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代打の神様

 試合は六回まで進み、1対1の同点。田富が粘り強く投げたが、打線は残塁10個の拙攻だった。


 三回は先制後に二死満塁としたが、あとひと押しができずに1点止まり。四回は無死満塁の絶好機を作ったのに打順は8番のピッチャー田富。併殺が怖いのでわざと三振して後続に託したが、これで勢いが止まってしまい無得点に終わった。


「五回と六回も2人ずつ残塁……スクイズを仕掛けてもいい場面はあったが」


「あまりにも無策だ!この七回は3番のラムセスからだから……ホームランに期待するしかないな」


 8番投手が成功したのは最初の打席だけ、その後は全員好き勝手に振り回してチャンスを潰している。監督の采配に期待できないのなら、シンプルに一発で決めるしかない。



「ストライク!バッターアウト!」


「ストライク!バッターアウト!」


 ファンの願いも虚しく、ラムセスと池村が連続三振。今日は2人で6三振、大ブレーキだった。



「おっ!!」 「入れ!入れ……惜しいっ!」


『高いフェンスの一番上、僅かに届かず!ツーベースではありますがオズマは悔しそう!』


 ツーアウトからオズマが長打を放った。しかし三回以降は毎回得点圏にランナーを置いて無得点が続いている。ペンギンズファンが陣取るレフトスタンドは大して盛り上がらなかった。



「………!」


「……すまない。下がってくれ」


 つばめが立ち上がると、ネクストに控えていた大矢木がベンチに戻った。ここで勝負に出た。


『第三捕手の甲賀を抹消し、2人しかいない大事なキャッチャーに代打を送るようです!ピッチャーを8番に置いて下位打線の打順を変えたことが裏目に出ています!』


「馬鹿か、あの女……いや!あれを見ろ!」


 怒りや失望のせいで目まいがしてきたファンも多かったが、つばめと共にベンチから出てきた男を見た途端、この日一番の歓声が起こった。



『大矢木に代わりまして、バッター…池端!バッター、池端!背番号、5!』


「おおおっ!」 「待ってたぞ―――っ!!」


 ペンギンズ一筋20年、池端の今シーズン初出場にドームは揺れた。代打の神様と呼ばれる男がゆっくりと左打席に入った。


『池端のシーズンがようやく開幕、つばめ監督はそれに相応しい舞台を用意しました!そしてランナーも代えます、木南(きなみ)がピンチランナー!』


 3回出塁しているオズマを代えるのだから、つばめは池端に賭けている。木南は代走要員として昇格した俊足だ。ルチャリブレの外野は全員前進してバックホームに備えた。



『サウスポーの箕浦(みのうら)に対し左の池端をぶつけます!右の代打も何人かいますが……』


『一番打てると思ったバッターを信じて送り込んだ、それだけでしょう』


 先発の箕浦はこの回までだろう。ルチャリブレのリリーフは速球派ばかりで、彼らに比べたら箕浦のほうがベテランの池端でも対応できる。八回以降にチャンスを作れる保証もなく、この場面で池端を使うことは理に適っていた。




「イケハタ・シンゴ!イケハタ・シンゴ!」


『初球投げた!見送ってストライク!』


「………」


 真ん中低めのストレートに池端は反応しなかった。



(打つ気なしか……変化球を狙っているのか?いや、手が出なかっただけかもしれない)


(ピークを過ぎたベテランだ。最後までストレートで攻めよう。カーブは合わせられる危険があるからな)


 6月の終わりになってやっと一軍に昇格したのだから、調子が上がらず全盛の力はないと考えるのは普通のことだ。万が一を避けて直球でねじ伏せる、ベテラン相手ならこれも普通の考え方だった。


『バッテリーの決断が速い!テンポよく2球目!』


(………)


 しかしバッターは天才打者、池端新伍だ。普通にやって抑えられると甘く見たのがルチャリブレバッテリーの失敗だった。ピークを過ぎていようが、依然として並の選手より遥かに高い技術と打撃センスを維持していた。



『流し打ちだ!三遊間抜けた!』


 初打席でいきなり結果を出した。ツーアウトなので打った瞬間にランナーは走るが、レフトはかなり前にいる。三塁を回すか微妙なタイミングだった。


「ゴ――――――ッ!!」


「!?」 「!!」


 ところがベンチからつばめの大声が響いた。ホームへ向かう、コーチもランナーもそれ以外の考えが頭から飛んでいった。



『三塁蹴った!レフトがバックホーム、これは際どいタイミングに……』


 キャッチャーにストライクの送球だった。あとは走ってくる木南にタッチするだけだとミットを下ろすと、すでに木南はホームベースを滑っていた。


「セーフ!」


『これは驚いた!際どいどころか余裕のセーフ!木南の足はとんでもなく速かった!ホームイン!』


 池端が塁に出た時の代走として一軍に呼ばれたのがこの木南だったが、想像以上に速い。もっと重要な場面で使えるとつばめたちは喜び、その期待通り衝撃のデビューを飾った。



「池端の代わりじゃない。池端がバッターの時に還ってくるランナーとして出すべき男だ!」


「前監督は代走専門の選手を好みませんでしたからね。つばめ監督が就任した直後は指の骨折からのリハビリ中で、昇格候補のリストに名前がありませんでした」


 以前はただ足が速いだけで、走塁が上手いわけではなかった。判断ミスや盗塁失敗が多いイメージが強く、つばめも木南を単独で昇格させるつもりはなかった。池端が上がるのでそのお供として上げただけだった。


「はっきり指示を出してやれば活躍できる選手なのでしょうか?」


「何かあってもベンチの責任、それならもっと大胆に持ち味を発揮できるだろう。前の首脳陣は保身が第一だったので選手のせいにばかりしていた」


 余計な圧力を取り除くことで光り輝ける選手は木南のほかにもまだいるかもしれない。二軍をゴミ溜めと決めつけず、もう一度しっかり見ておく必要がありそうだ。



『池端には代走が送られます、青山です!ベンチへ戻る池端にペンギンズファンは大歓声、そしてベンチもすでに勝ったかのような大騒ぎ!』


 野手最年長の池端が打てばチームは盛り上がる。キャプテンの海田が休養中の今、池端の存在は大きい。


「早めに1本欲しかったけど、まさか最初の打席で出るとはね。今年はいいことありそ……うおっ!」


「見事だった!池端新伍の華麗なヒットをこんな近くで見ることができた……監督になってよかった!」


 つばめが正面から池端に抱きついた。ラムセスが初ホームランを打った時もハグを交わしていたが、その時よりも深く抱いていた。


『つばめ監督も大喜び!こんなにはしゃぐ監督はサヨナラ勝ちの時以来でしょうか?いや、それ以上かも……』


 その姿はただのファンのようだった。いつもならこんな光景を見れば嫉妬の炎を燃やすであろう若手選手たちも、これはつばめの偽者か、自分の目がおかしくなっているかのどちらかではないかと混乱していた。




『ペンギンズは守備が大きく変わります!オズマの代走だった木南に代わってキャッチャー名村、池端の代走青山がそのままファースト、7番の武雄のところに2番手ピッチャーの小西、ピッチャー田富に代わり新谷がショート!』


 細かく交代したが、これは打順やベンチに残った選手を考えれば誰がやってもこの采配になるだろう。しかしこの試合を見ていた彼……渡辺ジュンは全く異なった結論を出した。


「ハハハ……!『私は仕事ができます!』とアピールしているな。自分を賢く見せたくて仕方がないのか。やはりあのガキは害悪だな……さて、やつに騙されている頭の弱いファンどもに導きを与えなくては」


 試合終了と同時に配信を開始する準備に入った。ルチャリブレの明日の先発は彼であり、対決の時が迫っていた。 

 木南……足のスペシャリスト。現状では代走専門。

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