高木兼任監督
「ひでーな……こりゃあ休場だろうな」
「あそこまでやる必要あるのかよ……」
無双燕の敗北を願っていたペンギンズの選手たちも、無残な散り方を見て哀れに思った。しかも無双燕の悲劇はこれで終わらなかった。
「懸賞まで出したのに……もし目当ての力士が途中で休場しちゃったらどうなるんでしょう?」
「ん?ああ、それなら心配いらない。ペンギンズが懸賞を出したのは横綱だ。私は横綱のファンだからな、リクエストしておいた」
無双燕は自分へのエールだと思っていたが、対戦相手の横綱を応援するためのものだった。つばめが横綱の勝利を願っていたと知ったら、彼は立ち直れないかもしれない。
「明日は山の川か……こいつは220キロあるだけのただのデブだ。横綱なら吊り出すかもな」
始球式に登場した3人は全滅した。つばめと友好的に接しても、敵対しても結果は変わらなかった。半端な気持ちでつばめに近づけば大変なことになると、各業界で噂になり恐れられた。
「来週は2連戦と3連戦ですか。その2戦は……地方球場と書いてありますね」
「ああ。『名古屋ドラマティックドリームス』の主催だが、岐阜と高山だ。なぜか毎年雨が降って結局シーズン終盤にDDスタジアムで振り替えになるんだ」
時期が悪いのか、場所が悪いのか。年に一度の開催を楽しみにしている地元のファンはがっかりさせられていた。
「降水確率は……微妙だな。今年は雨が少ないがそろそろ降りそうな気がする」
「名古屋の方々は中止を願っているかもしれませんよ?2万人も入らない球場よりはたくさんの人が集まるほうが……」
観客が少ないペンギンズ戦を選んで地方開催に回したのに、つばめの登場でペンギンズというチームはドル箱となった。DD軍は歯ぎしりして悔しがったが、こんなことは誰にも予想できない。
「私としても中止でいい。まともにぶつかれば2敗するかもしれないからな……ピッチャーのレベルがまるで違う」
ベテランの能登は今週は投げず、谷間の本松と一軍に復帰する小山が登板する予定になっていた。一方の名古屋は優秀な左右のエースが出てくる。試合に来る予定の人々には悪いが、両チームが逆さまのてるてる坊主を用意した。
「………くそっ!中途半端に期待させやがって!」
「雨雲一つありませんね」
DD軍の『高木 四五郎』監督は現役のキャッチャーでもある兼任監督だ。引退後は球団の重役になることが約束されているので、経営のことも考えていた。
「ちょっとでも降ればグラウンド不良で中止にできたのによ!こうなったらやるしかねーか」
駆けつけたファンが聞いたら怒りそうな言葉だが、DD軍もペンギンズと同じで資金に余裕のないチームだ。自前で優秀な選手を発掘し育成能力も高いが、給料の問題で飯伏、竹下などの好投手を国内外に流出させていた。
それでも次々と選手が育ち、数年に一度は優勝する。少ない資金を上手に使っているのはペンギンズと全く違うところだった。
「つ・ば・め!つ・ば・め!」
両チームのファンも当然来ているが、つばめを目当てに来場している観客が大半を占めていた。立ち見や本来人が入れないスペースまで開放して、できる限り大勢が入場できるようにしていた。
「監督なんかほとんど出てこないだろ。グラウンドでプレーする俺たち選手を見に来いよ、選手を!」
「あっ……一応現役でしたね、監督。そして今日は注目の試合だから自分がスタメンですか。さすが大老害………あっ!」
今シーズンの高木は監督業に専念する試合が増えていた。しかし今日は自らスタメンマスクを被る。
「いやいや、地方のお客様を大切にしている素晴らしい野球人です!いよっ、大監督!」
「もう遅いんだよ。いいか、場所や相手にやる気を左右されるな。6万人入るドームでも1万人も入らない球場でも、熱く燃えなきゃいけないんだよ!」
愚痴をこぼしていた情けない姿から一変し、闘う男の顔になった。超一流の選手や稀代の名将と呼べるほどの実績はないが、高木はファンから愛されていた。
「メンバー交換だ!高木とつばめが出てきたぞ!」
「面白いことが起こりそうね」
どちらも相手に媚びず、強気を崩さない。ただし愚直な正攻法だけでなく、卑劣な罠も躊躇わず使う。
『笑顔で観客に手を振りながら出てきた高木監督、一方のつばめ監督は無表情!ファンの声援に応える様子は一切なし!』
握手を交わすつばめと高木。健闘を誓い合うことなどもちろんなく、先に高木が仕掛けた。
「ファンサービスができてないな、小娘。後でこの俺が手取り足取り教えてやってもいいんだぞ?場所はお前のホテルの部屋でどうだ?」
この程度で動揺するつばめではない。表情を変えず、すぐに反撃した。
「私が知りたいことは別にある。なぜ選手としても監督としても二流なのに、いつまでも球界にしがみついていられるのかだ。周囲の冷ややかな視線を気にせず、恥知らずに生きる秘訣を教えてほしい」
高木の返事を待たずにつばめはベンチに戻った。高木は怒ることもなく、にやにやしたままだった。ここは互いに譲らなかったが、試合が始まると一方的な展開になった。
『ピッチャー交代!本松、好投は二度続かず!ディーノの2点タイムリーでとどめを刺された!』
2週前は勝利投手になった本松だが、五回途中でマウンドを降りた。すでに6失点、ランナーを2人残して去っていく。
「ハハハ!試合前の威勢はどうした!?俺の圧勝だな、つばめちゃんよ!」
高木はベンチに座り大笑いだ。しかし周りの選手たちは呆れていた。
「ピッチャーの樋口ですら打っているのに自分だけ出塁ゼロ!守っては2盗塁を許しパスボールも記録……よくもまあ偉そうにしていられますね」
「俺は監督だ。チームの圧勝を喜ばない監督がいるか?それに今日は全員打って大量リードだ。もっと接戦になったら俺も本気を出すよ」
その後高木は七回まで出場して5タコ。守備でも精彩を欠いたまま退いた。しかし試合は圧勝し、ずっと笑いが止まらなかった。
「明日も俺がスタメンで出るぞ!また圧勝して、俺があの生意気なガキを教育してやる!」
水曜日の2戦目は前日と真逆の展開になった。ペンギンズの小山が予想外の無失点ピッチングを披露しているのに対し、DD軍の投手陣は大炎上した。
『3番手の本多もペンギンズ打線を止められません!なかなかアウトが取れない!』
戦前の予想ではペンギンズの圧倒的劣勢だったが、小山の年に一度の絶好調がたまたま今日だった。DD軍のピッチャーたちが1点か2点で凌いでもチャンスはなかっただろう。
「くそっ!役に立つのは俺だけか!」
高木は孤軍奮闘し2安打、ツーベースも打った。大量失点ではあるがこれはピッチャーの調子が悪すぎるせいで、キャッチャーの彼に非はなかった。
「こりゃあまだまだ俺の力が必要だな!あと5年は続けるぞ!ファイヤ――――――ッ!!」
監督としての責任を放棄し、選手としての自らの力を誇る。都合の悪いことから目を背け続けるのは大抵の場合よくない結果を生むが、高木はそのおかげで生き残ってきた。球界最年長はペンギンズの能登だが、野手最年長はこの高木だ。
(なるほど……失敗しても自分を責め過ぎず、時には図々しくあるべきか。心を守るためには)
高木のつばめを教える宣言は冗談だったが、つばめは言葉通り高木から学んだ。今のところチームは好調だが、連敗が続いた時やショックの大きい敗戦を喫した時に気持ちをうまくコントロールしなければ一気に転げ落ちる。つばめもペンギンズも。
そんな機会が来ないままシーズンを完走できれば問題ないが、プロ野球の世界は甘くなかった。
名古屋ドラマティックドリームス……DD軍とも呼ばれる、名古屋に本拠地を構える中堅チーム。親会社はメディアやインターネット、ゲームに関わる事業を展開し、これから大きくなる可能性を秘めている。選手たちの名前の元ネタはDDTのレスラーから。
高木四五郎……DD軍を率いる兼任監督。球界野手最年長。チームが調子を落とすと『大老害』と呼ばれる。




