ノックアウト
つばめはバントのサインを出していたはずなのに、打席の秦野は強打。渡辺と誉のバッテリーは打たれたショックよりも驚きのほうが大きかった。
「なぜだ!?確かにあれはバントのサインだった!まさか……サイン無視か!?」
「ペンギンズの連中はあのガキに逆らえないはず!」
2人がなぜだと考えているうちに俊足の岩木は三塁を蹴っていた。打った秦野も二塁に到達し、初めての長打は貴重な先制タイムリーになった。
『ボールは中継まで!ペンギンズがこの初回、早くも先制!秦野を信じて打たせたつばめ監督の采配がズバリ的中!』
(違う!やつはバントのサインを……)
バントをしてくるはずだったのでバッテリーは高めを選択した。ペンギンズベンチのつばめを見ると、
「……………」
(あいつ!俺たちを見て笑ってやがる!まさか……罠か!?偽のサインをわざと盗ませて、秦野が得意なコースに投げるように誘導した!?)
その通りだった。つばめは試合前のミーティングで、自分が出すサインは見ないようにと選手たちに告げていた。本物の指示は国村が出している。
昨日の試合で目立ちたがりを装ったのは、渡辺を騙すためだ。まともに戦えば完封負けの確率が極めて高い相手から1点をもぎ取るために、時間をかけて仕込みをしていた。
『たった5球で失点した渡辺ジュン!つばめ監督の予告通り、このままノックアウトされてしまうのか!』
「フフフ……ハハハハハ!いいね、面白いよ!これぐらいやってくれなきゃ楽しくない!」
渡辺は不気味な笑い声を上げる。笑いながら面白い、楽しいなどと口にしてはいるが、心の中は怒りと憎しみに満ちているのは小さな子どもでもわかった。
「消してやるよ、屑バッターども」
そして笑いが消えた。これが渡辺の『本気モード』だ。無死二塁ではあるが、チャンスのムードではなくなっていた。
『スリーアウト!武雄とラムセスは三球三振、そして土場のバットをへし折ってピッチャーゴロ!』
クリーンナップが何もできずにやられた。渡辺がずっとこの状態なら、何打席立っても同じことだろう。
「手がつけられないぞ、あれは。つばめ!次の作戦はあるのか?」
「ふふふ……やつは間抜けだ。あんな球が投げられるのなら最初から全力で来ればよかったものを。1点取られてからでは遅すぎるぞ、ぼけが」
国村や他のコーチたちが渡辺の本気に震えているのとは対照的に、つばめは嘲笑っていた。真面目にやっていれば三者凡退だったのに、つばめを軽く見たせいで余計な失点をした渡辺を馬鹿にしていた。
「まあ……そうなるように私が誘導したのだから仕方がないのかもしれない。それでもこの程度の罠は見抜いてほしかったな………ふふっ」
『空振り三振!この回も三振2つに内野ゴロ!』
『ズバッと決まってストライク!スリーアウト!初回にツーベースの秦野を相手にしません!』
渡辺が本気になればペンギンズ打線を抑えることなど朝飯前だ。失点後は四回までランナーを許さず、アウトの内容も三振と内野ゴロだけというパーフェクトなピッチングだった。
『外角入っていた!見逃し三振!』
『キャッチャーフライだ!ルーキー加林、渡辺に負けない力強いピッチング!このまま1対0で決まってしまいそうです!』
加林も完封ペースで投げている。そうなると最初に油断したのが致命傷となって渡辺の敗北となるが、つばめが予告したノックアウトという負け方ではない。しかもここでタイムリミットの五回になった。
『つばめ監督は五回までに渡辺をノックアウトすると言いました。しかし打順は6番から……大量点どころか1人出塁するのも難しいでしょう』
つばめは試合前のミーティングで野手に指示を出している。ペンギンズにとって天敵の渡辺を攻略する秘策があるのだろうと皆は期待していたが、
「こんな時こそ基本に忠実……センター返しだ。好投手相手に奇策は通用しないからな」
「……ん?」 「そ……それだけですか」
センター返し。それ以上は何もなく、そこから先はコーチが説明するだけだった。これで自信満々に渡辺を土下座させると言っていたのだから恐ろしい。
『バッターは池端。昨日は決勝打を放ちましたが、今日の第1打席は渡辺の速球に振り遅れて三振。渡辺はベテラン打者が最も苦にするタイプです』
常に150キロ以上のストレート、落差のあるフォーク、おまけにカットボールまで一流だ。若手でもベテランでも厳しいピッチャーだった。
(どうしたどうしたどうした?どうしたつばめさんよ!もう五回だぞ。何かあると思って楽しみに待っていたが何もないじゃないか。それならこのへんで体力温存のために一度ギアを落とすか)
そんな渡辺でも常に全力ではガス欠する。どこかで力をセーブするしかないのだが、一番楽な打順だと思われるこの回を彼は選んだ。
(センター返しか……まさか!しかし彼女ならそれを狙っていても不思議ではない。本気でノックアウトする気なら!)
ちょうど同じタイミングで池端が閃いた。つばめがなぜセンター返しを強調したのか。もしそのためにバットコントロールに優れる自分が起用されているのだとしたら………。
(うまくいくかはわからないが、やってみよう。俺も渡辺のことは許せんと思っていたからな)
池端がつばめの真意に気がついたとしても、実行できなければ無意味だ。渡辺がこのイニングも全力で投げたらそうなっただろうが、彼はここを温存の時にしてしまった。つばめが何もしてこないので気持ちが緩んだのが運命の分かれ目だった。
『初球はやはりストレートか?渡辺、投げた!』
(……打てる!)
明らかに手を抜いた球だ。天才打者の池端がこれを逃すはずがなかった。
「タァッ!!」
「ギャアアアアア――――――ッ!?」
強烈なピッチャー返しが渡辺の膝を襲った。ボールは目の前を転がっているが拾いに行くことができず、その場で崩れ落ちた。
『一塁セーフ!強襲ヒット!』
『今のは嫌な感じですね。ピッチャーは打球を受けても本能や執念でボールを追いますが、渡辺はそれすらできなかった……重傷かもしれません』
膝の皿に直撃した。渡辺は起き上がることができず試合は中断、マウンドに次々と人が集まった。
「ジュンさん!ジュンさん!」
「あ〜〜〜っ!いて―――っ!!いて―――よ―――!!ぐぎぎぎぎ………」
『キャッチャーの誉が声をかけます!ルチャリブレのトレーナーに浅井監督も駆けつけ、ペンギンズの一塁、三塁コーチも……あっ!』
コーチたちだけではない。ペンギンズベンチからゆっくりと、つばめが出てきた。
「……………」
「……!」 「お前は………」
『つばめ監督です!こうなってしまっては敵も味方も関係ない!長期離脱もありえる渡辺を心配して様子を見に来たのでしょう!』
倒れている渡辺はつばめを見上げるしかない。一方のつばめは渡辺を見下ろす。2人の戦いは完全決着、つばめの完勝だった。
「……………」
「ま、待ちやがれ!このガキ!鼻で笑ったろ、今!」
立ち去る間際、敗者を侮蔑する笑みを残したつばめに対して激怒したのは誉だった。掴みかかろうとしたところを周りの選手やコーチたちに止められた。
「ジュンさんを馬鹿にしやがって!このまま終わると思うなよ!」
「うぐぐ……いいから早く病院へ………」
渡辺はそのまま降板し、五回までにノックアウトすると語ったつばめの言葉が現実になった。どこまでが計算でどこまでが天運なのか、人々はつばめの恐ろしさを改めて知ることになった。
佐藤輝明、アメリカに亡命か?の報道。EVILだってアメリカに行くんだし(多分)、いいんじゃない?(適当)




