大乱闘
『緊急降板した渡辺に代わってマウンドに上がるのはベテランの斎藤!裏の攻撃で打順が回るので、おそらくこのイニングだけでしょう』
突然の登板は経験豊富なピッチャーに任せるのが無難だ。勝負はまだこれからなのだから、ルチャリブレは小刻みな継投で追加点を許さない構えだろう。
『そしてペンギンズのベテランは下がります!池端の代走はオズマ、そのままファーストに入るはずです』
下半身の状態を考えれば、五回での交代も早くはない。しかもつばめは渡辺を潰すために池端を使ったのだから、今日の仕事は終わりだ。オズマも苦手の渡辺が消えたのでここからの活躍が期待できる。
「……こんなにうまくいったのはたまたまだ。もし誰もピッチャー返しができなかったらどうする気だったんだ?」
「その時は裏だ。渡辺が打席に入った時にぶつけてやればいい。やつはどんな形であれ、『口は災いのもと』だと苦い経験を通して学ぶ必要があった」
平然と語るのでペンギンズベンチは戦慄した。ピッチャーに故意死球は考えられる限り最低の行為だ。ペンギンズの名前が汚されたという理由だけで、それを一切躊躇わないのだからつばめは徹底している。
「お前がよくても池端や加林が直前で良心に従ったかもしれないぞ?こんなのはやはり駄目だと……」
「それはない。あの2人は他の選手以上に私の願いを聞いてくれるだろう。2人とも私がいなければまだ二軍だ……私への感謝を強く感じる」
現に池端は実行してみせた。渡辺の膝を砕き、デッドボールを受けるより悲惨な結末に至らせた。
「………お前はまともな死に方をしないだろうな」
「そんなことを恐れていたら勝負の世界で生きていく資格はない。その覚悟はすでにできている」
つばめが未遂に終わった故意死球の計画を語っていた時、マウンドでも不穏な動きがあった。
「監督からもゴーサインが出た。やるか」
「ジュンさんがやられて何もしないなんてありえない。徹底的に戦うまでだ」
ピッチャーの斎藤とキャッチャーの誉は報復を決断した。つばめにも痛い目に遭ってもらいたいが、監督に直接攻撃はできない。代わりの的に選ばれたのは、たまたま次の打順だった池村だった。
『キャッチャーは内に構えた、斎藤の初球!』
「ちょっ………」
ボールが斎藤の指を離れる前から狙われているのはわかったと池村は語る。慌てて避けようとしたが間に合わなかった。
「ぐあっ!」
『デッドボールだ!肩のあたりか!?池村は悶絶しているが、頭や顔は大丈夫か!?』
球場は騒然とした。これがただのデッドボールではないことは観客にもわかったからだ。
「てめえこの野郎!何しやがる……ぐっ!」
「先に仕掛けたのはそっちのガキだろうが!売られた喧嘩を買ったまでだ!」
池村がバットとヘルメットを放り投げると、キャッチャーの誉が胸ぐらを掴んできた。
「あれは事故だろう!落ち着きなさい!」
「本気で言ってるのか!?冗談は顔だけにしとけ!」
「ぐあっ!!」
誉が突き飛ばしたので止めに入った主審は倒れ、腰を強打して動けなくなった。こうなるともう止まらない。両チームのベンチから次々と人が飛び出した。
『あ―――っといけません!大乱闘、大乱闘です!最近では珍しい本気の乱闘です!』
「つばめ!お前は残ってろよ!」
全員グラウンドに出るのが乱闘のルールだが、つばめを出すわけにはいかない。しかしつばめはやる気満々だった。
「お、おい!」 「何を持っているんですか!」
「殺しに行くぞ!」
ベンチの中にあった武器になりそうなものをいくつか手に持ち、本気で相手を襲おうとしていた。ペンギンズで一番怒っているのは他でもないつばめだった。
『おおっ!つばめ監督も参戦か……あっ!!』
乱闘中の選手たちも動きが止まった。ルチャリブレのベンチから悲鳴が聞こえた次の瞬間、2メートルを超える大男が走ってきた。
「げっ!!」 「あいつはっ!!」
「ウオオオオオ――――――!!」
『ギアニーです!今月入団したばかりの新外国人、パワー自慢のギアニーが仲間を振り切って出てきた!』
次々と選手やコーチを吹き飛ばしていく。興奮しているのか、ルチャリブレの選手たちまで投げ飛ばす。怪物の登場で乱闘の空気は一変した。
「あいつはまずい!行くなよ、つばめ!」
「むう………」
これではさすがのつばめも参戦を諦めるしかなかった。まともな死に方をしなくても構わないと言ったばかりだが、今日命を落としてしまっては志半ば、後悔が残る死となる。ペンギンズを立て直すまでは死ねない。
「皆で一斉に抑え込むぞ!せーの!」
「おおっ!」 「うわああっ!」
最後は両チームの若手が10人集まり、ギアニーを数の力で止めた。その光景はスズメバチを捨て身で倒すミツバチの群れのようだった。
「グオオオオオオ――――――ッ!!」
「大人しくしろ……いでっ!!」
怪力無双の巨人がいなくなり、ようやく騒ぎは収まった。ピッチャー斎藤とキャッチャー誉は当然退場、審判の目の前で相手にパンチを決めたペンギンズのコーチ1人とギアニーも退場処分となった。
『ピッチャーは木股、キャッチャーは亀井に代わっています!味方のギアニーに殴られて負傷したライトの飯橋に代わって望月が入りました!』
被害はルチャリブレのほうが大きかった。この全ての原因を作ったのは渡辺ジュンであり、つばめが今回の件で処分されることはなかった。
『フォアボール!木股は準備ができていなかったか、ピッチャーの加林を歩かせてしまいました!』
これで無死満塁。大荒れの試合となったが、つばめはここで今日の勝利を確信した。五回表はその後ビッグイニングとなり、ドラゴンドームの空気も落ち着いた。
『優秀なピッチャーであるのは疑いようがない。今すぐメジャーに行っても通用するだろう。だからこそ品のない言動で自らの価値を落とすのは非常にもったいない。そこさえ改善すれば真の超一流だ』
試合後の会見で、つばめは渡辺を高く評価した。敗者にこれ以上鞭を打つことはしないのか、もしくは葬り去った相手にはもう興味がないのか。前日とはまるで違うトーンだった。
『加林投手は2失点で完投、5連勝となりました。渡辺投手と比べたらどちらが上だと思いますか?』
『ふふふ……私に聞くのか?加林のほうが上だと言うに決まっているだろう。まだまだ連勝記録は伸びるはずだ』
交流戦MVPに続き、6月の月間MVPもほぼ確実にした。ライバルだった渡辺は直接潰した。
『オールスターまでには最下位脱出もありえますよ!オールスターといえば、つばめ監督が就任するまではお情けで1人しか選ばれないだろうと言われていたペンギンズですが……』
『もう投票は締め切られていたな。一軍に上がるのがみんな遅かったからファン投票は厳しいが、監督推薦で何人かいける。私としては誰も選ばれずに休養してもらいたいと思っているがな』
つばめは厳しいと言っているが、女子高生監督が誕生したことでペンギンズは世間の注目を集めている。最終中間発表では落選濃厚の位置にいる選手たちでも大逆転がありえる勢いだった。
(オールスターか……何かあるとしたらそこだな)
監督ではなくなるとしたら球宴の前後だろう、つばめにはその予感があった。選手たちにはこの先も輝かしい未来が待っているが、つばめはあと3週間しか残されていないかもしれない。その日は刻一刻と近づいていた。
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