東京緑讃歌
「交流戦もついに最後の3連戦、相手は私たちと同じく、自分のリーグでは離された最下位の『銚子エクスプレス』だ」
「しかしそんな連中でも10勝5敗か……」
今年の交流戦もファ・リーグのチームが上位を独占した。8勝7敗のペンギンズは大健闘で、ド・リーグではトップだ。
「銚子か……親の鉄道会社の経営もヤバいのに、球団を手放さずに粘ってやがる」
「あそこは普通とは違いますよ。野球で黒字を出して鉄道の穴埋めをしてますからね」
プロ野球球団は企業の広告塔であることがほとんどだ。赤字が出ても他で補填すればいい。
「今年は俺たちもとんでもない利益を叩き出しそうだ。つばめ監督のおかげでな」
「契約更改が楽しみだ……と言いたいところだが、このケチなチームだ。期待しないほうがいいか」
あらゆる設備が老朽化しているのにそのまま使い続けているのが東京グリーンペンギンズだ。銚子との交流戦は『貧乏ダービー』と揶揄されることもあった。
「昨日と同じように、今日も序盤で大量点が入るだろう。だから能登は五回まで投げることだけを考えてくれたらいい」
「大量点が入るとどうして言い切れるんだ?」
「試合になればわかる。とにかく勝ち投手の権利を手にしてくれればどうにでもなる」
つばめの予想はほとんど当たる。それが断言までいけば、必ずその通りになるだろう。
「今日勝てば192勝目……絶対勝てる試合がちょうど登板日だったのは幸運だった。天もあなたの200勝達成を後押ししている」
「………」
エクスプレスのピッチャー郷原は開幕からローテーションを守り、6勝している。防御率も優秀で大量得点の望みは薄い。しかし皆はつばめの言葉を信じて、今日はもう勝った気になっていた。
「クソォ〜〜〜ッ………よりによって今年がペンギンズのホームゲームとは……ツイてない!」
「つばめ監督効果でウチの球場も超満員、グッズもたくさん売れただろうに!」
銚子エクスプレスの増沢監督、田中ヘッドコーチがベンチで嘆いていた。監督やコーチは本来なら客入りのことを考える立場ではないが、このチームは例外だった。
「あの監督は長くて今年いっぱい……来年にはまた元通り、バブルは終わってる!」
「つばめ監督抜きのペンギンズなんか、ボーナスに一番遠いチームだ!」
選手たちも苦い顔だ。エクスプレスは貧乏球団のため、選手や首脳陣の基本給は安く設定されている。その代わり観客数やグッズの売り上げに応じたボーナスを用意しているので、監督からスタッフに至るまで、SNSや公式動画での宣伝を欠かさない。
「今日は午前中にかき集めた新しいパフォーマンスメンバーが登場するようだが……」
「いきなりハイレベルのダンスはまず無理だ。ウチのチアたちの練習を見ればわかるが、一夜漬けでどうにかなるものじゃない」
新チームになったはいいが、しばらくは以前ほどの動きはできないだろう。どうやって観客を楽しませるか、早速試されていた。
「そういう時だからこそ新たな扉が開けることもある。ピンチこそ最大のチャンス……俺たちも何度も味わってきたじゃないか」
「面白そうなやつがあったらパクっちまおうぜ」
チームの収入に繋がるアイデアを出すこともボーナスの対象になる。観客席以上にエクスプレスベンチがパフォーマンスチームの登場を楽しみにしていた。
『ようこそ外苑球場へ!銚子ファンの皆さんも一昨年以来のご来場、ありがとうございます!』
試合開始まで約30分前、いつも通りDJとペンタロウが現れた。しかし今日はもう一羽、別のペンギンが横にいる。
『皆さんに紹介しましょう!彼女はついさっき私たちの前に現れて、『ペンタロウが数年前に遠征先で、行きずりの女性と一夜を過ごした時に命を受けた娘です』と書いたスケッチブックを見せてくれました!』
ペンタロウに娘がいたという急展開に外苑球場が揺れた。驚愕に爆笑、反応は様々だったが、
「お父さん、行きずりの女性ってどういう意味?」
「………」
子どもたちを置き去りにしていた。返答に困った親は、後で説明すると言ってごまかした。
『ペンタロウは違う違うと否定していますが……つい最近他球団の女性問題をネタにしたばかり!弁明のための記者会見を開くと言っています!』
「……他のマスコットなら絶対アウトだが、ペンタロウならアリか。しかしこんなぶっ飛んだ設定にしなくてもよかったのに」
「これはペンタロウたちが話し合って決めたことだ。私たちは見守るしかない」
ペンタロウの娘に入っているのは、ペンタロウが大好きだという理由でオーディションを受けて合格した呉崎みなみだ。望み通りペンタロウのすぐそばにいられることになり、本人も大喜びだ。
「噂では彼女がペンタロウの二代目になると……」
「ああ。だから隣でペンタロウの仕事ぶりを見て学ぶ。そして呉崎……いや、『ペン子』には特別なことを一切させない。あくまでペンタロウのおまけであり、中身は誰でも構わないようにする」
ペンタロウに入れるのは、現在この世でたった一人の男しかいない。もし彼が病気や事故で命を落とせば、ペンタロウもまた死ぬ。そうなる前にみなみに継承させて、ペンタロウを繋ごうとしていた。
「しかしあの子はペンタロウのファンなんだろう?ペンタロウになるというのはまた違うんじゃないか?」
「そのあたりは本人でなければわからない。ひとまずこれでやってもらうと合意した」
ペンギンズの選手や首脳陣はこれから何が起こるか事前に知っている。選手たちはファンと共にサプライズを楽しもうと思っていたが、つばめの意向で大まかな流れを教えられていた。
『それでは今日もペンギンズの公式応援歌を皆で歌いましょう!ですが歌うのは『LOVE・LOVEペンギンズ』ではありません。『東京緑讃歌』となっています!』
「東京緑讃歌だって?ずっと前の歌だ」
東京緑讃歌はいろいろな意味で古くなったので、数年前に新たな球団歌が作られていた。しかしここでまさかの復活を遂げた。
イベントに関してはスタッフやパフォーマンスチームのメンバーに任せていたつばめだが、実はこの曲の再登板に限り、権力を使って介入していた。つばめと祖父の金政が気に入っていた東京緑讃歌は、歌詞も曲調も軍歌のようだった。
「おおっ!エレキの音がするぞ!」
「今日のオーディションにいた爺さんだ!」
新宿の若大将と呼ばれた男は85歳になっても若々しい。力強いギターで人々の心を引き寄せた。
「出てきたぞ!4人のメンバーに加え、つばめ監督に認められて合格した精鋭たちが!」
「女の子たちだけじゃなくて、マジシャンや芸人たちも踊るのか?いや、この曲にダンスなんか……」
昨日までと違い、メンバーたちは踊らない。軽くリズムを取りながら歌うだけだった。
『敵を残らず殲滅し〜骸の上に旗を立て〜〜〜凱歌を上げるは我らがグリーンペンギンズ!』
「……素晴らしい。これこそ勝利を目指す選手たちを後押しする球団歌だ、重みが違う。そしてギターによる編曲も見事だ」
(殲滅だの骸だの……大丈夫か?こういうのがまずいから新しい曲を作ったのに……)
周囲の心配をよそに、つばめは何度も頷きながら笑顔を浮かべる。つばめが監督でいる間は、東京緑讃歌が毎日何度も流れることになった。
「なるほど、あえて時代に逆行する……ありだな」
エクスプレスのベンチでは高く評価された。珍しいことをすれば人々の興味を引ける。皆でメモを書きながら、集客に繋がる案を考えていた。
銚子エクスプレス……経営が危うい鉄道会社が所有する千葉のチーム。観客数や自分が出したアイデアによる出来高ボーナスがあるので、選手たちはプレー以外のところにも力を注いでいる。選手名の元ネタは関東所属の元騎手たち、親会社の元ネタはそのまま銚子電鉄。




