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つばめ対プロレスラー②

 金曜日、ペンギンズは敵地ニュージャパンドームで後楽園ビッグリーダーズとの試合だ。ビッグリーダーズが神戸から今日の午前に帰ってきたのに対し、ペンギンズはずっと東京にいる。自宅や寮から通えるのでアウェーの不利はなかった。


「そういえば今日ですよ、監督。ドームの隣りにある格闘技の聖地、パラダイスホールで……」


「ああ……あの女子プロレスラーの試合か」


 火曜日から木曜日まで、若いアスリートたちが3夜連続で始球式を行った。そのトップバッターだった上野沙弥香が、団体最高峰のベルトに挑む。



「その言い方……興味ないんですか?」


「ないな。若い選手たちはすっかりやつのファンになっているようだが」


 鍛えられた身体を強調する露出の多いコスチューム、19歳にして女王様のような振る舞いと言葉。始球式の日以降、チーム内では上野のファンクラブができていた。



「監督もユニフォームを変えてみたらいいと思うんだけどな。そのブカブカをやめて、もっと身体のラインをピッチリ見せるやつを……」


 池村が冗談半分、しかしそうなってくれたら嬉しいという思いも込めて提案した。他の選手たちも心の中で同意したが、直接言ってしまう池村の勇気に驚いていた。


「このスタイルは譲れないな。私の祖父、正一金政の時代はみんなこうだった。このほうが動きやすい」


「当時の技術ではそれしかなかった。今はどちらでも……着ているやつの好みに任せたらいい」


 国村も現役時代と同じく緩めのユニフォームだ。若いコーチもほとんどがユニフォームをブカブカにしていたが、引退後の運動不足のせいで腹が出てしまったのをごまかすためでもあった。



「しかしたまには気分転換もいいんじゃないですか?ユニフォームだけじゃありません。髪型やアクセサリーなんかも変えてみては?」


「連勝中は下着やハンカチを変えないって監督もいたな。さすがにつばめ監督はそんなことしないでほしいが……」


 大矢木や岩木、それ以外の選手たちも話に入ってきた。女子プロレスラーのファンになっても、彼らの一番はやはりつばめだった。


「くだらんことを言っている暇があったら相手の研究でもしていろ。ラムセスを見ろ、次から次へとノートを書いて……」


「ラムセス?あいつが一番沙弥香様に入れ込んでますよ。フラワースタンドを贈ったそうですし」


「………なるほど。国で待つ嫁さんに報告するか」


 試合が始まれば皆の意識は野球に集中した。しかし本業を疎かにしていると言われても仕方がないような展開になってしまった。





「八百長野郎!この野郎!八百長ばっかりやりやがって!八百長!!」


「………」 「………」


 怒ったペンギンズファンが怒鳴り声を上げる。選手たちは下を向くだけだった。


『いよいよ残すアウト1つ!ビッグリーダーズの『高橋(たかはし) 夢道(むどう)』、夢のパーフェクトゲームはもう目前!』


 球数はまだ82球。誰も出塁できないまま屈辱の時を迎えようとしていた。


『不振が続いたペンギンズの村吉も7イニングを1失点と好投しましたが、完全試合には勝てません!八回裏に2番手の口田が追加点を奪われ現在2対0、逆転は厳しいとしてもせめて一矢報いたい!』


「へへへ……いよいよだ」


 マウンドの高橋に緊張している様子はない。最高のひと時を楽しんでいる余裕すら見えた。



「……………」


『口田に代わる代打は池端!完全試合阻止なるか!』


 フォアボールやエラーでもいい。とにかく出塁してくれることを願ってファンは必死に声を出した。


「お前らこんなもの見て楽しいのか!?八百長野郎!八百長野郎っ!!」


 いまだに騒いでいる男もいたが、ペンギンズファンの声援にかき消された。そのペンギンズファンたちの声すら、偉業を待ちわびるビッグリーダーズファンの拍手や歓声の前では虫の羽音以下だった。



「うっ!」


『空振り!池端、追いこまれた!あと1球!』


 簡単にツーストライクとなり、敗北が迫っていた。


「お手上げですね。素直に高橋を称えるしか……」


「いや、勝負は九回ツーアウトからだ。まだ終わっていない……」


 勝敗が確定するまではわからないと上野に話していたつばめが、ここでも諦めない姿勢を見せた。その気持ちが奇跡を生んだ。



「うわっ!!」 


「くそっ……えっ!?」


 池端は空振り三振、スリーアウトで試合は終わったはずだった。ところが最後の球はワンバウンドしてキャッチャーが後逸、後ろに転がっていった。


「嘘だろ………」


『ああっ!?ふ、振り逃げだ!一塁は……間に合わない!まさかまさか……こんな形で夢が潰えるとは!』


「やった!パーフェクトを阻止したぞっ!」


 九回ツーアウトからではなく、スリーアウトからの悲劇が起こった。しかもここからが本番だった。



『フォアボール!完全試合が消えてしまった以上、目指すはノーヒットノーラン!カウントが悪くなれば歩かせることもできます!』


 二塁に代走の木南、一塁に四球を選んだ飯館。球界を代表する俊足の2人が塁上にいた。


『ピッチャーの高橋、まだ笑顔は消えていません!次の秦野は今日3三振、さすがにここで終わるはず!』


 普通に投げれば問題なかった。真ん中に失投、それを避けるだけで高橋は勝っていた。




「あっ!!」 「ああ………」


『いった――――――っ!!か…看板に直撃だ!秦野のプロ第1号は……逆転のスリーランだ―――っ!!高橋の夢を完全に打ち砕いた――――――っ!』


 余裕を装っていたが、高橋は余裕がなかった。バッテリーミスで完全試合が終わり、直後に四球で同点のランナーを出した。心を整理することができず、全く曲がらないカーブをど真ん中に投げてしまった。


「ははは……やってやりました!あっ、ボクはプロレスラーに興味はありませんよ!監督一筋ですから!」


「ふふふ!うれしいことを言ってくれるじゃないか!よーし、九回裏、しっかり守ってこい!」


 大ショックから立ち直れないビッグリーダーズに反撃のための闘志はなかった。安岡が僅か5球で締めてペンギンズが初戦を制した。






 ペンギンズが逆転勝利を喜んでいた時、隣のパラダイスホールでは世紀の一戦が始まろうとしていた。


『日本のプロレス界でいま、最も熱いのはこの上野沙弥香!前哨戦では王者の闘羅虎(とらこ)に完勝、挑戦者でありながら後に入場する権利を得ています!しかしその強さと人気はすでに女王そのもの!』


 満員札止めのパラダイスホールに集まったほぼ全ての観客が上野の勝利を願っていた。上野がベルトを巻けば数年は彼女の天下になる。プロレス界全体がさらに盛り上がるだろう。


(ついに来た……アタシは今日、チャンピオンになる。もちろんここはただの通過点だ)


 つばめが言った通り、上野の勝利は決まっていた。約30分の死闘の末に渾身の必殺技で決着、ベルトを腰に巻くことになっていた。


(しかしあの正一つばめ……ナメやがって。何が「勝利が確定する瞬間までは勝利ではない」だ。ぶん殴ってやりゃあよかったな)


 

『花道をゆっくりと歩きます、上野沙弥香!お聞きください、この大歓声!プロレスを国民的スポーツに蘇らせるのは彼女だ!いつものポーズを決めて、ついにリングに上がる!』


 派手な動きは何もない、ただリングに上がるだけの行為。ところが次の瞬間、彼女の膝が崩れた。


「かっ……!あああっ!」


『な、何が起きたんだ!?沙弥香が起き上がれない、アクシデントだ!レフェリーやセコンド、王者の闘羅虎が心配そうに見つめる!タンカも来たぞ!』


 プロレスラーは超人と呼ばれているが、蓄積された疲労や負担が突然、なんでもない動作の時に爆発することがある。そしてどれだけ鍛えていても偶然の不運からは逃れられない。



「あ……ああ〜〜〜っ………」


『涙の沙弥香、タンカに乗せられて退場!本日のメインイベントはまさかの中止となってしまいました!』


 上野のケガは重傷で、リングに戻るまで1年以上かかった。後遺症のせいで以前ほどの動きができずにトップ戦線から脱落、中堅のレスラーとして埋もれていった。


 九回スリーアウトからの逆転勝利と、勝利が決まっていたはずの試合で敗北。つばめと上野の明暗は大きく分かれた。

 闘羅虎……虎のマスクを被った女王。上野との一戦でベルトを失うはずだったが試合前のアクシデントで試合は中止、長期政権が続いた。プロレス漫画の最高峰はタイガーマスク?それともキン肉マン?


 八百長野郎……プロレスラー北尾光司の試合後の発言。プロレスラーがそれを言ったらアカンすよ。

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