若いバッテリー
8番投手をやめるようにとつばめに頼んだ国村。長期戦を覚悟していたが、あっさり決着を迎えた。
「わかった。やめよう」
「………えっ?」
つばめはあっさり応じた。これならこれでよいのだが、この程度でやめてしまうのなら最初からやるなという気持ちにもさせられた。
「ただし明日までは続けさせてもらいたい。元に戻すのは来週からだ」
「……なぜだ?明日からじゃ駄目なのか?」
「明日までやらなければこの2日間が無駄になる。ペンギンズが苦手にしているピッチャーを消すために、もう少しの辛抱だ」
具体的な理由を明かさなかったが、何らかの強い意図があったのなら必ず成果を出すだろう。国村はそれ以上この件について触れることはなかった。
「そうか……ところでついさっき、渡辺をノックアウトすると言っていたな。何か策はあるのか?」
「明日のミーティングでそのための指示を出す。後半戦、それに来年以降のことを思えば、害虫の駆除はできる時にしておかないとな……」
つばめの頭の中には渡辺を倒すイメージがすでに完成している。じっくりと整えた道を進み、ゴールは近い。それでも100パーセント成功するとは限らず、あとは選手たちを信じるだけだった。
『チケット完売、立ち見席まで即完売!渡辺ジュンが仕掛けた正一つばめ監督との抗争、その決着を見るために非常に多くのファンが駆けつけました!龍門ルチャリブレ対東京グリーンペンギンズ……ただの凡戦で終わるはずがありません!』
神戸ドラゴンドームは6万人近く収容できるが、広すぎる故に全ての席が埋まるということはほとんどない。関西の野球ファンは大阪スキュアーグリルズや京都トリプルクラウンズに流れてしまうのも原因の一つだった。
『渡辺もつばめ監督も古くから伝わるプロ野球の伝統を大事にして守っていくと口にしていますが、実際は常識や暗黙の了解を次々と破っていく破壊者!勝利のためなら手段を問わないところも似ています!』
つばめが監督になってからのペンギンズ戦は敵地も満員にしてきた。それでも今日は渡辺の働きも大きい。約10年前にルチャリブレが日本シリーズに進出した時の最多観客数を更新した。
『ルチャリブレのバッテリーはピッチャー渡辺、キャッチャーは渡辺の専属捕手、誉!渡辺は20代前半、誉はまだ10代という若さです!』
強豪チームに入団していれば、毎年のようにMVPと最優秀投手賞を獲っているだろうと言われる渡辺。現状は渡辺が先発する日だけスタメンマスクを被るが、やがてルチャリブレの中心選手になると期待されている誉。球界を代表する名コンビだ。
『対するペンギンズのバッテリーはピッチャー加林、キャッチャー大矢木!こちらもルーキーバッテリー、勢いでは負けていません!』
無敗の4連勝中の加林、攻守において解説者たちからの評価が高い大矢木が組めば、ルチャリブレのバッテリーに見劣りするところは全くない。
「つばめ監督は渡辺をノックアウトすると言っていたが、投手戦になるだろうな」
「1対0……もしくは2対1か。お互い無得点で引き分けってこともありえるぞ」
大崩れのないエース対決だ。投手有利の球場であることも考えれば、ノックアウトはありえないと考えるのが普通だった。
『注目の一戦、いよいよプレイボール!今日のペンギンズはスタメンや打順を変えてきました』
8 岩木
9 秦野
6 武雄
7 ラムセス
4 土場
3 池端
5 池村
1 加林
2 大矢木
1番から3番まで左を並べ、右を2人続けたところで6番に池端を入れている。代打の切り札として呼んだはずのベテランをまさかのスタメン起用だ。
『昨日の活躍で早速池端がスタメン……これはどうなのでしょうか?』
『オズマは渡辺相手に通算で27打数1安打です。全く合っていませんから代役を使うのはありです』
天敵の渡辺と対戦すれば確実に成績は悪化する。ベンチスタートでオズマは気分を害するどころか、むしろ大歓迎だった。問題は足腰が悪い池端の守備だ。
『そしてこれだけ入れ替えたにも関わらず、8番投手は継続!誰かがやめるように進言しそうなものですが……』
『していると思いますよ。監督が意地になって続けているだけでしょうね』
つばめはこの試合でやめると国村に告げている。しかしそれ以外の人間にはまだ何も言っていない。皆の不安と疑念を取り除かないまま試合に臨む理由がつばめにはあった。
『ピッチャー渡辺、投げる前から余裕の表情!つばめ監督の考えたオーダーを鼻で笑っています!』
(やはりやつは独り善がりの屑!自分が好きな池端を強引に使うために左バッターをたくさん並べて、それらしい理由を作った!)
渡辺は右ピッチャーだが、左バッターを苦にしていない。データをしっかり見ているはずのつばめがそれを知らないというのは考え難く、池端を贔屓しているだけだと渡辺は決めつけた。
(このまま当たり前に雑魚どもを屠ってもいいんだが、やつの愚かさが誰の目にも明らかになる形で勝ちたい。そうなると……)
マウンドの渡辺がキャッチャーの誉にサインを出す。誉もマスクの奥でにやりと頷き、渡辺に任せた。
「ボール!フォアボール!」
『4球続けてボール!まさかの立ち上がりです!』
岩木を歩かせたが、当然わざとだ。心配するふりをして誉がマウンドに走ったが、フォアボールになるのは最初からわかっていた。
「ペンギンズベンチをよく見ておけよ。昨日と同じように、バカ女がサインを出しているはずだ。やつの指示は裏目に出て、無能を晒すことになる」
「ジュンさんには誰も勝てませんからね。歯向かったことを後悔させてあげましょう」
力押しの個人技で勝つのではなく、つばめの采配ミスで勝つ。ランナーを出したのはつばめを舞台に引きずり出すためだった。
『大事なノーアウトのランナー……おおっ!つばめ監督、今日も大きなリアクションだ!』
(やっぱりきたな……昨日も見たよ、それ。バントのサインだろ?)
(目立ちたがりが命取りだったな。そこまでバレバレなのはサインとは言わねーんだよ)
ルチャリブレバッテリーは今度は心の中で舌を出した。つばめの動きを見れば何をしてくるかが筒抜けで、対処は容易だ。
(秦野は小技のための2番じゃない。でも今日は相手がこの渡辺ジュンなんだ。必死に1点を取りにいかなきゃいけないんだから、バントは当然だな)
昨日の試合で田富にバントを命じた時と同じ動きをしている。そうなるとバッテリーの選択は高めに速い球だ。バントに慣れていない秦野では、球威に負けて打ち上げてしまい失敗する。
『バントの構えはしていないが、秦野はサインを何度も確認している!手堅く送るのか、それとも秦野のバッティングに期待するのか……つばめ監督の選択はどっちだ!?ピッチャー渡辺、投げたっ!』
ストレートでねじ伏せにいった。投球動作に入れば構えてくると疑わずにいた渡辺だったが、いつまで経っても秦野は長打狙いを崩さない。
(初球は捨ててバントへの警戒を緩くさせる気か?下手なんだから小細工なんかしないほうがいいのにな)
つばめの指示なのか、秦野の独断なのか。どちらにせよ無駄なことだと渡辺は笑う。しかしこの直後、笑えない事態が起きた。
「ふんっ!!」
「え……ええ――――――っ?」
『初球打ち!右中間抜けた、真っ二つ!』
EVIL、新日本プロレス退団!噂に過ぎないと思っていましたが、これで拷問の館も終わりです。もしWWEに行けるなら大出世ですが、闇の王はどこへ……。




