ミルミルの失敗
「私が監督になるよりは遥かに現実的だが、あなたがドラフトで指名された日は私も驚いてしまった」
「アハハ!本人に言っちゃうの、ソレ?ま、つばめちゃんらしいけどね!」
三丸は相変わらず笑っている。つばめとの久々の再会を喜んでいたが、気楽に笑えるのはここまでだった。
「しかしプロになれたのなら、もっと成功するだろうとも思っていた。非凡な素質にそのプロ向きの性格だ。出場機会の少なかった1年目がキャリアハイで、3年目の今年は活躍どころか打撃フォームの見直しなんかをさせられている……」
「……よく見てくれてるじゃん。なんだかんだ言って気になってたの?俺のこと」
「いや、特に。野球ファンの間では有名だからな、期待のスラッガーだったあなたが伸び悩んでいるのは」
三丸の才能が花開くことを望んでいるのは横浜ファンだけではなかった。ホームランを量産できる若いスラッガーには夢があり、スーパースターの誕生を多くのプロ野球ファンが待っている。
「調整がうまくいってないようだが……原因はわかっているのか?」
「二軍のコーチと合わないんだよ。大振りをやめろ、コンパクトに打て……時代に逆行してるよ」
スターヒーローズの人間は周りに誰もいない。三丸は躊躇わずに現状の愚痴をこぼした。つばめは視線で合図をして、ペンギンズの選手やコーチも近づかないようにした。これでもっと自由に話せる環境になった。
「俺の持ち味は長打だ。打率は低くても仕方ないし、三振が多いのもホームランバッターなら当然だ。どうしてわかんねーのかな、昔の人たちは?」
「……なるほど、あなたのスランプの理由がわかった。指導の方針と合わなかったか……」
三丸の訴えに同意しているかのように、つばめは何度も頷いた。若い選手たちを何人も覚醒させ、しかも昔から気になる存在だったつばめに受け入れられたと感じた三丸は、すっかり気分がよくなった。
「つばめちゃん!」
「……………!」
つばめの両手を掴み、その目をじっと見る。両チームの選手やコーチは遠くから見ていたが、2人の世界に誰も入れなかった。
「なあ……俺たち、いっしょにやらないか?つばめちゃんはフロントに俺を獲りたいと言ってくれ!俺もトレードで出してくれと要求する。このまま横浜にいたら腐っちまうよ!」
「……………」
「ペンギンズは左の強打者がいない!今の俺なら安く買い叩ける!スターヒーローズはリリーフが足りないから、ゴミピッチャーでもトレードは成立する!」
三丸はペンギンズへの移籍を志願した。ブルペンが崩壊しているスターヒーローズなら、つばめが危惧していた足元を見られるトレードにはならない。三丸と同じように二軍で伸び悩んでいるか、全盛期は過ぎたが実績のあるピッチャーで獲得できるだろう。
「ふむ……屑を出してあなたが獲れるなら悪い話ではない。だが一つ、気になっている点がある。それさえクリアすればすぐに動きたいのだが……」
「ん?なになに?」
身体の痛みを隠していないか、外野の守備はどうなのか……聞かれるとしたらそんなところだろうと三丸は考えていた。全く問題はないはずだった。
「あなたには大きな問題がある。せっかくコーチが適切なアドバイスをしてくれているのに、それを無視していることだ」
三丸は耳を疑った。自分の味方だと思っていたのに、いきなり逆の立場になってしまった。
「えっ!?いや、でもさっき頷いて……」
「話を聞く時に頷くのは私の癖だ。同意していたわけではない。私はあなたのチームの打撃コーチが正しいと思っている。あなたのフォームは雑で粗だらけ、根っこから変えなければ未来はない……」
つばめの言葉に三丸は唾を飲んだ。ただの素人のはずなのに、なぜか逆らえない。全てを知っている女神からのお告げのようだった。
「あなたの真の武器はその足だ。だからミート重視、ゴロ打ちを鍛えるべきだ。出塁できなければせっかくの俊足も意味がない」
「あ…足?確かに俺の足は速い。俺より速いやつはチームに何人もいないが……」
「流し打ちや野手の間を抜くバッティングはもちろん、バントが上手くなれば最高だ。セーフティバントで内野安打の荒稼ぎ、3割バッターも夢ではないぞ」
1年目のホームラン8本に酔っているだけで、本質はアベレージヒッター。主砲ではなく1番打者向き。こんなことは今まで誰にも言われなかったが、つばめにそう断言されると三丸もその気になった。
「な……なるほど!俺が狙うべきは首位打者や最多安打、盗塁王ってことか!」
「気がついたようで何よりだ。しかしこうなると新たな問題が発生してしまった。あなたの評価は急上昇し、横浜がトレードに応じてくれないかも……」
「ハハハ、その時はその時さ。でも俺とつばめちゃんは見えない何かで結ばれてる気がする。楽しみに待ってるぜ!」
試合が始まり、つばめは一般の観客が入れない特別席から観戦する。2番に指名打者の池端、3番にライトで秦野が入り、初回から2人が打席に立つ。
「アウト!」
(アウトにはなったが……2人とも打球は鋭い)
池端はセカンドライナー、秦野はファーストゴロだった。そして一回裏、スターヒーローズの3番には三丸充がいる。アドバイスを与えた直後の打席を、つばめは池端と秦野以上に注目していた。
「ミルミル―――っ!頑張って―――っ!!」
「三丸―――っ……あれ?いつもとどこか違うぞ」
遠くから見ているファンでもわかるほど、三丸はバットを短く持っていた。そして打撃そのものも、
「おおっ、珍しい!三遊間流し打ちだ!」
広く空いていたスペースを狙い打って技ありのヒット。この打ち方では絶対に長打にはならないので、ホームランにこだわっていた三丸を知る人々を驚かせた。
(どうだ、つばめちゃん!これが新しい俺だ!)
特別席の場所は選手なら誰でも知っている。三丸はつばめに向かってウインクをしてみせたが、つばめはこの時グラウンドを全く見ていなかった。
「………三丸充、こいつはいらないな」
それどころか三丸の資料を全てファイルから抜き、鞄の奥へ放り込んだ。その上に物をたくさん置いたので、紙はくしゃくしゃになってしまった。
(やつのパワーなら大振りしなくてもホームランは打てる。だから打撃フォームを直せばよかったのに、コンパクトという言葉を勘違いしていたな……馬鹿め)
スターヒーローズの首脳陣は、三丸を長距離砲として育てようとしていた。コンパクトなスイングにすることでホームランも増えるはずなのに、自分を小さくまとまったバッターにするつもりだと誤解した三丸はコーチたちの言う通りにしなかった。
(コーチの指示は聞かないのに、私が適当に言ったアドバイスはすぐに実行……そんなやつはプロ失格だ)
チームの指針を受け入れないだけでも大問題だが、素人の意見を簡単に信じてしまうのは最悪だ。ファンや評論家気取りの一般人の言うことを一々真面目に聞いていたら、無価値な選手が生まれるだけだ。
(しかし……もし私の言葉を見事に跳ね返し、自分の理想のスイングを貫くというのなら獲得していた。それだけの強い信念があれば必ず大成する)
不安定なフォームのままでも、フルで使えば20本から30本はホームランを打てるとつばめは睨んでいた。ところが三丸の意志は弱く、つばめと数分話しただけでこれまでの全てを捨ててしまった。つばめの嘘に騙され、中途半端な選手になろうとしている。
(その程度のこだわりしかない二流は不要だ。小粒なバッターとしてプロ野球人生を棒に振ってくれ)
若きスターの誕生よりもペンギンズの勝利を欲するつばめだ。他球団の有望株の未来を閉ざし、可能性を奪うことに罪悪感は一切なかった。
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