優勝のため
『スリーアウト!序盤から点の取り合いとなったこの試合は三回まで終わって4対3、ペンギンズがリードしています』
互いに連打もホームランも出ている。もっと得点していてもおかしくなかった。
『ルチャリブレは三回の途中で澤田から清水に交代していますが、ペンギンズは四回も能登がマウンドに上がります!』
あと2イニング、どうにか通算193勝目を……その思いで送り出す。しかし今日の能登は援護を受けても不安定なままだ。
『フォアボール!ノーアウト満塁!』
「むむ………」
「監督、ここは……いや、逆転されるまではこのままいきましょう。阪田と荘島を準備させておきますね」
ペンギンズベンチは能登と心中すると決めている。この試合展開ならまだまだ得点は入る。能登が闘志を失っていないので、じっと見守った。
「うおっ!」
『抜けない!ショートの新谷が捕ってグラブトス、アウト!一塁もアウト!』
二遊間を破りかけた強烈なゴロに新谷が追いつき、併殺になった。三塁ランナーが還って同点となったものの、2つアウトが取れたのは大きい。
『守備の名手、新谷のファインプレー!無駄な動きが一切ありませんでした!』
「ふふっ……内野のレギュラー争いが激しくなってきたな。誰が勝ち抜くか楽しみだ」
少し前までは、他球団なら控えどころか二軍だと言われていた選手が消去法で出場していた。それが今ではレベルの高い競い合いが見られる。
「うわっ!」 「やべっ!!」
『打球はぐんぐん伸びる!左中間大きい!』
ヒットになれば勝ち越しを許し、能登はそこで降板だ。そうはさせないとセンターの飯館が飛んだ。
「おおおっ!!」
『捕ったか!?グラブを持つ左腕が上がった!捕っているっ!アウト、アウトッ!』
飯館もスーパープレーで能登を救った。センターラインが安定しているのはもちろん、外野手の層が厚いのも今のペンギンズの強みだ。
『レフトはラムセス、センターはこの飯館、ライトは秦野がレギュラーを掴みつつありますが……』
『山内や町田が代打で結果を残してる。岩木と青山も使えばそこそこやるし、足の速い木南だって面白い。監督にとってはうれしい悩みでしょうな』
野手はド・リーグの上位にも劣らないレベルまで揃いつつある。問題はベテランの能登や小山がいつまでも実力でローテーションを勝ち取ってしまう投手陣だ。外苑球場は打者有利の球場とはいえ、ペンギンズのピッチャーは11位に大きく離された12位……プロ野球の底辺にいると断言できた。
『セカンドゴロ、ランナーは三塁に進んでツーアウト三塁!打順は能登ですが、そのまま打席へ!』
四回裏、つばめは能登に代打を出さなかった。この回得点できなくても、五回のマウンドに立たせるのが最優先だからだ。
「どうせもうツーアウトだ。1番から始まる五回が勝負だ」
「はい。勝ち越せるとしたら次です」
ランナーが三塁にいるなら、ピッチャーが相手でも手を抜くことはない。パワーピッチャーの清水に全力で投げられたら、能登は何もできないはずだった。
『2球で追いこんでツーストライク!遊び球は不要か?清水、第3球を投げた!』
「ぬんっ!」
内角に155キロのストレート。巨漢の清水が体重を乗せた球を能登は強引にスイングした。
『打った!サードの前に鈍く転がる!』
ボテボテのゴロになった。折れたバットを捨てて能登が走った。
「えっ!?」 「おい、無理するな!」
ヘルメットを飛ばすほどの全力疾走で一塁を目指す。チームとしてはセーフになって勝ち越しといきたいところだが、必死に走る姿を見て心配になった。
「おおお――――――っ!!」
『ほぼ同時か!?判定は……セーフ!』
能登がベースを踏んだのが僅かに先だった。5対4、再びペンギンズがリードを奪った。
『場内大歓声!能登が自分のバットで勝ち越してみせました!コーチとグータッチの能登ですが……』
「………」
肩で息をしている。全力で駆け抜けたダメージは大きく、内角球を叩いたことで手の痺れもあった。
「アウト!」
『飯館は初球打ち、サードゴロ!スリーアウトです』
粘ると能登の負担が大きくなる。早打ちは正解だったが、呼吸の乱れがどれくらい戻っているかだ。
「あれ?」 「おいおい、どこへ行くんだ」
『おっと、能登がベンチに戻り……奥へ退いてしまいました!アクシデント発生でしょうか?つばめ監督と国村ヘッドコーチも様子を見に行きます』
治療のため試合が中断するとアナウンスされると、激走の代償は大きかったとファンは嘆いた。ベテランが重傷を負うと、一気に引退が近づいてしまう。彼の無事を祈り、皆で名前を叫び続けた。
「ふ〜〜〜っ……疲れたぜ」
ベンチの裏では治療など行われておらず、能登はゆっくりくつろいでいた。すっかり落ち着いている。
「さすがだな。足を痛めたふりをして休憩時間とは。老獪なベテランの見事な頭脳プレーだな」
「自分でヒットを打った直後に失点するピッチャーが多いだろ?身体の疲れよりも気持ちが興奮したままだからだ。よし、これで万全の状態になった」
休みすぎると必要な闘争心まで失われてしまう。ちょうどいいところで戻ることにした。
「しかし能登さん、何事もなかったからよかったが、さっきのは危なかったな。無理やり内角のストレートを打ったのも、一塁ベースの踏み方も。一歩間違えたら続投できなくなるところだった」
「それならそれで構わない。何ならいま、交代してくれてもいい。せっかく勝ち越したんだから、俺を降ろしたほうが勝つ確率は高いぞ」
冗談かと思いきや、本気の顔だ。つばめと国村が何かを言い返す前に能登は話を続けた。
「なあつばめ、それに国村さん。俺は200勝なんかどうでもいいんだ。それでも現役にしがみついているのは……優勝したいから、それだけなんだ」
「……………」
「そのために俺の200勝が必要なら何年でもやってやる。199勝で終われば優勝できるのならそこで辞めてやる。俺が不要と判断したらその場で捨ててくれ……決して情に流されるな」
ペンギンズの、そして能登規雅のファンとして200勝が見たい、達成させてあげたいという気持ちだけで起用してはいけない。ペンギンズの優勝のために駒の一つとして大ベテランを使う。それが監督だ。
「ふふふ……さっきも言ったはずだ。あなたの200勝達成こそチームの優勝に欠かせないピースになる。今年は難しいが来年だ」
「最近は1年で2勝か3勝だぞ?来年いけるか?」
「今日勝てばもう3勝目だろう。シーズンが終わるまで2ヶ月以上もあるのだからまだ伸ばせる。来年の監督を胴上げしてやってくれ……いや、その時はあなたも胴上げされるだろう」
歓喜の瞬間に能登が無視されるはずがない。監督より先に皆の中心に呼ばれることもありえる。ペンギンズ一筋に生きた男が報われる時を誰もが待っていた。
「胴上げか。俺はつばめを胴上げしたかったけどな。来年までは……厳しいか?」
「無理だな。今シーズンすら最後まで完走できるかどうか、まだわからない」
つばめの言葉を聞くと、国村と能登は大笑いした。野球界全体に与える経済効果を考えただけでも辞めさせるのはありえないのに、監督としての腕も文句なしだ。少なくとも今年中はつばめが監督だろう。
「まあ今年だって優勝の可能性はまだある……一応」
「数字上はあるよな……1パーセントもないが」
能登が再び姿を見せると、外苑球場は大歓声で彼を迎えた。
あの借金王が死んだ………。




