表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/91

引退撤回

「バカヤロー!まだ生きてやがったのか!」


「もはや言い訳はいらん!この場で腹を切れ!」


 皆の予想通り、つばめへのヤジが飛ぶ。しかし思っていたほどではなかった。


「ペンタロウや能登さんが注意してくれたおかげかもな。面白半分に叫ぶやつはいなくなった」


 つばめが監督になってからチームが強くなっていることをファンも実感している。3連敗したくらいで辞めろと怒鳴る者は少なかった。



「無能のくせに態度が気に入らねーんだよ!」


「ベンチでふて腐れやがって、ゴミ!」


 日曜日の試合中に見せた悪態を非難する声もあった。しかしよく見ると、つばめへのヤジを飛ばすのは特定の集団だった。



「応援団とその近くにいる連中だな。道理で声がデカいわけだ」


 私設応援団の『全国緑天(りょくてん)会』。低迷が続くペンギンズを応援することを生活の中心にしているのだから、『野球界一の物好き』、『修行僧』などと呼ばれることもある人々だ。


「各地に団員がいるが、関東のやつら以外はここまで監督に厳しくないぞ」


「外苑球場は特にひどいよな。やめろと言っても全く聞かない」


 一般の観客のヤジはほとんどなくなったが、緑天会からの罵声は静かになるどころか激しさを増している。つばめのファンとの衝突も心配されていた。





『両監督出てきました、メンバー表交換です』


「つばめ――――――っ!」


「今日も頼むぞ!頑張れよ―――っ!」


 つばめが登場すると大歓声が起こる。それに水を差すかのように応援団が一斉にヤジを飛ばした。


「早く辞めろ!火ィつけてやるぞ!」


「死ね―――っ!死ね死ね死ね死ね!」


 両チームのファンからの声援に比べたら小さな声だが、それでもはっきり聞き取れる。テレビやラジオの中継でも拾われるほどだった。



『解説の龍川さん……このヤジはいつ終わると思いますか?』


『そりゃああの監督が辞める時でしょう。どうしても消えてもらいたいようですからね。チームの調子は上がっているのに何が気に入らないのやら……』


 つばめの態度や素行を問題視する者たちもいる。いつの間にか敬語を一切使わなくなり、不機嫌になると物に八つ当たりをするといった点を強調していた。


『他球団のファンは全く怒っていませんね。面白いしプロ野球が盛り上がるからと彼女を肯定しています。エースの渡辺ジュンが潰されたルチャリブレのファンですら、拍手や歓声まで送っています』


『意外と軽傷でしたからね。前半戦は無理でもオールスターが終わったあたり…つまり来週には復帰できると聞いています。悪運の強い男ですよ』


 ピッチャー返しでKOされた渡辺だったが、すでに調整を始めている。つばめへの復讐を誓い、ますます厄介な存在になって帰ってくるだろう。





『ランナーホームイン!ギアニーもセカンドに悠々到達、タイムリーツーベース!』


 初回から試合が動いた。ツーアウトから3番の菊田にフォアボールを出すと、続くギアニーにレフトオーバーのツーベースを打たれて先制を許した。


『今シーズン2勝、200勝まであと8勝としている能登ですが、やはり限界は近いのか!今日も苦しい立ち上がり!』


 2勝目を手にした日は、つばめの策略で相手打線が集中力を欠いていた。冴えないピッチングが続き、見ているほうが苦しくなるほどだった。 



「よし!ナイスだ!」


『センター飯館、スーパーキャッチ!どうにか1点で食い止めたペンギンズ!反撃開始なるか!?』


 追加点は防いだが、これでは二回以降も不安だ。能登はしっかり前を向きながら戻ってきたが、ベンチに座ると大きく息を吐いて肩を落とした。



「まだ初回……ここからだ、能登さん」


 つばめが能登の隣に座り、声をかける。それに対し作り笑いをした能登だったが、言葉には元気がない。


「ここから……いや、ここまでだな、俺は。つばめのおかげでペンギンズは強くなった。若い力が嵐を呼んでいるというのに、俺がその勢いを止めてしまう」


「先制されたくらいで何を弱気に……」


「今日だけの話じゃない。もうずっと納得のいくピッチングができないんだよ。たまたま抑えられたとしても、それはただの偶然だから次に繋がらない」


 引退会見で話すような内容を語っている。40代半ばにして身体のコンディションを維持できているのは流石だが、調子がいいのに打たれてしまう。衰えを実感していた。



「なるほど……しかし通算200勝まであと8勝だ。たまたま抑える試合も年に2回か3回はあるはず、もう少し頑張れば……」


「8勝するために何敗する気だ。俺の記録のためにチームを犠牲にするのか?つばめらしくもない。お前が俺に引退勧告をしてくれるものだと思っていた」


 崖っぷちの選手たちに最終テストを行い、もはや戦力外通告を待つだけの状態にしたつばめだ。チームに不要だと判断すれば功労者だとしても容赦なく切り捨てる。球界最年長の能登に対しても、結果が出なければ厳しく接するのではと言われていた。しかしつばめの考えは違った。



「いや、チームの躍進のためにはやはりあなたが必要だ。あなたを勝たせたい、負け投手にしたくない……その思いが攻守に普通を超えた力を与える」


「ははは……まさに介護だな」


「いいじゃないか。あなたは長年ペンギンズのマウンドを守ってきた。プロ失格のピッチャーどもや高校生以下の守備しかできない屑に囲まれながら孤軍奮闘してきた。最後に少しだけ若い連中に支えてもらったとして、誰があなたを責める?」


 この理論はまるで人生そのものだ。どんなに優れた人間でも年老いて弱くなれば、他人の力を借りなければ生きられなくなる。そのまま野球に当てはめるのはやや苦しいが、つばめは押し通す。


「あの正一金政すら、現役生活最後の数年は周りに助けられていた。しかしあの時代にペンギンズが優勝したのは、金政の絶頂期ではなくピークを過ぎてからしばらく経った年だった」


「……確かにそうだ。勝ち星が減ってリリーフ登板もするようになってからだ」


「金政に頼ってばかりの時は駄目で、金政を支え、皆で大記録の達成を成し遂げようと決意したら優勝できた。その再現を試してみる価値はある」


 個人記録を重視しすぎると、チームに悪影響を及ぼすことがほとんどだ。半世紀以上前の成功例を出さなければならないのだから、やはり厳しい。



「何より200勝という数字の重さだ。現代野球ではほぼ不可能に近いこの数……達成時はもちろん、カウントダウンから盛り上がる。リーグ優勝に必要な勢いと熱気を与えてくれるだろう」


 能登の200勝はチームが優勝を目指す上で起爆剤になる。そのためにも現役を続けてほしいというのがつばめの言い分だった。


「フ……なるほどな。これが賢く鋭い監督の意見だとしても、ただのファンの希望だとしても、つばめの言葉ならきっとうまくいくだろう」


「……………!」


「監督、ファン……どちらでもつばめは一番だ。つばめが必要としてくれるうちは、二度と泣き言を言わないことにするよ」


 簡単に引退を撤回した。つばめだけでなく全ての選手やコーチたちにとっても朗報だったが、レジェンドが自分の進退を軽く考えていることに驚いた。

 現実には200勝投手はもう出ないでしょう。もし達成できれば拍手を送りますが、そのためだけに現役に固執しているのなら、早く辞めたらいいのにと思います。ピークを過ぎたベテラン投手が投げ続けるのは、あくまで別の理由であるべきです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ