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横須賀球場

「横須賀ですか。学校さえなければ私も同行したかったのですが……残念です」


「ここから球場に車で直行して、終わったらどこにも寄らずに帰るだけだ。来てもつまらないぞ」


 仕事に連れて行っても仕方ないとつばめは考えたが、つばめとどこかに行けるだけでみのりは楽しいのだ。2人の間にはズレがあった。



「チームが違えばレギュラーになれる選手が二軍から出られない……かわいそうな人たちを助けることができればいいですね」


 今回の目当ては左バッターだが、ペンギンズはピッチャーも全く足りない。出番がない選手たちを引き取ることができれば、ペンギンズも選手たちも大喜びだ。


 つばめのおかげでプロ野球人生が輝いたと語る選手が増えるごとに、つばめの名声も高まっていく。他球団からの引き抜きがうまくいくことをみのりは願ったが、話はそう単純ではないとつばめはわかっていた。



「……人たち……か。もし私が獲得したいと思っても、おそらく1人も獲れないだろう」


「余っているのに獲れないのですか?選手たちだって一軍の試合に出たいでしょうに……」


「プロ野球は好き勝手に移籍できない。何でもありになって格差どころの問題ではなくなるからな」


 二軍ですら出番がないような選手でも、無条件での移籍などまずありえない。代わりの選手か金を用意しなければ譲ってもらえない。


「それに敵たちもペンギンズの泣き所は知っている。足元を見てふっかけてくるどころか、そもそもトレードに応じてもくれない」


 その選手がいなくても構わないが、ペンギンズで活躍されたらとても困る。だからトレードの依頼や本人の移籍志願も拒否し、いつまでも飼い殺すのが最善の選択だった。


「ピッチャーは絶対無理だ。外野手なら少しは望みがあるが、こちらが支払う代償を考えたら、やはり誰も獲れないということになる」


「もったいないですね……」


 ペンギンズは主力を出さないと、他球団の控えと交換できない。それではトレードをする意味はなく、ペンギンズは弱いまま、他球団の有望株は干されたままという状況が続いている。



「どうせペンギンズに来ることはないだろうが、一応横浜の気になる選手をリストアップした。見るか?」


「私が見ても意味がない気がしますが、せっかくですから……あれ?この方は?」


 ペンギンズ以外のチームの選手はほとんど知らないみのりだが、ある選手のページで手が止まった。


「気がつくと思っていた。そいつの父親はペンギンズの元選手で、今は球団職員だ。その渡来(わたらい)もペンギンズに来ていれば一軍だったのにな」


「祖父がよく話しています。あの年のドラフトは彼を獲りにいくべきだったと」


 親子二代でプロになった渡来家。息子はドラフト1位で横浜に入団して2年目、一軍と二軍を行ったり来たりしていた。



「渡来はまだ2年目だから無理として……こいつはもしかしたら放出してくれるかもと思っている」


「……あれ?この方もどこかで見たことがあります」


 野球ファンなら渡来もこの選手も知っていて当然だが、みのりが知っているとなると、そこには特別な理由がある。

 

「やはりそうか。こいつは父親がペンギンズの重役と仲良しで、祖父に連れられて行った球団関係者のイベントやパーティーで何回も会っている。その顔と名前だけはみのりも覚えていたようだな」


「直接お話ししたことはありませんが……」


「私はある。まさかプロになるとは思っていなかったが、こんな形で再会することになるというのもまた意外だ。『三丸(みまる) (みちる)』……名字と名前の最初と最後の文字を取り、『ミルミル』と呼ぶやつもいる」


 三丸充は高卒3年目の21歳で、ルーキーイヤーに一軍で8本塁打を放った。そのまま主砲に育つと期待されたが、三振の多さや確実性がないことを問題視されて二軍での調整が続いていた。


「軽口の多い男だったが、長い二軍暮らしでどうなっているか……」






 一軍の試合が金曜日までない影響か、横須賀球場には普段よりも多くのファンが集まっていた。


「見ろ!グラウンドにいるのは……」


「つばめ監督だ!まさかこんなところに!」


 ペンギンズ側はもちろん、スターヒーローズのファンからも歓声が飛ぶ。つばめの登場は嬉しいサプライズになった。



「久々の一軍だなぁ。これ以上ファームにいたら日焼けで真っ黒になるところだったよ」


 つばめから直接昇格を告げられ、ベテランの池端は笑顔を見せる。6月もそろそろ終わりで、ここで声がかからなければ最後まで呼ばれないと思っていた。この年齢で必要とされていないのなら、自らユニフォームを脱ぐしかなかった。


「俺もプロ20年目……大勝負だな。しかしその勝負の機会すら与えられずに終わりでは不完全燃焼だった……感謝するよ」


「感謝はいらない。私はあなたを戦力だと思っているので一軍に呼んだ。ところでいま、守備はどのくらいできるんだ?今年は指名打者と代打ばかりだが」


「練習はいつもしているが、もうファーストしかできないな。しかし俺が守る機会なんてあるか?」


 聞いてみただけ、そう言ってからつばめは池端と握手をした。ちょうど秦野がフリーになったので、今度は彼のもとへ向かった。



「えっ、ボクが一軍ですか?冗談でしょ。ここですらあまり出してもらえないんですよ」


「それはあなたがキャッチャーだからだ。もうキャッチャーの練習はしなくていい。外野……それもライトだけでいい」


 いきなりの外野手転向だ。しかし正捕手争いでは一軍の大矢木や名村に遠く及ばないのはもちろん、二軍の育成選手と同じ順位にいる。これはチャンスだ。


「大学で外野もやってました!やります!」


「あなたの最大の武器は打力だ。ライトの練習に夢中になりすぎてバッティングが疎かにならないように。最低限守れるだけで構わない」


 レフトに12球団最低の守備指標を記録するラムセス、ライトにコンバートしたばかりの秦野が入れば、センターの飯館はかなりの負担を強いられる。つばめは岩木や青山をうまく使うことでカバーできると計算したので、このギャンブルに出た。



「うおっ……監督だよ。怖いな……」


「クビにする候補を探しているんだろうな。ボロが出ないように大人しくしていよう」


 池端と秦野以外の野手は、成績だけでなく心も沈んでいる。つばめの視察をアピールできる機会と考えることができず、萎縮してしまった。これではプロ野球選手として成功できる見込みはない。


「……………」


 つばめもこんな選手たちには用はない。野手よりも悲惨なことになっている投手陣にはもっと興味がない。一軍の選手たちが集団でインフルエンザや食中毒にでも感染しない限り、彼らの出番はないだろう。




「あれっ!?つばめちゃんだ!久しぶりっ!」


「……………!」


 突然背後から近づき、気がついた時には両肩に手を置かれていた。その男は190センチを超えていて、もし見知らぬ人間だったら恐怖以外の何物でもない。


「……三丸か。何年ぶりだったかな」


「あのつばめちゃんがプロ野球の監督になるなんて聞いた時には、夢だと思って一日中自分の頬をつねったよ。こんなところにも来るなんて、仕事熱心だね!」


 つばめが知っている三丸とまるで変わらなかった。精神面でまるで成長していないように思えるのはマイナスだが、先の見えない二軍生活にも心は折れていない。覇気のないペンギンズの選手たちとは比べものにならないほどの輝きを放っていた。

 三丸充……プロ3年目の長距離砲。二軍調整中だが、明るい性格はそのまま。つばめやみのり面識がある。愛称は『ミルミル』。


 渡来……横浜スターヒーローズの外野手。父はペンギンズの選手だった。野手の層が厚い横浜ではなかなか出番に恵まれない。元ネタの選手も、今年が勝負の年だ。

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