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渡辺ジュン

「ナイスバッティング!さすが天才!」


 池端の2打席目はセンター前へのクリーンヒット。足腰の怪我さえなければ2000本安打は確実だったと言われる男は、プロ20年目を迎えても健在だ。


(問題はやはり速く走れないことか……)


 二軍戦なのでそのまま塁に残っているが、一軍の試合、特に接戦では厳しい。出塁したらすぐに代走を送る必要があるので、代走専門の選手をセットで用意しなければ池端は使えない。



(候補はいるが……代わりに誰を落とす?第三捕手の甲賀は不要か?大矢木と名村だけで回る……)


 試合はペンギンズの投手陣が序盤から炎上し、大量のビハインドだ。つばめの意識が別のところに飛びかけたところで、秦野の鮮やかな打球音が呼び戻した。


「……おお!入った!」


 ライトスタンドに完璧な一発を放った。つばめが見ていても緊張で縮こまることはなく、改めて自慢のバッティングをアピールしてみせた。


(やはり甲賀を落とそう。いざとなれば秦野もキャッチャーができる。いくらでもカバー可能だ)


 秦野はキャッチャーとしての能力に疑問があるとして、二軍で調整を続けていた。配球が問題ならベンチからサインを出せばいいだけのことで、キャッチングが不安なら制球力の高いピッチャーとだけ組ませる手もある。池端と秦野、どちらも予定通り昇格させることが決定した。



「セーフティバントだ!どうなってるんだ、今日のミルミルは!?」


「大きいのを全く狙わなくなっちゃった!」


 スターヒーローズの三丸はつばめの嘘を信じ、足を使ったプレーを試していた。ペンギンズの二軍は守備も最低なので、野手の間を抜くゴロやバントヒットが面白いように決まる。


(こうだろ?つばめちゃん……俺は生まれ変わるぜ。ペンギンズの1番としてつばめちゃんをたくさん勝たせてやるからな!そしてシーズンオフには監督と選手以上の仲になるんだ………)



 三丸の変化に誰もが混乱している中で、その犯人であるつばめは当然冷静だった。チームの中では特に速いほうだと三丸は言ったが、実はスターヒーローズは鈍足揃いで有名だ。球界全体で見れば三丸の足など大したことはなかった。


「ミルミルが走った!?やっぱりおかしいぞ!」


 盗塁は際どいタイミングでセーフと判定されたが、大差がついていたのでバッテリーは無警戒だったことが大きい。しかもキャッチャーは育成選手だ。


「ふふふ……盗塁のセンスもない。大矢木なら5回のうち4回は刺せる」


 日本の4番になれる可能性があった選手をどこにでもいる平凡な選手に落とした。球界の大損失と呼べる犯行だが、他球団の戦力をダウンさせることに成功したつばめは満足そうに笑った。今日横須賀に来たのは大正解だった。






「ただいま。収穫の多い一日だった」


 みのりが待っているので、横須賀からまっすぐ車で帰ってきた。しかし今日はこれで終わらなかった。


「………」


「どうした?不機嫌そうだが」


 なぜかみのりは苛立っている。つばめは心当たりが全くなく、原因を聞いてみるしかなかった。



「これを見てください。いや、見ないほうが……」


 みのりはタブレットを取り出したが、それを戻そうとした。見せるべきか迷っているようだ。


「あっ……」


「そこまで言われたら見たくなるだろう。これは……動画サイトか?しかもこいつは『龍門(りゅうもん)ルチャリブレ』のやつじゃないか」


 つばめは一瞬の隙を突き、みのりからタブレットを奪った。龍門ルチャリブレはリーグ戦が再開する金曜日から、敵地の神戸ドラゴンドームで戦うチームだ。



「最近はシーズン中でもファンへ向けた動画を更新する選手たちがいる。結果を出していれば自由時間に何をしていても文句は言われない」


 多くの球団は選手に対し、動画の投稿やSNSの更新を認めている。しかしペンギンズは面倒くさがりの選手が多く、他球団に比べてほとんど発信がなかった。ペンギンズの公式アカウントもやる気がないので、熱心に情報を伝えようとするチームに大きな差をつけられていた。


「龍門の『渡辺(わたなべ)ジュン』……成績は非の打ち所がないが、言動に多少問題がある。大阪の小澤とはまた違ったタイプの変な男だ」


 龍門ルチャリブレもペンギンズと同じくなかなか上位に入れないシーズンが続いている。広いドーム球場なのに非力なバッターが多く、エースの渡辺が好投しても援護がなく競り負けるのはよくある光景だった。


「チームメイトすら公然と非難するやつだ。あなたが怒っているということは……私への悪口や罵倒か。一応聞いてやるとするか」


 週末のどちらかで渡辺は登板する。この動画は攻略のヒントになるかもしれない。お喋りな人間は自らの首を絞めることも多いからだ。




『正一つばめ監督……僕は彼女が嫌いだ。女性監督というだけでもありえないのに、素人の女子高生だ。存在自体がプロ野球の歴史に泥を塗っている』


「……………」


『なぜ誰も彼女を非難しないのか?彼女によって野球界が注目されることによる利益を優先しているからだ。僕は金や名声はいらない。悪いものは悪い、臭いものは臭い、不要なものは不要だと言わせてもらう』


 つばめのことを悪い、臭い、不要なものだと言っている。これだけでもみのりが怒るには十分だった。



『彼女は裸の女王様だ。無能なのに周りが有能だと持ち上げ、便所の床に残った糞尿なのに天空の王座にいると祭り上げられている。誰が勇気ある少年となって事実を指摘するのか?この僕、渡辺ジュンだよ』


「なるほど………」


『今週金曜からの神戸ドラゴンドーム3連戦……まだチケットは残っている。僕が投げるのは日曜日、13時30分試合開始の試合だ。龍門ルチャリブレが勝つところが見たい人間は必ず来るように』


 最後は宣伝で終わった。過激な発言で自分に注目させるのが彼のやり方だった。チームの売り上げにも貢献しているので、ルチャリブレは渡辺の好き勝手を許していた。



「これ以上は視聴の必要がありません。根拠のない悪口を延々と……こんな人を野放しにしていては百害あって一利なしです!」


「こいつがどこまで本心で言っているのかわからないが……確かに躾けてやるべきだな。直接説教することはできないが、痛い目に遭わせて反省させるのはありだな」


 去年は4回対戦して3勝を献上し、今年も2戦2敗の相手だ。普通に戦えば痛い目に遭うのはペンギンズなので、つばめの作戦にかかっていた。






「うーむ………」 「これは……?」


 リーグ戦の再開初戦。ペンギンズのスタメンが発表されると両チームのファンが戸惑う事態になった。



 8 飯館

 9 秦野

 7 ラムセス

 5 池村

 3 オズマ

 4 土場

 2 大矢木

 1 村吉

 6 武雄



 昇格したばかりの秦野をいきなり起用し、しかも2番。小技ができるタイプではないので、超攻撃的オーダーと言える。しかし皆が疑問視しているのはそこではない。


「8番投手?」 「どういう意図だ?」


 村吉はピッチャーの中でも特にバッティングが下手な選手だ。事前の予告もなく、ファンは推測で語るしかできない。



「監督が譲らないからこうするしかありませんでしたが……何がしたいんでしょうね?」


「うまくいくイメージはないんだが……」


 ペンギンズの選手やコーチですらファンと似たようなことを言っていた。つばめが多くを語らないため、狙いがわからないまま試合開始を迎えた。

 龍門ルチャリブレ……神戸ドラゴンドームを本拠地とする、守り勝つ野球が得意なチーム。その名の通り、龍の門の選手たちから名前や設定を取った。


 渡辺ジュン……過激な言動で敵どころか味方すら批判する問題児。本人は自分こそが正義だと信じて疑わないので厄介だが、投手としては超一流。このキャラの元になったプロレスラーはあの天空歩人だが、作者の別作品にも彼をベースにしたキャラが登場している。

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