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つばめ対力士①

 新浦王誠がトップへの道から転落した2日前、この木曜日が若きアスリートたちを招いた始球式シリーズの最終日だった。これまでとは違い、つばめはこの日をとても楽しみにしていた。


「小結『無双燕(むそうえん)』関……私たちと同い年ですね。しかもこの方は……」


「ああ。彼は私と同じ小学校で、何回かクラスメートにもなったんだ。だから彼が呼ばれたのだろうがな」


 親友と呼ぶほどの仲ではなく、小学校を卒業した後は関わりがない。もちろん連絡先も知らない。それでも彼のことはつばめの記憶に残っていた。


 

「無双燕関はつばめさんが監督になる前からこの四股名です。『燕』の文字が入っているのは偶然とは思えませんが……」


「どうかな。しかし彼が私のことを覚えているとしたら、私のことを指しているのかもな。子どものころから彼は太っていたせいでいじめの対象になっていたが、自信を持てと私が一喝してから彼は変わった」


 無双燕と同じようにつばめによって救われたみのりだ。つばめの本質は優しい人間なのだと改めて知り、心が温まった。


「私の狙い通り、彼は恵まれた身体を使ってスポーツに熱中した。彼ならペンギンズの4番になれると思っていたが……相撲の道に行ってしまった」


 中学では野球部に入り活躍していた。しかし相撲部屋のスカウトがうまく彼を説得したことで卒業後はすぐに角界入りし、野球から離れた。



「まあ……いくらパワーがあるとはいっても体重が重すぎた。もっと絞らないと野球は無理だ」


「今は140キロあるそうです。幕内力士としては目立たないほうですね」


 プロレスや競馬については全く知識がなかったみのりだが、相撲には詳しかった。それも当然で、白田家はとある相撲部屋の後援会員だった。本場所の観戦はもちろん、千秋楽後のパーティーにも何度も出席していた。


「小結にもなれば相手は一気に強くなる。どんな力士でも一度は壁にぶつかる」


「今場所は勝ち越しが危ういと?」


「今週末が初日だろう。始球式なんか来ている場合かと言ってやりたいが……久々に会うんだ、余計な世話はやめておこう」


 つばめも相撲の知識はみのりに劣らない。実は野球の次に好きなのは相撲だった。プロレスと同じく祖父の金政の影響だったが、金政がいなくなると離れてしまったプロレスとは違い、相撲は一人でも楽しんでいた。



「昨日、一昨日となぜか険悪な空気になってしまったからな。今日はその心配はない」


「……そうですね。楽しんできてください」


 みのりの心配は、つばめと無双燕が親密になりすぎることだった。無双燕が忙しいスケジュールの合間を縫って始球式に来るのはつばめに会うためだと彼女の直感が告げていた。


 相撲が好きで力士に敬意を払うつばめだ。かつての同級生である無双燕と再会したら、あっという間に2人の距離が縮まるかもしれない。仲良くなるなと頼むわけにもいかないので、何も起きないことを願って送り出すしかなかった。






「無双燕関……いや、萩藤(はぎとう)くん。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


「監督……正一さんの活躍は毎日のようにニュースや中継で見ているよ」


 無双燕の名字は萩藤で、十両までは本名で相撲を取っていた。新入幕が決まったところで満を持して無双燕と名を改めたが、彼は燕の字を入れることにこだわって最後まで譲らなかった。


「新小結の場所、しかも初日は今週の日曜だ。そんな大事な時に時間を割いてくれたことに感謝する」


「数年ぶりに正一さんと会える機会を逃したくなかったんだ。ただのデブだったぼくが力士になり、関取になり、ついに小結になれたのも……ぜんぶ正一さんのおかげだからね」


 みのりの勘は当たっていた。ただの始球式なら断っただろうが、ペンギンズの試合なら話は別だ。無双燕はつばめに会うために外苑球場に来た。彼の熱意の前では親方も反対できなかった。



「私はペンギンズでホームランを量産してほしいから発破をかけたんだ。中学までは野球をしていたのに、なぜ相撲へ?」


「中学の野球程度なら体格とパワーだけで活躍できる。でもその先からは才能が必要になるのは正一さんもわかるだろう?限界を悟ったんだよ」


 強豪校からの誘いも断り、野球を引退した。その時にはすでに角界へ飛び込むことを決めていた。


「相撲なら才能がなくても稽古で素質の差を埋められる。その身体を使ってトップになれと言ってくれた正一さんに応えるためには、相撲が一番だった」


「あなたは簡単に言うが、相撲の世界はスポーツの中でも特に厳しい。3年目でその地位まで上がるには相当の……」


「稽古の量を減らさずに体重を増やす、これがなかなか大変だね。太れないせいで廃業する人もたくさんいる。昨日は競馬の騎手の人が来たらしいけど、彼らとは正反対だね」


 騎手は体重を減らせなくなったら終わりだが、力士は無理にでも体重を増やす必要がある。とはいえ、ただ食べて寝るだけではなく、激しいトレーニングをした上で体重を増やしていく。騎手以上に身体への負担は大きく、現役寿命どころかそのままの意味の寿命も短くなってしまうのが力士だ。



「最近は学生横綱が付け出しでデビューしてすぐに十両、そのまま一気に出世というのが王道だ。あなたのように中学を出てすぐに部屋に入る力士の躍進は珍しい。人気が出るのも頷ける」


「正一さんの人気には勝てないけどね。でも今の横綱も前相撲から始めている。横綱といえば……まだ正式には発表されていないけど、ぼくの初日の相手は横綱だよ」


 横綱は現在1人しかいない。横綱昇進後は全勝優勝を続け、史上最強の声も上がるほどの強さを誇る。


「いきなり大きな試練だな。勝ち目はあるのか?」


「稽古場でも顔を合わせたことはないし……わからないね。でもあの横綱は強いけど品格に欠けている。ぼくが止めなきゃって思ってるよ」


 土俵上では勝負が決まっているのにダメ押し、対戦相手への敬意の欠如。外では派手な夜遊びや黒い交際疑惑で新聞や週刊誌を騒がせる。圧倒的に強い一人横綱だから見逃されているようなものだった。




「……厳しい戦いになるのはわかっている。だから……正一つばめさん!力を貸してほしい!」


「私が?」


「ぼくが横綱に勝ったら……結婚してください!あなたが「はい」と言ってくれるなら、ぼくは横綱を倒して優勝できる!」



 報道陣の驚きの声とシャッター音が止まらない。相撲界のホープ無双燕が、社会現象を起こす女子高生監督に公開プロポーズだ。


「せ……関取!」 「本気ですか!?」


「もちろんです。いじめられっ子だったぼくを変えてくれたあの日から、正一さんはぼくの大切な人です。トップになって迎えに行くと決めていました」


 周囲は大騒ぎだが、無双燕は静かにはっきりと語る。それを聞いているつばめも冷静そのものだった。



「ふむ……あなたと結婚するとなると、あなたが引退して親方になったら私も女将になるのか?」


「ぼくが部屋持ちの親方になった時の話だ。まだまだ先だし、今はペンギンズに集中してほしい」


 つばめのおかげで積極的な人間になった無双燕だが、まさかここまでとは誰も思わなかった。ひたすら前に出る相撲で勝ってきた無双燕の強烈な押しにつばめがどうするか、皆がプロポーズの答えを待った。




「わかった。いいだろう!あなたが今場所、横綱に勝てば受け入れようじゃないか」


 悩む素振りも見せず、あっさりと受けた。


「か、監督!?」 「そんな簡単に……!」


「とりあえず婚約という形にしてもらおう。私が監督をやめたら正式に……それでどうだ?」


「……ごっつぁんです!!」




『これはお見事!さすがは野球経験者、そして力士のパワー!135キロをど真ん中に決めました!』


 プロレス、競馬、相撲の始球式は相撲の圧勝だ。無双燕が流れを呼び込んだか試合も5対0で完勝し、3連戦を1勝1敗1分で乗り切った。グリルズは表のローテーション投手3人、ペンギンズは裏の3人だっただけにこの結果は大きかった。


 しかし世間の注目は勝敗よりもプロポーズ騒動に向いていた。この勢いで無双燕が横綱戦の勝利とつばめをまとめて手に入れるのか。名古屋場所の初日は荒れる気配がした。

 無双燕……つばめと同い年で、小学校も同じだった力士。横綱に勝利したらつばめと結婚する約束をした。


 

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