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巻将悟

「お疲れ様です。先にお風呂にしますか?」


「ああ。悪いものを落としておかないとな」


 横浜での試合なら家に帰ることができる。すでに日付は変わっていたが、みのりが用意を整えて待っていた。


「悪いもの……確かに残念な結果でしたね」


「膿を出し切ったと信じたい。ここから連勝だ」


 つばめが服を脱ぐと、みのりも続いた。いつも通りつばめの身体を洗い、マッサージもそのまま行う。



「夜でも全然涼しくならないな。汗臭いかもしれないが……」


「気になりませんよ?しかしこれからもっと暑くなります。熱中症が怖いですね」


 屋外でのデーゲームはしばらくない。しかし試合前の練習はまだ日差しが強い昼間や夕方に行われる。つばめは見ているだけだが、注意していなければ倒れてしまうこともあるだろう。



「そ……それでは前のほうを失礼して……」


「うん、頼んだ」


 相変わらずつばめは無警戒で無防備だ。みのりもいまだに慣れず、毎回興奮していた。


「汚れが流されていくのがわかる……いいぞ」


(この方は……ほんとうにわかっていないのでしょうか?身体を洗う以上のことがあると知っていて、あえて黙っているのでは……)


 つばめはリラックスしていたが、みのりのほうは鼻血を噴き出す寸前だ。


(何も感じていないふりをして声を我慢しているのなら……もしくは私が心を乱されているのを見て楽しんでいるのなら……どちらであってもぞくぞくしてしまいます!)


 一人で勝手に盛り上がって身体を震わせた。つばめはみのりの様子がおかしいことに全く気がつかず、野球のことだけを考えていた。




「明日……いや、もう今日の夜ですか。今日と明日はペンギンズの優勢だと報じられていましたが……」


「田富も加林もいつかは負ける。しかしまだその時ではない……そう信じて送り込むだけだ」


 毎週先発登板していつまでも無敗というピッチャーは絶対にいない。絶不調、不運、味方の援護がないどころか足を引っ張られる……負ける理由はたくさんある。


「大きな鯛をいただくことになっているのですが、どうしますか?」


「おおっ!刺身にしてもらおう!楽しみだな」


 勝利を祝うめでたい魚が待っている。初戦の大敗は勝ち越すための投資、作戦通りだ。横浜を倒して最高の週末になる予感があった。






『このイニングも両チーム無得点!ペンギンズの田富、スターヒーローズのジャックが共に凡打の山を築いています!』


 六回まで両チーム無得点。打撃力で勝ってきたチーム同士の戦いでも、ピッチャーの調子がよければこうなる。


『ペンギンズのラッキーセブンは4番の池村から!こんな試合でホームランを打つことができれば覚醒しそうな気配がします!』


「よーし、俺が一発で決めてやるぜ!」


 実はホームランに固執する必要はない。ジャックはランナーを置くと球の質が落ちるので、むしろ出塁することにこだわったほうがよかった。



「ストライク!バッターアウト!」


「ストライク!バッターアウト!」


 しかし池村とオズマはホームランだけを狙い、あっさり三振した。ベースのかなり手前でバウンドする変化球、頭よりも高い釣り球を振ってしまった。


『ファーストフライ!砂野が捕ってスリーアウト!』


 土場はバットを短く持ったが、球威に負けた。攻略の糸口が見えないまま試合が進んでいく。



『スターヒーローズは5番の巻から!若いキャプテンが試合を決める一打を放てるか!?』


 巻将悟(しょうご)は中距離バッターだ。3割20本を数年連続でクリアし、ツーベースが特に多い。日本代表の常連でもある優秀な二塁手は勝負強さも超一流だった。


「空振り!これでカウントはツーツー!」


 池村たちと同じように、ボール球の見極めができずに空振りした。これなら巻は抑えられそうだ。



「次の宮碕のほうが怖いですね。今日は2打数2安打、田富と合っています」


「固め打ちのバッターだからな。しかしまだ巻との勝負が終わっていない。まずはそっちだろう」

 

 宮碕は打撃センスに溢れるベテラン打者だ。年齢や怪我の影響でスタメンを外れることが増えたが、ヒットを打つ技術は衰え知らずだ。


(………)


 田富もマウンド上からネクストに控える宮碕を見ていた。どこに投げても打たれそうだが、まだ投げていない球種で攻めていけば抑えられるかもと思っていた。田富の意識が目の前の相手以外に向いていたことをキャッチャーの大矢木は見落としてしまった。




『田富、これが90球目!投げた!』


 ど真ん中というわけではなく、球速もあった。しかしこの球には気持ちが乗っていなかった。 



「………!?」


 巻は自分がホームランバッターではないと認めている。ヒットの延長がホームランだとわかっていて、今も大振りではなかった。それが最高の結果になった。


『レフトのラムセス、見送った!ホームランだ!』


「……………」


 田富の様子を見て嫌な感じはしていたが、被弾するのはつばめも予想できなかった。巻は全盛期のミスターペンギンズ、海田鉄人以上かもしれないと感じさせるほどの男だった。



「……自分の甘さです。最悪の球でした」


「七回まで投げて1失点、胸を張っていい」


 悔いの残る失点だったが、この内容で責められるはずがない。今日は野手が悪い。


「あと2イニングある。ひっくり返すぞ」


 ジャックの出来が凄すぎるので、リリーフの球が打ちやすいと感じるかもしれない。元々スターヒーローズのリリーフはレベルが低く、首脳陣の継投も下手だ。チャンスはまだある。


「そうだな!まだまだここから!」


「1週間前に大逆転したじゃないか!九回スリーアウトから3点取ったんだ、1点ぐらい楽勝だ!」


 誰も諦めていない。つばめが来るまではすぐに勝負を投げていた負け犬チームが、完全に生まれ変わっていた。





『最終回、ニュー・ベイスタジアムは悲鳴の嵐!クローザーの入栄(いりえ)、フォアボールとヒットでワンナウト一、二塁のピンチ!』


 ジャックはまだ余裕があったが、監督の水浦は入栄を投入した。ペンギンズにとってはありがたい選択だった。


『粘るペンギンズ、バッターは池村!入栄の速球にも力負けしないパワーがあります!ランナーは代走の2人、木南と岩木!』


「よっしゃあ!真の主役が誰か、教えてやる!」


 闘志に満たされた池村だが、七回の打席と違いヒットでもいいと思っていた。無駄な力が抜けている最高の状態だった。



「しゃ―――っ!!」


『打った!打球はセンター前……』


 速い打球なので木南は三塁ストップかもしれないが、彼の足なら一か八かのギャンブルを試みる価値はある。三塁コーチが腕を回した瞬間だった。



「あっ!?」 「げっ!!」


『巻が横っ飛び!捕った!二塁へトス、アウト!早志が一塁送球、アウトッ!!ダブルプレーで試合終了っ!』


 巻のスーパープレーが飛び出し、一瞬でゲームセットとなった。スターヒーローズナインが勝利を喜ぶすぐそばで、池村はヘルメットを叩きつけて悔しがる。


「くそがっ!!」


「………今日はやつの日だった、それだけだ」


 攻守に躍動した巻に屈して連敗。このカードの負け越しが決まった。

 筒……高い長打率と出塁率を誇る主砲。メジャーリーグに挑戦後、古巣横浜に帰ってきた。


 巻……日本を代表する二塁手。ルーキーイヤーからハイレベルな成績を残し続け、全盛期の海田を凌ぐ活躍を見せる。


 山元……激しいレギュラー争いを制した強肩強打の正捕手。強気のリードと勝負強さが光る。


 ジャック……優秀な助っ人右腕。見た目は怖いが心のコントロールが上手く、安定している。


 入栄……現時点での横浜のクローザー。入団時は彼がドラフト1位、巻が2位指名だった。



 実在の球団、選手とはあまり関係はありません。

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