つばめ対力士②
つばめが小学校の同級生だった力士、無双燕からプロポーズされた件で世間は大騒ぎだった。しかしチーム内は全く動じていなかった。つばめがその日のうちに直接説明し、皆を安心させたからだ。
「……ああ、あれか。今日再会したばかりのやつと結婚なんかするわけがないだろう」
「は…はぁ!?」 「しかし関取は」
「彼だって本気ではないはずだ。知っているか?力士の嫁は美人や金持ちの家の娘ばかりだ。わざわざ私を選ぶこともあるまい」
名古屋場所の初日に人々の関心を集めるための話題作りをして、無様な相撲を取らないように自分を追い込んでいるだけだとしか思っていない。つばめの話を聞いた者たちは無双燕に同情した。
「だから私のほうから逃げ道を作ってやった。婚約ということにしておけば、後でいくらでも有耶無耶にできる。正式な書類もない口約束だ」
「………そうですか……」
「それに……この程度で横綱との差は埋まらない。勝った先のことなんか考える必要もない」
日曜日になった。始球式に登場したプロレスラーの上野、騎手の新浦が続けて不幸に襲われたのは誰もが知っている。逆にペンギンズは連勝中で、つばめが2人から運を奪い取ったのではと噂されていた。
「あの2人は監督と喧嘩寸前の場面があった。だから罰を受けたのか?」
「まさか……しかし百歩譲ってそうだとしたら、今日の無双燕は違う。並外れた力を授けられて横綱に勝つかもしれないぞ」
つばめへの態度が明暗を分ける。それが面白い冗談か、それともこの世の真実か、結びの一番で明らかになる。しかしまずはペンギンズの試合だ。
『ペンギンズの先発は5勝負けなしの加林!ビッグリーダーズは苦しい戦いを強いられるでしょうが、4番の海野秀太にとっては絶対に勝ちたい一戦です!』
つばめと無双燕の騒動が注目度ランキングの1位だとしたら、2位は海野秀太だった。彼は難病の子どもたちが治療を受ける病院を慰問し、力をもらった。
『子どもたちとの約束があります!試合に勝ってね、ホームランを打ってね……その全てに海野は力強く頷きました!』
海野が打てば病気に勝てる、そう信じている子どもたちの希望を乗せて彼は試合に臨む。アンチビッグリーダーズの人々も、今日だけは海野に頑張ってほしいと声援を送っていた。
「………っ!!」
『空振り三振……海野、今日は3打席3三振!ペンギンズバッテリー、容赦なし!』
海野どころかビッグリーダーズの他の選手も全く活躍できていない。七回までヒット1本、二塁も踏めない悲惨な内容だ。
『ペンギンズが7対0でリード!ここまで一方的では病院の子どもたちも泣くに泣けない!』
点差が開いてもサービスなどするつもりはない。内角を抉り、外角低めいっぱいに速球を決めて仕留めた。
「病院に行ってホームランが打てるんだったらみんな行くさ。子どもたちにも世の中そんなに甘くないと教えてやらないとな」
つばめが愉快そうに笑う。全てにおいて文句なしの最高のゲームなら、さすがのつばめも顔が緩んだ。
「どうしても他人の活躍に自分の運命を任せたいのなら、ペンギンズの絶対的なエースである加林洋に乗ればよかったのにな。加林が完封勝ちしたら難しい手術を受ける、三振を10個奪ったら車椅子を捨てて歩く練習をする……そう思わないか、加林!」
「ははは……ぼくはできませんよ、そんな約束。責任が重圧に変わって、いつものピッチングができなくなります。海野や無双燕関とは違います」
発奮する者もいれば、萎縮してしまう者もいる。その選手に合わせたやる気の高め方が求められるので、それを見つけるのも監督の仕事だ。
『試合終了!加林、完封勝ちで無傷の6連勝!そしてつばめ監督は初の同一カード3タテをビッグリーダーズ相手に達成しました!』
「たった1ヶ月半で早くも大エースの貫禄だな!あなたはペンギンズの宝だ!」
「あ……ありがとうございます」
つばめが軽いハグをすると、加林は照れながら笑みを見せる。そばにいた若手たちに大きな危機感を与える光景だった。
(もし加林がその気になったら……)
(一直線でゴールじゃないのか!?)
加林は野球にしか矢印が向いていないが、一軍にも慣れたことで、そろそろ他のものに目を移す余裕が出てくる。そしてつばめの一番のお気に入りは言うまでもなく加林なのは誰でもわかる。何かきっかけがあればあっという間だろう。
「しかしその前に……」 「今日の相撲だ!」
ペンギンズは早いカウントから積極的に打ち、大量得点。実はフォアボールは1つだけだった。ビッグリーダーズは加林に無四球完封を献上し、淡々と凡退を繰り返した。そのため試合時間は短く、大相撲の結びの一番に間に合った。
『さあ出てきました、18歳の新小結、無双燕!木曜日には社会現象となっているプロ野球、東京グリーンペンギンズの始球式に登場しました!』
期待の若手は顔も美形だ。多くの女性ファンが無双燕の応援グッズを持っている。
「無双燕さんに勝ってほしいけど……勝ったらあの監督と結婚しちゃうんでしょ?どうしよ〜〜〜っ……」
「結婚なんかするわけないわよ。2人ともまだ18歳、しかも無双様はこれから上がっていくだけなのにむこうは今が人生のピーク!こんな釣り合わない結婚、ありえないわ」
「それもそうだね……」
つばめの考えを知らない人々でも、無双燕が勝ったとしても結婚はないだろうと現実的な見方をしていた。よって余計な心配はせずに無双燕を応援できた。
「無双燕!無双燕!」 「無双!横綱をブッ倒せ!」
『場内の声援は無双燕一色!彼による新時代到来を誰もが待っている!』
ファンの応援は当然力になるが、今の無双燕を支えているのはつばめへの愛と約束だ。周りに何を言われようが、彼は勝てば結婚できると疑っていなかった。
(あなたがいなければぼくは無価値な豚に過ぎなかった。この一番、絶対に………)
土俵を囲んで懸賞旗が回っている。その中にペンタロウが描かれた緑の旗があるのを無双燕は見た。
『東京グリーンペンギンズが今場所は懸賞を出しています!始球式へのお礼でしょうか』
(……これは正一さんのエールだ!絶対に勝つぞ!)
無双燕の闘志はこれ以上なく燃えていた。全勝優勝を続ける横綱すら燃やし尽くしそうだった。
『制限時間いっぱい!最強の横綱が今場所も勝ち続けるのか、それとも若き新星が世代交代を成し遂げるのか!両者塩を豪快にまいた!』
「待ったなし!」
「………」 「………」
待ったなどするはずがない。どちらも気合いは十二分、早くやらせろという思いを抑えきれずにいた。
「うおおおお――――――っ!!」
「ぼけ――――――っ!!」
同時に立った。そして頭と頭でぶつかった。
『激しい音がした!どちらが次の一手を……』
「………」
立ち合いの衝撃で無双燕の意識が飛んでいた。土俵の中央でぼーっと突っ立っているだけだ。しかし横綱は出血しながらも戦う目はそのままだった。
「ふん!ふん!」
『これはひどい!すでに朦朧としている無双燕に張り手の嵐!5発、6発……ああ、崩れ落ちた!』
勢いがあった新小結が完全敗北だ。凄惨な相撲に場内が静まり返る中、横綱は倒れる無双燕を睨んだ。
「このたわけが!始球式をやっただけでわしに勝てるなら、アイドルや歌手は全員金星じゃ!」
「………!」
偶然にもつばめと似たようなことを言った。ドラマチックな演出で自らを鼓舞し声援を集めたとしても、その程度で力の差が埋まるほど現実は甘くないのだ。
「お前のような小僧に無双燕なんて四股名は荷が重いわ。その見た目と実力なら、『子豚』に改名せい!」
罵倒の嵐にも無双燕は反論できない。する体力も気力もなく、視界すら朧になっていた。
『哀れ!玉砕の無双燕、力なく土俵を後にします』
検査の結果、鼻骨骨折と首の負傷により休場が決まった。そのまま千秋楽まで復帰できず、不戦敗1を含む2敗13休。大きく番付を落とし、初土俵からの勢いはぴたりと止まってしまった。
横綱……全勝優勝を続ける天下無双の一人横綱。元ネタは相撲漫画の中でも最強の力士と思われる『播磨灘』。各種電子書籍でぜひご覧ください。




