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つばめ対プロレスラー①

『火曜日からの3連戦はつばめ監督のようなスポーツ界の若き一流選手たちが始球式に登場します!ブシテレビでは全試合夕方5時半から地上波で生中継しますので、始球式の様子もお楽しみいただけます!』


 すでにチケットは完売しているが、話題は多いに越したことはない。つばめと他のスポーツのスターのコラボで、ますます人々の関心をペンギンズに集めた。


『つばめ監督の人気はすごいですね……視聴率ランキングはペンギンズの試合が上位独占!その影響でペンギンズ以外の試合も好調です!』


『注目されているから選手たちは全力で頑張る。その結果素晴らしい好勝負が量産されるので、ファンも増える。12球団全てがつばめ監督の恩恵を受けていますよ』


 就任から1ヶ月以上経っても、ブームに陰りは見えない。野球界全体が盛り上がっていた。



「つばめさんは日本の野球を救った英雄です。そして日本国民皆から愛されるアイドルです。一部の変な方々はいまだにつばめさんに罵声を飛ばしますが、彼らは異常者です。全く気にする必要はありません」


「そうだな。しかしみのり、私を憎んでいる連中は他にもいるぞ。例えば……他のスポーツのやつらとか」


 プロ野球ばかりが注目されるようになり、サッカーなどが一般のニュースで扱われることは全くなくなった。中継すらネットでの配信のみとなった。残ったのは国技である相撲くらいだ。


「私の祖父の時代はこれが当たり前だったらしい。サッカーやバスケットボールなんか誰も興味がなかった。野球もビッグリーダーズの一強で、ファントムリーグの地味なチームの試合は数百人しか客が来なかったとか……」


「知る機会がありませんからね……その当時は。今ではどんなスポーツの小さな大会でもネットを使えばその様子を知ることができます」


 そのぶん人気が分散され、国民的と呼べるスポーツはなくなった。しかしいま、つばめによって数十年前に戻っていた。皆が野球に熱中し、話題の中心になっている。



「ただし当時は野球の他にも相撲やボクシング、それにプロレスなんかは人気があったそうだ」


「プロレスですか?確か明日の試合の始球式はプロレスラーの方ですよ。しかも女性ですね」


 みのりがタブレットでその女子プロレスラーの情報を出し、つばめに見せる。年齢は19歳、つばめより一つ年上だった。


「名前は『上野(うえの) 沙弥香(さやか)』……最も勢いのあるプロレスラーと書かれています。今週の金曜日、所属する団体で一番価値のあるタイトルに挑むとか……」


「なるほど、その宣伝のために始球式に来るわけか。話がわかりやすくて助かる」



 つばめは上野に興味を示さず、すぐに横になってしまった。それを見たみのりはタブレットをテーブルに置き、つばめの頭を自身の膝に乗せた。膝枕だ。


「試合の前には対談も予定されているようですが……上野選手について調べなくてもよいのですか?」


「いらん。適当な世間話でもして無難に終わらせる」


 相手もそのつもりだろうとつばめは考え、無駄な労力を使わないことにした。心にもない褒め言葉を言い合うだけの時間になるはずだった。






「アタシとこの女では決定的な違いがある!アタシは自力で今の立場と人気を勝ち取った。だけどこいつは全て与えられたものだ」


「は?」 「えっと………」


「そもそもこいつは偉そうに座って指示を出すだけ……一緒にするなと言わせてもらいたいね」


 対談は誰もが予想していない展開になった。上野沙弥香はつばめを敵視し、厳しい言葉を浴びせてきた。


「……………」


「あれ?怒っちゃった?それならリングで決着をつけてもいいわよ?アンタにその勇気があればね」


 上野はプロなので、ここで殴り合いになることはない。しかしつばめの返答次第では泥沼の口喧嘩が始まるかもしれない。球団スタッフや報道陣が頭や胃を痛めながらつばめの言葉を待っていた。



「……なるほど。あなたの言葉は正しい。確かに私は祖父の力でこの地位を手にし、試合中に頑張っているのは私ではなく選手たちだ」


「あら、あっさり認めちゃうのね」


「あなたは19歳の若さで格闘ショーの頂点に立とうとしているのだから素晴らしい。皆の支持がなければ団体の顔にはなれず、強いだけでは駄目なのが格闘ショーの世界の厳しいところだと私は思う」



 つばめは上野の挑発に乗らず、彼女の才能と努力を認めた。しかし上野はつばめの言葉の中に引っかかる単語があり、苛立ちを見せた。


「……ちょっといい?その『格闘ショー』ってのは何なの?まるでヒーローや着ぐるみがやってる劇みたいな言い方を……」


「ん?違うのか?私としてはそのイメージだったのだが。あなたたちがやっているのは本物の格闘技ではない。あくまでショー……演劇やサーカスに近い」


 真剣勝負ではなく筋書きのある演劇だとプロレスラーに直接言ったも同然だ。敬意の欠けたつばめの発言に場は騒然としたが、上野が怒る間を与えずつばめは語り続けた。



「だからこそプロレスラーは強い。非効率的な動きで観客を盛り上げ、敵の攻撃は避けずに受け止め、強い身体ではなく人々に見せるための身体を作る。それでいて皆が納得する試合を披露するのだから、まさに超人だ」


「………」


「祖父が元気だったころ、野球のオフシーズンにはプロレスに連れていってもらった。喧嘩の延長のような理性のない格闘技よりも遥かに楽しかったよ」


 上野がデビューしたのはつい最近で、つばめがプロレスから離れた後だった。上野はヒールレスラーだが正攻法で戦うので、つばめの好みに合っていた。もし金政が今も健在なら、つばめは上野のファンになっていたかもしれない。



「……ハハッ!媚びるようなセリフを口にしても無駄だよ。アタシはアンタが大嫌いだ」


「それでいい。簡単に自分を曲げるようではチャンピオンにはなれない。心が強くなければ真の王者にはなれない」


「クソッ、偉そうに……アンタさえいなければアタシはテレビにも呼ばれて女子プロレス人気が復活しただろうに……まあいい、少しの辛抱だ。アンタが消えてからじっくりとお茶の間にプロレスを広めてやる」


 上野はプロレス界で爆発的な人気を誇り、朝の情報番組にレギュラーとして呼ばれるかもという話もあった。しかしつばめブームのせいで白紙となったことで恨みの気持ちを募らせていた。



「あなたの王座戦の時間は私たちも試合中だ。後日ちゃんと見せてもらうさ、新しい女王の誕生を」


「プロレスの歴史が変わる……アンタの人気も食らい尽くしてやるよ」


 2人は撮影用に握手をした。野球界とプロレス界の中心にいる10代の少女たちが活躍を誓い合う場面として紹介され、険悪な時間のことは全てお蔵入りとなった。


「最後に一つ……勝利が確定する瞬間までは勝利ではない、そのことを覚えておいてほしい」


「………?」


「圧倒的優勢、勝利目前、仮に最初から勝つことが決まっているとしても……それでもまだ勝ってはいない。決して気を緩めるな」



 野球には大逆転負けがある。大量のリードがあっても大雨や雷のせいで試合が成立せず、勝利を逃すこともある。勝利を確信してそれを前提とした立ち回りをすることはあっても、やはり100パーセントではないのだ。


 しかしプロレスでは一瞬の隙を突かれた負けがあるとしても、それは演出だ。『最初から勝つことが決まっている』と口にしている以上、つばめはプロレスについてよく知っている。それなのになぜこんなアドバイスをするのか、上野も報道陣も理解できずにいた。




『空振り、ストライク!上野沙弥香選手、ありがとうございました!』


 ツーバウンドでホームに届き、空振りを奪った。試合用のコスチュームで現れ、宣伝もしっかりやった。テレビで放送していたこともあり、始球式が終わって10分もしないうちにチケットは完売した。


 試合は大阪スキュアーグリルズと乱打戦になった末に9対9で引き分けた。結果はドローだが、最大で6点のビハインドを追いついたペンギンズのほうが気分はよかった。

 上野沙弥香……19歳ながら女子プロレス界で最も人気を集めるレスラーになった。プロレスファン以外にも彼女を売り込む計画が進んでいたが、つばめブームの影響で中止となる。

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