上機嫌
『それでは試合開始までもうしばらくお待ちください!今日も6時プレイボールです!』
パフォーマンスチームのメンバーは帰っていったが、最年少の代々木珠だけが残った。そしてリコーダーを渡されると、
「おお……なかなか上手いじゃないか」
「今日のスタメンの応援歌だ!やるなぁ!」
ペンギンズの1番から9番まで、ミスなく吹いた。温かい拍手が送られ、罵声やブーイングばかりだった昨日までとは全く違う穏やかな空気になった。
「しかし残念なのは専用の応援歌がない選手が多かったことだ。飯館、池村、土場……6番までに3回も同じやつを聞くことになった」
「3人ともいきなりレギュラーを勝ち取ったからな。珠ちゃんのリコーダータイムのためにも早く作ってほしいところだぜ」
珠の演奏が応援団を煽る結果になった。オールスターどころか来週の交流戦明けまでには完成させなければファンに怒られてしまうだろう。つばめが監督になってから一軍の顔ぶれは大きく変わったので、全員の応援歌を用意するのは大変な仕事になりそうだ。
「小さい子が頑張っている、だけでは終わらせないか……よく考えられたショーだな」
「互いに刺激を与えあって全体が盛り上がるようにする、理想の形だ。これは大きなヒントになりそうだ」
エクスプレスの選手たちのメモ帳はあっという間に埋まっていった。ペンタロウの寸劇から珠のリコーダーまでを見て、自分ならこうする、銚子の本拠地ならこうしたほうが盛り上がるなどと考えていた。
「……………」
その様子をつばめはしっかりと見ていた。
『これでランナー一、二塁!際どい内野安打の次はフォアボール!マウンドの郷原、いきなりピンチ!』
最初はアウトにできそうな打球だったが、野手の出足が遅れた。それで機嫌を損ねたわけではないだろうが、いきなり球が荒れた。
「いいぞいいぞ!また初回で決めてやれ!」
今週の2勝はいずれも初回に主導権を握り、そのまま逃げ切る勝ち方だ。ここで得点が入れば今日も一気に突き放せそうだ。
「よしっ、セカン……あっ!」
『正面のゴロだが弾いた!どこにも投げられない!ゲッツーどころかノーアウト満塁!』
ボール球を強引に叩いたラムセスの打球は平凡なショートゴロ。併殺打間違いなしのはずが、オールセーフとなった。
「銚子の連中……みんな集中できていない感じですね。ストライクが入らないようですから、最初は待てのサインからでいいですか?」
「任せる」
打席には4番の池村が入る。押し出しも期待できる状況なので、三振が多く低打率の池村には待ってもらうことにした。
『ピッチャー郷原、投げたっ!』
コントロールが定まらないのか、やはりストライクコースを外れた。見送れば完全にボールで、ベンチの読みは正しかった。ところが、
「しゃあ――――――っ!!」
「ああ!?」 「は!?」
池村はフルスイング。打球はセンターへ飛んだ。
『速いライナー!センター鹿戸、捕れるか際どい!』
三塁ランナーの飯館だけベースにつき、残りの2人はベース寄りの塁間で打球の行方を見る。ダイレクトかワンバウンドか、判断が難しかった。
「おおおっ!!」
『頭からいった!ああっ、捕れない!ヒット!』
まだ初回、しかもノーアウトだ。少しでも厳しいと思ったら無理をせずにワンバウンドで捕る場面なのに、頭から突っ込んで派手に後逸した。
『飯館、土場がホームイン!一塁ランナーのラムセスも三塁を蹴った!』
足の速いバッターならランニングホームランもありえるほどだった。走者一掃の一打を放った池村は三塁ベース上で右腕を高々と上げた。
『記録はスリーベース!最近のペンギンズはやはり初回に強い!いきなり3対0だ!』
「よっしゃあ!これが俺の実力だっ!」
「いいぞ男前!」 「日本一!」
事情を知らない観客たちは大喜びだが、ペンギンズベンチのコーチ陣は憤っていた。
「あの野郎……サインを無視しやがった!」
「いや、そもそも見落としていたんじゃないか?どちらにしてもふざけたやつだ!」
走者一掃のタイムリースリーベースを打ったというのに、池村には説教が待っている。最悪の場合は懲罰交代だというところに助けの手を差し伸べたのは、まさかのつばめだった。
「まあそう怒るな……うまくいったんだ、ここは水に流そうじゃないか」
「監督!?」 「ですが……」
結果オーライなんて考えを一番嫌うはずのつばめが不問とした。池村や観客と同じように上機嫌な顔をしていた。
「サイン通りあの球を見送っていたとして、このイニングに3点入っていた保証はない。あれは池村にとって最高のチャンスボールなので逃す手はなかった、それでいい」
「か…監督がそれでよいのなら……」
「私たちの無能ぶりをあいつが救ってくれたかもしれないんだ。感謝しなければな」
この笑顔、逆に怒っているのではと皆は恐れた。しかしつばめは心から喜んでいて、池村を責める気など全くなかった。
「ストライク!バッターアウト!」
『能登の老獪なピッチングが冴え渡ります!一回、そしてこの二回も無失点!』
オズマの犠牲フライで池村がホームを踏んで4対0とし、点差に余裕ができたことで能登のピッチングが生きる。120キロ台のストレートで相手を翻弄していた。
「いやいや、何回やられたと思ったことか……」
「逆球が多いですよね。正直なところ相手に助けられています」
ところがバッテリーの手応えは悪かった。たまたまうまくいっているだけで、いつ爆発してもおかしくないと2人は言う。
「その慎重な気持ちがあれば問題ない。余計なフォアボールがなければ1点くらいで済むだろう」
「……そ、そうか?」
「4点もリードしている……いや、まだまだ追加点は奪える。ミーティングで話した通り、あなたは五回まで投げることだけを考えてほしい」
ここもつばめが楽観的な言葉で空気を変えた。普段の厳しさは見る影もなく、ひたすら明るかった。
『三回終了、5対0!ペンギンズが1点追加しましたが、それよりも注目はこのイニング間のダンスタイム!新企画が始まるとのことですが……』
何が起こるのか、すでに知らされているペンギンズベンチ以外は期待半分、不安半分で待っていた。するとスコアボードにお笑いコンビの初台・幡ヶ谷が映し出された。
『皆さん楽しんでいますか!?僕たちは外野席の売店コーナーにいます!今日も超満員の外苑ですが、このあたりは比較的空いています!お客さんが一段落してお店の人も暇そうです!忙しくしてやりましょう!』
『コラコラ!せっかく休んでるんだから煽るな!いや、忙しいほうが店としてはいいのか。でも兄ちゃんたちは忙しくても暇でもバイト代は同じだし……』
漫談をしながら、今ならすぐに注文できる店を紹介する。実は彼らは試合中ずっと球場内を歩いていて、スコアボードの下のほうには待ち時間の少ない店の情報が常に掲載されていた。
『フフフ……熱い試合です、もっとビールが飲みたいのではありませんか?』
グラウンドにはマジシャンの永福男爵が現れた。
『私のマジックでオリジナルブランド『ペンギンズビール』を飲みやすくして差し上げましょう!私は『恐怖の魔術師』……球団に大ダメージを与えてやりますよ!』
今年から新設される野手版沢村賞とも言える『長嶋茂雄賞』。初代受賞者は恐らく横浜DeNAベイスターズの牧秀悟でしょう。チームのリーグ優勝も固いので、MVPとのW受賞は確実です。
『走攻守で顕著な活躍、ファンを魅了するプレー』が求められるので、そもそも現時点で候補になる選手が両リーグ合わせて10人もいません。基準を高くしすぎると沢村賞のように該当者なしの年が多くなり、低くすると無価値な賞となるので難しいところです。




