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引き分け

『今日も暑い!すでに真夏日、スタンドのファンも我々も汗びっしょりです!』


『グラウンドの選手たち、特にマウンドのピッチャーはもっと暑いでしょうね。来年からはもっと早くデーゲームをやめないと死人が出ますよ』


 6月後半、東京の最高気温は36度と報じられている。リーグ戦が再開される来週からは週末も夜に試合が行われるが、それでは遅いという声が多かった。


「暑さでピッチャーがダウンして打撃戦……そんな展開すらなさそうですね」


「全員ヘトヘトだからな。屋外球場の宿命だ」


 暑すぎてビールよりも水やジュースのほうが売れているほどだ。ペンギンズビールが永福男爵のマジックで10パーセントオフとなったが、売り上げに大した変化はなかった。



『入りました、ホームラン!エクスプレス、再び突き放して3対1、リードを2点に広げます!』


「五回まで投げて3失点か……こんなものか?」


「谷間の先発でしかないな、大澤は。とてもローテーションに入れるレベルじゃないが、完全に捨てるほどでもない」


 二軍に落ちていった他の先発投手が毎回これ以上に失点を重ねていたことを考えれば、彼らよりは上だ。しかし大澤を頼りにしなければ先発が足りないようでは、今年もペンギンズの浮上はないだろう。



『これはいった!打った瞬間ラムセスは確信して歩き、マウンドの加賀は打球を見ません!』


「よし、すぐに追いついたぞ!」


 代打の町田が先頭で出塁したが期待の飯館と土場が倒れてツーアウト。ここは駄目かと思っていたところでラムセスが同点のツーランを放った。


「野手はどうにか形になっている気がするな。ほとんど実績のない若手や弱点がはっきりしているやつらばかりなのが気になるが……」


「余裕があるうちに次の一手を打ちたいな。このまま放っておくと、8月の終わりまでには崩壊して私が来る前よりひどくなる……あくまで予想だが」


 つばめが二軍から連れてきた選手たちは、全く同じ時期に昇格し、ほとんど全員好調だ。嬉しい誤算がない限り、やはり同じ時期に疲れが見えて調子を落とすだろう。


 今年は例年よりも暑いので、選手層の薄いチームは特に苦戦を強いられる。主力を休ませる余裕がないので無理やり使い続けて絶不調になるか故障、もしくは何もいいところがない選手を仕方なく代役にして順当に連敗するかだ。




『それでは第1問!オズマ選手の昨年までの日本での通算成績をお書きください!ハンデとして挑戦者は打率、打点、ホームランのみで構いませんが、博士は出塁率や安打数なども答えてもらいます!』


「……いやいや、すぐに出るかこんなもん!せめて選択肢の中から選ばせてくれよ……ってええっ!?この子、普通に書いてるし!」


 ファンとの勝負になってもクイズ対決は雪の圧勝だった。一応手加減はしてゆっくり書いているのだが、問題が難しすぎてあまり意味はなかった。



『六回表、つばめ監督はサウスポーの口田をマウンドに送ります!ブルペンでは星野と小西……全員1イニングはしっかり投げたいところ!』


 ピッチャーを出し惜しんで負けるのは愚の骨頂だ。しかしこのまま同点で試合が進むと、最大であと7イニングある。今日はロングリリーフができるピッチャーを入れていないので、つばめの腕が問われる。



『ツーアウト一、三塁!バッターは右の中野(なかの)というところでピッチャー交代です!つばめ監督が出てきました、3人目は小西!』


 誰かがそのイニングを投げ切れないと、別の誰かが割を食う。小西が回跨ぎをすることになりそうだ。


「ここで打たれても口田のせいだ。暴投だけ気をつけてほしい」


「わかりました。ストレート中心でいきましょう」


 バッテリーの方針は決まった。一塁への牽制もせずに、極力事故を避けることにした。



「ストライク!バッターアウト!」


『空振り三振!直球オンリーと思わせておいて、最後はフォーク!ピンチを凌ぎました!』


 じっくり攻めて7球目、フルカウントで初めて投げたフォーク。完全に中野の裏をかいた。


「いい仕事だった。魂を込めたピッチングだったが、もう1イニングいけるか?」


「はい。元々そのつもりですよ」


「せっかく他人を助けたのに、自分の防御率が悪化した上に負け投手になったらつまらない。任せたぞ」


 小西の表情と声の調子で続投を決めた。つばめの判断は正しく、小西は七回も三者凡退で抑えた。




『加賀が雄叫びを上げた!115球、3失点!猛暑の外苑でベテランが大熱投!』


 八回を終えてペンギンズはピッチャーを4人使ったが、エクスプレスは加賀1人だけだ。



『ペンギンズの5人目は若き守護神安岡です!同点のまま迎えた九回、後攻チームはいいピッチャーから使うのがセオリー!しかもエクスプレスは3番からの好打順、ここで安岡以外の選択はありません!』


 どうにか加賀に勝ち星をつけようとエクスプレス打線も必死になるだろう。その打ち気を真っ向からねじ伏せることもうまくかわすこともできるのが安岡の持ち味だ。


「アウト!」

 

 バットをへし折るサードゴロ、高めの釣り球で空振り三振、そして詰まらせたライトフライ。危なげなくエクスプレスのクリーンナップを退けた。


『打順はまだ先ですが、安岡はこのイニングだけでしょう!残ったピッチャーの一覧を見れば、ペンギンズはこの回でサヨナラ勝ちといきたいところです!』


 不振や故障から再調整してきたばかりのピッチャーや敗戦処理しかいないとなると、早々に勝負を決めたい。その一方でつばめが監督になってから初めての延長戦を見てみたいと思う者たちもいた。



『九回裏のペンギンズ、あっさり三者凡退!延長戦に突入します!試合開始から3時間半、暑さも和らいできました!』


「……どうするかな………」


 十回は阪田に託すとしても、残りは清水谷や長谷部といった頼りにならないピッチャーばかりだ。つばめは苦戦を覚悟したが、監督がパニックになると選手もバタバタしてしまう。どっしり構えることにした。




「おお、抑えたか!」


『ランナー二塁のピンチでしたが清水谷が踏ん張りました!これでペンギンズ、もう負けはありません』


 猛暑の中での試合だったせいか、エクスプレスの野手が延長戦になってからは大人しかった。リーグが違うので、一軍にいるかどうかもわからないピッチャーたちのデータまで集めきれなかったことも命拾いの理由だった。


「つばめ監督にサヨナラ勝ちをプレゼントするぞ!」


「この試合のヒーローになるのは当然だが、つばめちゃんのヒーローになる大チャンスだ!」


 延長戦の3イニングを奇跡的に無失点で乗り切り、流れは向いている。何かが起こる空気があった。




「ああっ!?」


『三振!ゲームセット!つばめ監督初の延長戦はこれといって何も起こらず3対3の引き分け!六回以降は両チームの投手陣が譲りませんでした!』


 暑さで体力が奪われていたのはペンギンズも同じだった。エクスプレスとは違いほとんどチャンスはなく、采配でどうにかできる展開ではなかった。



「最近土曜はずっと負けてたんだ。引き分けなら上出来だろう」


「いや……加賀の立ち上がりを叩けば勝てた。ベテランだからそのうち疲れるだろうと決めつけたのがまずかった。速攻で潰してやるべきだった!」


 つばめは満足していなかった。勝負の鍵は終盤ではなく実は序盤だったと振り返り、険しい顔つきのまま球場を後にした。

 読売ジャイアンツという名の福祉施設

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