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最下位脱出チャレンジ

 前代未聞の引退試合は、市川のペンギンズ移籍というまさかの結末で幕を閉じた。試合中のつばめはまさに鬼神だったが、市川を拾い女神になった。どちらのつばめが本物なのか、人々の意見は分かれた。


「あれは血も涙もない怪物だよ。批判の声を消すために獲っただけで、どうせ使わないさ」


「いや、あの手加減なしの猛攻は市川を試していたんだ。あいつがモチベーションを失っていなければ助けてやるつもりだったのだから慈悲深い女神さ」


 つばめは市川のことを戦力になると評価しているので獲得した。鬼でも神でもない、ペンギンズの監督として動いている。



「つばめさんに正一金政の魂が乗り移っていると主張する方々もいるようです。孫娘に憑依してペンギンズを立て直そうとしていると……」


 つばめの荒々しい振る舞いや強心臓ぶりを見て、「ただの女子高生があんなに堂々としていられるはずがない。偉大な男が孫の身体を借りて復活したのだ」と真剣に語る者たちがいた。


「そんなわけないだろう。それにもし私が祖父に身体を乗っ取られたら、100敗は避けられない」


「え?」


「正一金政は日本球界史上最高のピッチャーで、コーチとしても優れた選手をたくさん育てた。しかし監督としては大失敗だった歴史がある」


 名選手、名監督にあらず。成績が悪かっただけでなく、チームを完全に破壊してしまったせいで歴史に残る愚将となった。


「根性論ばかりで、当時ですら時代遅れだったそうだ。今だったらコンプライアンス違反どころか刑事事件かもな。祖父と同じことをしたら」


「そ、そうですか………」


 金政のことが大好きなつばめがそこまで言うのだから、相当酷かったのだろう。資料を探せば見つかるだろうが、みのりは調べないことにした。どんな恐ろしいエピソードが出てくるかわからないからだ。



「まあ……チームや選手への愛情が強すぎてそうなったと本人は話していた。私も気をつけないとな」


「つばめさんは問題ないと思いますよ?その優しさはペンギンズの皆さんに伝わっているはずです」


 優しいと言われ、つばめは理解が追いつかなかった。優しさや愛情でチームを導いているつもりは全くない。二軍落ちや戦力外を匂わせて恐怖で支配したり、名声や金をもっと得るんだと欲望を煽るのが自分のやり方だと思っていた。


「市川さんのことも助けてあげたではありませんか。仮に現役続行を望まなかったとしても未練を断ち切れる内容でしたから、今後のためになりました」


 否定するのも面倒だったので、つばめは何も言わなかった。市川の人生がその後どうなるかなんて知ったことではない。最も大切なのは勝利、その次に大切なのは市川が戦力として使えるかの見極めだった。



「次勝てば最下位脱出ですね。お祝いを用意しておきましょうか?」


「いや、普段通りでいい。変にやる気を出すとろくなことにならない」


 3戦目も勝って3タテとなれば、ルチャリブレとのゲーム差は0になる。しかし勝率の差で僅かに上回り5位はペンギンズだ。


「つばめさんが有能なのは誰の目にも明らかですが、前半戦のうちに5位になれるなんて誰も予想していなかったのでは?」


「まだなっていない。そういうことを言うと負けるんだからやめろ」


「あっ……はい。ごめんなさい」


 みのりを黙らせると、つばめは一人でベッドに入った。みのりは少し間を置いてから入ることにした。



(私がしつこかったせいでつばめさんを怒らせてしまいました……)


 普段ならこの程度で機嫌を損ねたりはしない。苛立っていた様子もなかった。


(まさか……大一番の前の緊張?)


 ぶっちぎり最下位の状態で監督生活をスタートしたせいで、順位争いとは無縁の日々が続いた。5位が目標ではないが、初めての浮上チャンスが来たことでつばめの心が張り詰めているのかもとみのりは考えた。



「……私の身体を使ってリラックスしてもいいですよ?日曜日の夜のように」


「日曜の夜?何かあったか?」


 みのりの胸に吸いついたのは無意識の行動だ。今日はまだあの時ほどではないようだ。


(Aクラス入りのかかった試合の前日なら……また私を求めてくれるかもしれません)


 大型連敗で病んだつばめを癒やすよりも、上位を目指しプレッシャーのかかったつばめに力を与えたほうがいい。ペンギンズの躍進を祈った。






『ツーアウト二、三塁!つばめ監督が出ます!代打の切り札池端をこの六回で起用!』


 六回裏、3対1。ここで追いつけなければ負けるという読みがあった。


『二塁ランナーも代えます!正捕手の大矢木を下げて木南!つばめ監督の同点への執念は実るのか!』


 昨日無駄に打ちすぎたと嘆くファンの声を喜びの歓声に変えるには、この采配が的中するのが一番だ。つばめもファンも、後は池端に託すだけだった。



「落ちろ!よしっ!」


『ショート捕れない、前進するセンターの前にぽとりと落ちた!三塁ランナーホームイン!』


 詰まった打球だったが、狭いヒットゾーンにうまく落とした。そして木南も迷わずホームへ走る。


『バックホーム!これはアウトか…いや、木南はとんでもなく速い!同点だ!』


「やったぞ!追いついた!」


「池端も木南も最高だ!」


 六回の攻撃はこれで終わったが、勢いは完全にペンギンズが上回っている。勝ち越すのは時間の問題だと誰もが思った。





『ツーストライク!一発が飛び出せばペンギンズのサヨナラ勝ちですが、その気配は全くありません!』


「ぐぐっ……」


 ペンギンズもルチャリブレも救援陣が踏ん張り、七回以降は両チーム0行進。ついに十二回裏となっていた。


『マウンドはルチャリブレの6人目、クローザーのヤマト!バッターは表の守備からファーストに入っている町田!足が上がって投げた!』


「うっ!」


『空振りっ!スリーアウトで試合終了!3対3、引き分けでペンギンズの5位浮上は明日以降に持ち越しとなりました!』


 何も起こらずあっさり終わった。両チームのファンが脱力しながら席を立ち、球場を後にした。



「クソヤロー!だから昨日あんなに打たなくてよかったんだよ!感情任せにやった結果がこれだ……お前は指揮官失格だ!」


「バカとクズは騙せても俺たちは騙されねーぞ!」


 引き分けという結果に満足していないのか、ペンギンズの応援団やそのそばにいる一部の観客が騒ぎ始めた。ルチャリブレは中5日とはいえエース級のルイスが先発し、ペンギンズは谷間の大澤だった。引き分けなら十分と考えることもできるはずだが、彼らは怒っている。


「お前の先祖を全員呪ってやる!間違っても子どもを持とうと思うなよ、末代まで呪ってやる!」


「無価値な命、無意味な存在!消えてなくなれ!」


 あまりのヤジの激しさに、一般のペンギンズファンやルチャリブレのファンたちは唖然とするしかなかった。親でも殺されたのかと思うほど、緑天会はつばめを憎んでいた。





「ただいま………ん?これはまた張り切って……」


「あ……おかえりなさいませ……」


 帰宅したつばめが部屋に入ると、まるでパーティーのような料理が並んでいた。普段通りでいいと言ったはずだが、みのりが余計な気を利かせていた。


「これでわかったか!変にやる気を出すと勝てないというのはこういうことなんだ!」


「はい!すいません!」


「ふんっ……うまい!」


 料理そのものはおいしかったので、つばめもそれ以上文句を言うことはなかった。食事が終わるころには笑顔になっていたので、みのりはほっと胸をなで下ろした。

 1億ブックマークで壊れない肩が買えるならサブ垢を作ってでも買った。それを返せる自信もあった。

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