うことが好成績に繋がっていた。
『七回裏、ペンギンズの先頭は4番の池村!ここまで2三振、全く合っていません!』
(こいつなら楽勝か……だったら魅せよう)
ストレートを2球続け、最後はスプリットで三振を奪う。武知の狙いにキャッチャーも合わせた。今日は高木ではなく正捕手の納谷がマスクを被っていた。もし高木ならもっと慎重に攻めただろう。
「いったぜ!ざまあみろクソガキ!」
『入った―――っ!池村、先制ホームラン!』
いくら相性がいいとはいえ、長打を狙っているバッターにいきなりど真ん中はいけない。もちろんもう少し内角に投げるつもりだったが、気の緩みで集中力が切れていた。
「くそ………」
武知はがっくりと肩を落とす。彼の場合、落ち込む姿も絵になっていた。何をしても輝いてしまう。
「よっしゃあ!主役が打てば試合は決まりだぜ!」
「いや、まだいける。プロの厳しさを教えてやる」
美男の顔が苦痛に歪み、台なしになるのをつばめは楽しみに待っていた。
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